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息吹

男が目を覚ますと、知らない天井が見えた。
——ここはどこだ?
彼はぼやけた視界を手で擦ろうとする。が、思うように力が入らない。
——動かない。手も、足も、身体全体が鉛のように重い。

(……生きているのか?)

そう言葉にしたかったが、唇すらも動かない現実に、男はただ息を吐くしかなかった。

(何故……生きている?)

わからなかった。あの時、確実に自分は胸を撃たれた。そして、鈍痛とともに意識が遠のき、視界がぼやけ、そして暗転した。
最後に見たのは、そう。

(タリア……)

彼女は微笑んでいた。苦しそうに、諦めたように、それでもどこか満ち足りたかのように。涙を浮かべた瞳でただ自分をまっすぐに見つめながら、震える唇で何かを言いかけていた。彼女が何を伝えようとしていたのか、男にはわからなかった。それでも一つだけわかること。彼女は彼を受け入れていた。それだけは確かだった。
崩壊する要塞の中で、男は彼女の瞳を見つめながら、静かに息を引き取った。

——そのはずだった。

(どうして……)

後悔にも似た感情が押し寄せてくる。
何故、あの時、死ねなかったのか。
何故、自分は今も息をしているのか。
彼らはどうなった?

(レイ……)

男を撃った少年の顔が思い出される。彼が支配したはずの少年は、震えた手で銃を握りしめながら、酷く絶望を抱えていた。苦しみを露わにして、嗚咽をあげて泣いていた。そしてその場で動けなくなっていた少年を、優しい声が呼ぶのが聞こえた。それはとても戦場とは思えない、慈愛に満ちた穏やかな声だった。ああ、あの声はきっと——
その少年について、男が覚えているのはそれだけだった。あのあと彼がどうなったのか、声の持ち主がどうなったのか、男は知ることがないまま、その意識は遥か彼方へと引き寄せられていった。

男は天井を見つめながら、苦し紛れの息を吐いた。
あの瞬間、自分は死ぬはずだった。生きてはいけなかった。あまりにも多くの命を奪ってきた。あまりにも多くの人々を痛めつけた。あまりにも多くの痛みを、涙を、罪を、責任を、男はこれ以上背負うことはないと思っていた。

(神はまだ、私を許してはくれないのか)

神の存在など、はなから男は信じていなかった。ただ、自分こそが神のようだと感じていた。世界の全てを操り、確かに支配していた。この手の中に全てがあった。今は動かないこの手の中に、全てがあったはずなのだ。
それを放棄したのは、放棄できたのは、あの時ようやく死ねると思ったから。あの瞬間、何もかもが許されると、安らかな気持ちで全てを投げ出したはずなのに——

(私はまだ……生きなければならないのか)

彼にとって、それはあまりにも重すぎる現実だった。息をしている。視界がある。光が見える。体が重い。それら全てが彼の心を締め付けた。何度噛み締めても、何度考えても消えない痛みがあった。ズキンズキンと、まるで心の臓を直接握りしめられるかのような強烈な痛み。すべての感覚という感覚が彼にその鮮やかな運命を知らせてくる。
嗚呼——私は生きてしまったのだと。

その時だった。

「議長……?」

視界の端から、掠れた声が聞こえた。
はぁっ……と、震えた呼吸を感じた。
声の主は浅く息をしながら、それでも強く、確かに彼の手を握ってきた。

(あたたかい……)

男はその小さな感触に覚えがあった。
それはかつての彼が何度も握り、何度も手放そうとしたが、それでも離すことができなかった小さな温もり。

(何故、ここにいる……?)

彼女がこの場にいるはずがなかった。自分が殺したはずだった。あの要塞の中で、男は彼女の機体のシグナルがロストしたのを確認した。その時、彼はその場から動くことができなかった。彼女は彼に全てを捧げてくれた。そして彼もまた、全てを捧げても構わないと感じていた。だからこそ、彼女を示すマークが端末から消えた瞬間を、彼ははっきりと覚えていた。

——それなのに。

視界はまだぼやけている。手先の感覚も薄い。だけど、これだけははっきりとわかる。
しゃっくりをしながら泣く弱い声。
自分に触れている細い指。

(アーヤ……)

あまりにも呼びなれた、愛おしいその名前。
何も見えないはずなのに、確信してしまう。
彼女の気配のすべてが、アーヤその人であると告げていた。

「議長……よかった……本当によかった……」

少女の声が部屋に響く。今にも消えそうで、脆くて儚い、花のような声が。

(よかった……?)

何が、よかったのか。
自分が生きていること。これからも生き続けること。すべてを失いながらも、その罪を背負い続けること。大切な者たちが、自分と共に運命を共にしたこと。

(何も……よくない)

——それでも。

少女が生きている。
そして、その少女がここで、自分の手を握って泣いている。
それだけが、今の自分に残された全てのように思えた。

男の頬に、一筋の雫が伝った。
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