12.嵐と不安
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今住んでいるのは、西部よりも巨深寄りなことを優先にして選んだアパートだ。予算内で一番良い場所を、りっくんが一生懸命探してくれた。二人暮らしするには十分な広さだし、個別に部屋もあって住み心地もいい。そんな新しいマイホームも、今はガタガタと音を鳴らして揺れている。
「風、強いなぁ…」
今日は台風の影響で、登校前から休校になった。巨深では初めてだったから、連絡が来る前に「自宅待機でいいのかな?」としっかり者の駿くんに聞いてしまったけど、まさに先生並みの対応をしてくれた。そして最後に「お前飛ばされそうだから、絶対外に出るなよ」といわれた。心配してるのか冗談なのか、よくわかりません。先生。
「…よし。更新、っと」
「ん?何を?」
「ひゃあ!?み、見てはならぬよ!」
「急にどうしたその口調」
「えっと、作戦内容だからダメ!」
「ああ。成程な」
突然のりっくんの声に驚き、慌ててパソコンを閉じて隠した。また部屋で走りの研究してると思ってたのに。私がサイトに趣味の絵を載せていることは、絶対にバレたくない。たまにりっくんもモデルにしてるし…部屋のコンセントを使いきってるからって、リビングで作業してたのが間違いだった。
ど、どうしよう。話を逸らさなきゃ。
「た、台風でお休みになって良かったね」
「いや、別に良かったってことはないけどな」
「あ…うん。これじゃ買い物も行けないもんね」
「昼はどうする?パスタでいいか?」
「うん。ソースはりっくんのほうが得意だから、私は茹でる方を担当するよ」
「了解」
りっくんと一日中一緒なんて久しぶりだから、嬉しかった。困ってる人も多いのに、私達だけゆっくりしていて申し訳ないけど。たまにはこんな日があってもいいかもしれない。
「「いただきます」」
「ん…そういや、久しぶりだな。昼飯一緒に食うの」
「そうだね。夜も別々の時あるし」
「花音の話、最近聞いてないもんな。何かあったか?イジめられてないか?」
「ふふ、大丈夫だよ。相変わらず心配性だね」
「花音がすぐ隠すからだ。兄妹内で隠し事禁止だっていってんだろ」
「えー…彼女いたこと黙ってたくせに」
「なっ!それは、えーとっ」
「なーんてね!情けないぞ~りっくん!」
「くっそー!それは持ち出すなって!」
そう、りっくんには彼女がいた。中学の時に告白を断れなかったらしいけど、アメフト一筋でいつの間にか自然消滅。若干、私へ過保護過ぎたせいもあるけど…別に恋愛は自由だと思うし、りっくんのしたいようにしたらいいと思う。
からかいつつ笑っていると、何か言いたげにじっと見つめてきた。なんだろう。ちょっと言いづらいことなのかな?
「…そういう花音は、筧や水町に告白されたりとかないよな?」
「え?ないけど…どうしたの?」
「いや、ないならいいんだ。いきなり名前で呼び始めたから、ちょっとな」
「仲良くはなったけど、そんな風に見たことないかな」
「花音って昔から、恋愛に興味ないよな」
「カッコイイお兄ちゃんが傍にいますからね」
「…!俺も可愛い妹がいるから、他の女の子はアメフトボールに見えるぞ!」
「わぁ…さらっと酷いこといってる」
半分本気だけど、半分は『恋をしてはダメ』って自分で決めてるから。映画みたいにロマンチックな恋は憧れるけど、私はそれを望んではいけない。今は夢のために頑張ることだけで精一杯だし。
「えっと…残してごめんなさい。ご馳走様でした」
「どうした?もう夏バテか?」
「多分。あんまり食べられなくて」
「夕飯は、野菜たっぷり入れた料理にしてやるからな」
「…うん。ありがと」
正直、料理はりっくんのほうが上手だ。凝り性だから色んなスパイスを入れたりアレンジして、美味しさを追求している。レシピ通りの私と違って、冒険心が強い。最もそうする理由が『花音でも食べやすいように』という、妹思いなお兄ちゃんの愛なんだけど、女の私は若干涙目です。
「じゃあ、私は部屋で勉強してるね」
「あんま無理すんなよ」
「うん。りっくんも夢中になりすぎないでね」
部屋に戻ると、目つきの悪いペンギンと目が合った。駿くんに貰ったぬいぐるみだ。駿くんも、こういう日はりっくんみたいにアメフトの研究してそうだな…なんて思っていたら、丁度その彼からメールが届いた。
From:筧駿くん
title:無題
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古典のプリント紛れてた。
勝手に見て悪い。でも、間
違えたとこ直したいから、
このまま借りていいか?
「こ、断り入れずに見ればいいのに…」
真面目か!と突っ込みたくなるけど、これが駿くんだから仕方ない。確か満点だったし、簡単に解説も入ってるから参考になればいいけど。OKを出してから何してたか聞いてみると、やっぱり試合のビデオ見てたっていうから、思わず声に出して笑ってしまった。ああ、ダメだ。ホントにわかりやすい。
「えっ、珍しく返信早…って、マルコくん?」
From:円子令司くん
title:久しぶり♪
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台風直撃とかやんなるっちゅ
う話だよな。
そっちはどう?都心のほうが
大変っしょ?何ともないこと
を祈ってるよ。
もし揺れが怖かったらメール
相手くらいなれるし、遠慮
せず頼ってね(ただし甲斐谷
には内緒の方向で!)
「し、紳士…!」
ここに紳士がいます。マルコくん、優しいな。今回は関東全体を通過するけど、確かに都心のほうが被害が大きそうだ。電車通学じゃなくて良かった。
ちなみに『君という花はこの嵐で散らないでほしいな』なんてすごい台詞を送ってきている、マルコくんの学校も休校らしい。
「送信…っと。今度は駿くんかな?」
From:水町健悟くん
title:ヒマー!
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みんなで遊びたい!
部活したい!ヒマヒマ!
小判鮫先輩風に言うと
マヒマヒ!ヒマすぎー!
ε=(。`・з・´。)カマッテ-
「あ、可愛い。顔文字似てる」
学校大好きっ子の健悟くんらしい。台風が過ぎたらね、と送ったら1分もしない間にまた返信が来た。相当暇なのかな。でもこの様子だと、宿題してなさそうかも。よし、駿くんに告げ口しちゃおう。私がいっても、やだーとか教えてーっていわれちゃうし…
From:筧駿くん
title:無題
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ちょっと水町にメールするから
返信遅れる。
「ぷふっ、いちいち伝えなくていいのに」
最近、駿くんの真面目さが可愛いと思うようになった。たまに真顔でズレたこというし。ここのところの一番は「そんなに守ってくれなくても大丈夫だよ?」に対して「…ラインバッカーだから守る癖がついてんだ」っていわれたこと。それ関係あるの?と、しばらく笑いが止まらなかった。
見た目はちょっと強面なのに照れやすいし、面倒見いいし、いい人だな。第一印象が変わらない人って珍しい。“真面目で優しい”はこれからも続く気がする。
「っと、タイヘイヨ…じゃなくて大平くんと大西くんか」
ぼーっとしてると、タイヘイヨウとタイセイヨウに見えてしまう。二人ともややこしい上に似てて困る。顔や性格はそこまで似てないけど、負けず嫌いなところが似すぎて喧嘩してばっかりだし。えーと、それより内容は…
From:大平洋くん
title:無題
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台風の被害はないっスか!
なんかあったら駆けつけます!
From:大西洋くん
title:無題
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台風の被害はありませんか?
なにかあったら駆けつけます!
「…二人とも、本当は双子なんじゃないかな」
同時に似たような文章が届くって。とりあえず、大丈夫だと伝えておこう。筧先生の代わりに勉強しなさい、とも追加で書いておく。また同時に返事が来たのはいうまでもない。
「さっきからみんな、勉強させてくれないな」
苦笑しながらも、簡単に返信して教科書を広げる。前はこんなに小まめに返信なんてしなかった。“夢のために頑張ること”が最優先で、遊びに行くとか雑談するっていう選択肢はなかった。今は…同じくらい大切になってる気がする。アメフト部と関わってから私、結構変わったな。
“バンッ!!ガタンッ!!”
「きゃあ!?」
大きな音がして、思わずびくついた。恐る恐る外を見ると、看板が倒れたみたいだった。あのお花屋さん大丈夫かな。もし被害が大きかったら、お手伝いにいこう。
でもこのアパートも、古い訳じゃないけど大きく揺れたりはする。少し怖くなってりっくんの部屋に行くと、真剣に試合のビデオを見ていた。まさか…ヘッドホンしてるとはいえ、さっきの音に気付いてない?
「ね、りっくん。ちょっといい?」
「…ん?ああ、どうした?」
「ここで勉強しちゃダメかな」
「え!?いいけど、ちょっと待て!片付けるから!」
「このままでいいよ。教科書が置ければ十分だから」
色んな雑誌が無造作に置いてあるけど、普通に勉強出来る範囲だ。りっくんは気を遣いつつ、なんだかそわそわしている。そういえば、新しい部屋にこんなに堂々と入ったのは初めてかもしれない。
「やっぱり私、戻った方がいい?」
「いや、怖いんだろ?傍にいていいぞ」
「でも邪魔してる気が…」
「いいから、ここにいろ」
「は、はい」
昔からりっくんの部屋はアメフトの防具とか、走りの研究用のビデオやDVDでいっぱいになっている。ラグビーや他のスポーツまで見てるし、ロデオドライブもそろそろ完成しそうだな。
ふと視線を上げると、真剣な横顔が目に入った。いつも熱心にアメフトに取り組んでる。駿くん達を応援したいって思ったことを後悔してないけど、りっくんはもしかしたら…
「…西部にしなくて、ごめんね」
「は?なんだ急に」
「なんとなく、謝りたくなって」
「俺に謝る必要ないだろ。巨深に行ってから、結構楽しそうだし」
「そう見える?」
「ああ。最近は部活の話ばっかだけど…とりあえず水町を殴りたい」
「ふふ、駿くんがいつも怒ってるよ」
「筧は比較的まともで良かった。つーか、筧がいなかったらマネージャー許可しなかったかもしれない」
「駿くんはね、りっくんに似てるよ。アメフト大好きなとことか、真っすぐなとこ」
「なんか、喜んでいいのか微妙だな」
「だって似てるから、応援したくなったんだもん」
そういうと、りっくんはぽかーんとしたまま固まってしまった。あ、そういえば言ってなかったっけ。確か「マネージャーになってほしいって誘われたんだけど」って切り出したし…
「え…そういう理由だった、のか?」
「えーと、よく誰にも負けない!って真剣な顔するでしょ?その目と一緒だったんだよ。キラキラしてて、応援したいって思って」
「…はぁ。花音はホント、俺のこと好きすぎ」
「りっくんも私のこと好きすぎだけどね」
「マネージャーも一日置きといいつつ、差し入れしたり他校の分析してるから、ちょっと心配だったけど…俺も応援してるからな」
「一応ライバルなんだけどね」
「今度は勝てるチームにするんだろ?」
「うん。“高さ”で勝ちたいな」
「“速さ”には敵わないだろうけどな」
隣にいるのは大事なお兄ちゃんなんだけど、たまに西部の甲斐谷選手になってしまうから困る。別の道を選んだことを後悔しちゃいけないんだけど、やっぱり少し寂しいな。
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