月とナイフと
ディオキアの港のホテルの一室。窓の外のテラスで、デュランダルは中秋の名月の下、思想に耽っていた。
月の裏側にある地球軍のダイダロス基地と、そこに造られた巨大な穴——レクイエム、そして彼自身が指揮を執り、秘密裏に建造中の要塞メサイア。
彼の鋭い眼差しは、美しい光を浴びる月を通り越したその裏側の、決して日に当たることはない氷点下の氷の世界に注がれていた。
人類が月の裏側にダイダロス基地を造るまで、そこには氷の海が広がっていた。彼は月の光に照らされながら、自分の描く未来の、冷たくも完璧な美しさに思わず悦に浸っていた。
そのとき、部屋のドアにノック音が響く。
「失礼します」
アーヤがゆっくりと、恐る恐る扉を開けて入ってくる。
昼間、デュランダルに『今夜部屋へ来て欲しい』と言われてやってきたアーヤは、テラスで月光に照らされるデュランダルの美しい横顔に、ほんの少しの神性を見出してしまう。彼のただでさえ整った顔立ちが、月の優しい光に照らされて夜の乾燥した空気に浮かび、高い鼻筋が艶やかに光っている。
「アーヤ、今日はとても月が綺麗だね。中秋の名月だそうだよ」
デュランダルはアーヤを横目でチラリと見てから、再度目線を月へと向ける。口角を少し上げ、まるでその先の何かを見通すかのように。愛おしむかのように。
デュランダルが月を見ながら一体何を考えているのか、レクイエムやメサイアの存在を知らないアーヤには分からない。デュランダルのように絶対的な強さと自信を誇る人物も、月に想いを馳せるのかと驚くばかりである。
夜空に浮かぶ大きな月はあまりにも綺麗で整った円形である。まるでこの世界そのものの、普遍的な哲学や理想を現しているかのようだ。そしてその月の影となり、逆光に照らされるデュランダルは、例えるなら丸すぎる月に刺さるナイフのようだ。
しかし、アーヤにとってはそれこそが神々しく、絶対的に感じられるものであった。まるで彼がいなければこの世界はただ綺麗で無垢なまま、何も知らずにこの満月を終えてしまいそうだと感じた。
デュランダルの偉大な影が、月のぼんやりとした優しさや美しさをいっそう引き立てているようで、ただただ圧倒されるばかりであった。
しばらくして、アーヤは遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「あの……議長、お呼び出しとは?」
「ただ、君と月が見たくてね。明日からの数日間の休暇明け、君はミネルバに配属だろう?これが君と過ごす最後の夜になるかもしれないからね」
「議長……」
デュランダルは優しく微笑み、アーヤに向かって軽く手招きをする。
アーヤがそっと近づくと、デュランダルはその腰を引き寄せ、アーヤに優しく向き合った。
「君と最後にこんな月を見れるとは……君の瞳の美しさが際立っているよ」
デュランダルはアーヤの頬に手を添え、そのオッドアイの瞳を見つめる。デュランダルから『才能の詰まった瞳』だと言われて愛されたアーヤのちぐはぐな両目は、彼女の過去をひどく苦しめて呪うものであったが、今ではアーヤ自身のアイデンティティそのものとなっていた。アーヤの瞳はもう、デュランダルのことしか映していない。どんなに綺麗な月でも彼の前では霞んでしまう。アーヤにとってはデュランダルこそが全てだった。
デュランダルは月明かりを反射するアーヤの両目——特に遺伝子異常の証である右目をじっと見つめた。ヘーゼル色のその宝石は失明しており、生まれてから一度も光を通したことがない。今夜のような明るい月光にも一切反応せず、瞳孔は常に閉じたままである。
デュランダルの中に、アーヤの特異な遺伝子への愛しさが込み上げてくる。この右目を見るたびに、アーヤのその力を……いや存在そのものを、彼女の全てを自分のものにしたくなる。
デュランダルはアーヤが一瞬だけ目を閉じた隙を見て、アーヤの右目の瞼にキスを落とした。
アーヤの丸くて無垢な瞳。その全てが自分のものであると言い張るかのように、デュランダルのキスは深く長く、瞼の柔らかさを味わうようについばんでいく。そしてそのまま顔全体に自身の鼻や唇を擦り寄せながら、徐々に彼女の柔らかな唇へと到達する。
アーヤは緊張とほんの少しの恐怖と、言葉にできない喜びに身を震わせながら、されるがままになることしかできなかった。ただこの特別な時間が永遠に続いてほしいと願いながら。
18歳の無垢な少女にはデュランダルだけが心の光であった。アーヤはデュランダルに身を任せ、圧倒されながらベッドに腰を下ろす。
白くて無垢な月明かりの下、アーヤはデュランダルの鋭い瞳に刺され、動くことも叶わず、自分の世界の全てを彼に捧げてしまうのであった。
月の裏側にある地球軍のダイダロス基地と、そこに造られた巨大な穴——レクイエム、そして彼自身が指揮を執り、秘密裏に建造中の要塞メサイア。
彼の鋭い眼差しは、美しい光を浴びる月を通り越したその裏側の、決して日に当たることはない氷点下の氷の世界に注がれていた。
人類が月の裏側にダイダロス基地を造るまで、そこには氷の海が広がっていた。彼は月の光に照らされながら、自分の描く未来の、冷たくも完璧な美しさに思わず悦に浸っていた。
そのとき、部屋のドアにノック音が響く。
「失礼します」
アーヤがゆっくりと、恐る恐る扉を開けて入ってくる。
昼間、デュランダルに『今夜部屋へ来て欲しい』と言われてやってきたアーヤは、テラスで月光に照らされるデュランダルの美しい横顔に、ほんの少しの神性を見出してしまう。彼のただでさえ整った顔立ちが、月の優しい光に照らされて夜の乾燥した空気に浮かび、高い鼻筋が艶やかに光っている。
「アーヤ、今日はとても月が綺麗だね。中秋の名月だそうだよ」
デュランダルはアーヤを横目でチラリと見てから、再度目線を月へと向ける。口角を少し上げ、まるでその先の何かを見通すかのように。愛おしむかのように。
デュランダルが月を見ながら一体何を考えているのか、レクイエムやメサイアの存在を知らないアーヤには分からない。デュランダルのように絶対的な強さと自信を誇る人物も、月に想いを馳せるのかと驚くばかりである。
夜空に浮かぶ大きな月はあまりにも綺麗で整った円形である。まるでこの世界そのものの、普遍的な哲学や理想を現しているかのようだ。そしてその月の影となり、逆光に照らされるデュランダルは、例えるなら丸すぎる月に刺さるナイフのようだ。
しかし、アーヤにとってはそれこそが神々しく、絶対的に感じられるものであった。まるで彼がいなければこの世界はただ綺麗で無垢なまま、何も知らずにこの満月を終えてしまいそうだと感じた。
デュランダルの偉大な影が、月のぼんやりとした優しさや美しさをいっそう引き立てているようで、ただただ圧倒されるばかりであった。
しばらくして、アーヤは遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「あの……議長、お呼び出しとは?」
「ただ、君と月が見たくてね。明日からの数日間の休暇明け、君はミネルバに配属だろう?これが君と過ごす最後の夜になるかもしれないからね」
「議長……」
デュランダルは優しく微笑み、アーヤに向かって軽く手招きをする。
アーヤがそっと近づくと、デュランダルはその腰を引き寄せ、アーヤに優しく向き合った。
「君と最後にこんな月を見れるとは……君の瞳の美しさが際立っているよ」
デュランダルはアーヤの頬に手を添え、そのオッドアイの瞳を見つめる。デュランダルから『才能の詰まった瞳』だと言われて愛されたアーヤのちぐはぐな両目は、彼女の過去をひどく苦しめて呪うものであったが、今ではアーヤ自身のアイデンティティそのものとなっていた。アーヤの瞳はもう、デュランダルのことしか映していない。どんなに綺麗な月でも彼の前では霞んでしまう。アーヤにとってはデュランダルこそが全てだった。
デュランダルは月明かりを反射するアーヤの両目——特に遺伝子異常の証である右目をじっと見つめた。ヘーゼル色のその宝石は失明しており、生まれてから一度も光を通したことがない。今夜のような明るい月光にも一切反応せず、瞳孔は常に閉じたままである。
デュランダルの中に、アーヤの特異な遺伝子への愛しさが込み上げてくる。この右目を見るたびに、アーヤのその力を……いや存在そのものを、彼女の全てを自分のものにしたくなる。
デュランダルはアーヤが一瞬だけ目を閉じた隙を見て、アーヤの右目の瞼にキスを落とした。
アーヤの丸くて無垢な瞳。その全てが自分のものであると言い張るかのように、デュランダルのキスは深く長く、瞼の柔らかさを味わうようについばんでいく。そしてそのまま顔全体に自身の鼻や唇を擦り寄せながら、徐々に彼女の柔らかな唇へと到達する。
アーヤは緊張とほんの少しの恐怖と、言葉にできない喜びに身を震わせながら、されるがままになることしかできなかった。ただこの特別な時間が永遠に続いてほしいと願いながら。
18歳の無垢な少女にはデュランダルだけが心の光であった。アーヤはデュランダルに身を任せ、圧倒されながらベッドに腰を下ろす。
白くて無垢な月明かりの下、アーヤはデュランダルの鋭い瞳に刺され、動くことも叶わず、自分の世界の全てを彼に捧げてしまうのであった。