8.キックチーム
名前変換
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「すみません。これ、落としませんでしたか?」
急に声を掛けられ、後ろを振り向くと他校の女の子が立っていた。どうやら、ピックを落としたらしい。しかし誰かに踏まれたのか、一部が欠けてしまっていた。これでは使い物にならない。それに、わざわざ拭いてくれたであろう彼女の綺麗な手も汚れていた。その行為だけで十分、彼女の優しさが伝わる。
ギターを出したのは交差点の近くだったはずだ。この人混みの中、わざわざ追いかけてきてくれたのだろうか。視線を上げると、その子はとても優しい顔で微笑んでいた。
「…君とは、音楽性が合う」
「……はい?」
僕はその日、天使に出会った。
*****
…冒頭の赤羽の妄想がうざったいけど、赤羽が落としたピックを巨深の子がわざわざ届けにきてくれた。「大事なものだったら大変ですから」とふんわり笑うこの子は確かに可愛い。可愛いけど、いきなり音楽性が合うっていわれても困るでしょうが!ホント頭いいくせにバカよね!
それからお礼に、ってことで赤羽とコータローとアタシとその子で近くのカフェに入った。「お礼なんていいです…!」って遠慮してたけど、赤羽が折れるはずもなく、アタシがいいのよ遠慮しないで、と間に入って隣に座らせた。ちなみに巨深の子の前が赤羽で、必然的にアタシの前がコータロー。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。アタシは沢井ジュリ。あっちのスマートスマートうるさいのがコータローで、キザっぽいのが赤羽よ」
「おいジュリ、うるさいってなんだよ!スマートじゃねぇな!」
「ホントだ…」
「…君の名前を聞いてもいいかい?」
「あっ、すみません。水瀬花音です」
「花音、か。綺麗な名前だ」
赤羽は前から何考えてるかわかんないと思ってたけど、今回は特に酷い。この可愛い花音ちゃん相手に何を言い出すかわからないわ。っていうか、アンタが間に入ると、話が進まない!
「その制服、巨深よね?花音ちゃんは一年生?」
「はい。沢井さん達は、年上ですか?」
「ええ、私達は二年なの。っていうかいいのよーそんな固くならないで、ジュリって呼んで!」
「俺もコータローって呼んでいいぜ!」
「ジュリさんと、コータローさんですね。よろしくお願いします」
今どき珍しいくらい礼儀正しい。あと少し緊張してるのも、また初々しくて可愛い。こんな後輩がいたらうんと可愛がったのになぁ~なんて思いながら頭を撫でてあげると、花音ちゃんは少し照れくさそうに微笑んだ。ああ、可愛い!赤羽ほっといてアタシが仲良くなりたい!
「ジュリー!先に注文しちまおうぜ!」
「あーそうね。アタシは、カフェラテでいいわ」
「花音。好きなのを選ぶといい」
「俺、コーラな!」
「…お前にはいっていない」
「紅茶でもいいですか?」
「ああ、遠慮しなくていい。ケーキが好きなら、セットにしてはどうかな」
「そ、そんな!お茶だけで十分です!」
「フー…お礼なんだ。ここは素直にありがとう、でいいんだよ。いってごらん」
「あ…ありがとうございます」
「このいちごのショートケーキを見ていたね。これでいいかな」
「はい。えっと、お願いします」
…はっきりいって顔がいいせいか、赤羽と花音ちゃんは絵になる。アタシとコ―タローが退いたら、美男美女カップルに見えなくもない。
ああ、そう!そこでギターとか出さなきゃね!一瞬で台無しにするわね!知ってたけど!
「さっきも弾いてましたけど、ギターお上手ですね」
「わかるのかい?流石僕の花音」
「へっ、僕の?いえ、そこまでは」
「赤羽がキザでうぜぇー!」
「はいはい。いつものことでしょ」
「好きな曲はあるかい?知っている曲なら、ある程度弾けるよ」
「マーメイド・プリンセス…ってご存知ですか?」
「フー…映画の主題歌だね。とても幻想的な曲で気に入っているよ」
「本当ですか!?あの、私も大好きなんです!」
嬉しそうに微笑む花音ちゃんは、それはもう女のアタシもドキッとするくらい可愛かった。赤羽は呆気に取られた後、サングラスを掛け直して花音ちゃんの手をそっと握った。
「……僕と結婚し「どうしてそうなるのよッ!!」
「邪魔するなジュリ。花音が今、大好きだと」
「アンタのことじゃないでしょうがぁああ!!」
「花音!コイツに触れると穢れるぜ!ぺっぺっ!」
「っ、コータロー!お前のツバの方が汚い!!僕の花音が汚れる!!」
「つーかお前のじゃねぇだろうが!!」
「アンタら店でケンカしないの!!」
「あの、落ち着いてください!」
花音ちゃんがオロオロし始めると、二人とも逆方向を向いて険悪なムードになった。この二人を隣の席にしたのがまずかったわね。とりあえずこのままじゃいけないと思い、席を変えた。花音ちゃんの隣を赤羽、アタシの隣をコータロー。よし、これなら多分大丈夫でしょ。
「ブレンドコーヒー、カフェラテ、コーラのお客様ー」
「僕だ」
「はいはい、こっちでーす」
「待ってましたー!」
「レモンティーといちごのショートケーキの方は…」
「彼女の方へ」
「ありがとうございます!美味しそう!」
メニューが届いた途端、花音ちゃんの目がすごく輝き始めた。ケーキ類が好きみたいね。ホント見た目通り女の子って感じだわ~可愛い可愛い。食べる前にきちんと赤羽にお礼をしてから小さく切って口に含むと、とても幸せそうな顔をしていた。
「ん~っ、美味しいです!」
「…花音が可愛すぎる」
「美味しそうに食べるわね~」
「ジュリさんも一口食べますか?」
「あ、いいの?そのフォークそのまま使っちゃって平気?」
「はい。どうぞ」
「じゃあ一口もーらい」
わざわざ切ってくれたケーキを一口貰うと、クリームの味が口いっぱいに広がった。あー甘い。ケーキなんて久々に食べたわーなんて思いながらカフェラテを飲むと、赤羽が微かに震えていた。
「ジュリ、なんだそれは」
「なんだって何よ?」
「花音に何を…!間接じゃないか!そんなことが許されるのか!」
「別に、花音ちゃんもいいっていってたじゃない。女の子同士だもの、これくらい普通よ。ねー?」
「はい。私もお友達とします」
どうやらあーんってしたのと、フォーク共有が不服らしく文句を言ってきた。別に、女の子同士なら抵抗はないもの。ていうか何なのよ、自分もしてほしい訳?それは流石にないわ。彼氏ならともかく、さっき会ったばっかよ?どんだけ図々しいのよ。
「赤羽さんも食べますか?」
「…待て。それは今ジュリが食べた。無理だ」
「ちょっと、どういうことよ」
「そこの店員さん。フォークを取り替えてほしいんだが」
「……キレてもいいかしら」
「お、落ち着けよジュリ…」
コータローに宥められるなんてかなりレアだわ。にしても、赤羽ムカつく。マジでムカつく。アタシだってアンタと間接なんて願い下げだけどねぇええ!後で覚えてなさいよ!!
「赤羽さん。あーんしてください」
「……ん」
ホント絵になるのも腹立たしい。珍しく照れてんじゃないわよ。アンタ甘いのダメじゃなかった?やたら満足げな赤羽にイラついていると、花音ちゃんが急にあっ!と慌てた声を出した。
「どうしたんだい?」
「ごめんなさい!こういうことすると、りっくんに怒られるのに」
「…りっくん?」
「えっと、彼氏…です。むやみにこういうことするなって」
その言葉を聞いた途端に赤羽が椅子を引きずり、フォークを落とした。そして考える人のポーズで何かの間違いだ、と言いたげに悩み始めた。傍から見ると滑稽だわ。そりゃ花音ちゃんは可愛いしいい子だし、彼氏くらいいるでしょうよ。
「花音、彼氏いんのかよー!ちょっとショックだ!」
「はい。そういうことになってまして」
「そういうことに?」
「あ、いや、その」
「おいおい嘘はいけねぇぞ。スマートじゃねぇ」
「うう…!」
「花音ちゃ~ん?ホントは何なのー?」
「ほ、本当は従兄なんです!」
アタシ達二人の問いかけに、参りましたといわんばかりに弁解し始めた。どうやら可愛い花音ちゃんのナンパ撃退のために、そう言わされているらしい。でも写真見せてもらったけど、なかなかイケメンだったわ。俺の方がスマートとか、隣のバカはうるさかったけど。
「…花音、僕に嘘をついていたのか」
「ご、ごめんなさい。たまにしつこい人もいて、そういって断れっていわれてて…」
「そんな不潔な男がいるのか。許せないな」
「っていうか、アンタも似たようなものよ」
復活した赤羽も同類だとアタシは思ってる。ホントしつこい。でも花音ちゃんも笑って流してる辺り、慣れてるのかしら。何気に苦労してんのね。
「ご馳走してくださって、ありがとうございました。とっても美味しかったです」
「こちらこそ、君には感謝しきれないよ。僕と出会うために舞い降りた天使「また遊びましょうね!花音ちゃん!」
「はい。私で良ければ」
「俺とも約束だぜ!今度スマートなキック見せてやるからな!」
「え?サッカー部なんですか?」
「あー違う違う、間違えられやすいけどアメフト部なのよ」
「へー!コータローさんもアメフト部なんですね!」
「え?」
「は?」
「…“も”?」
「はい。私、巨深のアメフト部のマネージャーをしてるんです」
「「えええええ!!!?」」
「フー…神のイタズラは、あまりに残酷だ」
帰り際、花音ちゃんからまさかまさかの爆弾発言。こんな偶然ってあるのね。アメフトって結構マイナーなのに、花音ちゃんがねぇ。でも「フィールド上では敵同士ですね」なんて普通にいっちゃう辺り強い子なんだなって思った。
それからコ―タローは花音ちゃんにスマートなキック見せるって張り切っちゃって、赤羽は巨深のデータ分析に没頭していた。最終的に「花音のチアを見たかった…」で終わった時は一体何調べてたのよ、と呆れたけど。
「…花音に、喜んでもらえるだろうか」
あと暇さえあれば、マーメイド・プリンセスって曲を練習してた。結構真剣に、一音間違うだけで何回も弾き直す。変人なのがたまにキズだけど、なんだかんだ花音ちゃんのことは本気らしい。
「もしもし、花音ちゃん?今片づけしてるんだけど、アタシのお下がりで良ければ着る?」
『え、いいんですか?ジュリさんはオシャレだから嬉しいです!』
「ふふ、ありがと!じゃあ、今度遊ぶ時に持っていくわね!」
『はい!楽しみにしてますね!』
…ちなみに、アタシだけ花音ちゃんの連絡先を知ってるのは、赤羽やコータローには内緒!
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