28.神への挑戦*
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少し早めに会場前で待っていたら、ようやく何台かのバスが到着した。まだ取材記者も来ていないし、今がチャンスだ。キョロキョロしながら出てきた選手を見回すと、案外早く変わった髪型の彼を見つけることが出来た。
「いっきゅーさぁ~んっ!」
「はぁ~い!って何やらすんス、か…あれ!?君はえーと、花音ちゃん!」
「ふふ、すみません。これ差し入れです」
「差し入れってマジで!?うああああ鬼嬉しい!!ありがとう!!」
「こちらこそ、この前はありがとうございました」
レモンの蜂蜜漬けくらいでこんなに喜ばれると、用意して良かったなって思う。後ろの神龍寺生がすごく睨んでるけど、残りは泥門用だから今回は勘弁してください。もう一つ持って来たけど、それは…
「ちょっといいか?」
「あ、雲水さん」
「怪我のほうは、もう大丈夫かな」
「はい。治療費の件もありがとうございました」
「こっちが悪いんだから気にしないでくれ。女の子だから心配していたが、なんともなくて良かった」
「弟さんと違って優しいですね。雲水さんも、良かったらどうぞ」
「え?いや、俺は「私は応援してますから」
「………」
「手紙にも書きましたけど、貴方には貴方の良さがあります。だから阿含さんじゃなくて、雲水さんを応援してます」
阿含さんと比べられながら生きてきた彼は、諦めることも多かったと思う。「何も知らない癖に!」と言われてもおかしくないけど、嬉しいような悲しいような顔をしつつも、お礼を言って受け取ってくれた。気持ちはちゃんと届いたと思いたい。
「差し入れだァ?妙なモン入れてねぇだろうな」
「っ!」
「よぉ、元気そうだな。性格ブス女」
「…こんにちは。性格カス男さん」
似たような口調でいい返すと、若干眉が吊り上がった。この前の件もあるし、阿含さんとはあまり関わりたくなかった。すぐに記者も来るだろうし、そろそろ離れて泥門のほうへ行きたいんだけど。そんな思いも露知らず、彼は更に接近してきた。
「どうせ向こうのカスチームの応援しに来たんだろ?なら、まだ一休でも応援したほうがマシだっつーのに」
「勝つのは泥門です。特に貴方には負けません」
「あ゛ー…やっぱ何もわかってねぇな。泣いて喚いて悔しがれ。凡人は天才様には勝てねぇ、ってな」
「泣いて喚いて後悔してください。天才は凡人様に負けましたって」
中指を立てて喧嘩を売られたから、逆に親指を下にしてやり返した。どす黒い雰囲気に慣れたのは、悪魔二人セットで話したせいかもしれない。流石にこの行動には、雲水さん達も青くなっていた。一休さんは手をバツマークにしてやめろと伝えてくれている。でも、後には引けない状況になっていた。腕を回されているから、全く身動きが取れない。
「そんな減らず口叩けねぇように、キスでもして黙らせてやろうか」
「やったら舌噛み切りますね。キスするなら、地面にでもしてください」
「ククク…一晩くらいなら、相手にしてやってもいいな」
「阿含!!いい加減にしろ!!」
「ななな何いってんスか阿含さん!!一晩でもダメに決まってんでしょ!!」
雲水さんと一休さんが一生懸命止めているけど、この人には何も届いていないようだ。リコさんの取材の時も変なこと言ってたけど、よく人前でそんな台詞が吐けると思う。
周りはこの呆れつつも堂々とした対応のせいか、私を勇者として称えていた。特に西遊記に酷似したメンバーは、まるで三蔵様でも見るような尊敬の眼差しで見つめている。いや、サンゾーさんって人はもういるじゃないですか。小さくお師匠様とか呼ばないでください。
「前に謝れって言いましたけど、絶対に謝らないことがハッキリしたので…泥門が勝ったら、そのサングラス割ってくださいね」
「いいぜ。ちっぽけな奇跡でも信じてろ。ただ、向こうのカスチームが負けたら「花音!!」
「えっ、あ、赤羽さん!?」
なんてことだ。近づくなと忠告してくれた赤羽さんに、この状況で出会ってしまうなんて。手遅れなくらい接触して喧嘩売ってるなんて、最悪すぎる。どう誤魔化そうかと迷っている間に彼は私の元へ駆け寄り、強引に阿含さんから引き離した。
「花音から純潔を奪っていないだろうな」
「あ゛ー?奪ったらどうだってんだよ」
「音楽性が合わないどころか、君の声は耳触りだ。俺の彼女に手を出すな」
「彼女って、えっ…つつつ付き合ってんスか!?」
「花音、こっちへ来い」
「あの「俺は来いと言っている」
「は、はいっ!」
口調が荒い。それに普段は一人称が僕なのに、泥門戦の時のように俺って言ってる。静かに怒りを剥き出しにする彼に連れられて、会場裏までやってきた。私を手荒に壁際へ押し込んだ彼の目は血走っていて、とても怖かった。
こんなに感情を表に出す赤羽さんを…初めて見た。
「あれだけ金剛阿含に近づくなと言っただろう!!何故忠告を聞かなかったッ!!」
「す、すみませ「何かあってからでは遅いんだぞ!!男というものは、君が思ってるほど優しくない!!」
「あかっ「いいか。俺が今すぐ、君に手を出すことだって出来るんだ」
私の両手を押さえつけたと思ったら、一瞬で目いっぱいの赤が広がった。整った顔がとても近くて、確かにこのまま唇同士がつきそうだった。それでも、わかる。阿含さんのように悪戯半分でこんな行為はしない。怒りを交えながらも、私を心配してくれている。
「赤羽さんは、そんなことしませんよ」
「それだから危機感が足りないと…っ」
「私を助けてくれた人が、私を傷つけることをするはずありません」
そういうと、ハッと我に返ったように目を見開いて、ゆっくりと手を離してくれた。すぐに怪我がないか確認する様子から、普段の優しさが垣間見える。今回は押さえていただけだから、腫れることもなかった。
「怪我をさせなくて良かった。取り乱してすまない。こんなに他人を怒鳴り付けたのは…生まれて初めてだ」
「いえ。私も悪かったので、大丈夫ですよ」
「どうして、この手を振り払わない。僕を不潔だと…嫌いだと言ってくれても構わないよ」
「それは出来ません。私を心配してくれたんですよね。全く怖くなかったって言ったら嘘になりますけど、その気持ちが嬉しかったです」
「…本当に、何処まで優しいんだ」
危機感が足りないとよく注意されたけど、それを身をもって知らせるために、わざわざ悪役になってくれた。確かに阿含さんといい赤羽さんといい、捕えられたら私の力じゃ敵わない。いくらでも手を出すことは出来る。もっと警戒しないとダメなんだろうな。
赤羽さんは安心したように溜息を付いた後、言い聞かせるように私の肩を握った。
「練習試合の件は小耳に挟んでいた。だから、花音は必ず自分を傷つける選択をすると思ったんだ」
「…ごめんなさい」
「ああ。そこは素直に反省するべきだ。何故あんなことを…」
「赤羽さんと一緒ですよ」
「僕と?」
「はい。守りたいものがあったから、自分で選んだんです」
厚意を無駄にすることも、怒られることもわかっていた。それでも黙って見てるのは嫌だった。目の前で大事な人が傷つく姿を見たくなかった。私一人でなんとかすればいいと…貴方と一緒で、全てを理解した上で選んだんですよ。その言葉を聞いて少し考え込んだ彼は、そっと私の頭を撫でてくれた。
「君の
「ナイト、ですか?」
「何人もいるだろう。向こう見ずで、頑固で、とても目が離せない。そんな花音を守りたいと思うのは当然のことだ」
「一体何、を!?」
「せめてこの短時間だけでも、君の騎士を名乗らせてほしい」
手の甲にキスされたのはマルコくん以来だ。そもそも、そう何度もあることじゃないと思う。一気に赤くなって俯くと、控えめな笑い声が聞こえた。紳士的な人だと思っていたのに、意外に意地悪だった。恋人繋ぎまでされて赤羽さんのペースに翻弄されまくりだ。
そのまま泥門に差し入れに行くと、セナくんは真っ青になるしヒル魔さんはキレるし、他の人の反応も同様で散々だった。栗田さんの「付き合ってたの!?」という質問を否定すると全員穏やかになったけど、赤羽さんは残念そうだった。別に泥門の人まで騙す必要はなかったんじゃないかな。
「なんで差し入れに行くっていって、赤羽と一緒にいるんだ。つーか、恋人繋ぎとか!俺だってまだ普通にしかしてねぇのに!」
「フー…その件なんだが、前半だけでも彼女を借りたくてね」
「そんなの許せると「君達は花音を守れなかったんだろう」
「っ!!」
「そ、それすごく気にしてるので、やめてあげてください!」
「金剛阿含から花音を守るためだ。彼氏に思われている間だけでいい。僕も彼女を守りたい気持ちは一緒なんだ。コータローやジュリもいるし、問題はないだろう」
「……わかった。アンタだけじゃねぇなら頼む」
でも手は普通に繋げ、と駿くんが念押したため、繋ぎ直してからジュリさん達と合流した。もちろん、ここでもコータローさんと論争にはなったけど。試合が始まりますから、と宥めてから、赤羽さんの隣に座ってビデオカメラをセットした。
「関東大会一回戦。泥門VS神龍寺…試合開始です」
*****
「…予想通り、でしょうか」
「寧ろ、よく抑えたほうじゃないかな」
圧倒的な大差をつける神龍寺の中でも、阿含さんと一休さんのプレイは桁違いでゾクゾクするほどだった。それに性格は正反対とはいえ、流石双子。ドラゴンフライの息もぴったりで、巨深戦で使った
「フー…神龍寺戦の前、誰もが思うんだ。そう…『もしかしたら』まるで宝くじを買うような気持ちで、今回だけはいけるかもしれないと」
「………」
「何の打つ手もなくゆるゆると開いていく点差を見ながら、現実を知るんだ。最強はいかなる時も最強。実力にまぐれなんてないってことを」
『まさに鬼神!これが関東9連覇、神龍寺ナーガ!!』
前半は32対0。ウチと勝負した時と同じように、前半は一点も付けられなかった。赤羽さんの言葉通りなのかな。まぐれなんて…奇跡なんて、起こせないのかな。
「めでたくGAME OVERだ」
どう足掻いても、あの最悪の“天才”には敵わないっていうの…?
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