17.勉強会
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世間ではお盆だということをすっかり忘れていた。学校は強制的に入れず、当然部活も休みになった。4日も空くと体が鈍りそうだが、最近ぶっ通しだったし、たまにはいいのかもしれない。
「じゃあ、後はお願いね。用意したお金で足りると思うけど、何かあったら連絡して」
「ああ。わかった」
両親はその間に実家へ帰省。3日間は帰って来ないらしい。この前墓参りには行ったし、子供だからと大目に見てもらい、俺は一人で家に残った。何より、家に残ったのも訳があって…
「あ、おはよう」
「おはよ。迷わず来れたか?」
「うん。他に筧さんのお家はなかったから、すぐわかったよ」
「なら良かった。え、と…じゃあ入れよ」
「はーい。お邪魔します」
チャイムが鳴って出てみれば、マネージャー且つ想い人である花音がいた。急にという訳ではなく、英語を教えてほしいと前々から相談されていたため、今日家に呼んだ。図書館だと騒げないし、店に長時間居座るのも迷惑だし、花音の家ってのも俺が落ち着かないし、消去法で俺の家になったわけだが…
別に、やましい気持ちなんかない。課題を終わらせるためだ。それ以外に何がある。
「駿くん?」
「あ、悪い。俺の部屋でいいか?」
「何処でもいいよ。汚くても笑わないから」
「ちゃんと片付けたって」
出来るだけ綺麗にしているつもりだが、昨日の夜かなり必死に掃除をした。ほこりやゴミが出るたびに掃除しておいて良かった、と安堵したものだ。
部屋まで案内すると、そわそわしながら俺を追って歩いて来た。なんか、親鳥についてくるヒナみたいだな。
「適当に座ってくれ」
「わーなんか駿くんの部屋!って感じだね」
「そりゃ俺の部屋だけど、なんだその言い方は」
「スッキリしててシンプルだなーと思って」
確かに、無駄なものはあまりない。出来るだけ整頓したし、服とかは全てクローゼットに入ってる。前に「何もなくてつまんねー!」とか水町に言われたけど、花音がそう言ってくれるなら…いいか。俺も自分の部屋の方が落ち着くし。
「では、よろしくお願いします!筧先生!」
「今日は先生やってやるから突っ込まねぇよ。わからないとこ、付箋しといたか?」
「はい!ちょっとあやふやを黄色、全くわからないのは青い付箋にしました!」
「…結構あるな」
英語の選択は三段階あるが、一番難しいレベルを選んだ。進学向けってことで先取りして高二レベルや、たまに大学の問題も出したりする。基礎もあやふやな彼女からすれば、難題もいいとこだろう。俺が見てやらなかったらどうする気だったんだ…ってレベルで出来ないが、このチャレンジ精神だけは褒めてやりたい。
とりあえず先に、途中まで頑張ったところから始めることにした。
「ここまでは合ってる。で、このスペルが違う。過去形にするには…」
「えっと、こう?」
「ああ。それでいい。あと場所を表すのが…」
英語は先に終わらせてあったし、余裕で答えられた。花音もやれば出来るほうだから、この調子なら結構早く終わるかもしれない。しかし、毎回見ているとパターンというものがわかってくる。一番多いのが…
「いい加減『綴りわかんないけど、とりあえずローマ字でそれっぽく書いておこう』ってのやめろ」
「な、何も書かないよりいいと思って!」
「それにしても酷過ぎるだろ。まずこの単語のスペルは、aじゃなくてe」
「ここが、e」
「…ちなみに、アメフト用語で作戦を意味する“アサイメント”の綴りは?」
「え?えーと…asaiment!」
「“assignment”!早速ローマ字で書くな!アメフト用語は覚えろ!」
「それ普通の英文に出てこないよー!」
「息抜きだ。次は、41ページだな」
「…アメフトバカ」
「聞こえてんぞ。その名の通り英語バカ」
結局、消しゴムで消してる方が多い気がする。でも、必死に理解しようと頑張っているのはわかる。だからこっちも、真剣に教えてやりたくなるんだ。留学して夢を叶えたいとも言ってたし。
教えている途中でふと、花音の携帯が鳴った。メールのようだが、断りを入れてから返信していた。なんかニコニコしてるから、多分相手は…
「甲斐谷か?」
「うん。おやすみーって」
「彼氏か。つーか、時間差で会話が変だろ」
「ふふ、そうだね。15時間くらい違うから、夜にモーニングコールしてあげるし」
「ふーん」
「もう、妬かないでよー」
「な、なんで俺が妬くんだよ!」
「『俺の生徒が、英語より従兄に夢中だぜ…』って顔してるから」
「…全く掠りもしてねぇし」
先生とか英語はどうでもいいんだよ。“筧駿”として妬いてんだよ。なんで気付かないんだ、この天然は。どっちにしろ、甲斐谷に勝てるとは思ってねぇけど。
連れ添ってきた時間だけは、どうしても超えられない。向こうは従兄妹といえど、血も繋がってるわけだし。寧ろ3ヶ月ちょいでここまでの関係になれただけ、よくやったと褒めるべきなのか。
「でもまさか、りっくん並みの保護者が現れるなんて思わなかったよ」
「ああ。なんだかんだ甲斐谷はすげぇと思う。見習う部分はたくさんあるし」
「み、見習わなくていいと思うよ?一般的な普通のお兄さんとは違うみたいだし」
「でも、俺が代わりにならないとだからな」
「りっくんの代わりにはなれないし、ならなくていいの。今頼ってるのも駿くんなんだから」
「…そうだな」
「ちゃんと、頼りにしてるからね」
そう言われるだけで、かなり嬉しい。男としてはやっぱり、好き…な子には頼ってほしいし。この前の風邪の時は、特にヤバかった。狼になって食うなよーといわれつつ、抑えきれなかったらどうしようかと…
「あとで、手…つないでも、いい?」
「出来たら、ねるまで…」
「―…、くん。しゅーんーくーん?」
「っ!な、なんだよ」
「なんか真っ赤になってたから。クーラーの温度、調節していいよ?」
「ま、また風邪引かせる訳にはいかないからな。このままでいい」
「気を遣わなくても、少しくらいなら平気だけど…」
「そうじゃなくて、あー…ここ覚えろ!赤ペン出せ!」
「え?は、はい!」
気を逸らさないと、どうにもやっていけない。でも、あれは本当に可愛かった。花音から抱き着かれたの初めてだし、あんなふうに甘えたり、信頼してくれるだけで幸せで。保護者でもなんでもいいから、理由付けて守りたかった。
…我ながら、健気で泣けてきた。折角自分の部屋に呼んでんのに、ただ真面目に勉強教えてるだけだし。俺まで何かしたら『即マネージャー解職』っていう、脅しのせいもあるんだが。アイツも兄貴とか保護者以前に、一体何者なんだよ。
「き、黄色の付箋エリア制覇しましたー!」
「問題は青だけどな。何十枚付けてんだ」
「青だけ異様に減ったの…」
「…だろうな」
「はぁああ…もう英語見たくないよ~」
「ったく。もう12時過ぎてたな。腹減ってるだろ。ちょっと待っててくれ」
「うん…」
既に疲れきっている花音を置いて、一人で台所へ向かって冷蔵庫を漁った。これだとオムライスか、チャーハンくらいしか出来ねぇな。好き嫌いの問題もあるだろうし、とりあえず米だけ炊いて部屋へ戻った。
「悪い。冷蔵庫に大したもんねぇんだ。オムライスかチャーハンでいいか?」
「十分すぎるくらいなんだけど。もしかして、駿くんが作ってくれるの?」
「簡単なのなら作れっけど、不満か?」
「そんなこと!失礼ながら、お料理出来るんだーと思って」
「留学してる間、多少自炊もしたからな。この前のレシピも、その中で楽なのを適当に…卵粥も一応、俺が作ったし」
「道理であんなに美味しいと思った!中学時でもう既にハイスペックだったなんて!ああああ周りのレベルが高すぎる!情けないぞ私!」
そういって急に、甲斐谷の方が料理上手いとか、女として情けないと凹み始めた。花音が好んで作るのは菓子のほうだけど…いや、弁当だって美味かっただろ。俺はそうするしかなかったから、ある程度覚えただけだ。それに彼女は家事も出来るし、かなり家庭的だと思ってる。
…つーかその『情けない』っていうの、従兄妹揃って口癖なのか?
「とにかく、味に保証はねぇけどどっちがいい?」
「楽な方でいいよ。お手伝いしようか?」
「客なんだから、大人しく座って待ってろ。その間のノルマはこっからここまでな」
「ええー!多いよー!」
花音は文句を言いつつも、ちゃんとやるだろう。とりあえず俺は台所に戻って、調理を始めた。自分の分なら多少荒くてもいいけど、花音が食いやすいように小さめに切っておこう。配分は、俺のが最初から多めでいいか。無理して食っても体に良くねぇし…
「…よし、出来た」
我ながら綺麗に出来たと思う。味も不味くはないはずだ。部屋まで持っていくと、花音は俺に気付かないくらい真剣に勉強していた。まだやってるのかと思ったが、よく見ればとっくにノルマは越していた。
「花音、飯出来たぞ。机綺麗にしろ」
「あっ、ありがとう!オムライスだー!美味しそう!」
「大分進んでたみたいだな」
「はい!頑張りました!」
「ん、えらいえらい」
片手でトレイを持ちながら“良く出来ました”の意を込めてぽんぽん撫でてやると、花音は嬉しそうに笑った。本当に一番弟子と騒ぐバカ達よりよっぽど優秀で、コイツを一番弟子にしたいくらいだ。
…いや、まず先生じゃねぇけど。自分で認めてどうする。
「卵の上に、絵描いていい?」
「ほら、ケチャップ」
「ありがとう。駿くんのも描いてあげるね」
「いや、普通に食うから」
「………」
「っ、その顔やめろ!描きたいなら描け!」
あからさまに落ち込まれてそのままに出来ず、俺のオムライスにはペンギンと41の番号がついた。もったいなくて崩す前に写メを撮ってから、一口含む。ん、普通に美味い。下手に手加えてないから、本当に普通だけど。そして花音はというと、何故かキラキラした瞳で俺を見つめていた。
「すごい!すっごく美味しいよ!」
「別に普通だろ」
「だってね!卵はふわふわしてるし、味付けも丁度良くてね!」
「そんなベタ褒めされてもな…頑張ったご褒美用のプリンしかねぇよ」
「がっつり用意されてた!じゃなくて、本当に美味しいの!」
「お世辞はいいから、さっさと食え」
「…本当なのに。もう女やめたい」
「おい待て。やめるな」
少し拗ねてしまったが、花音のほうが料理上手いだろう。それに、勝手に女やめるなよ。俺の気持ちはどうなる。お前が男だったらとか、考えたくねぇよ。
もう一度早く食うように促して、食べ終えてから勉強を再開した。ただ、苦手な教科だけをひたすらやってる訳だから、疲れも溜まりやすいようだ。
「う~…ふあ…」
「流石に疲れたか。結構ぶっ通しだったし、休憩しよう」
「ご、ごめんなさい。まだ半分だし」
「大分頑張っただろ。っと、もう麦茶ねぇな。ちょっと作ってくる」
「ありがとう。お願いします」
何時間も続けたせいか、バテてしまったらしい。でも英語以外は俺より頑張ってやってるし、宿題も済ませているだろう。俺も古典とか聞きたいことあるけど、優先は花音からだな。
先に出来た二人分の麦茶に氷をいれて運ぶと、花音は何故かじーっと本棚を見つめていた。
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