03 タンタラス流稽古強化週間
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貨物室を出て通路へと戻ってくる2人。
艇内のあちらこちらで声が聞こえてくる。
皆、目覚めてきたようだ。
「なるほどな、ポチもハチ公も犬の名前か」
『なぁ〜…もっと違う異文化交流しよう?
そろそろわんこネタから離れてよぅ…』
「お前が最後に犬ネタ持ち込んだんだろうが。
まあ、からかい疲れて怠いからいいけどよ…ふぁ…」
『よく眠れそうでヨカッタネ…
……あっ!おはよう、ジタン!』
船室から頭を掻きながらジタンが出てきた。
ミヤビと目が合う、
その隣を歩いていたブランクにも気がつくと
少し驚いた顔をしてこちらへ歩み寄ってきた。
「おはよう、ミヤビ、ブランク。
どうしたんだい? 2人お揃いで。」
『さっきまでブランクが
剣の稽古つけてくれたんよ!』
「まさか起きてるとは思わなかったがな。
コイツ、経験ない割には大したモンだぜ。
ミヤビは物分かりもいいし、言ったこともすぐ覚える。」
『!…ふ、ふふん!
そ、そうでしょうそうでしょう!
ブランク先生ができたこと、できてないこと、
ひとつずつ教えてくれたかんね!
フィードバックは、くどぐと長めやったけど
メンタルケアまでしてくれるという
さすがタンタラスのアニキ!ヒューヒュー!』
「………ちょっと褒めたくらいですぐ調子乗ったり、こんな感じで茶化さなけりゃあ、
ボスに一撃くらいできるかもな」
『む、その時はブランクの教えが
足らんかったちゅうことで』
「チッ、お前な、俺の話聞いてたか?」
『ブランクこそ!
そうそう、ジタン聞いて!?
ブランクがあたしを事あるごとに
わんこ扱いしてくるんよ、ひどない?!
失敗しても大丈夫だぞー的な励ましの頭ポンポンかと思ったら、よーしよく出来たな〜!って感じでわんこの頭撫でる感覚でやっとるらしい!しかも不本意で!なんでなん!』
「いーや、
現に躾のなってない迷子の子犬だろコイツ!
ジタン、お前にも見えるだろ
この耳!しっぽ!キャンキャン煩え声!」
『ほらコレよー!
俺は子犬の世話係だ~って言ってくる!
あたしがホンマのわんこやったら
とっくに噛みついとるっての!』
「はあ!?すでに生意気言って
噛みついてんじゃねえか!」
『噛んでへん!』
ガルガルガルと唸り声をあげながら
お互いに視線をぶつけあうブランクとミヤビ。
起きてきたばかりのジタンからすれば、
「今オレは何を見せられているんだ」と本音が喉元まで上がってきたのだが、ほんの少し前の会話で自然に褒め合っていたかと思えば、流れるようにファイトしはじめる辺り、波長が近いというか似たもの同士というか何というか…。
しかし、無愛想なブランクのペースを
出逢って間もないミヤビがここまで乱しているのは
付き合いの長い仲間の自分から見て、
正直言って本当に不思議で、単純に面白い。
それに何より……
(…これだけペース乱されてる筈なのに
ブランクの空気がオレ達と話すのと
変わらないくらい丸い気がする、なーんて
言ったら殴られそうだけどさ。
ミヤビの一生懸命さとおてんばな危なっかしさが、
アイツの世話焼きな性分をくすぐるのかね…。
ふうん………先生と教え子か、
結構いいコンビじゃん。)
ミヤビとブランクの初対面時に居合わせているだけに、
いくら和解できたとしても稽古つけてもらうにあたって
接しづらさがないか、まして異性だから…と気にしていたが
これは杞憂だったなとジタンは静かに安堵の息を吐く。
ぎこちなさも一旦は見受けられないし、
様子見程度で見守ってて良さそうだ。
これならひとまず、今日からの
バトル稽古についても心配要らないな。
…とはいえ、可愛いレディと和気あいあい(?)
ん?待てよ、聞き逃した中にさらっとすごいのいなかったか?頭ポンポン?ボディタッチ?!
アイツ〜!!?なんて役得羨まし…いやいやいやココはオレがしっかり伝えておかないとミヤビの貞操に関わりかねない…!
デリカシーに欠けるブランクの無礼を
仲間であり紳士のオレが指摘しておかないとな!
ジタンは咳払いをひとつして
いがみ合う2人の視線を自身に集める。
ビシッと指挿してブランクに向き合った。
「レディに触れていいのは許可を得た時か、
緊急時くらいだぞブランク、
ちゃんとお伺いは立てたのかよ」
「だから子犬n「へえ~!!それじゃあお伺いも要らないくらい、初稽古で随分仲良しになったんだなぁ!しっかし……朝早くから、男女ふたりきり…ハッ!?
ミヤビ、髪のセットが乱れてるぜ…!?」
『あっ、直し忘れとった。
稽古の時にブランクがグリグリしてきてそのままに…』
「髪が乱れるような事を!??
…ブランク…まさか、お前…っ
早朝から稽古つけてたってそういう意味か!?
いくらモテないからって手出しして最低だぞ!
今すぐ風紀大臣ルビィに報告しないとな」
ジタンがブランクの会話を遮りながら
半ば強引に会話を進めていく。
勿論ブランクにとって都合が悪くなるように
状況をわざと転がしながらだ。
風紀大臣など決めた覚えもないことを
すらすら口に出してくるこの有る事無い事
吹聴しそうなジタンの勢いと、
ブランクの苦手なルビィの名が出た事、
そしてそのルビィが御執心なミヤビへの接し方に対する報告だと言うのだからブランクとしてはもうたまったもんではない。
ちなみに当の本人であるミヤビはというとジタンのいう"そう言う意味"ってどういう意味?と会話に追いつけていない様子だ。
状況の悪さを理解したブランクがわなわなと拳を震わせ冷や汗を流しながらジタンとの間合いを一歩詰める。
「ッんな訳ねえだろエロ猿!!!
俺の信頼に関わる今すぐ謝れ訂正しろ…!」
「めちゃくちゃ早口!
必死なところが益々怪しいな…」
「絞める…!」
「えっあ、ちょ!?いててて…!!!」
『あ!?さっきの痛いやつ!!!』
「よっと…ってさっきの!?
グリグリってこれのことだったか!
レディ相手にグーは無しだろ!諸々反省しろ!」
「てめえのよく回る口、
今日こそ終わらせてやる…!」
先ほどミヤビがくらった拳骨グリグリを受けたジタンは痛がりつつも、なんだかんだするりと抜け出し、ブランクの追撃拳骨を避けながら会話をしている。
狭い廊下で目まぐるしく回避するジタンと猛追するブランクに付いていけず、せめて邪魔にならないよう壁際へもたれ、リボンをほどいて指摘された髪を結い直した。
そんなミヤビにジタンが声をかけた。
「ミヤビ!本当に何もされてないか?
言いにくい事があればいつだってルビィやオレを頼ってくれていいんだぜ!」
『あ、ありがとう。
あの、ほんまに特になんもないんよ。
ブランクがジタンにめちゃくちゃブチキレてる理由もよく分からんのやけど…』
「んん〜そのままでいいと思うぜ!
ところでさ、世界を駆けるレディ?
初めてのバトルのご感想を聞いても?」
ドキリと胸が鳴る。
ジタンは茶化すように聞いてくれたが、
おそらくは予想していたのだろう。
ミヤビが一番最初に壁にぶつかるとしたら
“命を奪うかもしれない恐怖を超えられるかどうか”だろうと。
そのうえで聞いてくれたのは、
その感想がたとえどんな内容だとしても
気持ちを胸に留めておかず、言葉として吐き出して楽にしてやりたい。という気遣いだろうか。
先ほどのバトル稽古での全てを思い出す。
ミヤビは俯き、
つま先で床板をコツコツとつつきながら
胸の内を話し始めた。
『……怖かった。
思っていた何倍も怖かったに。
自分と相手の命を掛けたやり取りなんやって痛感したし、
その気持ちが隙をつくるし、
結果、戦況を悪くしていくんやってことも教わった。
…頭では分かるけど、
気持ちがまだまだ追いつかんくて…
人の命を奪う剣を持つ覚悟はまだ持てない…かも』
先ほどのブランクとの会話、
そして両親との別れの瞬間を思い出して表情が更に曇る。
そんなミヤビの反応にジタンとブランクは動きを止め、
彼女の言葉を静かに聞いていた。
けど、と顔を上げて2人に向き合うミヤビ
『初日に分かって良かったって今は想える。
怖いけど、力をどう振るうのかは自分次第やし、
奪う為じゃなくて、
大事なものを奪われない為に。
まずは、自分の隙を減らせるように。
この1週間、できることをできるだけやる。
テストに受かって前に進んでかんと。
…気持ちの部分はゆっくりかみ砕いていけばええって先生にも言ってもらえたしね。
応援してくれる人もおる、自分がしたい事もある、
やから、あたしは折れない。
折れとる暇なんてないしね!』
ジタンの碧眼を見つめて凛々しくニッと微笑んでみせるミヤビ。
その瞳には、まるで炎のように揺らめき、
燃え続ける強い想いを感じるほどだ。
自身を奮い立たせる前向きな言葉に
ジタンも思わずつられて口角が上がる。
「…そうか!
ん〜!何だかつられてやる気出てきた!!
なぁミヤビ、オレともバトルの稽古しようぜ!」
『へ!?でもブランクの指導だけ特別に許可する…みたいな話しとらんかったっけ?』
「オ・レ・の・!
稽古にミヤビが付き合ってくれるんだから問題ないさ!
それに色んな戦いの動きを見ておく方がミヤビも経験値あげれるし、
バトルの勝利の確率だって跳ね上がる!
そうなれば先生であるブランクの株も急上昇!
オレも可愛い女の子が稽古に付き合ってくれるならきっと頑張れる気するなぁ~!
な、いいだろブランク?」
ニヤリと怪しく笑うジタン
先程までの怒りは落ち着いたのか、その表情に応えるように
ブランクも口角を上げ、ガッシリ肩を組み答えた。
「良い感じに頭働くようになったじゃねえの! 採用!」
『ええの!?』
「どうせ伺い立てようが、
先生が増えようが変わらねぇーって返ってくるさ。なぁ」
「そうだな。当日に嬢ちゃんの実力を見せてもらうだけだーガハハとか言いそうだぜ」
「違いない」
『ええなら…ええけど……ええのか?!』
いいのいいの、と言わんばかりに頷く2人。
いや………良いのか!??
そうだ、と思い出したように
ブランクが話し出す。
「ミヤビ、今日からのスケジュールの話がまだだったな。
ルビィから聞いてるかもしれないが、
今日からバトルの稽古以外にも
盗賊タンタラス、劇団タンタラス一員として必須スキルの稽古も始まるぜ。」
『ルビィ姉さんからは手紙で聞いとる、
次の公演で…その、“タンタラスの新星”として
華々しくデビューできるように、舞台稽古が始まるって…』
「次の公演って…もうすぐじゃないか!!
…あれ?ミヤビの入団ってまだ保留だったんじゃないのか?
テスト合否次第なんだろう?」
『やっぱそのリアクションになるやんね!そうやんね!?』
ジタンの反応を見て、ミヤビが食いつくように声を上げる。
ブランクが予想できていたと待つよう手で制する。
「ミヤビの入団可否は
1週間後の模擬バトルの合否で決まるのは変わらない。
そこに向けて、
俺が先生として剣の指導やバトル稽古をするのが基本スケジュールだったが…ジタンと俺と交代で教えていく事になる。今決まった。
追加になったのは、
ルビィの舞台稽古と、マーカスの技稽古だ。
もしもタンタラスに入団となれば盗みの技や鍵開けなんかは必要だろう。…とはいえその辺は一旦急がなくていい。
それよりも万が一、
捕まった時の縄抜け・護身術なんかの守りの技は
お前自身、自衛のためにも最低限要る。
バトルにも通ずるところもあるから、
盗賊タンタラスとしての必須スキルとして
その"守りの技"をマーカスから学んでもらおうと
急遽だが追加した。」
『3つ目…って!
やっぱしマルチタスク対応込み…!?
タンタラス流稽古強化週間とんでもないやん!?』
「まる…ち…?
…まあ3つの慣れない新しい事をこなすのは
流石にキツイだろうとは思ってよ。
当番制の仕事は免除。食事と睡眠はしっかりできるよう、
気休め程度だが一応スケジュール調整してある。」
ブランクはスケジュールの描かれた紙を手渡す。
確かに終日稽古でびっしりだが、隙間の休憩と夜の睡眠時間、休日だろうか?何も記載のない日が最終日前日1日だけ確保されている。
ちなみに今日は、
朝食のあとマーカスの技稽古、
休憩を挟んで午後一でルビィと舞台稽古、
その後は夕方までブランクのバトル稽古、その後は自由だ。
こんな感じで1週間びっしりと組まれていて
全て手のひらの上だったとしたら震える…さすがはタンタラスのボス…
呆然とするミヤビを見かねてブランクが付け加える。
「…3つ目は、まあ、入団後以降で良かったが
ルビィとボスのやり取りで、急に劇の出演が決まったろ。
ボスも勢いで口から出たんで訂正しようとしたが
その前にルビィが言葉を買っちまったから引けなくなったらしい。
んで、運が良いのか悪いのか、次の公演はトレノでやる予定だ。
話題作りとしては打ってつけのタイミングと場所だが
…万が一がないとは限らない。
マーカス、アイツは“技”に関しちゃあプロだ。
さわり程度で構わねえから一応護身術だけ覚えとけ。」
ブランクが丁寧に状況を伝えてくれたおかげで憶測が紐解かれていく。
なるほど、ある意味ルビィ姉さんが「ミヤビを入団させて!そして新星に!」という選択肢のチケットをボスからもぎ取ってきてくれたと言っても差し支えない状況なのか。
…はじめは公演まで日がなく、バトルの稽古もおろそかにできないので正直不安もある中奮い立たせて頑張るぞと思っていたが、
すでにルビィ姉さんのおかげで、どんどんこのガイアという異世界で歩む為に必要な勉強をする機会を作ってもらえていると考えると不安よりも感謝が沸いてきて、応えたいという強い想いに変わっていく。
勿論その分大変さはあるのだが、
チャンスを作ってくれた事に変わりない。
しかし、急な護身術が必要なほどなのだろうか…。
「…ふうん、なるほどねぇ。」
『ジタン?』
「オレもブランクの提案には賛成かな。」
『そ、そんなに?トレノって治安悪いところなん?』
「トレノは通称眠らない街。
カードゲームやオークションなんかが昼夜問わず行われていて
貴族の遊び場・社交場みたいな華やかで賑やかな街さ。
けど光あれば闇ありで、
裏路地に入ればゴロツキ、ひったくり、酔っ払い…ってね。
それに今の話なら公演で“新星”として華々しいデビューの予定なんだろう?
派手で流行りものが好きなお貴族様も、
そんな貴族相手に売ろうと人攫いするゴロツキもいるわけ。
オンナノコが一人歩きするにはおすすめできない理由は分かったろう。
という訳で、ミヤビのデビュー後
万が一、誘拐なんて目に遭わないとも限らない。
ボスやブランクの心配は最もだとオレも思うぜ。
大変だろうけど皆でサポートするから覚えておいた方がいい。」
『…分かった、教えてくれてありがとう。
…そのっ、あのさ、マーカスはこの技稽古?の事知っとるん?』
「伝えてある、快諾してくれたぜ」
『…そ、そうなんや!
き、急に追加したからマーカスも都合悪かったりせんかなって気になって…』
ミヤビはぎこちなく嘘笑う。マーカスの都合の心配は本当だが、
気にする一番の理由は、昨日の彼の纏う空気のヒリつきだ。
ボスが操舵室でミヤビがタンタラス入団テストを受けるに至った経緯と目的等を聞く前と後では空気が違う事にミヤビは気が付いていた。
理由は分からない、
察したいが表情や言葉に出さないようにマーカス本人が
押さえ込んでしまっていて、空気を察して言葉を選ぶことも叶わず、少々対応に苦慮していた為だ。
だが、快諾してくれたという言葉を信じて臨むしかない。
そんなミヤビの噓笑いを見抜いたようにブランクとジタンが視線を合わせる。
マーカスの状況込みで理解しているブランクと概ねの空気感から察していたジタンとでアイコンタクトを交わしたかと思えば、ジタンがミヤビのそばへ近づき、肩をポンと叩く。
「なんとかなるさ!技稽古の初回はオレも同席するぜ。
マーカスの縄抜けは何度見ても手際の良さに惚れ惚れするくらいだから楽しむくらいの気持ちでいたらいいさ!」
『そんなに!?って待って縄抜け!?
忍者みたい…で、できるかな…』
「こら、始まる前から怖がらすな。
ちなみに出演しようが、技稽古しようが、
入団テスト落ちたらその時は
出演後、そんな治安のトレノで降ろして
はいサヨウナラ~かもしれないからな。気合入れて受けろよ。」
「『そっちのが怖いって!!!!!』」
ふあ、と再び呑気にあくびをしたブランクに
ジタンとミヤビの綺麗なツッコミが決まる。
そこへどこからともなく良い匂いが漂ってきた
気づいたようにジタンとミヤビの腹の虫が小さく音を出す。
『…とりあえず、朝ごはんやね』
「そうそう、食べてパワーつけようぜ、行こうミヤビ!」
ミヤビの腕をつかみ、ジタンはキッチンへと走り出した。
『ブランクー!稽古ありがとう、またあとで!…っわ!?』
振り返ったまま手を振るミヤビ
アイツ躓くな、と見送りながら想像通りの反応をするミヤビに
思わずブランクは吹き出した。
「ククッ、アイツほんと見てて聞いてて飽きねえな、ふぁ…」
もう一度大きな欠伸をし、ブランクは船室へと歩き始めた。
次の当直は夜中遅く。
今から仮眠を取って、十分に休んでも稽古をつける時間はある。
(稽古つける事になった時は正直面白半分・面倒半分だと思ったが、
今じゃあの百面相を早く拝みたいくらいだ。
…休んだら、様子見に少し早く行ってやるか)
初めての剣の稽古様子を思い出してゆるやかに口元を緩めながら
ブランクはもう一度欠伸をした。
艇内のあちらこちらで声が聞こえてくる。
皆、目覚めてきたようだ。
「なるほどな、ポチもハチ公も犬の名前か」
『なぁ〜…もっと違う異文化交流しよう?
そろそろわんこネタから離れてよぅ…』
「お前が最後に犬ネタ持ち込んだんだろうが。
まあ、からかい疲れて怠いからいいけどよ…ふぁ…」
『よく眠れそうでヨカッタネ…
……あっ!おはよう、ジタン!』
船室から頭を掻きながらジタンが出てきた。
ミヤビと目が合う、
その隣を歩いていたブランクにも気がつくと
少し驚いた顔をしてこちらへ歩み寄ってきた。
「おはよう、ミヤビ、ブランク。
どうしたんだい? 2人お揃いで。」
『さっきまでブランクが
剣の稽古つけてくれたんよ!』
「まさか起きてるとは思わなかったがな。
コイツ、経験ない割には大したモンだぜ。
ミヤビは物分かりもいいし、言ったこともすぐ覚える。」
『!…ふ、ふふん!
そ、そうでしょうそうでしょう!
ブランク先生ができたこと、できてないこと、
ひとつずつ教えてくれたかんね!
フィードバックは、くどぐと長めやったけど
メンタルケアまでしてくれるという
さすがタンタラスのアニキ!ヒューヒュー!』
「………ちょっと褒めたくらいですぐ調子乗ったり、こんな感じで茶化さなけりゃあ、
ボスに一撃くらいできるかもな」
『む、その時はブランクの教えが
足らんかったちゅうことで』
「チッ、お前な、俺の話聞いてたか?」
『ブランクこそ!
そうそう、ジタン聞いて!?
ブランクがあたしを事あるごとに
わんこ扱いしてくるんよ、ひどない?!
失敗しても大丈夫だぞー的な励ましの頭ポンポンかと思ったら、よーしよく出来たな〜!って感じでわんこの頭撫でる感覚でやっとるらしい!しかも不本意で!なんでなん!』
「いーや、
現に躾のなってない迷子の子犬だろコイツ!
ジタン、お前にも見えるだろ
この耳!しっぽ!キャンキャン煩え声!」
『ほらコレよー!
俺は子犬の世話係だ~って言ってくる!
あたしがホンマのわんこやったら
とっくに噛みついとるっての!』
「はあ!?すでに生意気言って
噛みついてんじゃねえか!」
『噛んでへん!』
ガルガルガルと唸り声をあげながら
お互いに視線をぶつけあうブランクとミヤビ。
起きてきたばかりのジタンからすれば、
「今オレは何を見せられているんだ」と本音が喉元まで上がってきたのだが、ほんの少し前の会話で自然に褒め合っていたかと思えば、流れるようにファイトしはじめる辺り、波長が近いというか似たもの同士というか何というか…。
しかし、無愛想なブランクのペースを
出逢って間もないミヤビがここまで乱しているのは
付き合いの長い仲間の自分から見て、
正直言って本当に不思議で、単純に面白い。
それに何より……
(…これだけペース乱されてる筈なのに
ブランクの空気がオレ達と話すのと
変わらないくらい丸い気がする、なーんて
言ったら殴られそうだけどさ。
ミヤビの一生懸命さとおてんばな危なっかしさが、
アイツの世話焼きな性分をくすぐるのかね…。
ふうん………先生と教え子か、
結構いいコンビじゃん。)
ミヤビとブランクの初対面時に居合わせているだけに、
いくら和解できたとしても稽古つけてもらうにあたって
接しづらさがないか、まして異性だから…と気にしていたが
これは杞憂だったなとジタンは静かに安堵の息を吐く。
ぎこちなさも一旦は見受けられないし、
様子見程度で見守ってて良さそうだ。
これならひとまず、今日からの
バトル稽古についても心配要らないな。
…とはいえ、可愛いレディと和気あいあい(?)
ん?待てよ、聞き逃した中にさらっとすごいのいなかったか?頭ポンポン?ボディタッチ?!
アイツ〜!!?なんて役得羨まし…いやいやいやココはオレがしっかり伝えておかないとミヤビの貞操に関わりかねない…!
デリカシーに欠けるブランクの無礼を
仲間であり紳士のオレが指摘しておかないとな!
ジタンは咳払いをひとつして
いがみ合う2人の視線を自身に集める。
ビシッと指挿してブランクに向き合った。
「レディに触れていいのは許可を得た時か、
緊急時くらいだぞブランク、
ちゃんとお伺いは立てたのかよ」
「だから子犬n「へえ~!!それじゃあお伺いも要らないくらい、初稽古で随分仲良しになったんだなぁ!しっかし……朝早くから、男女ふたりきり…ハッ!?
ミヤビ、髪のセットが乱れてるぜ…!?」
『あっ、直し忘れとった。
稽古の時にブランクがグリグリしてきてそのままに…』
「髪が乱れるような事を!??
…ブランク…まさか、お前…っ
早朝から稽古つけてたってそういう意味か!?
いくらモテないからって手出しして最低だぞ!
今すぐ風紀大臣ルビィに報告しないとな」
ジタンがブランクの会話を遮りながら
半ば強引に会話を進めていく。
勿論ブランクにとって都合が悪くなるように
状況をわざと転がしながらだ。
風紀大臣など決めた覚えもないことを
すらすら口に出してくるこの有る事無い事
吹聴しそうなジタンの勢いと、
ブランクの苦手なルビィの名が出た事、
そしてそのルビィが御執心なミヤビへの接し方に対する報告だと言うのだからブランクとしてはもうたまったもんではない。
ちなみに当の本人であるミヤビはというとジタンのいう"そう言う意味"ってどういう意味?と会話に追いつけていない様子だ。
状況の悪さを理解したブランクがわなわなと拳を震わせ冷や汗を流しながらジタンとの間合いを一歩詰める。
「ッんな訳ねえだろエロ猿!!!
俺の信頼に関わる今すぐ謝れ訂正しろ…!」
「めちゃくちゃ早口!
必死なところが益々怪しいな…」
「絞める…!」
「えっあ、ちょ!?いててて…!!!」
『あ!?さっきの痛いやつ!!!』
「よっと…ってさっきの!?
グリグリってこれのことだったか!
レディ相手にグーは無しだろ!諸々反省しろ!」
「てめえのよく回る口、
今日こそ終わらせてやる…!」
先ほどミヤビがくらった拳骨グリグリを受けたジタンは痛がりつつも、なんだかんだするりと抜け出し、ブランクの追撃拳骨を避けながら会話をしている。
狭い廊下で目まぐるしく回避するジタンと猛追するブランクに付いていけず、せめて邪魔にならないよう壁際へもたれ、リボンをほどいて指摘された髪を結い直した。
そんなミヤビにジタンが声をかけた。
「ミヤビ!本当に何もされてないか?
言いにくい事があればいつだってルビィやオレを頼ってくれていいんだぜ!」
『あ、ありがとう。
あの、ほんまに特になんもないんよ。
ブランクがジタンにめちゃくちゃブチキレてる理由もよく分からんのやけど…』
「んん〜そのままでいいと思うぜ!
ところでさ、世界を駆けるレディ?
初めてのバトルのご感想を聞いても?」
ドキリと胸が鳴る。
ジタンは茶化すように聞いてくれたが、
おそらくは予想していたのだろう。
ミヤビが一番最初に壁にぶつかるとしたら
“命を奪うかもしれない恐怖を超えられるかどうか”だろうと。
そのうえで聞いてくれたのは、
その感想がたとえどんな内容だとしても
気持ちを胸に留めておかず、言葉として吐き出して楽にしてやりたい。という気遣いだろうか。
先ほどのバトル稽古での全てを思い出す。
ミヤビは俯き、
つま先で床板をコツコツとつつきながら
胸の内を話し始めた。
『……怖かった。
思っていた何倍も怖かったに。
自分と相手の命を掛けたやり取りなんやって痛感したし、
その気持ちが隙をつくるし、
結果、戦況を悪くしていくんやってことも教わった。
…頭では分かるけど、
気持ちがまだまだ追いつかんくて…
人の命を奪う剣を持つ覚悟はまだ持てない…かも』
先ほどのブランクとの会話、
そして両親との別れの瞬間を思い出して表情が更に曇る。
そんなミヤビの反応にジタンとブランクは動きを止め、
彼女の言葉を静かに聞いていた。
けど、と顔を上げて2人に向き合うミヤビ
『初日に分かって良かったって今は想える。
怖いけど、力をどう振るうのかは自分次第やし、
奪う為じゃなくて、
大事なものを奪われない為に。
まずは、自分の隙を減らせるように。
この1週間、できることをできるだけやる。
テストに受かって前に進んでかんと。
…気持ちの部分はゆっくりかみ砕いていけばええって先生にも言ってもらえたしね。
応援してくれる人もおる、自分がしたい事もある、
やから、あたしは折れない。
折れとる暇なんてないしね!』
ジタンの碧眼を見つめて凛々しくニッと微笑んでみせるミヤビ。
その瞳には、まるで炎のように揺らめき、
燃え続ける強い想いを感じるほどだ。
自身を奮い立たせる前向きな言葉に
ジタンも思わずつられて口角が上がる。
「…そうか!
ん〜!何だかつられてやる気出てきた!!
なぁミヤビ、オレともバトルの稽古しようぜ!」
『へ!?でもブランクの指導だけ特別に許可する…みたいな話しとらんかったっけ?』
「オ・レ・の・!
稽古にミヤビが付き合ってくれるんだから問題ないさ!
それに色んな戦いの動きを見ておく方がミヤビも経験値あげれるし、
バトルの勝利の確率だって跳ね上がる!
そうなれば先生であるブランクの株も急上昇!
オレも可愛い女の子が稽古に付き合ってくれるならきっと頑張れる気するなぁ~!
な、いいだろブランク?」
ニヤリと怪しく笑うジタン
先程までの怒りは落ち着いたのか、その表情に応えるように
ブランクも口角を上げ、ガッシリ肩を組み答えた。
「良い感じに頭働くようになったじゃねえの! 採用!」
『ええの!?』
「どうせ伺い立てようが、
先生が増えようが変わらねぇーって返ってくるさ。なぁ」
「そうだな。当日に嬢ちゃんの実力を見せてもらうだけだーガハハとか言いそうだぜ」
「違いない」
『ええなら…ええけど……ええのか?!』
いいのいいの、と言わんばかりに頷く2人。
いや………良いのか!??
そうだ、と思い出したように
ブランクが話し出す。
「ミヤビ、今日からのスケジュールの話がまだだったな。
ルビィから聞いてるかもしれないが、
今日からバトルの稽古以外にも
盗賊タンタラス、劇団タンタラス一員として必須スキルの稽古も始まるぜ。」
『ルビィ姉さんからは手紙で聞いとる、
次の公演で…その、“タンタラスの新星”として
華々しくデビューできるように、舞台稽古が始まるって…』
「次の公演って…もうすぐじゃないか!!
…あれ?ミヤビの入団ってまだ保留だったんじゃないのか?
テスト合否次第なんだろう?」
『やっぱそのリアクションになるやんね!そうやんね!?』
ジタンの反応を見て、ミヤビが食いつくように声を上げる。
ブランクが予想できていたと待つよう手で制する。
「ミヤビの入団可否は
1週間後の模擬バトルの合否で決まるのは変わらない。
そこに向けて、
俺が先生として剣の指導やバトル稽古をするのが基本スケジュールだったが…ジタンと俺と交代で教えていく事になる。今決まった。
追加になったのは、
ルビィの舞台稽古と、マーカスの技稽古だ。
もしもタンタラスに入団となれば盗みの技や鍵開けなんかは必要だろう。…とはいえその辺は一旦急がなくていい。
それよりも万が一、
捕まった時の縄抜け・護身術なんかの守りの技は
お前自身、自衛のためにも最低限要る。
バトルにも通ずるところもあるから、
盗賊タンタラスとしての必須スキルとして
その"守りの技"をマーカスから学んでもらおうと
急遽だが追加した。」
『3つ目…って!
やっぱしマルチタスク対応込み…!?
タンタラス流稽古強化週間とんでもないやん!?』
「まる…ち…?
…まあ3つの慣れない新しい事をこなすのは
流石にキツイだろうとは思ってよ。
当番制の仕事は免除。食事と睡眠はしっかりできるよう、
気休め程度だが一応スケジュール調整してある。」
ブランクはスケジュールの描かれた紙を手渡す。
確かに終日稽古でびっしりだが、隙間の休憩と夜の睡眠時間、休日だろうか?何も記載のない日が最終日前日1日だけ確保されている。
ちなみに今日は、
朝食のあとマーカスの技稽古、
休憩を挟んで午後一でルビィと舞台稽古、
その後は夕方までブランクのバトル稽古、その後は自由だ。
こんな感じで1週間びっしりと組まれていて
全て手のひらの上だったとしたら震える…さすがはタンタラスのボス…
呆然とするミヤビを見かねてブランクが付け加える。
「…3つ目は、まあ、入団後以降で良かったが
ルビィとボスのやり取りで、急に劇の出演が決まったろ。
ボスも勢いで口から出たんで訂正しようとしたが
その前にルビィが言葉を買っちまったから引けなくなったらしい。
んで、運が良いのか悪いのか、次の公演はトレノでやる予定だ。
話題作りとしては打ってつけのタイミングと場所だが
…万が一がないとは限らない。
マーカス、アイツは“技”に関しちゃあプロだ。
さわり程度で構わねえから一応護身術だけ覚えとけ。」
ブランクが丁寧に状況を伝えてくれたおかげで憶測が紐解かれていく。
なるほど、ある意味ルビィ姉さんが「ミヤビを入団させて!そして新星に!」という選択肢のチケットをボスからもぎ取ってきてくれたと言っても差し支えない状況なのか。
…はじめは公演まで日がなく、バトルの稽古もおろそかにできないので正直不安もある中奮い立たせて頑張るぞと思っていたが、
すでにルビィ姉さんのおかげで、どんどんこのガイアという異世界で歩む為に必要な勉強をする機会を作ってもらえていると考えると不安よりも感謝が沸いてきて、応えたいという強い想いに変わっていく。
勿論その分大変さはあるのだが、
チャンスを作ってくれた事に変わりない。
しかし、急な護身術が必要なほどなのだろうか…。
「…ふうん、なるほどねぇ。」
『ジタン?』
「オレもブランクの提案には賛成かな。」
『そ、そんなに?トレノって治安悪いところなん?』
「トレノは通称眠らない街。
カードゲームやオークションなんかが昼夜問わず行われていて
貴族の遊び場・社交場みたいな華やかで賑やかな街さ。
けど光あれば闇ありで、
裏路地に入ればゴロツキ、ひったくり、酔っ払い…ってね。
それに今の話なら公演で“新星”として華々しいデビューの予定なんだろう?
派手で流行りものが好きなお貴族様も、
そんな貴族相手に売ろうと人攫いするゴロツキもいるわけ。
オンナノコが一人歩きするにはおすすめできない理由は分かったろう。
という訳で、ミヤビのデビュー後
万が一、誘拐なんて目に遭わないとも限らない。
ボスやブランクの心配は最もだとオレも思うぜ。
大変だろうけど皆でサポートするから覚えておいた方がいい。」
『…分かった、教えてくれてありがとう。
…そのっ、あのさ、マーカスはこの技稽古?の事知っとるん?』
「伝えてある、快諾してくれたぜ」
『…そ、そうなんや!
き、急に追加したからマーカスも都合悪かったりせんかなって気になって…』
ミヤビはぎこちなく嘘笑う。マーカスの都合の心配は本当だが、
気にする一番の理由は、昨日の彼の纏う空気のヒリつきだ。
ボスが操舵室でミヤビがタンタラス入団テストを受けるに至った経緯と目的等を聞く前と後では空気が違う事にミヤビは気が付いていた。
理由は分からない、
察したいが表情や言葉に出さないようにマーカス本人が
押さえ込んでしまっていて、空気を察して言葉を選ぶことも叶わず、少々対応に苦慮していた為だ。
だが、快諾してくれたという言葉を信じて臨むしかない。
そんなミヤビの噓笑いを見抜いたようにブランクとジタンが視線を合わせる。
マーカスの状況込みで理解しているブランクと概ねの空気感から察していたジタンとでアイコンタクトを交わしたかと思えば、ジタンがミヤビのそばへ近づき、肩をポンと叩く。
「なんとかなるさ!技稽古の初回はオレも同席するぜ。
マーカスの縄抜けは何度見ても手際の良さに惚れ惚れするくらいだから楽しむくらいの気持ちでいたらいいさ!」
『そんなに!?って待って縄抜け!?
忍者みたい…で、できるかな…』
「こら、始まる前から怖がらすな。
ちなみに出演しようが、技稽古しようが、
入団テスト落ちたらその時は
出演後、そんな治安のトレノで降ろして
はいサヨウナラ~かもしれないからな。気合入れて受けろよ。」
「『そっちのが怖いって!!!!!』」
ふあ、と再び呑気にあくびをしたブランクに
ジタンとミヤビの綺麗なツッコミが決まる。
そこへどこからともなく良い匂いが漂ってきた
気づいたようにジタンとミヤビの腹の虫が小さく音を出す。
『…とりあえず、朝ごはんやね』
「そうそう、食べてパワーつけようぜ、行こうミヤビ!」
ミヤビの腕をつかみ、ジタンはキッチンへと走り出した。
『ブランクー!稽古ありがとう、またあとで!…っわ!?』
振り返ったまま手を振るミヤビ
アイツ躓くな、と見送りながら想像通りの反応をするミヤビに
思わずブランクは吹き出した。
「ククッ、アイツほんと見てて聞いてて飽きねえな、ふぁ…」
もう一度大きな欠伸をし、ブランクは船室へと歩き始めた。
次の当直は夜中遅く。
今から仮眠を取って、十分に休んでも稽古をつける時間はある。
(稽古つける事になった時は正直面白半分・面倒半分だと思ったが、
今じゃあの百面相を早く拝みたいくらいだ。
…休んだら、様子見に少し早く行ってやるか)
初めての剣の稽古様子を思い出してゆるやかに口元を緩めながら
ブランクはもう一度欠伸をした。
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