40.Merry Christmas bowl
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「そこにいやがったか赤羽ぁああ!」
「…棘田先輩」
関西代表は帝黒学園。偶然出会う可能性はあったが、わざわざ向こうから来るとは思わなかった。引き抜きの件もあり、彼にはあまりいい印象がない。元々音楽性も合わなかったが、今更僕に何の用だというのだろうか。
「花音っつったかあの女ァ!どういう教育してやがんだ!」
「は?」
「は?じゃねぇよ!お前の女だろ!?」
意外な名前が出てきて驚いた。僕の女、とはどういうことだ。いつかそんな関係にと考えてはいるが、そんな心境を彼が知っているはずがない。
ということは、偵察に行った時に接触したのか。彼女は見た目に反して大胆に行動するところがあるからな。そんな憶測をしているうちに、彼が自ら真実を語ってくれた。
「俺よりお前の方が強いだの大人だの!ふざけんじゃねぇよ!!」
「何故、彼女がそんなことを?」
「テメェも俺と同レベルだっつったら、調子に乗りやがって!」
僕を…庇ったのか。言動の意味を理解すると、徐々に胸が温かくなるのを感じた。花音は自分のプライドよりも、他人のプライドを尊重する。その無鉄砲さが危なっかしくて仕方がないが、彼女の良さには違いない。
それを踏まえると、目の前でぎゃんぎゃん喚く元先輩がとても醜く見える。嗚呼、なんて耳障りな不協和音だ。是非とも彼女の綺麗な声を見習って欲しい。
「フー…やはり、貴方とは音楽性が合わない。帝黒へ行かなくて良かった。もし、そちらにいたら…あんな素敵な女性に出会えなかったでしょう」
「何処が素敵だ、あんなバカ女「棘田」
「ぐっ!」
「お前の見栄やプライドなんてどうでもいいが、彼女の侮辱だけは俺が許さない」
また無意識に口が悪くなった。感情を抑えるのは、意外に難しいものだな。最も、彼女が関わらなければこちらも冷静でいられるんだが。棘田は僕が怒りを露わにしたことに驚いたのか、青ざめて固まってしまった。このまま放置して構わないな。
さて、それより花音は何処だろうか。今すぐ会って伝えたいことがある。ギターケースを肩に掛け直して探し回ると、貫禄のある男性と話している最中のようだった。身内にしてはお互い表情が硬く感じるが、どんな関係なんだろうか。疑問を抱きつつも、会話が終了したのを見計らって彼女に声を掛けた。
「花音」
「あ、こんにちは!メリークリスマスボウルです!」
「面白い言い回しだね。先程の男性は?」
「十文字くんのお父さんです。ラインが見えやすい場所まで案内して来ました」
「顔見知りなのかい?」
「いえ。受付で名前を聞いてもしかして、と思って声を掛けたらビンゴでした。初めて応援に来てくれたみたいですから、十文字くんも嬉しいでしょうね」
彼女は赤の他人へも深い心遣いが出来る。初めて出会った時もそうだった。綺麗な手を汚してまで、僕のために行動してくれた。そんなところに強く惹かれたんだ。
十文字くんの父親は一見厳しそうな方に見えるが、穏やかに笑っていた。彼女の優しさはとても心地良く、常に美しいメロディーを奏でている。
「そういえば、私に御用でしたか?」
「ああ、そうだ。帝黒へ行った時、目付きの悪い男に嫌なことを言われただろう。僕を庇ってくれて、ありがとう」
「お礼なんていいですよ。私がムカっとして、勝手に突っかかっただけですから」
「どうして、ムカっとしたんだい?」
「だって、赤羽さんが半年試合出られなくても盤戸で頑張ろう!って思った決意もバカにされたみたいで…あんな人と同じにされるなんてムカつくじゃないですか!」
「…花音」
「それに私は、盤戸にいる赤羽さんが好きですから。コータローさんやジュリさん達を見捨てなかった貴方だから、応援しました」
彼女はあの時、幼馴染であるセナくん達を応援することだって出来た。それでも、歓声を掻き分けながら僕の名を呼んでくれた。僕を見つめて、ただ一生懸命に応援してくれた。いつも以上に気合いが入ったのは、純粋に嬉しかったから。この選択が間違いではなかったと、彼女が証明してくれたようだったから。
君に出会えたから…僕は正しかったと、自信を持てるようになったんだ。
「じゃーん!そんな頑張り屋さんの赤羽さんへ、クリスマスプレゼントです!」
「いいのかい?」
「私も素敵なプレゼントを貰いましたから。寧ろ、釣り合ってなくてごめんなさい」
落ち込んでしまった彼女の耳には、僕が送ったイヤーマフが付いている。プレゼントには日頃の感謝を込めていたため、お返しは期待していなかった。何より、彼女の秘密を知ってしまったからだ。花音は…正確な誕生日を隠している。
気付いたのは、セナくんの誕生日の話で盛り上がっていた時。その流れで雪光くんの誕生日を知った。2月29日。そして彼女の誕生日も、登録上は2月29日。閏年が連続して起こるなんてあり得ない。何故彼女はいくつも嘘を重ねるのか。それについて深く追求することは、僕には出来なかった。
「ありがとう。大切にするよ」
「どういたしまして。そろそろ私達も応援席に行きましょうか。皆さん待ってますから」
「…そうだね」
一度傷つけた僕にさえ、笑顔を見せてくれる。嘘について触れれば、また大切な君を傷つけてしまうだろう。きっとしばらく、本物の誕生日プレゼントは渡せない。だからこうしてクリスマスというイベントを使って送るんだ。君への感謝と、決意を示して。
「あっちゃ~…可愛い子猫ちゃんを見つけたと思ったら、ついでに嫌な男とも会っちまったよ」
「そういう言い方はやめなさい。花音ちゃん、こんにちは。久しぶりね」
「はい。お久しぶりです。二人ともお揃いで仲良しですね」
「でっしょ?これは昨日マリアがくれっ、いだだだ!」
「余計なことを言わない」
「ちょ、待って!前髪抜けるっちゅう話だよ!」
移動中に、お揃いのブレスレットを付けた白秋の二人と出会った。しかし、この円子という男とは音楽性が合わない。彼も僕を敵視しているようだし、それはそれで構わないが。
彼は恋人らしき女性に怒られた後、珍しく僕のほうへやってきた。試合の最中と同じく、やけに冷たい目をして。
「で、何処まで調べた訳?」
「何の話だ」
「もちろん、アンタの隣にいたお姫様のことだよ。去年のMVP様は、分析が得意なんだろ?邪魔になるようなら、俺も黙ってられないからさ」
「それは、君の父親が動くほどのことなのか」
「わかってるなら話は早いね。俺もこれ以上、花音ちゃんを傷つけることはしたくないんだ」
西部の一件を指しているんだろう。なりふり構わず力で抑え込んでいるイメージだったが、彼にも罪悪感というものがあるようだ。まるで、家族を守るような情愛を感じる。好かない部分はあるものの、ほんの少しだけこの男を見直せた気がする。
「全てを知っても、彼女を傷つけることはしない。僕はいくらでも手を貸す。場合によっては…君へもだ」
「そいつは頼もしいね。アンタのことは嫌いだけど、花音ちゃんのために協力はするよ」
「それは嬉しいな。僕も同意見だ」
「じゃあ、今度そのケーキ屋さんへ行きましょうね!マリアさん!」
「ええ、楽しみにしてるわね」
「うっそーん!?いつの間に仲良くなってんの!?マリアって呼ばれるの嫌とかいってたのに!?」
「女帝なんて変な呼称のせいで、今までこんなに慕ってくれる子はいなかったもの。可愛い妹みたいで嬉しいわ」
「えへへ、私もお姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいです」
険悪さが増したこちらと違い、女性陣はかなり仲良くなったらしい。この様子では、彼よりも花音のほうが大事だと言い兼ねないな。いい気味だ。
…それにしても、シリアスムードを出していた男とは思えないほどの、変顔のオンパレードだな。顔芸が得意なのか。
「マルコくん達も一緒に応援しない?」
「俺達はいいよ。それより峨王のこと頼むね」
「さり気なくすごいことを頼まれた気がするんだけど…」
彼らと別れてから前の席へと移動したが、ここにも問題があった。花音に気付いた彼は安心したように笑ったが、隣に僕がいると知ると、急に顔をしかめて戦闘態勢に入った。
「やけに遅いと思ったら、赤羽と一緒か」
「マジかよ!花音に何かするなっつったろ!ぺっぺっ!」
「僕が何かしたことを前提にキレないでくれ」
「既にしてんだろ!恋人繋ぎはやめろ!」
「この人混みではぐれない手段だろう」
「だから普通に繋げっつーの!スマートすぎんだよ!」
毎回非難しか浴びないが、そんなにいけないことだろうか。二度目なこともあり、完全に花音が慣れてしまっているのが残念だが。彼女とジュリはキレる二人を止め、席に座るように促した。まだ試合前だというのに、忙しい面々だな。
「花音ちゃんはこっちの席なー!」
「ここ?」
「オーーケ~イ!テッテ・テーレレレ~♪俺のターン!花音ちゃん守り隊、高波の効果発動!」
「…この効果が発動中、花音の隣は俺と水町以外座ることが出来ない」
「続けてフォーメーション・ポセイドンを発動!」
「更に筧先生と水町くんの隣を僕と大平で占拠することによって、完全な防波堤を作る!フッ…これにてターンエンドです」
「え、これ何のカードゲーム?」
巨深の元主将が突っ込んだが、彼女の隣というベストポジションは彼らによって奪われてしまった。基本的に彼らが座っていたが、この190cmと2m超えの4人形成では、花音がすっぽり隠れてしまうのが惜しい。背がそこまで高くない自分を恨みたくなる。
その後「駿くんもノリが良くなったね」という彼女の言葉に、筧くんは真っ赤になっていた。特に長身の2人は、一番弟子と騒ぎながら何故か筧くんの隣を取り合っているが、花音の…ではないのか。
「ねぇ、私は健悟くんと小判鮫先輩の隣に座るから、二人が駿くんと「「ダメです!!」」
「へ?」
「筧先生でなければ、花音さんを守ることが出来ない!!」
「そうだそうだ!!それより水町が代われば済む話だろ!!」
「ンハッ!無理でーすっ!つーか俺にはスイムあっけど、お前らただでかいだけじゃん?」
「「うう゛っ!!」」
「いいすぎです!めっ!」
「え~~俺のせい??」
意外に水町くんは毒舌らしい。いや、天然というべきか。かなり揉めた結果、筧くんの隣には元主将が座ることになった。そうなるとフォーメーションは関係ないんじゃないか、と突っ込みを入れたいところだが、音楽性に反するため敢えてスルーしよう。
まだ開始まで余裕があったため、しまう前に先程のプレゼントを開けてみた。入っていたのは、小さなメッセージカードとキーホルダー。赤・蜘蛛・ギター・背番号。花音が僕をイメージして作ってくれたようだ。メッセージカードの内容を見ると、無意識に笑みが零れた。
『I decided it alone. To you who is strong who had red eyes…Merry Christmas』
“一人で決意を固めた、赤い目をした強いあなたへ…メリークリスマス”
前の席ではしゃぐ彼女を見つめながら、あとでクリスマスソングを送ろうと心に決めた。形を誇るのは僕の音楽性に合わないが、君だけは特別だよ。サングラス越しでも、彼女の笑顔はやけに輝いて見えた。
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