伏字だらけのアイラブユー
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※流血・残酷描写
※死の表現
※モブがいる
「【名前】、お前にもついに春が来たんだってな。」
「ブフッ!」
ゲーム前、私たち以外は誰もいない待機室内にてナワーブが突然そんなことを言い出したもんだから、飲んでいたワインを思わず吹き出してしまった。
何てこと言うんだ──、そう思いながらブワッと全身の毛穴を開かせつつナワーブの方を見てみたけれど、当のナワーブはというと頬杖をつきながら何食わぬ顔でチーズを頬張っている。これにはなんだか腹が立って、体がカーっと熱くなっていく感覚を覚えた。
「い…っ、いきなり何っ!?」
「ほえいひーふぁふぁふぁいへは。」
「口ん中空っぽにしてから言って!」
目を三角にしながら勢いよくそう言うと、ナワーブは私からワイングラスを取り上げて飲みかけのワインを口にする。そして口いっぱいに含んでいたチーズを体の中へと流し込むと空になったワイングラスを返してきやがった。この野郎…と青筋を浮かべていると、ナワーブは自身の胸辺りをトン、トン、と叩きながら私を指さしてきた。
「トレイシーが騒いでた。【名前】にもようやく春が来たかもって。」
詰まっていただろうチーズをようやく胃袋へと押し流せたのか、ナワーブはニヤリとイタズラな笑みを浮かべつつそう言ってくる。それを聞いた私は、数日前とある現場をトレイシーに見られたことを思い出した。自身は三度の飯より花より男より機械の方が好きなくせに、人の色恋話はとっても好きってわけか。そんなことを考えるとトレイシーにわずかながら怒りを抱いてしまい、顔に熱を集めながらぐぬぬ…と歯を食い縛った。だけどもそんな私の様子を横から見ていたナワーブは目をぱちくりとさせると、「お?マジか」と少し愉快げな声を発した。
……こいつ、面白がってるというよりはどこか嬉しそうだな…。ナワーブの愉快げな声色からそう察した私は、もしかしたらナワーブは私をからかいたいとかじゃなく私の“春”を純粋に喜んでくれているのかと感じて、はぁ~と観念したようなため息を吐いた。
「相手はやっぱあいつか?」
「……たぶん。」
「たぶんって何だよ。」
「中庭から出てくる瞬間をトレイシーに見られたってだけだし……。別にトレイシーが期待してるようなことをしたわけじゃないってことだし……。」
「まあ、密室で二人でいたってだけ十分だな。」
二ッと口角を上げて楽しそうに笑うナワーブのことが少し憎たらしく思ったものの、確かにナワーブの言う通りだ。「密室で二人でいたのだろう」という目撃談はあるけれど、「密室でキスをしていない」という目撃談も証拠はないわけで。そうなればいくら私が「キスなんてしていない」という事実を主張しても意味がない。暖簾に腕押しというやつだ。
またもぐぬぬ…と歯を食い縛りながらナワーブを睨みつけてみたものの、ナワーブは相変わらず楽しそうに皿に残ったチーズの欠片を口に運んでいた。
「ゲーム前でもワイン飲むような飲んだくれ女にもとうとう春か。」
よかったな、と愉快げに言われた瞬間、私はハッとして思わず「あ」と声が出た。そして空になったワイングラスを見て罪悪感を沸々と沸き上がらせる。そうしてついに罪悪感に耐え切れなくなって「う~ん」と唸り声を漏らしていると、ナワーブは少し心配そうに「どうした?」と声をかけてきた。
「そうだった~…。私お酒断とうと思ってたのに~…。」
「飲み過ぎで痔にでもなったか?」
「んなわけあるかっ!!」
「ふーん。
じゃあ、あいつに『酒飲まない女が好き』とでも言われたか?」
また目を三角にしている私に笑みを浮かべつつこう言ってきたナワーブにウ…ッと言葉に詰まる。なんせ当たらずとも遠からずといったところだったからだ。なんでこいつはこうも変なところが鋭いんだろう?
というのも、誰にも話したことはないし話す気もないけれど、その彼にはかつて大好きだった婚約者がいた。だけど、不慮の事故で亡くなってしまったらしい。そして私はその婚約者とよく似ているとのことだけど、彼女はお酒を飲まない人だったという。
そんな話を聞かされたら、私なんかじゃ彼女の代わりになり得ないというのは重々承知しているけれど少しでも彼女に近付きたくなるじゃないか。だから断腸の思いでお酒を断とうと決めたのだ。
事実、この数日間はお酒を断つことができていた。……………だっ、……だけども…、私ったらゲーム前にお酒を飲むとなぜだかチェイスがやたらと伸びるのだ。だからゲーム前には決まってワインを飲むようになっていて…、もはやこれが私のゲーム前のルーティーンと化していた。そして今日も今日とて私の決意とは裏腹に無意識化でワインを飲んでしまっていたらしい。
「……くそぅ~…。アル中か何かかよぅ私は……。大体なんでゲーム前にワイン出してくれるようになったんだよぅ~。ねぇ、ナワー──」
決意を早々に果たせなかった責任を荘園側に擦り付けながら同意を求めてナワーブの方へ顔を向ける。だけど、ナワーブの顔を見た瞬間私は思わず固まった。だって、さっきまでの楽しそうな表情とは打って変わり、何やら恐ろしさを感じさせるような顔をしているのだ。こいつは元々寡黙で少し暗い奴だから何を考えてるかわからないような真顔をすることはあるけれど、こんな恐ろしさを感じさせるような顔は見たことがない。
「…ナ……っ、ワ…──」
思わず冷や汗が伝わせながら恐る恐るナワーブに声を掛けてみる。するとナワーブはその瞬間、一変してスッと微笑みを浮かべた。
「──俺は助かるけどな。ゲーム前にエネルギーを補給できるから。」
これにはきょとんとした。だってさっきまで恐ろしい表情とは打って変わり、今はほんの笑みを浮かべながらこんな食い意地汚い発言をしているんだ。いつも通りのナワーブじゃないか。
そう思うとさっきまでの緊張が解けていき、ホッと安堵の気持ちが込み上がってくる。だけどそれも束の間、何だこの野郎心配させやがってという気持ちがだんだんと沸き上がってきて、思わず「もう!」と言いながらナワーブの肩を強く叩いた。
──もしかして、飲み仲間が減るとなって少し寂しくなったとか?
すっかり夜も更けてきた頃、私は薄暗くなった廊下を歩きながらまたも待機室でのことを考えていた。彼の部屋に行くまでの間、ふと頭に蘇ってきてしまったのでいろいろ考えてみたけれど、これが一番しっくりくる。
……あの野郎、仕方のない野郎だわ。そう思った私は、ジュースやお茶になるけれどたまにはあいつの酒に付き合ってやろうかな…なんて考えてクスッと笑いを溢した。するとちょうどそのタイミングで彼の部屋に着いたので、その笑顔を浮かべたまま彼の部屋のドアをノックする。
──コン、コン、コン
「【名前】だけど。入ってもいい?」
……
……
………あれ?返事が返ってこない。いつもならすぐにでも迎えに来てくれるのに。
そう不審に思った私はもう一度ノックをしてみようとした。だけど指を構えたその瞬間、中から「かは…っ」という何やら苦しそうな彼の声がしてきた。
「えっ!? だっ、大丈夫!?」
焦りつつそう言った私は、急いで何か入ろうとドアノブを回した。だけどどんなに強く揺すってもドアは開いてくれやしない。いつもならこの時間は私を招き入れるために鍵を開けてくれているはずなのに…。
「ねえっ!開けて!どうしたの!?」
「ダ、メだ…っ、帰…って、くれ……っ!」
「帰ってってそんな…!随分苦しそうじゃない!そんなんで放っておけるわけないでしょ!いいから開け──」
「──嫌だっ!『 』っ!!」
苦しそうな声色の彼が一際大きな声を発した瞬間、私は目を見開いて固まった。そしてじわじわと悲しいような寂しいような苦しいような感覚が込み上がってくる。彼が何かで苦しんでいる、だから早く中に入ってあげなきゃ──、そうは思うのにこの込み上がってくる苦しい感情に怖気付いてしまった私は一歩、二歩と後ずさる。そしてしまいには耐え切れずにそこから駆け出してしまった。
ああ、やっぱり私じゃ無理なんだ…!走りながらそう思った。だって!……だって、あの時彼が口にしたのは亡くなった彼の婚約者の名前だ。つまり、彼が苦しい時に頼りたくなるのは私なんかじゃなく婚約者なんだということをまざまざと突きつけられたような、そんな気がしたのだ。私なんかが彼女に代わり得ないのはわかっていた。……だけど、やっぱり改めてわからされてしまうと悲しいじゃないか。そんなことを考えつつ階段までやって来た私はその場に座り込むと、そんなことを考えて声を押し殺しながら泣き出した。
「【名前】、」
そんな私のことを誰かが背後から呼んでくる。こらえようとしても溢れ出てくる涙を流しながらー振り返ると、そこには珍しく上着を着ていないナワーブが立っていた。
「ナワ、ブ…、なんで…?」
「大丈夫か?」
いつになく優しい目つきで私を捉えると、私の言葉を無視して優しい声色で言ってくる。このせいで余計に涙が溢れ出てきたけれど、突如としてハッと我に返った。
「……っだ…っ!大丈夫よバカねっ!ゴミが目に入っただけだっての!」
「バカはお前だろ。逆じゃねぇかよ。」
ナワーブは涙を拭う私の目線に合わすようにしゃがみ込むと、少しだけ笑みを浮かべながらそう言ってきた。目つきはいつもより優しいくせに泣いている女の子に「バカ」なんてこいつはホントモテないんだろうなぁ…なんて毒吐きながらも、こんな時でもいつも通り接してくれるナワーブの態度がうれしかった。だから珍しく優しい目をしているナワーブにアハハと笑いかけると、残りの涙をゴシゴシと袖で拭った。
「ありがとねナワーブ。ちょっと元気出た。」
「そりゃよかった。」
「……ってことで、いっちょちょっと行ってくるわ!」
そう言いながらナワーブの肩を軽く叩くと、そのまますくっと立ち上がる。だけども次の瞬間には、なぜだかナワーブが私の手首をがっちりと掴んできた。
「行かなくていい。」
私がナワーブの名前を呼ぶより早く、ナワーブはそう一言言ってきた。真正面を見据えていてどんな顔をしているのかは見えないけれど、いつもより少し低いその声が神妙さを醸し出していた。
これにはもちろん違和感を覚えたけれど、だからといって行かなきゃいけないこちらの事情もあるわけで。
「実はさ…、ちょっと乙女拗らせちゃって逃げちゃったんだけどさ、彼の部屋の前着いた時、なんかめちゃくちゃ苦しそうにしてたんだよね…。」
「今頃はもう楽になってんだろ。」
「そ…っ、そうだといいけど!」
「……あいつ、お前を好きなんじゃなくて、死んだ婚約者をお前に投影してるだけだった。」
「そっ、そんなことっ、…言わないでよ!
……そうだとして、私は…いいんだよ。とにかく、今は心配だし…」
我ながら情けないと思いつつもおどおどしながらそう言うと、手首をがっちり掴んでいたはずのナワーブの手が突然パッと離れた。そしてその直後スッと立ち上がったナワーブは私の方へと向き直ってきた。
「…一緒に行く。」
「え!? な…っ、なんでよ!?」
「いいから。」
「何よ!?いい奴かよ!?」
「今更かよ。」
……うん、確かにあんたはいい奴だよね。心の中で秘かにそう納得した私はナワーブの好意に甘えることにした。
そういえば…、しんどい思いをしている中で他の男を連れた私が現れたりなんかしてヤキモチを妬かれたりしないだろうか……。
いざ彼の部屋の前のドアに着いた今そんな不安が頭をよぎってきて、ドアを開けるのを躊躇する。
「やっぱりやめとけよ。」
そんな私を甘やかすように相変わらず優しい声色のナワーブが後ろからそう一言発してくる。そうだよね、なんか気まずいしはっきり「嫌だ」と言われちゃったし…と思わずその言葉に甘えそうになったけど、そんな自分の甘えを払拭するようにブンブンと顔を横に振った。
「いやっ!大丈夫っ!入るっ!!入るもんっ!!」
まるで自分を言い聞かせるようにそう言った私は、勢いのままノックも呼びかけもしないで中へと入る。だけども薄暗い部屋の中へと入った瞬間、自分のマナーの無さに焦ったと同時に違和感を覚えた。だって先に部屋に来た時は、ドアに鍵がかかっていた。だけど今はドアが開いている……。これに首を捻ったけれど、私を見下ろすナワーブとふと目が合ってビクリと体を振るわせた。
「あっ、え…あっ!!【名前】!!【名前】です!!【名前】ですけど……、寝てるかなぁ~?」
そう言いながらそーっとそーっとベッドの方へと進む。そうしてベッドの元へと着いたけど、そこには誰もいなかった。あんなに苦しそうだったのにこんな時間にどこへ行ったんだろう…? そんな心配をしながらもなんとなくベットの脇を覗いた瞬間、私は思わず固まった。そこにはおびただしい量の赤い液体の上に力なく横たわっている彼の姿があるからだ。
「………──」
彼の姿を見ていると、だんだんと心臓の音がうるさくなっていく。そんな中、どこか冷静な部分の私がダメだダメだと警告してくるのに思わず彼の顔を見た。首の皮一枚でどうにか胴体と繋がっているような彼の顔には苦悶の表情が浮かんでいる…。
……そういえば、このおびただしい量の赤い液体は彼の首から流れ出てきているような気がする。だとすれば、このおびただしい量の赤い液体とは…、彼の…──
「──そこまでだ。」
ナワーブのそんな声と共にごつごつとした大きな手が私の思考を遮るように私の視界を遮断する。そうして思考が停止した私をナワーブは軽く抱きかかえると、そのまま私をどこかへと運んでから視界を解いた。見ればここは廊下で、真正面にはいつの間にかいつものあの上着を着たナワーブがいつになく真剣な顔をしている。
「お前はここにいろ。部屋の中にはもう入るな。」
「ま…っ、待ってナワ──」
「俺はとりあえずエミリー先生を呼んでくる。それから何人かの男手と……、イソップも読んだ方がいいか。」
「ね、ねえ!あれ、何…──」
「あいつの職業柄、検死ぐらいはできるかもしれねぇ。」
「…検……、…死………?」
その言葉を口にしてしまった瞬間、目の前がブツンと真っ暗になった。やっぱりあの彼の姿とは既に事切れてしまっている彼の姿で、あのおびただしい量の真っ赤な液体とは彼から流れ出てきている血液だ。そう理解できてしまうと次に浮かんできたのは彼のあの表情で、苦しそうなあの表情を思い浮かべてしまうと何とも言えない恐怖心と喪失感と……罪悪感が襲い掛かってくる。だって部屋に着いた時、彼は既に苦しそうな声を出していた。あの時にはきっともう、彼は酷い目に遭っていたんだ。なのに私はほんの些細な事如きで勝手に傷ついて、逃げ出して、泣き出して…!
そう考えると自分に憎悪の気持ちが込み上がってくる。だから自分の頭を爪を立てて掻き毟ると、憎い自分の髪を掴み上げて力いっぱい引っ張りながらうめき声をあげていた。
「【名前】!【名前】!!」
「……私だ…!私のせいだ…っ!!私が来た時!彼はまだ生きてた!!」
「【名前】!!落ち着け!!」
「なのに私が逃げたから!!嫌だなんて言われたぐらいで…!なんで逃げたのよ!!それでも押し入りゃよかったのよ!!」
見開いた目から涙を流しながら叫ぶようにそう言うとブチブチと髪を引き抜いたり頬を力いっぱい引っ掻いた。こんな自傷にも似た行為をしたって彼は帰ってこない…、そんなことわかっているけれどこうでもしないと気が狂いそうだった。
だけど目の前のナワーブはそんな私を許してくれなかった。私の両手首を掴み上げるとそのまま自身の方へと引き寄せて、私を力いっぱい抱き締める。こうされると私は自傷できなくって心が苦しくって堪らなかった。
「離して!離せ!!離せえッ!!!」
濁点が付くような汚い声で叫んだものの、ナワーブはその力を一向に弱めようとはしてくれない。それどころかシーとあやすような声をかけてくると、頭をポン、ポン、と優しく叩いてきた。
「落ち着け【名前】、お前は何も悪くない。」
「違う…!私のせい……っ!私が…っ、私が見殺しにした……っ!!」
「鍵が閉まってたんだ。どうしようもないだろ。」
「そんなの…!蹴破ればよかった…っ!!」
「お前には無理だ。」
「じゃあ!呼び掛け続ければよかった…っ!!考えりゃ何でも方法はあった…っ!!なのにっ!なのに私は……っ!!」
「【名前】、」
やり場のない自分への憎悪を汚い声で叫び続ける私をナワーブは優しい声で呼んでくる。そして髪を優しく一撫ですると自身の口をできるだけ私の耳元に近付けてきた。
「大丈夫だ。お前は何も悪くない。お前はもっと幸せになれる。」
囁くように言うその声は酷く優しい声だった。今、こんな自分を許せやしないし自分の幸せなんて考えたくもない。なのになんでナワーブがこんなことを言うのか理解できなかった。
こいつなりの優しさなんだろうか…? でも、今幸せの話なんてしないでよ…!そうは思いつつもいろんな感情や気持ちで心がくしゃくしゃになった私はナワーブの体に顔をうずめて泣き喚いた。……ツンと鉄の臭いがした。
【時計仕掛けのグリムリーパー fin.】
----------
夢主の幸せのためには死神にもなれる傭兵。
(問題:傭兵のおかしな言動を見つけてください。(全部で最低でも6つはあります。))
プチ解説(ネタバレ注意)
次ページ→お題【煮ない焼かない噛みつかない】
※死の表現
※モブがいる
「【名前】、お前にもついに春が来たんだってな。」
「ブフッ!」
ゲーム前、私たち以外は誰もいない待機室内にてナワーブが突然そんなことを言い出したもんだから、飲んでいたワインを思わず吹き出してしまった。
何てこと言うんだ──、そう思いながらブワッと全身の毛穴を開かせつつナワーブの方を見てみたけれど、当のナワーブはというと頬杖をつきながら何食わぬ顔でチーズを頬張っている。これにはなんだか腹が立って、体がカーっと熱くなっていく感覚を覚えた。
「い…っ、いきなり何っ!?」
「ほえいひーふぁふぁふぁいへは。」
「口ん中空っぽにしてから言って!」
目を三角にしながら勢いよくそう言うと、ナワーブは私からワイングラスを取り上げて飲みかけのワインを口にする。そして口いっぱいに含んでいたチーズを体の中へと流し込むと空になったワイングラスを返してきやがった。この野郎…と青筋を浮かべていると、ナワーブは自身の胸辺りをトン、トン、と叩きながら私を指さしてきた。
「トレイシーが騒いでた。【名前】にもようやく春が来たかもって。」
詰まっていただろうチーズをようやく胃袋へと押し流せたのか、ナワーブはニヤリとイタズラな笑みを浮かべつつそう言ってくる。それを聞いた私は、数日前とある現場をトレイシーに見られたことを思い出した。自身は三度の飯より花より男より機械の方が好きなくせに、人の色恋話はとっても好きってわけか。そんなことを考えるとトレイシーにわずかながら怒りを抱いてしまい、顔に熱を集めながらぐぬぬ…と歯を食い縛った。だけどもそんな私の様子を横から見ていたナワーブは目をぱちくりとさせると、「お?マジか」と少し愉快げな声を発した。
……こいつ、面白がってるというよりはどこか嬉しそうだな…。ナワーブの愉快げな声色からそう察した私は、もしかしたらナワーブは私をからかいたいとかじゃなく私の“春”を純粋に喜んでくれているのかと感じて、はぁ~と観念したようなため息を吐いた。
「相手はやっぱあいつか?」
「……たぶん。」
「たぶんって何だよ。」
「中庭から出てくる瞬間をトレイシーに見られたってだけだし……。別にトレイシーが期待してるようなことをしたわけじゃないってことだし……。」
「まあ、密室で二人でいたってだけ十分だな。」
二ッと口角を上げて楽しそうに笑うナワーブのことが少し憎たらしく思ったものの、確かにナワーブの言う通りだ。「密室で二人でいたのだろう」という目撃談はあるけれど、「密室でキスをしていない」という目撃談も証拠はないわけで。そうなればいくら私が「キスなんてしていない」という事実を主張しても意味がない。暖簾に腕押しというやつだ。
またもぐぬぬ…と歯を食い縛りながらナワーブを睨みつけてみたものの、ナワーブは相変わらず楽しそうに皿に残ったチーズの欠片を口に運んでいた。
「ゲーム前でもワイン飲むような飲んだくれ女にもとうとう春か。」
よかったな、と愉快げに言われた瞬間、私はハッとして思わず「あ」と声が出た。そして空になったワイングラスを見て罪悪感を沸々と沸き上がらせる。そうしてついに罪悪感に耐え切れなくなって「う~ん」と唸り声を漏らしていると、ナワーブは少し心配そうに「どうした?」と声をかけてきた。
「そうだった~…。私お酒断とうと思ってたのに~…。」
「飲み過ぎで痔にでもなったか?」
「んなわけあるかっ!!」
「ふーん。
じゃあ、あいつに『酒飲まない女が好き』とでも言われたか?」
また目を三角にしている私に笑みを浮かべつつこう言ってきたナワーブにウ…ッと言葉に詰まる。なんせ当たらずとも遠からずといったところだったからだ。なんでこいつはこうも変なところが鋭いんだろう?
というのも、誰にも話したことはないし話す気もないけれど、その彼にはかつて大好きだった婚約者がいた。だけど、不慮の事故で亡くなってしまったらしい。そして私はその婚約者とよく似ているとのことだけど、彼女はお酒を飲まない人だったという。
そんな話を聞かされたら、私なんかじゃ彼女の代わりになり得ないというのは重々承知しているけれど少しでも彼女に近付きたくなるじゃないか。だから断腸の思いでお酒を断とうと決めたのだ。
事実、この数日間はお酒を断つことができていた。……………だっ、……だけども…、私ったらゲーム前にお酒を飲むとなぜだかチェイスがやたらと伸びるのだ。だからゲーム前には決まってワインを飲むようになっていて…、もはやこれが私のゲーム前のルーティーンと化していた。そして今日も今日とて私の決意とは裏腹に無意識化でワインを飲んでしまっていたらしい。
「……くそぅ~…。アル中か何かかよぅ私は……。大体なんでゲーム前にワイン出してくれるようになったんだよぅ~。ねぇ、ナワー──」
決意を早々に果たせなかった責任を荘園側に擦り付けながら同意を求めてナワーブの方へ顔を向ける。だけど、ナワーブの顔を見た瞬間私は思わず固まった。だって、さっきまでの楽しそうな表情とは打って変わり、何やら恐ろしさを感じさせるような顔をしているのだ。こいつは元々寡黙で少し暗い奴だから何を考えてるかわからないような真顔をすることはあるけれど、こんな恐ろしさを感じさせるような顔は見たことがない。
「…ナ……っ、ワ…──」
思わず冷や汗が伝わせながら恐る恐るナワーブに声を掛けてみる。するとナワーブはその瞬間、一変してスッと微笑みを浮かべた。
「──俺は助かるけどな。ゲーム前にエネルギーを補給できるから。」
これにはきょとんとした。だってさっきまで恐ろしい表情とは打って変わり、今はほんの笑みを浮かべながらこんな食い意地汚い発言をしているんだ。いつも通りのナワーブじゃないか。
そう思うとさっきまでの緊張が解けていき、ホッと安堵の気持ちが込み上がってくる。だけどそれも束の間、何だこの野郎心配させやがってという気持ちがだんだんと沸き上がってきて、思わず「もう!」と言いながらナワーブの肩を強く叩いた。
──もしかして、飲み仲間が減るとなって少し寂しくなったとか?
すっかり夜も更けてきた頃、私は薄暗くなった廊下を歩きながらまたも待機室でのことを考えていた。彼の部屋に行くまでの間、ふと頭に蘇ってきてしまったのでいろいろ考えてみたけれど、これが一番しっくりくる。
……あの野郎、仕方のない野郎だわ。そう思った私は、ジュースやお茶になるけれどたまにはあいつの酒に付き合ってやろうかな…なんて考えてクスッと笑いを溢した。するとちょうどそのタイミングで彼の部屋に着いたので、その笑顔を浮かべたまま彼の部屋のドアをノックする。
──コン、コン、コン
「【名前】だけど。入ってもいい?」
……
……
………あれ?返事が返ってこない。いつもならすぐにでも迎えに来てくれるのに。
そう不審に思った私はもう一度ノックをしてみようとした。だけど指を構えたその瞬間、中から「かは…っ」という何やら苦しそうな彼の声がしてきた。
「えっ!? だっ、大丈夫!?」
焦りつつそう言った私は、急いで何か入ろうとドアノブを回した。だけどどんなに強く揺すってもドアは開いてくれやしない。いつもならこの時間は私を招き入れるために鍵を開けてくれているはずなのに…。
「ねえっ!開けて!どうしたの!?」
「ダ、メだ…っ、帰…って、くれ……っ!」
「帰ってってそんな…!随分苦しそうじゃない!そんなんで放っておけるわけないでしょ!いいから開け──」
「──嫌だっ!『 』っ!!」
苦しそうな声色の彼が一際大きな声を発した瞬間、私は目を見開いて固まった。そしてじわじわと悲しいような寂しいような苦しいような感覚が込み上がってくる。彼が何かで苦しんでいる、だから早く中に入ってあげなきゃ──、そうは思うのにこの込み上がってくる苦しい感情に怖気付いてしまった私は一歩、二歩と後ずさる。そしてしまいには耐え切れずにそこから駆け出してしまった。
ああ、やっぱり私じゃ無理なんだ…!走りながらそう思った。だって!……だって、あの時彼が口にしたのは亡くなった彼の婚約者の名前だ。つまり、彼が苦しい時に頼りたくなるのは私なんかじゃなく婚約者なんだということをまざまざと突きつけられたような、そんな気がしたのだ。私なんかが彼女に代わり得ないのはわかっていた。……だけど、やっぱり改めてわからされてしまうと悲しいじゃないか。そんなことを考えつつ階段までやって来た私はその場に座り込むと、そんなことを考えて声を押し殺しながら泣き出した。
「【名前】、」
そんな私のことを誰かが背後から呼んでくる。こらえようとしても溢れ出てくる涙を流しながらー振り返ると、そこには珍しく上着を着ていないナワーブが立っていた。
「ナワ、ブ…、なんで…?」
「大丈夫か?」
いつになく優しい目つきで私を捉えると、私の言葉を無視して優しい声色で言ってくる。このせいで余計に涙が溢れ出てきたけれど、突如としてハッと我に返った。
「……っだ…っ!大丈夫よバカねっ!ゴミが目に入っただけだっての!」
「バカはお前だろ。逆じゃねぇかよ。」
ナワーブは涙を拭う私の目線に合わすようにしゃがみ込むと、少しだけ笑みを浮かべながらそう言ってきた。目つきはいつもより優しいくせに泣いている女の子に「バカ」なんてこいつはホントモテないんだろうなぁ…なんて毒吐きながらも、こんな時でもいつも通り接してくれるナワーブの態度がうれしかった。だから珍しく優しい目をしているナワーブにアハハと笑いかけると、残りの涙をゴシゴシと袖で拭った。
「ありがとねナワーブ。ちょっと元気出た。」
「そりゃよかった。」
「……ってことで、いっちょちょっと行ってくるわ!」
そう言いながらナワーブの肩を軽く叩くと、そのまますくっと立ち上がる。だけども次の瞬間には、なぜだかナワーブが私の手首をがっちりと掴んできた。
「行かなくていい。」
私がナワーブの名前を呼ぶより早く、ナワーブはそう一言言ってきた。真正面を見据えていてどんな顔をしているのかは見えないけれど、いつもより少し低いその声が神妙さを醸し出していた。
これにはもちろん違和感を覚えたけれど、だからといって行かなきゃいけないこちらの事情もあるわけで。
「実はさ…、ちょっと乙女拗らせちゃって逃げちゃったんだけどさ、彼の部屋の前着いた時、なんかめちゃくちゃ苦しそうにしてたんだよね…。」
「今頃はもう楽になってんだろ。」
「そ…っ、そうだといいけど!」
「……あいつ、お前を好きなんじゃなくて、死んだ婚約者をお前に投影してるだけだった。」
「そっ、そんなことっ、…言わないでよ!
……そうだとして、私は…いいんだよ。とにかく、今は心配だし…」
我ながら情けないと思いつつもおどおどしながらそう言うと、手首をがっちり掴んでいたはずのナワーブの手が突然パッと離れた。そしてその直後スッと立ち上がったナワーブは私の方へと向き直ってきた。
「…一緒に行く。」
「え!? な…っ、なんでよ!?」
「いいから。」
「何よ!?いい奴かよ!?」
「今更かよ。」
……うん、確かにあんたはいい奴だよね。心の中で秘かにそう納得した私はナワーブの好意に甘えることにした。
そういえば…、しんどい思いをしている中で他の男を連れた私が現れたりなんかしてヤキモチを妬かれたりしないだろうか……。
いざ彼の部屋の前のドアに着いた今そんな不安が頭をよぎってきて、ドアを開けるのを躊躇する。
「やっぱりやめとけよ。」
そんな私を甘やかすように相変わらず優しい声色のナワーブが後ろからそう一言発してくる。そうだよね、なんか気まずいしはっきり「嫌だ」と言われちゃったし…と思わずその言葉に甘えそうになったけど、そんな自分の甘えを払拭するようにブンブンと顔を横に振った。
「いやっ!大丈夫っ!入るっ!!入るもんっ!!」
まるで自分を言い聞かせるようにそう言った私は、勢いのままノックも呼びかけもしないで中へと入る。だけども薄暗い部屋の中へと入った瞬間、自分のマナーの無さに焦ったと同時に違和感を覚えた。だって先に部屋に来た時は、ドアに鍵がかかっていた。だけど今はドアが開いている……。これに首を捻ったけれど、私を見下ろすナワーブとふと目が合ってビクリと体を振るわせた。
「あっ、え…あっ!!【名前】!!【名前】です!!【名前】ですけど……、寝てるかなぁ~?」
そう言いながらそーっとそーっとベッドの方へと進む。そうしてベッドの元へと着いたけど、そこには誰もいなかった。あんなに苦しそうだったのにこんな時間にどこへ行ったんだろう…? そんな心配をしながらもなんとなくベットの脇を覗いた瞬間、私は思わず固まった。そこにはおびただしい量の赤い液体の上に力なく横たわっている彼の姿があるからだ。
「………──」
彼の姿を見ていると、だんだんと心臓の音がうるさくなっていく。そんな中、どこか冷静な部分の私がダメだダメだと警告してくるのに思わず彼の顔を見た。首の皮一枚でどうにか胴体と繋がっているような彼の顔には苦悶の表情が浮かんでいる…。
……そういえば、このおびただしい量の赤い液体は彼の首から流れ出てきているような気がする。だとすれば、このおびただしい量の赤い液体とは…、彼の…──
「──そこまでだ。」
ナワーブのそんな声と共にごつごつとした大きな手が私の思考を遮るように私の視界を遮断する。そうして思考が停止した私をナワーブは軽く抱きかかえると、そのまま私をどこかへと運んでから視界を解いた。見ればここは廊下で、真正面にはいつの間にかいつものあの上着を着たナワーブがいつになく真剣な顔をしている。
「お前はここにいろ。部屋の中にはもう入るな。」
「ま…っ、待ってナワ──」
「俺はとりあえずエミリー先生を呼んでくる。それから何人かの男手と……、イソップも読んだ方がいいか。」
「ね、ねえ!あれ、何…──」
「あいつの職業柄、検死ぐらいはできるかもしれねぇ。」
「…検……、…死………?」
その言葉を口にしてしまった瞬間、目の前がブツンと真っ暗になった。やっぱりあの彼の姿とは既に事切れてしまっている彼の姿で、あのおびただしい量の真っ赤な液体とは彼から流れ出てきている血液だ。そう理解できてしまうと次に浮かんできたのは彼のあの表情で、苦しそうなあの表情を思い浮かべてしまうと何とも言えない恐怖心と喪失感と……罪悪感が襲い掛かってくる。だって部屋に着いた時、彼は既に苦しそうな声を出していた。あの時にはきっともう、彼は酷い目に遭っていたんだ。なのに私はほんの些細な事如きで勝手に傷ついて、逃げ出して、泣き出して…!
そう考えると自分に憎悪の気持ちが込み上がってくる。だから自分の頭を爪を立てて掻き毟ると、憎い自分の髪を掴み上げて力いっぱい引っ張りながらうめき声をあげていた。
「【名前】!【名前】!!」
「……私だ…!私のせいだ…っ!!私が来た時!彼はまだ生きてた!!」
「【名前】!!落ち着け!!」
「なのに私が逃げたから!!嫌だなんて言われたぐらいで…!なんで逃げたのよ!!それでも押し入りゃよかったのよ!!」
見開いた目から涙を流しながら叫ぶようにそう言うとブチブチと髪を引き抜いたり頬を力いっぱい引っ掻いた。こんな自傷にも似た行為をしたって彼は帰ってこない…、そんなことわかっているけれどこうでもしないと気が狂いそうだった。
だけど目の前のナワーブはそんな私を許してくれなかった。私の両手首を掴み上げるとそのまま自身の方へと引き寄せて、私を力いっぱい抱き締める。こうされると私は自傷できなくって心が苦しくって堪らなかった。
「離して!離せ!!離せえッ!!!」
濁点が付くような汚い声で叫んだものの、ナワーブはその力を一向に弱めようとはしてくれない。それどころかシーとあやすような声をかけてくると、頭をポン、ポン、と優しく叩いてきた。
「落ち着け【名前】、お前は何も悪くない。」
「違う…!私のせい……っ!私が…っ、私が見殺しにした……っ!!」
「鍵が閉まってたんだ。どうしようもないだろ。」
「そんなの…!蹴破ればよかった…っ!!」
「お前には無理だ。」
「じゃあ!呼び掛け続ければよかった…っ!!考えりゃ何でも方法はあった…っ!!なのにっ!なのに私は……っ!!」
「【名前】、」
やり場のない自分への憎悪を汚い声で叫び続ける私をナワーブは優しい声で呼んでくる。そして髪を優しく一撫ですると自身の口をできるだけ私の耳元に近付けてきた。
「大丈夫だ。お前は何も悪くない。お前はもっと幸せになれる。」
囁くように言うその声は酷く優しい声だった。今、こんな自分を許せやしないし自分の幸せなんて考えたくもない。なのになんでナワーブがこんなことを言うのか理解できなかった。
こいつなりの優しさなんだろうか…? でも、今幸せの話なんてしないでよ…!そうは思いつつもいろんな感情や気持ちで心がくしゃくしゃになった私はナワーブの体に顔をうずめて泣き喚いた。……ツンと鉄の臭いがした。
【時計仕掛けのグリムリーパー fin.】
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夢主の幸せのためには死神にもなれる傭兵。
(問題:傭兵のおかしな言動を見つけてください。(全部で最低でも6つはあります。))
プチ解説(ネタバレ注意)
傭兵は夢主のことが好きだが、自分では夢主を幸せにできないと思っているのであくまで“友達”という立ち位置にいる。だからこそ夢主が幸せになりそうなら純粋に喜ぶが、逆に夢主が幸せになれないと判断すると……………。
あと、ドアを開けろと言う夢主にモブが「嫌だ」と言ったのは、夢主が入ってきたら今自分を殺そうとしている人物に夢主までもが殺されると思ったから。ただ、モブは夢主に死んだ婚約者を投影しているため、夢主を気遣ったわけではない。二度も婚約者を失いたくないから「嫌だ」と言った。
あと、ドアを開けろと言う夢主にモブが「嫌だ」と言ったのは、夢主が入ってきたら今自分を殺そうとしている人物に夢主までもが殺されると思ったから。ただ、モブは夢主に死んだ婚約者を投影しているため、夢主を気遣ったわけではない。二度も婚約者を失いたくないから「嫌だ」と言った。
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