13.彼の夢・私の夢
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「筧くん、水町くんあと10周ー!平西くん12周!潮先輩、島先輩15周、小判鮫先輩20周ですー!」
「ちょっと!!まとめないでくれるかな花音さん!!」
「うおおお!なんで大西と一緒にいいい!」
「えっと、じゃあ先に着いた方を“洋くん”って呼ぶね!」
「「絶対に負けるかぁああああ!!!!」」
「は、はひ~…あと20周~?」
「小判鮫せんぱーい!頑張ってくださーい!」
「うん。がんばる…バ…ヴァンガ~ファイトー」
「小判鮫先輩、カードゲームみたいになってますよ」
花音が合宿の話をしたら、水町が無茶な内容を考え、試しにメニュー候補の校舎周り100周をすることになった。でも、通常練習後にこれは流石にキツイな。黙々と走っていると、何回か花音が声を上げ、残りの数を教えてくれる。ようやく残り10周か…
「ンハッ!筧ー!先ゴールしたほうが花音ちゃん送ってこーぜ!」
「却下。お前、家逆だし。そもそもこの前寄り道して困らせたらしいじゃねぇか」
「いやーだって疲れると腹減んじゃーん?」
「せめて送ってからにしろ。俺が甲斐谷に怒られる」
「ははっ、オニーサン厳しーな~」
「当たり前だろ。ほぼ21時過ぎてんだから」
片付けまで終わらせて21時過ぎ。最悪22時の時だってある。大事な家族、ましてや女子をこんな夜中に歩かせるだけで危ないだろう。真っ直ぐ帰らない水町には尚更任せておけねぇし…そう思って、残り一周を全速力で走り抜けた。
騒ぐ提案者を無視して花音のところまで駆け寄り、タオルとドリンクを受け取った。お疲れ様、とふわりと彼女に微笑まれるだけで疲れが取れるから不思議だ。
「花音もお疲れ。残り片付けてくるから、後は頼んだ」
「うん。ありがとう」
「…?ちゃんと休憩、取ったか?」
「え?してるよ?」
少し顔色が優れないのは気のせいだろうか。心配している俺をよそに、水町がゴールと同時に花音にタックルして潰したから締め上げたが。
その後、一人で片付けを進めていると、大平と大西が同着して揉め始めた。それを花音が苦笑しながら止めている。あいつら、何仕事増やしてんだ…
「おい。お前らも片付けろ」
「でも、筧先生!ようやく僕が洋くんと呼ばれるところだったんですよ!」
「違う!!俺だ!!」
「次に持ち越せ。花音が困ってんだろ」
「「えっ!?」」
「ごめ…止めてる間に、誰が何周したかあやふやに…なっへるぅ~」
「大平!大西!お前らのせいで目ぇ回してんじゃねぇかっ!!」
「「す、すみませんーー!!!」」
ふらふらし始めた花音を見て流石に俺もキレた。具合悪そうだと思ってる矢先に、コイツらときたら…!彼女はちゃんと書き込まないと気が済まないらしく、覚えている限りで書きこんでいた。が、見たことない名前まで増えている。誰だよ海男とか海坊主って。
「あとは俺がやるから、先に着替えてこい」
「で、でも」
「“筧”を“算”って書いてる時点で、任せておけない」
「…うん。ごめんね。お願いします」
ノートを受け取ると、俺の字以外もいくつか間違えていた。元々抜けているところはあったけど、今日は一段と酷い。確かに暑さでバテやすいが…それとは少し、違う気がする。
「あ、飯清先輩!あと何周か覚えてますか!」
「え?えーと…確か1周前に、花音ちゃんが5周って」
「なら、あと4周です!残りの選手は、覚えてる数字から引いた数で走ってください!」
「え?筧ー!花音ちゃんはどうしたんだ?」
「多分夏バテです。あとは俺が代理です」
「おいおい、大丈夫かー?」
「なら、早く終わらせないとな!」
「おう!」
花音は特に、先輩達に大事にされている。最初はしっかりした優等生だと思ったが、天然気味でやや抜けているから放っておけないという人が多い。…まぁ、俺もだけど。
自分の当番でなくとも、帰りに必ず立ち寄って「頑張ってください」といいに来たり、差し入れをくれたりする。そんな彼女を悪く思ってる選手は、巨深ポセイドンには一人もいない。
「ぜーはー…か、筧っ、げほ!花音ちゃん、先に送って、いって…」
「…大丈夫ですか。小判鮫先輩」
「お、おう。頼んだぞー」
「はい。先に失礼します。あとその辺で水町伸びてるんで、叩き起こしてください」
「…水町以上に、最近はお前の進化もワイコーだよ」
厚意に甘えて急いで着替え、花音と合流した。帰り道は、唯一二人になれる時かもしれない。甲斐谷に「手繋いで彼氏っぽく見せろ」っていわれた時はどうなるかと思ったが、もう大分慣れた。こうすると歩幅を合わせられるし、疲れのせいでふらついても支えてやれる。最初から恥を忍んで、こうしてれば良かった。
そのまま歩いていると、申し訳なさそうにこちらを見てくる視線に気づいた。
「ごめんね。私歩くの遅いから、帰るの遅くなっちゃうでしょ」
「どうせもう22時過ぎてんだから、関係ねぇだろ」
「ありがと。ふあーお腹減ったね」
「…っとに、マイペースだよな」
「駿くんはお腹減ってないの?」
「まぁこの時間なら普通に「そんな貴方の心を癒します!」
「は?」
花音が指差す方向には、コンビニがあった。24時間営業のため、そこだけやたら光ってる。…いや、水町叱っといて寄り道する訳にはいかねぇだろ。
「私は久しぶりにあんまんが食べたいです」
「俺の心関係なく、お前が食いたいだけだろ」
「だって…今日だけだから。ね?ダメ?」
「く…っ」
くいくい、と裾を引っ張りつつ見上げられたら断れるわけがない。上目遣いだってわかってんだろうか。くそっ、無意識だっていうならマジでタチが悪い…!
流されるまま店内に入ると、早速花音が嬉しそうにあんまんを頼んだ。折角だし、俺も何か買うか。隣の肉まんが美味そうだな。
「あと、肉まん一つ」
「あんまん、肉まん一つずつですね。230円です」
「はい。レシート入りません」
「えっ、ちょ、駿くん!?」
さっと230円を出して、片手にコンビニ袋、もう片方の手で花音の手を握りコンビニを出た。出来るだけ時間をロスしたくない。彼女はオロオロしながら、一旦手を離して財布を漁った。
「あ!100円玉ない!」
「いいってこれくらい。俺が払う」
「ダメだよ!こういうのはちゃんとしなきゃ!」
「たかが100円のあんまんで…」
「110円だも、ふぐっ!」
「ほら、さっさと食え」
五月蝿いからあんまんを押し込んで黙らせると、もごもごしつつしっかりかぶりついていた。顔が小さいからやけにあんまんがでかく見えるし、一生懸命な感じが可愛い。それを横目に、俺も買った肉まんにかぶりつく。腹が減ってるからか、やたら美味く感じた。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
「駿くんにも、あげる」
「いや、俺は「一等賞のご褒美!…駿くんのお金だけど」
甘いのはそんなに、と断ろうと思ったのにそんな可愛いこと言われて断れるはずもなく、俺に届くように伸ばされたあんまんを控えめにかじった。ん…やっぱ甘ぇ。
「美味しいね」
「花音も食うか?」
「いいの?」
「マネージャー頑張ってるご褒美」
「え、と…ありがとう」
花音の口元まで持っていくと、ぱくりとかぶりいた。…なんだ、この小動物に餌与えてる感覚。もごもご口を動かしているのがハムスターみたいだ。それから残り半分くらいをお互い無言で食べ進めた。前々から思ってたけど、この点はよく似ている。それにしても…
「なんかあったのか?」
「え?な、なんで?」
「いや、最近もそうだけど…今日は一段と変だろ」
「…そんなこと、ないよ」
明らかに何かあるんだろうが、無理に聞かない方がいいんだろうか。さっきも急に、何か食って忘れようって感じのテンションだったけど…俺の気のせいか?
最後の一口まで食い終わると、花音はようやく重い口を開いた。
「りっくんが…合宿、行っちゃうから」
「そんな遠いのか?」
「うん。アメリカに一ヶ月くらい」
…予想の斜め上で驚いた。都外で2、3日とか1週間レベルの話じゃねぇのか。でもそれなら、こんなに沈んでるのも頷ける。今は甲斐谷と二人で暮らしてるらしいから、当分は一人ってことだよな。
「本当は今日出発だったんだけど、私もいつもの時間に起きたからりっくんを起こせなくて。明日の飛行機で行っちゃうの」
「そうか」
「こんなに離れるの初めてだから、ちょっとだけ不安…というか。あ、なんか勝手に相談してごめんね」
「別にいいよ。滅多に弱音吐かねぇから、逆に安心した」
「…ありがとう」
歩くペースを遅くして、花音の話を聞いた。本当の妹のように接して、いつも支えてくれる甲斐谷が大切だということ。更に向こうでも研究熱心で夜更かししないかとか、ちゃんと起きれるかとか、なんか話がずれてきたけど…まぁとにかく心配らしい。
「花音は、そのまま一人でいるのか?親御さんとこ戻ったりとか…」
「…そんなすぐに会える距離じゃないから、行けるように頑張ってるんだよ」
「行けるように?」
「うん。私、アメリカに留学したいの」
開いた口が塞がらないって、このことをいうのか。おそらく真面目な話なんだろうが、ガチでいってるんだろうが…どうしてもこれだけは突っ込みたい。
「あの英語の成績で何言ってんだ!!?」
「そ、それは言わないでよー!」
「重要すぎるだろ!まだ俺みたいに英語だけでも得意なほうがマシだ!」
「だって文法とかスペルとかよくわかんないんだもん!あれでも頑張ってるんだもん!」
「ならせめて平均点は取れ!くそっ、それならもっとレベル上げて教えねぇと…」
「いやー!勘弁してください筧先生ー!」
選択も俺と同じレベルにしてるせいもあって、点数も成績も平均より下だし。何がすごいって、一昨日貰った成績表…5段階中、体育と選択の英語だけ2ってことだ。基礎英語はギリギリ3。他は努力の成果なのか5が多いのに、あまりにも極端すぎる。
「でも、そのためだけに頑張ってたんだよ…ずっと」
「ならもうちょい英語に力を入れてだな…」
「―…どんな手を使ってでも、夢を叶えたいから」
優等生の時のような淡々とした姿よりもずっと、冷たい瞳をした彼女。その姿を見て無性に…悲しいと思った。どんなものでも犠牲にして、捨てることが出来そうだった。無論、俺や水町達だって…
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