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「筧」
「………」
「筧!聞いてるのか!」
「っ、はい!」
「ならここ、解いてみろ」
「…わかりません」
「珍しいな。具合でも悪いのか?水瀬も休んでたし、アメフト部しっかりしろよ~」
簡単に訳せるはずの英文も、初めて見た奇怪な文字に見えた。それくらい、頭の整理が追いついていなかった。昨日からずっと、彼女の台詞が頭から離れなくて。
「私は、貴方を利用してたんだよ」
頭が真っ白になった。嘘だろとか、何バカ言ってんだよとか言い返す気力もなかった。真っ直ぐ受け止めたら、ただただショックで。追いかけることすらままならなかった。
「…大丈夫か?」
「ああ、悪いな。平気だ」
「水瀬が心配にしても、お前らしくない。今まで授業はちゃんと受けてただろ」
「なぁ、佐々那」
「ん?」
「俺と花音は、仲がいいと思うか?」
「もちろん。誰が見てもそう思う」
俺だってそのつもりだった。でも、本音を言えない彼女だからこそ、よくわからなくなる。やっと笑ってくれたのに。傍にいてくれたのに。なんでこう、上手くいかねぇんだろう。
「おーい!筧ー!」
「小判鮫先輩」
「いやね、その…冗談だと思うんだけど、一応持って来たよ」
「…?何をですか?」
渡された封筒には見慣れた筆跡で『退部届』と『水瀬花音』と書かれていた。もう全部、夢なんじゃないのか。ここまで来ると笑えてくる。英語の点数は、初めに比べて相当上がった。高二の後半レベルをやってるくらいだし、俺はもう用済みってことなんだろう。
「靴箱に入ってて驚いたよ。にしても、花音ちゃんもなかなか酷い悪戯するな~」
「…本心じゃないすか。俺、嫌われてますし」
「はは、冗談も大概にしろって。かなり仲良しじゃん。ヨシナカ~」
「どうして、そう思うんですか」
「どうって…あ!一昨日なんて『本物のアイシールド21にありがとうって言えて良かった』とか言ってたし!筧ってば愛されてんな~と先輩は微笑ましかったよ」
「…っ」
そうだ。あの日はやけに嬉しそうで。本物に会えて良かったと言っていた。なんでお前が喜んでるんだよ、とその場は流してしまったけど。
俺が泣かないからと代わりに泣いてくれる。自分も辛いくせに励まそうとする。ひ弱なくせに、体を張って俺達を守ろうする。そんな優しい彼女を何ヶ月も傍で見てきたのに、俺は何もわかっちゃいなかった。
「もう、やめて。私にっ、関わらないで…!」
俺を傷つけたと思った瞬間、あんなに泣きそうな顔をしてたじゃないか。何があったのか知らないが、無理にでも止めるべきだったんだ。
何時間掛けても、今度は絶対に連れて帰ろう。そう決心して階段を駆け下りていくと、丁度水町に出くわした。
「あっれー?もしかしてサボり?」
「別にいいだろ。見逃せよ」
「ンハッ!俺も一緒に探す!やっぱ、ウチのマネージャーは二人いなきゃだーめだって!」
水町の言葉に深く頷いて、同時に学校を出た。俺は大事なことを忘れていた。彼女が気になったこと。好きになったこと。守りたいと思った理由は…
「…気づいてくれて、ありがとう」
あの時、彼女の支えになっている気がしたから。必死に何かを抱えながら頑張るアイツを助けてやりたいと思ったから。気づいてくれなくて良かった、なんて嘘だ。お前はずっと助けてと叫んでいた。
俺の夢が真剣だって理解して応援してくれた。駿くん、って名前で呼ばれた。誕生日おめでとう。生まれてきてありがとう、って一生懸命伝えてくれた。また一緒に頑張ろう、と約束した。夢を追って、バカやって笑い合う毎日が幸せだった。
「花音っ、何処だよ…!」
本当は水町みたいに好きだって叫びたいくらい、俺はお前のことが好きなんだよ。
「甲斐谷!花音から連絡来たか?」
『来たら即行で言うっての!いっそ学校の馬借りて探しに行きたいくらいだ!』
「いや、いいから普通に探してくれ」
「赤羽!そっちはどうだ?」
『可能な限り捜索したものの、情報はないよ。見つけたらすぐ連絡してくれ。体調面も心配だ』
「…ああ」
「桜庭さん!花音を見なかったかと、進さんに伝えてください!」
『ちょっと待ってね。うん……朝も見回ったけど、いなかったらしいよ。また後で探すって』
『水瀬には、栄養価のあるものを摂取してほしい。あのままでは倒れていてもおかしくない』
「っ、はい!」
連絡先を知っているヤツだけでも確認を取ったが収穫はなく、主に自分の足で探し回った。ここ最近、俺が一番花音の近くにいた。きっと何かわかるはずだ。行きたいところ。好きなところ。色んな場所を巡って、心当たりがないか聞き込んだ。
「今日は来てませんねぇ」
「…そう、ですか」
相手が携帯を持っていないと、こんなに不便なのか。都区内か、都区外か。下手したら都内じゃないのかもしれない。せめて手掛かりがあればいいんだが…途方に暮れていると、タイミング良く着信音が鳴った。急いで開いてみれば、宛先には水町の文字。
『か、筧~!げほっ、いたよ花音ちゃん!』
「本当か!?」
『わり、いたんだけど…見失って、ごほっごほっ』
「大丈夫かよ。今、何処だ?」
『ちょっとな~巨深橋の下来てくんね?あと、タオルぷりーずっ!』
近くまで来ていたから走って向かうと、何故か水町はびしょ濡れだった。こんな真冬に泳いだのか?花音が川に入って、助けに行ったって訳じゃねぇよな?聞く前にまずタオルを差し出すと、逆に何かを差し出された。
「なんだこれ」
「多分、花音ちゃんの。川に捨ててんの見て、ついこっち取っちゃってさ」
濡れたビニール袋の中には、小さなスケッチブックと色鉛筆が入っていた。勝手に見ていいものかと躊躇したが、思いきって開いてみた。そこには彼女のイラストと共に、物語が書き綴ってあった。
“むかしむかし、一人の少女が両親と幸せに暮らしていました”
“彼女には特殊な能力がありました。やがて家を守るため、その力と引き換えに王子との結婚を約束されました”
「こんなこと望んだわけじゃない。彼は私をモノとしか思っていない」
“普通の女の子として生きたいと願う少女は、王子に対抗しようといくつもの罪を重ねました”
「なんて綺麗なの。海って、こんな色をしてるのね」
“その途中で逃げ込んだ海の世界はとても居心地がよく、それがいけないことだとわかりながらも、少女はここにいたいと願ってしまいました”
「本当はわかってるの。私は彼のモノになるために、帰らなければいけない。夢を見てはいけない。わかって、いるのに…」
初めに描かれた少女は、もう一人は嫌だ。親の傍にいたいと泣いていた。数枚後には俺達に似た海の住人が描かれ、ページには幾多の涙の跡が残っていた。
これは紛れもない、花音の物語だ。
「寂しい話だな」
「…ああ」
「花音ちゃんさ、なんで大事なモン全部捨てようとすんだろ」
「でも、もう捨てたくない。駿くんも、健悟くんも、小判鮫先輩や乙姫先輩達もみんな…傍にいてほしい。一緒にいたいって、思っちゃうの」
「うっ、ひく…良かった。みんな優しくて温かくて…私、帰ってきて良かった」
花音自身は、ここにいたいと願っている。でもたまに、昨日のように何かに怯えた顔をする。諦めたように笑う。その理由を一人で抱え込んでいるから、壊れそうになっているんだろう。
「昨日、寂しいって泣いてたって…小結っちがいってた」
「………」
「全然話してくんねーのに、ずっりーよなぁ。全部捨ててなかったことにしようとしてる。こんなに好きっていっても気付いてくんねぇし。可愛いし。いい匂いするし」
「どんどんズレてきてんぞ」
「でも俺は、寒い川でも海でも飛び込んで、捨てたモン全部掻き集めて返すよ。花音ちゃんは俺を助けてくれた。俺だって花音ちゃんを助けたい。もう悲しむとこ、見たくねぇんだよ…」
いつも困らせてばかりの水町も、ちゃんと彼女を想っていた。いや、俺より先に好きだったんだ。俺なら発見してすぐ、花音を追い掛けていたと思う。捨てたものを拾いに行く余裕なんてないはずだ。コイツの敏感さには、本当に敵わない。
「あ~~もう!俺のほうが寂しいよ!俺らがいるって忘れてやんのっ!」
「…そうだな。もう一度探すか」
「っくし!その前にズボン買ってきて!服はいいから!」
「両方買うに決まってんだろ」
俺と同じサイズの服を買い与え、再び捜索に戻った。俺達には花音が必要だ。会ってきちんと話がしたい。
しかし、気持ちとは裏腹に時間は刻々と過ぎていくだけだった。半ば諦めかけて携帯を見ると、見慣れない番号の着信があった。念のため掛け直してみると、相手は高らかに笑って電話に出た。
『よぉ糞つり目。なかなか苦戦してんじゃねぇか?』
「…ヒル魔かよ。まさか、そっちにいるんじゃねぇだろうな」
『ああ、筧氏?そのまさかで困ってるんだよ』
「っ、いたんですか!?」
『ケルべロスが気に入ってやがるからな。さっき捕獲した。テメーもさっさと来い』
そうか。犬を使う手があった。急いで泥門へ行くと、彼女は部室の隅にいた。手錠で繋がれ、更に紐で縛ってある。なんでこんな手荒な扱いを受けてるんだ、とクォーターバック二人を睨みつけても、キッドさんが苦笑いを溢すだけだった。
「何を聞いても、ちゃんと答えてくれなくてねぇ」
「手伝い辞めてぇとかすみませんとか、バカの一つ覚えみてぇにそれしか言わねぇしな」
「一度、二人きりにしてもらえますか」
「うん。頼むよ」
改めて見る彼女の目には光がなくて、まるで人形のようだった。何処にいたんだとか、何してたんだとか、言いたいことは山程あったが、先にしなくちゃいけないことがある。俺はポケットにしまっていた退部届を、ビリビリに破いた。
「まず、今の主将は俺だ。たとえ小判鮫先輩が応えても、俺は受け入れない」
「………」
「それに、クリスマスパーティーだろ。次の日はクリスマスボウル。大晦日には水町の誕生日を祝うんだったな。年越ししてから初詣と…雪が積もったら雪だるま作って。その後は学園祭、あと水族館に夏祭りに海」
「何を、急に…」
「一番大事なのが全国制覇のリベンジだ。なぁ、花音。関わるなって言われても無理だ。散々約束してきたこと全部、破らせんなよ。お前と一緒じゃねぇと叶わねぇだろ」
退部届だった紙くずを舞い散らせると、瞳の奥が揺れた。彼女は人形なんかじゃない。ちゃんと生きてる。だから、こうやって悩んで苦しんでるんだ。花音は目尻に涙を溜めながら、必死に声を上げた。
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