4.優等生
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「…ん?」
少し早めに選択先の教室へ向かうと、見覚えのある人物を見つけた。まだ誰もいない教室内で黙々と何かを書き続けている…水瀬。一体何してんだろう。
「あれ?筧くん。おはよう」
「おはよう」
「選択授業、古典・漢文にしたんだね。得意なの?」
「…いや、克服するために選んだ」
「ふふ、そっか」
真面目だね、とゆるく笑われた。そういう水瀬は俺と違って得意らしい。理数科クラスなのに文系も出来るって、コイツ相当頭いいんじゃねぇか?でも順位表の上のほうに名前なかったよな。
「水瀬って苦手な教科とかねぇのか?」
「え?えっと…英語、かな」
「へぇ」
「半分がやっとで。だから選択も英語取ったの」
俺とは逆に、水瀬は英語が苦手らしい。そりゃ、一教科だけ50点前後なら順位表の上に載る訳がないよな。完璧人間ってわけじゃなさそうだ。それはそれで、少し親近感が湧くけど。
視線を落としてみると、授業の復習と予習をしているようだった。あとは単語カードやアメフトマニュアルなんかもあった。じっと見ていると、慌てて隠されてしまったが。汚いから見せたくないらしい。急いで書いて多少雑なところはあっても、綺麗な字だと思うけどな。
「俺英語は得意だから、わからなかったら教えっけど」
「ホントに?いいの?」
「ああ。代わりに、俺も古典と漢文聞くから」
「私でいいなら喜んで。でも、筧先生に教えてあげるって変な感じだね」
「あのな、先生って言うな」
「ダメ?」
「…あのバカ二人を思い出すだろ」
そういって溜息を付くと、クスクスと可笑しそうに笑われた。 休み時間のうちに色々話したが、ほとんど選択授業が被っていた。週4で、多い時は1日2回。クラスが違うから、こうして同じ授業を受けられる機会はないだろう。
そういやこうして校舎内で水瀬と話すの、初めてだったか。そもそも、女子とこんなに話したのも久しぶりな気がする。渋谷とは違うタイプだし気まずいと思ったけど、水瀬と話すのは不思議と心地良かった。
「あ…ごめんね。私、前で受けるから」
「ああ。じゃあ、またな」
「うん」
他の生徒が入ってきてすぐ、水瀬は前の席に移動した。俺は前に行くと邪魔だろうから、後ろの空いている席に座る。髪色と席のお蔭で、彼女はすぐ目に付いた。
そして授業が始まると、しばらくしてから水瀬がミスを指摘した。担当の先生は申し訳なさそうに頭を掻いている。へぇ、意外に積極的なんだな。
「水瀬、ここの訳出来るか?」
「はい」
彼女はノートを広げて訳を読み始めた。それほど大きな声ではないけど、透き通る綺麗な声だ。水瀬は完璧な『優等生』だった。わからないところは先生よりアイツに聞いたほうが早いかもしれねぇな。
そう思いつつ、水瀬の訳をメモしながら真面目に授業を受けた。
「起立ー礼ー!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
「…なぁ、水瀬。ちょっといいか?」
「うん。どうしたの?」
「ああ。ここの訳なんだけどよ、こっからどうしたらいいのか」
「これはね、先にこっちを訳して…」
授業が終わってから聞いてみると、早口でどんどん進める先生よりわかりやすく教えてもらった。ふと水瀬の教科書を見ると、色つきでメモが加えられてある上に付箋もびっしりしてあった。ノートは綺麗にまとめながらも要点をきちんと押さえている。予習だけじゃなく、ここまでやってるのか。
「サンキュ。すげぇわかりやすかった」
「お役に立てて何よりです。でもね、筧くん」
「ん?」
「…校内であんまり、私に声掛けない方がいいよ」
急に声のトーンを変えて、そういわれた。唖然としてる間に、水瀬はさっさと教室を出てしまったが。不思議に思ってると、周りが奇妙な目で俺を見ていた。違和感を感じつつ俺も教室に戻り、午前の授業を終えた。
そして、昼休み。昼食の前に飲み物を買ってこようと階段を降りていくと、人だかりが出来ていた。ここは確か、A組のある階だったか。
「期待しているよ水瀬くん!君は我が巨深の期待の星だからねぇ~!!」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、精一杯頑張ります」
野次馬の先には水瀬と、校長の姿があった。豪快な校長とは対照的に、凛とした対応をしている彼女。朝話したばかりなのに、別人のように思えた。校長公認の優等生、か。そんなすげぇやつだと知らずにマネージャーにして良かったんだろうか。
「すっご!また校長に褒められてるよー」
「すごいよねぇ水瀬さんって。大学レベルもすらすら解けるらしいじゃん?」
「可愛いし頭良いし、完璧すぎて別格だよなー」
「天才ってああいうのいうんだぜ。やってらんねぇよな」
――水瀬は天才、なんだろうか?
確かに、すごいとは思う。計算してる姿も間近で見たし、今日の古典だって完璧だった。でも俺は、同じ天才でも水瀬は努力の天才だと思う。得意だといいながら、手が真っ黒になるまで復習して、大量に付箋をしていた。きっと元々得意な訳ではなく、ひたすら努力して得意に変えたんだろう。
「でも確か、センセー手駒にしてんでしょ?」
「デキてるって噂だよねーマジ策士だわ」
「ヘタしたらそのお蔭で特待生取れたんじゃね?」
「ハハッ!なら、脱いだら意外にすげーかもな」
…コイツら一体、何見て話してるんだ。なんで努力してる姿も見ずに、そんな卑劣なことをいえるんだ。話終わった水瀬にも周りの声が聞こえていたようで、少し悲しそうな目をして俺に気付かずその場を去った。
「かっけい~!遅ぇーって!」
「…ああ、悪い」
「「筧先生!水町(くん)をなんとかしてください!!」」
「先生はやめろ。で、何したんだ水町」
「なんもしてねぇって!」
そういいつつ、水町は早く水瀬に会いたい、会えるのが嬉しいと騒いで五月蝿い。それにつられる大平と大西も五月蝿い。未だにコイツらのノリについていけない。
いつまで俺は、先生って呼ばれればいいんだ。水瀬みたいに勘違いするやつも出てくるだろ。
「花音ちゃんに応援してもらえるとか超嬉しー!早く部活になんねぇかな~!」
「そういえば水町くん。いつ彼女と仲良くなったんだ?」
「ん?確か、一週間ちょい前に友達んなって、メアド交換したんだよな」
「まだ出会ったばっかりじゃねぇか」
「でも俺、花音ちゃんとすぐ仲良くなったもんねー!高校初の友達だって喜んでたし!」
…高校初の友達?確かに彼女は高校から巨深に通い出したようだし仕方ない気もするが、入学から一ヶ月近く経っているのに水町が初の友達…なのか。話した限りだと普通にいいヤツだし、すぐ仲良くなれそうな雰囲気だったのに意外だな。
「水瀬さんは有名人だが、あんな癒し系の子だとは思わなかったな」
「俺達みたいなバカは、目にも入ってないって感じだったよな!!」
「なっ、俺達って僕も入れてないだろうな!?」
「そんなことねぇよ!前にわかんねぇとこ聞いたけど、すっげー丁寧に教えてくれたし!」
「そ、そうなのか」
「しかし、乙姫先輩並みの美少女と話題だったが、妙な噂もあるだろう」
「噂?」
「ええ。僕達が勧誘するまで他の部のマネージャーは断っていたらしいんですよ」
「都大会優勝とか地区大会優勝するまででいい!っていっても、バッサリだったみたいっス!告白なんかも即フるとか!」
「それから、その…不純交際などあまり良くない噂もありますし、裏では何をしているかわからないと…」
「……あの子はそんな子じゃねぇよ」
重みのある真剣な声。あの水町がこんな表情をするとは思わなかった。それだけ水瀬が大切なんだと、この態度や雰囲気で十分に感じ取れた。
「俺も気になって聞いたら、可愛いからマネージャーになって~とかそういうのイヤだっていってた。告白は見た目で判断されるせいだって」
「な、なるほど…」
「あと確かに先生と話してるの多いけど、わかんねーとこ聞いてるだけ。不純どころか純粋の塊だって。俺、花音ちゃんと話すと温かい気持ちになるし」
「確かに彼女は場の雰囲気を和ます、というか」
「笑顔を見ると元気になるな!」
「だろ?あんな真っすぐでいい子に変なこというほうが変だよなー」
「…僕達は、彼女を誤解していたようですね」
「そうだな!!あそこまで悪い噂が流れるのはおかしい!!」
「んー…慣れたっていってたけど、花音ちゃんぜってー辛いよな」
話を聞いているだけで、胸の奥がモヤモヤした。もし水町が初めての友達だとしたら、それは心を許せる人間ってことか。妙な噂している奴らはみんな、普段の水瀬を知らないのか。
ふんわりと微笑む優しい彼女と、冷静で凛とした優等生の彼女。数日で色んな姿を見て俺は困惑した。
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