置き土産
「今はどこにいるのだか知らないが、デュランダル君、君の残したものは……無茶苦茶だよ、まったく」
ワルター・ド・ラメントは議長執務室の椅子に深くもたれかかり、苦笑する。彼の前任のプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルが残した膨大な遺産を目の前にしながら、かつての彼の姿を思い出していた。
机の上にはデスティニープランの詳細なデータや遠大な計画がまとめられた資料や、デュランダルの筆跡によるメモが散らばっている。ラメントはそれらを一つ一つ手に取りながら、デュランダルの途方もない努力や異常とも言える天才ぶりに、もはや呆れるような気持ちすら抱いていた。
「君らしいと言えば君らしいが……さて、私はこの『置き土産』をどう片付けたものかね」
ラメントは資料を読めば読むほど、デュランダルの世界に引き込まれていく気がした。デスティニープランはただの計画ではなかった。それはデュランダルの人生の全てを詰め込んだ、あまりにも壮大すぎるものだった。精密に練られた彼のプランによって世界は掻き乱され、ブレイク・ザ・ワールドから始まる全ての事象が彼の手のひらの上であったことが、この資料を読むとよくわかる。
「全ては君の手の内だったというわけか……しかし、あまりにも強引で、危険すぎる」
かつてデュランダルは世界の均衡を少しずつ崩し、思いのまま操っていった。しかし、それは資料を読む限り、あまりにも際どい選択の繰り返しであったことが伺える。こんなことを出来るのはまさしく彼だけだと、ラメントは深くため息をつく。
ラメントはふと、資料の中に『アーヤ・ファン』と書かれたファイルがあることに気づく。
かつて、デュランダルの横には、常にオッドアイの少女が立っていた。彼女の任務は護衛官でありながらも護衛だけではなく、議事録をまとめたり、彼の私生活の世話をしたりと、まるで専属の秘書のような立ち位置でもあった。デュランダルが彼女を贔屓していることは誰の目にも明らかで、その空気感は誰もそのあいだに入ることは叶わず、彼は彼女を常にそばに置き、議長執務室はまるで彼らの聖域のようだったという。
ファイルの中に、デュランダルの手書きのメモが残されていた。
『彼女の能力は計画の柱の一つとなるだろう。しかし、彼女の未来は、私の計画とは無関係であるべきだ』
その流暢な筆跡に、ラメントは思わず目を細める。
デュランダルがアーヤ・ファンをどのように思っていたのか、今では誰もがその真相に触れることは出来ない。しかし、誰もが彼らを普通の上司と部下の関係だとは考えていなかった。彼らの間には、確実に、言葉にしようがない深い絆があった。
「君がアーヤ護衛官に抱いていたものは……果たして愛なのか、それ以上の感情なのか……」
ラメントがアーヤ・ファンのファイルをパラパラとめくると、さらに興味深い資料が出てきた。クレヨンで描かれた拙いイラスト。二人の人物が手を繋ぎ、人物の上には子供らしい筆跡で『Aya』と『bro』と書かれている。
ラメントは思わず息を呑んだ。何故、こんな絵がこのファイルに挟まっているのか——まるでデュランダルとアーヤの関係についての、真実の断片を覗き込んだような気持ちになった。
もしも、この絵がアーヤのものなら。そしてもしも、イラストに描かれている『bro』がデュランダルであるとしたら——
「デュランダル君……君がどれだけ複雑な感情を抱えていたとしても、結局はあの子を愛していたんだろうね」
ラメントは確信した。デュランダルとアーヤの深い繋がりに。誰にも侵されない聖域が、ずっと昔から始まっていたことに。二人はどこまでも深く、共に求め合う運命であったことに。
「今頃、どこで何をしているのやら……デュランダル君」
デュランダルはすでに公の場から姿を消して久しい。そしてアーヤ・ファンは今も軍にいるらしいが、二人の道は交わっていない。
——少なくとも、表向きは。
「……まあ、表向きは、ね」
彼は苦笑しながら、資料に手を添える。現在のデュランダルの居場所について、正確な情報は何もない。デュランダルの存在やデスティニープランも、プラント国内では今や黒歴史となり、誰もその名を口にする者はいない。歴史の授業などの教育課程でもその存在は消され、時間と共に人々の記憶から忘れ去られる運命にある。
ただ、デュランダルがプラント内のどこかのコロニーに隠遁していることは、軍内部の一部の者のあいだでは暗黙の了解となっていた。彼はまだどこかで生きている。そして瀕死の彼を救ったのは誰でもなくアーヤ・ファンであることも、ラメントは戦後の最終報告の場で聞いていた。
だが、本当にデュランダルがただの隠遁者として一人でいるのか?
彼が誰かとの未来を選んだのなら……もしもその隣に、彼の愛した少女がいるのなら……それはきっと、彼にとって大きな救いになるだろう。
「君がどこにいても、私は君の幸せを願うよ」
ラメントは手にした資料を机に置きながら天井を見上げると、そっと目を閉じた。
ワルター・ド・ラメントは議長執務室の椅子に深くもたれかかり、苦笑する。彼の前任のプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルが残した膨大な遺産を目の前にしながら、かつての彼の姿を思い出していた。
机の上にはデスティニープランの詳細なデータや遠大な計画がまとめられた資料や、デュランダルの筆跡によるメモが散らばっている。ラメントはそれらを一つ一つ手に取りながら、デュランダルの途方もない努力や異常とも言える天才ぶりに、もはや呆れるような気持ちすら抱いていた。
「君らしいと言えば君らしいが……さて、私はこの『置き土産』をどう片付けたものかね」
ラメントは資料を読めば読むほど、デュランダルの世界に引き込まれていく気がした。デスティニープランはただの計画ではなかった。それはデュランダルの人生の全てを詰め込んだ、あまりにも壮大すぎるものだった。精密に練られた彼のプランによって世界は掻き乱され、ブレイク・ザ・ワールドから始まる全ての事象が彼の手のひらの上であったことが、この資料を読むとよくわかる。
「全ては君の手の内だったというわけか……しかし、あまりにも強引で、危険すぎる」
かつてデュランダルは世界の均衡を少しずつ崩し、思いのまま操っていった。しかし、それは資料を読む限り、あまりにも際どい選択の繰り返しであったことが伺える。こんなことを出来るのはまさしく彼だけだと、ラメントは深くため息をつく。
ラメントはふと、資料の中に『アーヤ・ファン』と書かれたファイルがあることに気づく。
かつて、デュランダルの横には、常にオッドアイの少女が立っていた。彼女の任務は護衛官でありながらも護衛だけではなく、議事録をまとめたり、彼の私生活の世話をしたりと、まるで専属の秘書のような立ち位置でもあった。デュランダルが彼女を贔屓していることは誰の目にも明らかで、その空気感は誰もそのあいだに入ることは叶わず、彼は彼女を常にそばに置き、議長執務室はまるで彼らの聖域のようだったという。
ファイルの中に、デュランダルの手書きのメモが残されていた。
『彼女の能力は計画の柱の一つとなるだろう。しかし、彼女の未来は、私の計画とは無関係であるべきだ』
その流暢な筆跡に、ラメントは思わず目を細める。
デュランダルがアーヤ・ファンをどのように思っていたのか、今では誰もがその真相に触れることは出来ない。しかし、誰もが彼らを普通の上司と部下の関係だとは考えていなかった。彼らの間には、確実に、言葉にしようがない深い絆があった。
「君がアーヤ護衛官に抱いていたものは……果たして愛なのか、それ以上の感情なのか……」
ラメントがアーヤ・ファンのファイルをパラパラとめくると、さらに興味深い資料が出てきた。クレヨンで描かれた拙いイラスト。二人の人物が手を繋ぎ、人物の上には子供らしい筆跡で『Aya』と『bro』と書かれている。
ラメントは思わず息を呑んだ。何故、こんな絵がこのファイルに挟まっているのか——まるでデュランダルとアーヤの関係についての、真実の断片を覗き込んだような気持ちになった。
もしも、この絵がアーヤのものなら。そしてもしも、イラストに描かれている『bro』がデュランダルであるとしたら——
「デュランダル君……君がどれだけ複雑な感情を抱えていたとしても、結局はあの子を愛していたんだろうね」
ラメントは確信した。デュランダルとアーヤの深い繋がりに。誰にも侵されない聖域が、ずっと昔から始まっていたことに。二人はどこまでも深く、共に求め合う運命であったことに。
「今頃、どこで何をしているのやら……デュランダル君」
デュランダルはすでに公の場から姿を消して久しい。そしてアーヤ・ファンは今も軍にいるらしいが、二人の道は交わっていない。
——少なくとも、表向きは。
「……まあ、表向きは、ね」
彼は苦笑しながら、資料に手を添える。現在のデュランダルの居場所について、正確な情報は何もない。デュランダルの存在やデスティニープランも、プラント国内では今や黒歴史となり、誰もその名を口にする者はいない。歴史の授業などの教育課程でもその存在は消され、時間と共に人々の記憶から忘れ去られる運命にある。
ただ、デュランダルがプラント内のどこかのコロニーに隠遁していることは、軍内部の一部の者のあいだでは暗黙の了解となっていた。彼はまだどこかで生きている。そして瀕死の彼を救ったのは誰でもなくアーヤ・ファンであることも、ラメントは戦後の最終報告の場で聞いていた。
だが、本当にデュランダルがただの隠遁者として一人でいるのか?
彼が誰かとの未来を選んだのなら……もしもその隣に、彼の愛した少女がいるのなら……それはきっと、彼にとって大きな救いになるだろう。
「君がどこにいても、私は君の幸せを願うよ」
ラメントは手にした資料を机に置きながら天井を見上げると、そっと目を閉じた。