35.真実とお姫様
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「なんか飲む?…と言っても、コーラしかないけどね」
「ありがとう。でも、いつも何処に収納してるの?」
「ん~それはトップシークレットってことで」
本当に彼は謎が多い。器用に歯で開けてもらったコーラに口を付けると、マルコくんは当然のように一気飲みしていた。きっと、彼にとっては水みたいなものなんだろう。体に悪そうだけど。
「ねぇ、マルコくん」
「ああ。連れ去った理由でしょ?実は「お疲れ様でした」
「…ありがと。花音ちゃんの言葉の意味、わかった気がしたよ」
「力は確かに強い。でも屈した時、そこには何も残らない」
「そっか。良かった…のかな」
「かも、ね」
あちこち傷だらけで疲れ切っているけど、少し満足げだった。悔しい気持ちや無力感より先にその気持ちが勝ってるのは、氷室さんのお蔭かな。僅かな希望があれば歩き出せる。昔も今も、彼女はマルコくんの希望だったんだから。
「その様子だと、氷室さんとは仲直り出来たの?」
「ぶはっ!ちょっ、何処の情報!?」
「ああっ、コーラコーラ!」
飲んでる途中で話しかけたのがまずかったのか、思いきり噴き出してしまった。急いで手身近にあったもので拭くと「使ってくれてるんだ…」と呟かれた。焦った勢いで使ってしまったけど、以前貰ったブランド物のハンカチを返そうと思って、持ってきたんだった。
「返す予定だったんだけど、マルコくんのために使ったからチャラ、ということに…?」
「そんなハンカチくらい、遠慮なく貰ってよ」
「無理だよ!これ絶対高いもん!」
「あ~花音ちゃんの想像より、0の桁が一つ違うかもね」
「ええええっ!?」
「はは、う・そ。冗談だよ」
「もう!マルコくんってばー!!」
万単位のハンカチだったら、それこそ無理に押し付けてでも返さなきゃいけなかったよ!そう怒る私を見て、マルコくんは可笑しそうに笑っていた。いつものニヒルな笑みじゃないからか、今日は年相応の男の子に見える。
「マルコくんは、そのほうがいいよ」
「え?」
「私結構、あの情けない顔とか好きだし」
「な、情けない顔って…マジかよ」
「ふふ、なんか可愛いの」
「はー…可愛いのは花音ちゃんだっちゅう話だよ」
「マルコくんだっちゅう話だよ」
マネするなよ、とまた笑われて。こんな風に気の抜けた会話することは、あまりなかったかもしれない。いつも何か探るような目で見ていたマルコくんだったけど、今は普通に話せてるから嬉しい。
…やっと壁が消えて“友達”になれた気がする。
「話が逸れてごめんね。さっきの続き、教えてもらえる?」
「ああ、それがさ…親父が花音ちゃんをご指名なんだよ」
「へ?マルコくんのお父さんが?」
「そ。元マフィアって情報くらい知ってると思うけど、今はただの投資家だから怖がらなくて大丈夫だよ」
その『元マフィア』って肩書きだけで十分恐ろしいんだけど。私のような一庶民に何の用なんだろう…と冷や汗を掻いている間に、豪華な円子邸に到着した。“邸”を付けないと失礼なくらい大きい。一目でお金持ちの家だとわかり、普段のマルコくんの振る舞いにも納得がいった。
「あ、あの…場違い感が否めないんだけど」
「何言ってんの。ほら、迷子にならないようについておいで。子猫ちゃん」
使用人の方々が頭を下げる中、こちらもお辞儀をしながらマルコくんを追った。彼はちゃんとついて来ているか確認しつつ、たまに笑顔を見せてくれる。もう完全に飼い猫のようだ。
そして、RPGでいう魔王の部屋並みのオーラを放つ一室までやってきた。マルコくんは冷や汗を掻いて怯える私に「大丈夫だよ」と声を掛けてから、その煌びやかなドアに向かって2回ノックをした。
「令司です。ただいま、例のお嬢さんをお連れしました」
「入れ」
「失礼します。さぁ、どうぞ」
「し、失礼致します!」
「ほう…これはまた、綺麗な女性になったものだ」
「貴方、は…っ」
葉巻を咥えながら、かなりの存在感を放つマルコくんのお父さん。見覚えがあるどころか、大切な恩人だ。私は慌てて姿勢を正し、再び丁寧にお辞儀をした。
「おじさま!いつか恩返しをと思っておりました!」
「恩返しって、どういうことだよ?」
「…私に新しい名前をくれたの」
「は?」
「政略結婚に近い状態を強いられていてな。やり直すチャンスを与えたんだ」
おじさまは、お母さんのお葬式の時に来ていた。イタリア出身のお母さんと接点があったらしい。ルイス家との関係を知ると間に入り、日本で暮らせるように手配をしてくれた。
姓はおじいさまから。名はお母さん達が日本名にするなら、と考えていた候補から。そして…『水瀬花音』という名前を頂いた。
「ルイス家との一件は知ってたよ。でもま・さ・か、親父がそこまで絡んでるとは思わなかったな」
「何処まで調べた」
「母親同様に強運を持った“アリシア”ちゃんは、父親の借金の肩代わりを理由にルイス家に売られた…って言うと聞きが悪いかな。その決められた未来をなんとかしようと頑張ってる子猫ちゃん、ってところでしょう」
「そんなに詳しく知ってるんだね」
「ただその強運ってのが、どのくらいのものかは知らないけどね」
「…試して、みる?簡単にわかるのはトランプかな」
「トランプってポーカーとか?この手のゲームは強いほうなんだけど」
「ただ、条件が一つ。マルコくんが大切にしてるものをあげるって言葉に出して」
「それならコレかな。このピアス、入学祝いで貰った特注品なんだよね。勝ったらこれあげる」
そういって、付けていたピアスを外してくれた。これがマルコくんの『財産』なら、こちらの『利益』になる。私の中で、契約が成立したような音がした。
トランプはすぐに用意が出来たようで、使用人の男性が配ってくれた。ポーカーも多少ルールが違う場合もあるけど、結果は同じ。私は配られたいつも通りの手札を差し出した。
「はい、フルハウス」
「ロイヤル・ストレートフラッシュ」
「は!?う、嘘だろ!?一枚も手札変えてないのに!?どんだけ~っちゅう話だよ!」
「わ、私はちゃんと切りましたが…!」
「はい。イカサマはしてません。するつもりでしたら、何度切ってもカードを落とします」
「カァ~…成程ね。運を引き寄せるってこと?これだけ強けりゃ、誰だって欲しがるわ」
マルコくんは参りました、と言わんばかりに両手を上げた。利益になるなら、チップでもなんでも構わない。ただ、大切なものであるほど確率は絶対的なものになる。99が100になるように。…私自身は望んでいなかった“力”なんだけど。
用が済んだから、すぐにピアスは返した。一度『私のもの』になることが大事だから。長年の感覚で、自分がどれだけの力を持っているか。どうすればこれを抑えられるかは、なんとなく理解している。
「相変わらず強いな。ルイス家の件は庇いきれなかったが、日本にいる間、君との接触だけは阻むから安心するといい」
「阻むって、どういうことですか?」
「先方が日本にいる身内に預けることに口を挟まなかったのは、親父のお蔭と?」
「ああ。夢を叶えるまで干渉はさせん。君から連絡しなければ…の話だがね」
道理で、あのクリフォードが大人しく待ってると思った。日本名くらい知っていてもよさそうなのに。これもおじさまのお蔭だったんだ。お父さんの言っていた“彼”は、マルコくんのお父さん。一体何の縁なのか、世界は意外と狭いらしい。しばらく呆気に取られていると、サングラス越しにじっと見つめられた。
「知り合いの娘だったというのもあるが、私の意志を宿したから支援したのだ。どんな手を使ってでも、生き抜く覚悟。今も強い意志を感じる」
「…はい。このご好意、無駄には致しません」
「名付け親としても、君の成長を見守っているよ」
「あ、ありがとうございます!」
“どんな手を使ってでも、夢を叶えろ”
全部おじさまが教えてくれたことだ。幼い私は、その言葉を信じて生きてきた。だからきっと、ここまで来れた。これが正しいかどうかと聞かれると、返答に困るのだけど…
「君の母親は人魚姫のように歌が上手く、美しい女性だった。その血を受け継いでいる、君の物語に終止符を打てそうかね」
「…はい。王子を殺してでも、私は生きます」
人魚姫は王子を殺せず、泡になって消えてしまった。物語の結末は決まっている。でも、あの人の筋書き通りなんて絶対に嫌だ。私は生きたい。やっと幸せだと思える場所を見つけた。ここにいるためなら、なんだってしてやる。何を犠牲にしても、その行いが誰からも認められなくても…
そんな黒く汚れた決意をした私を、マルコくんが悲しそうに見つめていた。
「何故彼女が、こんな生き方をしなくてはいけないんですか」
「ルイス家の力の強さは知っているだろう」
「もちろん知っています。だから尚更、この子を養子にすべきでした」
「気付いていたのか」
「昔、知り合いの女の子を養子にする予定だったという話…この子のことでしょう。貴方なら守ってあげられたはずです。俺だってこの子なら「私が断ったの」
「………」
「有難いお話だったけど、まだ怖かったの。身内の甲斐谷家のほうが安心出来たし、陸も私を受け入れてくれた。この選択は間違ってないと思ってるよ」
“あの日”を境に、信じるのが怖くなった。それでも『兄貴になって守ってやる』っていってくれたりっくんの言葉に嘘はなくて。彼だけは、どんな私でも受け入れてくれた。マルコくんが悪い訳じゃない。でも、もうりっくん以外のお兄ちゃんなんて考えられない。それほど私にとって、大事な人なんだ。
「…その大事な従兄を俺が潰したのに、友達だって言ってくれた。最後まで見捨てたりしなかったんですよ」
「男には力。女には愛。これが彼女なりの愛だ。令司、お前の愛した女性と同等に守れ。全てを庇いきれなかった私達には、その義務がある」
「はい。元より承知です」
だんだん話が大きくなってきたけど、マルコくん一家にそこまでしてもらう義理はないと思う。お母さんの知り合い、ってだけなのに。
親子の会話が終わると、おじさまが近寄って数枚の写真を手渡してくれた。映っていたのは幼い私と…お父さんと、お母さんだ。
「あまり数はないが受け取ってほしい。故人は思い出の中でしか生きられない。君はあまりにも大きなものを失い過ぎた。残っているものだけでも、大事にしなさい」
「っ、はい…!」
「ちなみに、その隣にいるのは令司だ」
「なんで俺まで!!?なんか花音ちゃんに花あげてるじゃん!」
「あはは、あんまり変わってないね」
私はもっと前に、マルコくんに出会っていた。同じように生きてきた。これが彼の言う『真実』なのかな。昔から私を気に掛けてくれていたんだね。ありがとう、おじさま。マルコくん。
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