とあるプラントのコロニー。人工的に造られた青空の下には、造られた海が広がっている。その中には無数の魚が養殖されていて、潮風すらも人の手で生み出されている。
その海のそばに、小さな港町がある。市場では漁師たちが獲れたての魚を並べ、観光客がのんびりとした時間を過ごしている。
そこで暮らす一人の男——彼には名前がない。
いや、かつてはあった。世界中の誰もがその名前を知っていた。しかし、今の彼を知る者は、誰もその名前では呼ばない。
少し伸びた髪に、柔らかな微笑み。かつての鋭い視線も、威圧感も、すっかり影を潜めている。

小さな家の小さな庭で、男は海を見つめていた。
以前の彼には考えられなかった、あまりにも穏やかで静かな時間。何も考えず、何も感じず、ただ海を見つめては、波の音を聞き続けている。
のんびりとあくびをしてから、手を上げて体を伸ばす。ここの生活にもだいぶ慣れてきた。かつては寝ている時でさえ計算づくの日々だった彼が、何も考えずにただ過ごすこと——それは彼にとってはある種の挑戦でもあった。

戦時中、彼は世界を変えようとした。その結果、彼はすべてを失い、歴史の闇に葬られた。
——だが、たった一人だけ、彼を見捨てなかった少女がいた。
彼は彼女に救われた。命だけではなく、心も。かつて彼が生きる意味を与えた少女は、今では彼の生きる意味となっていた。表向きには死んだことになっている彼の人生は、彼が愛し、利用し、支配した一人の少女によって、新たな道を歩むこととなった。

彼女は今も軍に勤めている。彼女には軍人の才能があった。だが、今の彼女は昇進も、前線への異動も断っているという。まるで息を潜めるかのように。まるで何かを守るように。

軍は今でも男を監視し続けている。男も少女も、それを知りながらも普通の生活を送ろうとしていた。神になり損ねた彼は、この港町で彼女と共に、腕まくりをして背伸びをするだけの、ただの人間としての生を謳歌するのだ。

彼女が帰宅するまで、あと3時間。
男は潮風に吹かれながら、もう一度あくびをした。