14.進路と夏休み
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少し昔の、夢を見た―…
「えっ、あ…泥棒ーー!」
高校推薦の話をもらって帰る途中で、引ったくりに遭った。必死に走っても、私の足なんかで間に合う訳がなくて。ああ、こんなときに走りのプロの従兄がいてくれたら…!と涙目になっていると、すごい速さでパーカーを着た人が横切った。な、何今の!りっくんくらい…いや、それ以上に速い!
「ぎゃああああー!!」
「な、何がおきて…っ」
ぜーはーしながら追いついたころには、さっきのパーカーの人が私のカバンを握っていてくれた。引ったくりした人が伸びているから、この人が助けてくれたんだろう。よ、良かったー!お財布や保険証もみんな入ってるから、奪われたらどうしてたことか!
「これは、お前の鞄で間違いないか」
「は、はい!はぁ…ありが、はぁ…とう、ございます…っ」
「…大丈夫か。落ち着いて呼吸を整えろ」
「す、すみません…!」
こんなに必死に走ったのは久しぶりで、なかなか息が整わない。ちゃんとお礼を言おうと顔を上げたら、生真面目そうな男性が立っていた。あれ?フードで顔が隠れてて気付かなかったけど、この人ってもしかして…
「進さん!?」
「…?何故、俺の名前を知っている」
「あ、いえ、その」
流石にいきなり名前を呼んだら不審に思われてしまう。“守備の王城”として名高い王城の中でも、最強のLBの異名を持つ進さん。高校アメフト界では有名な人だけど、まさかこんなところで出会うとは思わなかった。
「念のため、中身を確認してもらえるか」
「は、はい…って、ああああっ!」
まだ疲れてるのか、手元が滑ってバックを落としてしまった。慌てて中身のノートやプリントをかき集めると、進さんも拾ってくれていた。ああもう、助けてもらった上に更に迷惑かけるなんて!私ホントに何やってるんだろう!
拾いながらしょんぼりしていると、進さんはその中の資料をじっと見つめていた。
「王城推薦…受験生か」
「はい。先程お話をいただきまして…あ、ごめんなさい!」
受け取ろうとしたら、進さんの手に触れてしまった。私より大きくて、逞しい手。かなり豆だらけだし、たくさん努力してきたんだろうな…なんてぼんやり思っていると、彼もまた私の手を見つめていた。
「…お前は、努力を怠っていない。問題なく王城に受かるはずだ」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
まだ巨深と迷ってる途中なんです、とは言えないまま深く頭を下げた。何事もなかったかのように走り去ってしまったけど、すごく優しい人だったな。確か…進、清十郎さん。もし王城に受かったら、彼が先輩になるんだろう。今日たくさんお話を聞いて、王城の制度もいいなと思ったけど…
「…どうしよう」
特待生推薦の話をもらっているのが、王城と巨深。英語が駄目でも将来性を重視して…と言ってくれたのが、この二校だった。どちらに受かっても学費は免除して貰えるし、あとは一つに絞るだけ。
巨深の案内の時はチア部の先輩が優しくしてくれたし、とてもいい印象だったから正直迷っていた。有難いお話すぎて、どうしていいか…
「あ!早く帰らないと、りっくんやおばさん達に心配されちゃう!」
この時点でいつも家にいる時間だったから、帰宅した後はやっぱり怒られてしまった。でも、推薦の話はとても喜んでくれた。姪の私を自分の子のように大切にしてくれるおじさんとおばさんには、いつも感謝してる。その二人が安心出来るように、ちゃんと自立できるように頑張らないと。そう思いながら、いつものように勉強を進めた。
「―…あ!良かった!」
「お前は、昨日の受験生?」
「はい。助けて頂いたお礼にと思って。良かったら受け取ってください」
「気にするな。そんなつもりで助けた訳ではない」
「いえ、そう言わずに。お口に合えばいいんですけど…本当にありがとうございました」
もしかしたら、明日もここを通るかもしれないと待っていて正解だった。相手はスポーツ選手だし、お礼にレモンの蜂蜜漬けを作ってみた。りっくんがいつも美味しいっていってくれる自信作なんだけど、お口に合うかどうか…とりあえず、受け取ってもらえてホッとした。
「家は近いのか」
「えっと、電車で5駅ほど掛かります」
「…わざわざ、ここまで来たのか?」
「貴重品も入っていましたし、どうしてもお礼がしたくて」
あ、あれ?迷惑だったかな。確かに荷物になっちゃうし、昨日知り合った女の子がいきなり待ってたら驚くよね。
…今更、申し訳なくなってきた。その気はなかったのに、なんかストーカーみたいじゃない?いきなり手作りの物まで渡すって変だよね。ファンとかいって、直接学校へ行って無難なお礼でもすれば良かった…!
「駅まで送る」
「え?そんな…大丈夫です」
「トレーニングの一環だ。気にするな」
遠回しに心配してくれたのかな。それから、少しペースを下げて前を歩いてくれる進さんに着いていった。特に会話する訳でもないのに、こんなに安心感があるのは何故だろう。守ってもらっているような感じがする。騎士集団って呼ばれてるけど…本物の騎士みたいだ。
「実は以前、従兄と王城の試合を見に行ったことがあるんです」
「そうか。名前を知っていたのも、そのためか」
「はい。まだルールもなんとなくしかわからなかったんですけど、すごく新鮮でドキドキしました」
絵に描いたような努力家の天才は、次々と相手の選手を倒していった。点を取る暇も与えない完璧な守備。パワー・スピード・テクニック…全体のバランスが整っている超人だった。だから、もしもその彼が…
「進さんが攻撃に加わったら無敵の守備になって、王城はもっと強くなるのに…」
無意識に言葉に出ていたらしくて、気付いた時にはもう遅かった。進さんがじっと何か言いたげに、私を見つめている。よ、余計なお世話だってことでしょうか。確かに十分すぎるくらいの実力者だし、こんな小娘に何がわかるんだ、って感じだよね。守備に徹底させろよ、と思うよね。
さ、さっきから恩人に失礼ばかりしてるんだけど、怒ってスピアタックルとかされたらどうしよう…!
「…そうか」
「す、すみませ「礼を言う」
「え?」
「何か、掴めそうな気がする」
ぽかーんとしている私を置いて、進さんは私を駅まで送った後、真剣な顔をして来た道を戻って行った。やっぱり遠回りしてくれたのかな。
…そして今、非常にまずい助言をした気がしないでもない。冷や汗を掻きながら電車に乗って、もう一度学校の資料を見直した。散々悩んで、私が出した結論は―…
「私ね、巨深にしようと思うんだ。先生も大丈夫って言ってくれたし」
「巨深ってことは…王城より西部に近いな!よく決めた!早速不動産屋に行こう!」
「り、りっくん!まだ早いよ!おじさんとおばさんにも相談してないのに!」
「花音が落ちる訳ないだろ!俺の妹だぞ!」
「プレッシャー掛けないで!はぁ…巨深、受かるかなぁ」
*****
「…なんで今更、こんな夢を」
中3の時の話をあんなに鮮明に思い出すなんて。王城と戦うかも、っていう予知夢?
…だったら、非常に厳しくなるからご遠慮願いたい。今の実力で勝てる相手じゃないだろうし。悶々としながら、部屋のカーテンを開けた。うう、眩しい。今日も暑くなりそうだ。
「もう扇風機だけじゃ限界かも…」
流石に辛くなってきたため、クーラーを入れて勉強出来る環境を整えた。ちなみに今日は摩季ちゃんの仕事日だから、私はお休み。その間に頑張らないと宿題と予習が終わらない。特待生は、夏休み明けのテストも成績キープしなきゃいけないから大変だ。
「…英語はダメだ。筧先生に頼もう」
どう頑張ってもちんぷんかんぷんな英語は後で駿くんに教えてもらうとして、他の課題を黙々と済ませた。あと、小判鮫先輩達から高3の問題集も借りたし、早く大学レベルまで取得しないと。
―…“あの大学”に入るためには、今の知識だけじゃまだ足りない。
「みんな、そろそろ休憩してる頃かな」
もう12時30分過ぎだから、多分お昼休憩をしてる時間だ。追加されたメニューでバテて、熱中症にならないといいんだけど。
私は一旦ペンを置いて、軽く伸びをした。そういう自分のご飯はどうしようかな。食欲ないしアイスだけでいいかな。
『ピンポーン』
「あ、はーい!」
宅配便かな?たまにりっくんのお母さんやおばあちゃんから、色々届いたりするし。相手を待たせないように、私は急いで玄関まで走ってドアを開けた。でも、訪問者は予想と違ってかなり意外な人物だった。
「あれ、知念先輩?」
「こ、こんにちは」
「こんにちは。今日は確か、お店のお手伝いのはずでは…?」
「そうなんだけど。これ、余り物だけど良かったら」
「え!?そんな「それじゃ!」
「ええええ先輩!?…行っちゃった」
流石ウチのランニングバック。出前で鍛えたその足で、颯爽と走り去ってしまった。ぽかーんとしている私の手には、余り物とは思えないほど美味しそうなちらし寿司。本当に余り物、なのかな。ちゃんと手を合わせてから頂くと、とっても美味しかった。今度お礼にお菓子を作って渡そうかな。そう思いながら後片づけをしていると、またインターホンが鳴った。
「はーい…あ、渦潮先輩」
「おいおい、さんま先輩でええいうたやろ~」
「す、すみません。って、どうなさったんですか?」
「秋の刀の魚と書いて?」
「サンマ、ですね」
「そうや!ってことで、栄養たっぷりのサンマ食っとき!」
「え、あの…なんでこんなに」
「さっき釣ってきた!」
「秋の味覚を!?」
「ははは!ええ突っ込みや!」
唖然としている私をよそに「ちゃんと食ぃやー!」とわしゃわしゃして、関西出身の豪快な先輩は帰って行った。ちゃんと捌いてあるのはありがたいけど、あまりにも量が…とりあえず今日の分以外は、冷凍しておこうかな。
その準備が終わると、なんだか外が騒がしい。「俺が先に!」「僕が先に!」って…どっちも聞き慣れた声だ。
「「花音(ちゃん/さん)!!こんにちは!!」」
「こんにちは。近所迷惑だから、少し声を小さくしてもらえると嬉しいかな」
「「すみません…」」
「もう、さっきから続々と。部活はどうしたの?」
「「そんなことより!」」
「そんなことじゃない!」
質問を無視され、代わりに大量に果物の入った袋を置かれた。梨とかレモンとかこんなにたくさん、どうしたんだろう?
「梨は夏場の喉が乾いた時や、風邪の時に食べるといい!って、TVでやってたんッス!!」
「レモンは、ビタミンCやクエン酸などが豊富に含まれており、免疫力アップ、風邪予防、美容、疲労回復に最適…と雑誌に書いてありまして!!」
「えーと…でも、こんなにいっぺんに食べられないから、腐らせちゃいそうなんだけど」
「「…はっ!」」
「3つくらい頂いて、残りはおやつとレモンの蜂蜜漬けにして差し入れしてもいいかな」
「花音ちゃん…」
「花音さん…」
「二人とも、わざわざありがとう」
そういうと、何故か号泣されてしまった。ああああ、お隣さん違います!私がイジメてる訳じゃないんですー!この大柄な人達が泣き虫なだけですー!誤解しないでー!
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