44.365日
名前変換
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「あれ?花音ちゃん。3年の教室まで来てどーしたよ?」
「沖田先輩!あと、南先輩と滝沢先輩!明日の受験の応援に来ました!頑張ってくださいね!」
「マジで!?サンキュー!絶対受かる気がしてきた!」
「が、頑張ってくるよ!ありがとう!」
「おう!小判鮫達は明後日だってよ~」
「他の先輩方も張り切って応援します!」
「花音ちゃんはマネ以外の応援も頑張るなぁ」
「引退しても大事な先輩ですから!」
「「「全米の俺が泣いた」」」
『先輩達に最後の思い出を残そう』という意向で学園祭がお正月明けなのはいいけど、受験前の先輩は任意参加だった。準備は強制ではないとはいえ、当日は絶対参加。こんな時期に無茶苦茶な…と思うけど、結構な数の先輩は参加して、出店や劇も積極的に手伝ってくれた。
ちょっと休憩~といいつつ力仕事を買って出たり、就職が決定してる先輩に至っては、普通に私達と準備して劇のチョイ役をしたり。センター試験もあって大変だったはずなのに、人が良いというかなんというか…全員で参加出来たのは嬉しいけど、そのせいでダメでした!なんて言い訳は聞きたくないから、ちゃんと受かってるといいな。
「水瀬さん!日直代わろうか?」
「俺は掃除代わるよ!」
「今度の課題は僕が手伝っても…」
「あ、ありがとう。でも、自分でやるからいいよ」
そういえば、2月に入ってから急にクラスの男の子達が優しくなった気がする。言い方は悪いけど、恩を売っておこうって感じがひしひしと伝わる。お願いがあるなら、直球でいってくれたほうがわかりやすいのに。一体何なんだろう?
妙な違和感を覚えながら教室移動をしていると、大声で名前を叫ばれた。振り向くと、ゴールデンレトリバーが尻尾を振って…じゃない。健悟くんが笑顔で手を振っていた。
「花音ちゃん!おっはよー!」
「おはよう。健悟くんは今日も元気だね」
「俺から元気取ったら何もないって!それよりさーもう準備とかしてる?」
「準備って何の?」
「そりゃもちろんアレだよ!今月の大イベントといえば~?」
「節分?」
「いやいや他にあるっしょ大事なのが!!」
「えーと…あ、そうだ!大事な日があった!」
「イエス!さっすが花音ちゃん!…ってあり!?何処行くの!?」
急いで向かったのはD組の教室。丁度、佐々那くんと何か話してるみたいだ。ちょっと待ってようかなと思ったけど、すぐに気付いた駿くんが手招きしてくれた。
「俺に用か?」
「うん!あのね、再来週の日曜日って空いてる?」
「日曜…別に部活くらいだな。でも当番は渋谷だろ」
「知ってるよ。部活終わりでいいんだけど、少し話したいことがあって。時間貰ってもいいかな?」
「あ、ああ。構わねぇけど」
「良かった!私頑張るから!じゃあ、またあとでね!」
「………」
「筧。バレンタイン前に呼び出されて浮かれるのは良くない。何せ相手は水瀬だ」
「んなこと俺が一番わかってんだよ!でもあんな嬉しそうになんだよ!ドッキリでも仕掛ける気かよ!ヒル魔がバックにいたら最悪すぎるだろ!!」
と、駿くんが騒いでいるとは露知らず。休み時間中にプレゼントの完成図を描いて、必要な材料を計算した。
毎日○○の日とかあるけど、そういうのじゃないんだ。ただ単に思い入れがあるだけ。自己満足だけど、喜んでくれるといいな。バレないように合間を縫って、私はこっそりとその準備を進めた。
「乙姫先輩、受験お疲れ様でした!」
「ありがとう。受かるか心配なんだけどね」
「先輩なら大丈夫です!それでその、ご相談というか教えてもらいたいことがありまして…これ得意なんですよね?」
「得意ってほどじゃないけど、そういうものを作るのは好きね。でも、少しくらいイビツなほうが手作り感があってよくない?」
「ダメです!ちゃんとしたのを作ってプレゼントしたいんです!」
「ふふ、そうなの。筧くんは本当に幸せ者だわ」
「あれ?私送る人いってな…どうして筧くんってわかったんですか?」
「それはね…」
その返答を聞いて、改めて駿くんの存在の大きさに気付いた。そして、乙姫先輩の優しさにも。私をよく見てくれたのは先輩が先だった。この学校に入ろうと思ったきっかけも、先輩の言動に勇気づけられたからで…
「希望の女子短大に受かったら、いっぱいお祝いさせてくださいね!このお礼もいずれ!乙姫先輩にはたくさんお礼をしたいので!」
「気持ちだけで十分よ。放課後に材料を揃えに行きましょうか」
「はい!ありがとうございます!」
無事に受かるだろうから、お祝いの品を用意しないと。あとアメフト部の先輩と、他のチア部の先輩も…本当に2月って忙しい!卒業は3月だけど、準備だけでいっぱいいっぱいだよ!
早々に計画倒れしそうになりながらも、先輩と一緒に材料を買いに行った。途中で脱線して着せ替え人形にさせられたのは想定内だったけど…
「こ、このへんで勘弁してください…」
「あと一着だけ!あの服も試着させてもらいましょう!」
「も~お客さん、このまま店頭モデルやりません~?」
「やりません!!」
ロリータ系のお店は可愛すぎて辛かった。先輩は楽しそうだから邪険には出来ないし、勉強代と思えば仕方ない…のかな。ようやく教えてもらえることになったのは、もう2店舗ほど回った後だったけど。始める前から既に前途多難です。
「―…ろって。起ーきーろー!」
「んん~」
「電気点いてるし、まだ起きてるのかと思ったら…ちゃんと毛布掛けて寝ろって」
「うん。ありがと…」
そっか。作っている途中で寝ちゃったんだ。流石にあの後じゃ体力が持たないか。ぼやーっとしながら、片付けと明日の準備を始めた。
…あれから少し、りっくんとの間に距離が出来た気がする。目に見えないくらいの変化。私が気にしてるだけといえば、そうかもしれないけど。あの言葉は、どういう意味だったんだろう。悶々としながらも、その日は静かに眠りに落ちた。
「花音~部活も休みだしカラオケ行かない?」
「ごめんね。帰ってやることあるから」
「そういや昼休みに宿題終わらせてたっけ。あ、もしかしてガチなの作ってんの!?特訓中とか!?」
「特訓?えーと、上手じゃないけど頑張ってるよ!またね!」
「ついに本命出来たんだ~!誰だろ!この前の王子候補の誰かとか?…いや、ないか!マトモなのいなかったし!」
慣れないことに挑戦しているから、完成には程遠い。でも、時間は限られてる。当日に渡せないと意味がないんだから。その日も早めに家に帰り、私はラストスパートを掛けた。
「~~っ、出来たー!」
綺麗にラッピングすれば完成!細かいところまで頑張ってたから、当日になっちゃったけど、間に合って良かった。そう安心したのも束の間。下手したら部活の終了時刻だと気付き、私は慌てて連絡を入れた。
待ち合わせ場所は、きっと駿くんにしかわからないところ。面倒だと思われるかもしれないけど、どうしてもこの場所が良かったんだ。
「やっぱここだったか」
「あ、お疲れ様。すぐわかったんだね」
「『私を見つけてくれた場所』っていうから少し迷ったけどな。寒くないか?」
「うん。意外に温かいよ」
貝殻の建造物がある公園。あの時は…突き放してしまった場所。既にレジャーシートも敷いて、話す準備は万端にしてある。ただ、駿くんも入ると少し狭いのが難点かな。元々、子供用の遊具だからね。
「で、話って?」
「その前に少し、昔話をしてもいい?」
「ああ。いいけど」
「私が巨深に入ろうとしたきっかけの話です」
高校の見学会の案内についてくれたのが、乙姫先輩だった。何回か行かないと意志の強さが伝わらないから、合計で3、4回は行ったのかな。
名前を覚えてもらって、少しずつ話をする中で「人魚姫みたいね」って言われた。容姿とか性格が、じゃなくて声が出せないところ。ちゃんと喋っているつもりでも本音が出せなければ、それは“私”じゃないから。「頑張ります」「結果を出します」と答えるような、良い生徒で居続けること。上辺だけの優等生はとても辛かった。
「ここに入れば、少しは変われるかもしれない。ちゃんと喋れるようになるかもしれない。そんな気持ちを乙姫先輩に貰ったから、私は1年前の今日、受験したの」
「1年前、ってことは…」
「そう。駿くんに初めて会った日なんだよ」
会った日なんていちいち覚えてないかもしれないけど、私はちゃんと覚えてるよ。乙姫先輩に会った日。進さんに会った日。駿くんに会った日。キッドさん、鉄馬さん、健悟くん、赤羽さん…私の1年は、ある日を境にとても彩っていった。
海のようにキラキラした青に魅せられて。美しい木々のような緑に癒されて。真っ赤な炎のように情熱的な赤に燃やされて。持っている絵の具やコピックじゃ表現出来ないような、見たこともない鮮やかな景色…
「あの時、迷っていた私を助けてくれたでしょ。そんな風に簡単に、駿くんは私の道を教えてくれる。いつも本当に感謝してます」
「それは俺だって…」
「あと、この前の暴言は全部間違ってたから訂正させてね。気付いてくれてありがとう。私はもう一人で生きていけない。でも、貴方に会えたから強く生きていける」
「…花音」
「気付いてくれれば誰でも良かったのかもしれない。でも、貴方で良かった。出会えて良かった。もう突き放したりしないよ。傍にいてくれて、傍にいることを許してくれてありがとう…駿」
人を信じなければ、裏切られることもない。今まではそんな風に、寂しい生き方しか出来なかった。でも、信じたいと思う人が現れたの。嘘つきで、騙されやすくて、お人好しで、寂しがり屋で、どうしようもなくダメな私。必死に隠しても、すぐに見つけてくれたね。
その迷いのない瞳でちゃんと私を見てくれた。傷つけても、それでも傍にいてくれた。このたくさんの“ありがとう”って気持ちを、どうしても今日伝えたかったの。
駿くんはしばらく固まった後、髪をぐしゃっと掻き乱し、真っ赤な顔を隠すように俯いた。
「…っとに、どこまで好きにさせるんだよ」
「え?」
「いや、俺も一緒だよ。会えて良かった。夢に近づけたのは、花音がいたからだ」
「私がいなくても、駿くんは頑張り屋さんだからきっと…」
「昔の俺なら進に勝つなんて宣言しない。大和の凄さを見て、それでも再戦したいと思ったかどうかもわからない。俺は、花音と出会ったから強くなれた。花音に負けないように、俺も頑張ろうと思った」
「え、あ、そんなっ」
「俺の言葉や夢を信じて応援してくれて、ここに帰ってきてくれてありがとう」
思いがけない優しい言葉。私がありがとうって言いたかっただけなのに、逆にお礼を言われるとは思わなかった。
「あれ?私送る人いってな…どうして筧くんってわかったんですか?」
「それはね…私の好きな花音ちゃんが表に出てきたのは、彼と出会ってからだから。貴女の心の声を、ちゃんと聞いてくれた人なんでしょう?」
ふと、乙姫先輩の言葉を思い出した。私の“助けて”に気付いてくれた優しい人。才能も取り柄もない本当の私を、ちゃんと受け止めてくれた。ダメなときはダメって叱ってくれた。
言葉に出せなかった本音を汲み取ってくれたから、私は私として生きていけた。
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