37.偽りだらけのプリンセス
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「くりふぉーどは、わたしのちからだけがほしかったの?ともだちじゃなかったの?」
「…そうだ。おれにりようされるためだけに、いきろ」
「っ、やだ!ぜったいやだよっ!」
また“あの日”の夢を見た。酷く傷ついて、たくさん泣いた。初めて出来た大切な友達は、私を利用したくて接していた。その事実が重苦しくて、たまにこうして夢を見る。
「もう、雪が降ってる」
こんな風に寒い日は、私によく上着を掛けてくれた。「さむくないの?」って聞いても「へいきだ」の一点張りで。幼い私にはまだ、あの尖った鼻が赤くなるほど寒いのに、痩せ我慢していることに気づけなかった。
冷たく見えるけど、私にだけは優しくて。『友達だから』『特別だから』なんて勝手に解釈して、彼の傍にいることが幸せだった。
「貴方のものじゃなく、友達で…いたかったのに」
ふと、怖くなる。また裏切られるんじゃないかって。大切に思っていたのは私だけで、向こうは違うのかもしれない。私の才能が目当てなのかもしれない。
そう疑い怯えていて、中学まではずっと一人だった。そのほうが気が楽だったし、転校する時もあまり悲しまずに済んだ。でも高校は違う。信じれば信じるほど幸せで、同じくらい怖くなった。
「未来は変えられないって、わかってるのに」
自由になったつもりでも、彼から逃れることは出来ない。籠の中の鳥のように、鍵を掛けられたら私の世界はそこまでになってしまう。空や海の青さを知っても、そこへ帰ることが出来ない。
どう足掻いても、私は彼の手札に…彼の“もの”になるんだろう。
*****
「………」
「おい糞姫ッ!さっさと報告しろ!」
「あ、はい!」
あまり眠れなかったせいで、ついぼーっとしてしまった。きちんと報告を終えるまでは、しっかりしないと。なんとか頭を回転させながら、私は関東オールスターの前で笑顔を作った。
「それでは、昨日の偵察内容を説明していきたいと思います。その前に駿く…筧くん。ちょっといい?」
「ああ。なんか手伝うことあるのか?」
「ここに立ってくれるだけでいいよ。はい。まずは大和猛くん。本物のアイシールド21で、身長・体重共に筧くんに近いです。そして、瞬間的に4秒2を出せる上に阿含さん並みの身体能力というパーフェクトな超人です」
「は?」
「はぁ?」
「はぁあああ!?勝てっこねぇじゃねぇかああ!!」
「注目してほしいのは、瞬間的に4秒2を出せるというところです。常時のスピードだけなら単純に、セナくんの方が早い」
「そ、そうだね」
「という訳で守備一筋の筧くんが、攻撃でもガンガン活躍しちゃうイメージです。ウチの筧くんも十分すごいですが、もっとすごいので注意してください!」
「お前はさっきから俺を出しすぎだろ!」
「あいたっ!」
熱心に語っていたら、途中で駿くんに怒られた。でも、自分のチームの選手だったら少し大袈裟に自慢したくもなる。実際にそう話した鷹くんも、大和くんに続いてかなり厄介な相手なんだけど。
「キッドさんも、ここに立ってもらえますか?」
「はいはい」
「本庄鷹くん。身長はキッドさんくらい。髪は私より長くて、とても冷静で律儀な人です。走り高跳び8m超。ジャンプ力は相当あります」
「っとに、バケモノ揃いだな」
「ねぇ。毎回似顔絵が可愛いんだけど、本庄氏ってこんなんだった?」
「えーと更に…」
「「「聞けよ!」」」
やっぱりモン太くん、鷹くんの話の時は俯いていた。ちゃんと聞いてなかったのかな。確実にマッチアップすることになる相手なんだけど。
そのあと花梨ちゃんの説明をすると、何故かヒル魔さんが口を挟んで男という設定になってしまった。ごめんね、花梨ちゃん。庇いたかったけど、ヒル魔さんには逆らえません…
「ラインは峨王くん対策もあったようですが、栗田さんや峨王くんタイプの選手はいませんでした。恐らくテクニックで駆使してくると思います」
「テクニック…俺達も3週間で磨き上げるしかねぇってことか」
「その通り!あり得ないプレー、あり得ない行動、ヒル魔さんが大好きなトリックプレーで、ガンガン攻めていくしかないわけです!」
「んだよ!いつもと変わらねぇのかよ!」
「オールスターにはオールスターで!テクニックはコーチ軍団に習って頑張ってください!以上です!」
「「「「「おう!!」」」」」
自分の役目が終わると、どっと疲れが押し寄せた。でも、いつも通りに笑えてるはず。優等生だって上手に演じきれてるんだ。何か言われたら大丈夫だよって笑えばいい。嘘を付くのは…慣れてるから。冷静を装いながら必死な私を、何人かが怪訝そうに見つめていた。
「花音ちゃん、これ持っていって貰える?」
「うん。任せて」
まもりお姉ちゃんからいくつかドリンクを受け取り、グラウンドを見回した。あまり関わりない人も多いから、先に知っている人から配っていこう。まずは、自分のチームの二人かな。
「駿くんと健悟くん、番場さんもお疲れ様です」
「ん、サンキュ」
「あんがとー!」
「ああ。悪いな」
3兄弟くんの担当メンバーだけど、番場さんとはあまり話したことがなかった。強面な上に傷だらけで少し恐いんだけど、仲良くなれるといいな~なんて考えていたら、額に大きな手がぴたりと付いた。
「…熱はねぇな」
「へ?」
「顔色が悪いから気になった。ちゃんと休憩したか?」
「少し、寝不足なだけだよ。大丈夫!元気だから!」
「なら休んでろ。元気なフリすんな」
「してないよー!もう、筧先生は過保護過ぎ!」
「先生じゃねぇって言ってんだろ。大体、昨日だって一日中大阪にいて疲れてんのに…」
「十文字くん!黒木くん!戸叶くん!お疲れ様!」
「「「やっと分けて呼んだか!!」」」
「おいコラ!逃げんな!」
駿くんは毎回、察しがいいから怖い。誤魔化すように三人のところへドリンクと泥門用の差し入れを持って行くと、いきなり揉め始めた。十文字くんのが一つ多かったらしい。まだ予備も残ってるし、そんなことで喧嘩しないで欲しいんだけど…
「おい黒木っ!それ俺が貰ったやつだって!」
「いいや!これは俺のものだ!」
「…っ」
“俺のもの”
ぐるぐるとその単語が頭の中を回っていく。耳を塞いでも、彼の言葉が離れなくて。絶対に逃れることが出来ないと物語っているようで。徐々に体が震えて青ざめていくのがわかった。
「おい」
「きゃあ!?な、何っ!?」
「休め」
「私はまだやることが「お前は俺が認めた女だ。失望させるな」
「…勝手にそう思われても迷惑だよ」
「腹でも壊したか」
「壊してません!」
いきなり峨王くんに担がれて、強制ベンチ行き。驚きのあまり状態は軽くなったけど、認めたとか失望したとか何を言い出すんだろう。進さんといい、彼も独特過ぎてよく分からない。峨王くんは呆気に取られている私を、じっと見つめた。
「マルコに似ていると思ったが、覚悟が足りんな。以前はもっと野心で煮えたぎっていた。夢を叶えるためなら、その華奢な体でも俺に立ち向かうほどの強さがあった」
「………」
「フン、つまらん。お前の強さは何処へ置いてきた」
興味がなくなったかのように、彼は私から離れた。確かにマルコくんは、強い覚悟を持っていた。同じ信念を持っているはずなのに、一体何が違うというんだろう。
「フー…女性相手に、随分と乱暴だな」
「赤羽さん」
「綺麗な瞳が充血しているね。眠れなかったのかい?」
「あ、その…」
「僕のサングラスを貸してあげるよ。これで誤魔化したらいい」
彼の華やかな赤色も、一瞬で黒くなった。サングラス越しに見る世界は、とても暗かった。前に見ていた景色と変わらない。光も何もない中に、一人きり。そうすることを選んだのは自分なのに、無性に悲しくなることがあった。
「…花音?」
「いえ、すみません。そろそろ戻りますね」
今までは耐えられた。何を言われても、夢のためなら我慢できた。怖くなかった。でも、今はどうだろう。苦しい。峨王くんの言うとおりだ。私は前より弱くなった。
「まもりお姉ちゃん。そっちも手伝うよ」
「もう終わるから大丈夫よ」
「手分けした方が早いから。これ持ってくね」
「ありがとう。気を付けてね」
こんなんじゃダメだ。もっともっと頑張らないと。気合いを入れ直してお手伝いに戻ると、フィールドの一角で一休さんの怒鳴り声が響いた。
「鬼入ってねぇよ!!」
「わっ!」
あまりの気迫に、周りの何人かも驚いていた。幸いドリンクは溢れていなくて良かった。もしかして、私がしっかりしてないから?と焦ったけど、どうやらモン太くん相手に怒っているらしい。
「んだよさっきから!!やる気ねぇのかよ!!モン太お前だけ!!」
「おうおう、なんだ落ち着け一休よぅ…」
「だってこいつさっきから!こんな弱いわけねぇじゃないっスか!こいつに負けたんスよ俺は!バカみてぇじゃねぇっスか!!」
「…スンマセン!」
「あ、モン太くん!」
一休さんが怒るのも無理はなかった。確かにモン太くんは、偵察の後から少し変だ。いつものキャッチMAXー!って感じの元気がない。何かあったのかな。追いかけようか迷っていると、急にぐらっと視界が歪んだ。
「花音!!」
「きゃっ!?」
「はぁ…間に合って良かった。ったく、自己管理出来てないなんて情けないぞ」
「ご、ごめんね」
「そんなサングラスじゃ誤魔化せないぞ。怖い夢見たら起こせって言ったろ。帰ったらホットミルク淹れてやるから、今日は早く寝ろよ」
「…うん」
りっくんは私を支えながら、優しく頭を撫でてくれた。結局あれから、何も伝えられなかった。態度が変わったらどうしようとか、不安でいっぱいになると言葉に出来なくて。無理に掘り返さないのは、彼の優しさだろう。
お礼を言ってから、顔を洗うためにその場を離れた。きっと眠いだけだ。目が覚めれば、またいつものように頑張れるはず。
「やー!手伝いに来たよー!」
「ありがとう。助かるわ」
「赤羽やコータローが何かしてない?様子見に来たけど」
「私達もお手伝いしますよ!」
「ケケケ、糞マネだらけだな」
「ヒル魔くん!私はともかく他の子に言うのはやめなさい!」
「ちょっとヒル魔氏、こんなんじゃわからないって。俺も字書きにくいんだからさ」
「私がメモするわ。峨王達が迷惑掛けたお詫びとして、ね」
いつの間にか、他校のマネージャーもたくさん来てくれたらしい。分析担当はヒル魔さんとキッドさん。私よりずっと頭が良いキレ者だ。お仕事だって、まもりお姉ちゃんを筆頭に器用で手慣れた人がいる。
そんな中、私は選手に心配や迷惑を掛けている。一体何をやってるんだろう。これなら、いないほうがいい。私はいずれ、みんなを裏切って離れていくんだから。だって私は、本当は…
「凡才が粋がるな。強運以外、何の取り柄もないくせに」
ポタポタと、水でない何かが零れ落ちた。
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