03 タンタラス流稽古強化週間
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
・
・
・
キィン!キン!カァン!!
稽古開始から1時間程経ったころ…
床板の軋む音と乱れた呼吸音。
そして一際大きい金属音が部屋に響いた。
打ち込んできたミヤビの剣をブランクは
軽々と受け止め、いなしていく。
その間もじっ…っと動きを観察するブランク。
左下から右上へ剣を持ち上げるように振り切るミヤビの剣は
稽古開始よりも確実に無駄が少なくなった。
攻撃後の回避ステップも、
ぎこちなさや疲労の色は見えるものの
追撃を避けられるギリギリの距離を取れるようになってきている。
この短時間で見様見真似の立ち振る舞いとしては十分過ぎるほどの成果だ。
たぶん要領がいい証拠だろう。
だが、
剣に乗る力強さはあまりにも無く、
その太刀筋は頼りなかった。
原因としては、剣自体の重さが腕にかかり
力を込めにくかったようにみえる。
(……後で剣の選び直しが要るな…。
アイアンソードみたいな剣よりも、
いわゆる騎士剣、その中でもレイピアとか、サーベルとか、ああいう細身の剣の方が合うか。
まぁ、ただ、そうなると突き攻撃も教えねぇとだが…まあなんとか出来る。
それ以上に時間が要るのは…。)
剣に力が乗ってこない。
いや、込めていない、が正しい。と感じる
この手ごたえの無さ。
決定的に戦況を好転させるに至らない時間稼ぎの攻撃ばかりだ。
(…初擊はむしろ力は乗ってた。
となると…まあ、そう思うだろうなお前なら。
そろそろ…頃合いか)
恐らくだが、ミヤビは最初の攻撃の際
一瞬、“万が一”を考えて恐れた。
相手の命を奪うかもしれない、と。
だから力を込めない。
ブランクはそれら全て見透かし
受け交わった剣を押すように弾き、
自身の構えを解いた。
乱れた呼吸を整えつつ、汗を流すミヤビが
ブランクの行動に構えたまま問いかける。
『…はぁ、なに、どうしたん…?』
「ミヤビ、相手の心配するなんて余裕じゃねえか」
『ッな、ちがっ!…わないかもやけど、
余裕なんて…!!』
「なら、躊躇すんな。
その優しさがお前を殺すぜ」
『!!!』
「初めて武器を持ってバトルしたくらい、
平和な日常が当たり前の場所にいたお前に
そういう気持ちの部分を
一気に乗り越えろとは言わねえ、
きっと簡単じゃねえことも、まあ想像はつく。
…けどな、
奪うことを躊躇して戦えば、
その隙に奪われて失くすのは自分の方だ。
覚悟を持って振るわなきゃ、迷いが剣に出る。
それは相手にも伝わるお前の隙になる」
『………っ。』
ブランクと目が合う。
その鋭くも優しい瞳に見透かされていたこと、
全て分かった上で稽古に付き合い、今まで様子を見ていたことに気が付くミヤビ。
情けないような、恥ずかしいような気持ちに襲われて思わず俯いた。
「俺の言ってる意味、分かるか?」
『…………分かる。』
けど、すぐに順応できん。と
本音は言わず胸に秘めた。
なぜなら…ブランクの指摘は
半分正解で、半分外れている。
これまで本当に平和な日常を過ごしてきた。
命を奪われるなんて考えたこともなく、
まして理由もなく武器を所持していれば
法で裁かれるような治安も安定した国で
剣の握り方なんて知るわけもないし、
自分が剣を持つなんて考えた事すらなかった。
けれどガイアに来て、
必要に迫られて精一杯振っているのだ。
ブランクの指摘通り、
相手を怪我させるかもしれないとも思ったし、
剣を持つこと自体への恐れもある。
怖くないわけがない。
相手や自分の命を奪いかねないのだから。
そういうモノを今握っているのだから。
けど、それだけが理由じゃない。
”命を奪う”という事は
当然奪われたら”死”が待っている。
"死"はミヤビにとってただの概念ではなく、
両親を"奪われた現実"そのものだ。
もう2度と失くしたくないと強く想うほどに
今もまだ強烈に、その心に根付くもの。
それを、
今度は自分が誰かの命を奪う側になるのだと
そう初撃で気づいた瞬間、
拒否反応的に力を込められなくなった。
(…お母さん、お父さん…)
俯き黙ったまま、
亡き両親との最後の別れの瞬間を思い出す。
あの日、あの雨の日。
あたしを叔父の家に送り届けた後すぐに
自分たちの背後で劈くクラクションとブレーキ
衝撃音が耳に届き、振り返ると
視界に入ったのは鉄屑と化した見慣れた車。
先程別れたばかりの父と母が乗る車だ。
信じがたい光景に思わず目を見開く。
叔父の絶叫、途端に一層激しく降り出す雨、
傘もささず叔父と共に駆け動いた自分の足、
雨音も耳に入らないくらい動悸が煩い身体、
運転席にいた父は自分からはよく見えない。
助手席にいた母が鮮血に染まっている。
駆けている間
見えているようで見ないようにしていた惨状。
近くに来ることで嫌でも視界に入ってしまう
思わずたじろいで足が震えだす
…ー両親は助からないー…
頭だけが冷静に状況を認識した。
けれど、心は全力で否定し、
声にならない声を上げた
それは今まで生きてきて感じた中で
最も強く苛烈な”想い”だった
(…違う!助かる!助けるの!
いま、あたしが!
お母さん達に"できることをする"んよ!!!)
けれど震えが止まらない身体、竦む足、
声にならない声のまま
胸の中でとぐろを巻き熱を持つ激しい想い、
大粒の涙で滲む視界、ぐるぐると喉のあたりが苦しい、うまく呼吸ができない。
叔父が救急車を呼んだのだろう、
遠くからサイレンが聞こえる。
あたしが動けない間も
叔父は運転席にいる父に声をかけ続けている。
………父からの応答はない。
(たすける、たすけるの、助けたいのに!
なんでさっきまで動いた足が動かんのよ!)
なにもできない無力な自分が雨に濡れている。
ただただ、泣く事しかできない。
これほどの強い"想い"があるのに、
何もできないわけがないよ。
なにか、あたしに、できること。
「…ミヤビ」
ハッとすぐそばにいる母を見る、
聞いたこともない弱々しく絞り出すような声。
ヨロヨロと傷だらけの腕を車窓の外へ伸ばしてあたしを探している。
助手席から自力で抜け出す事すら叶わぬ母に
数歩なんとか歩き、駆け寄るミヤビ。
母と目が合う。
ひた、とあたしの頬に母の手が触れた。
傷だらけの自分よりも、
泣く娘を案じ想う母の愛を
涙を拭う指先から感じると同時に、
肌に伝わるのは文字通り血の気が引く冷たさ。
それは、ミヤビに
確かな足音を知らせてしまうモノ
もう、すぐそこまで、
"死"が近づいてきている…。
(ち、ちがう、これは雨のせい、
それに、お母さん冷え性やから………っ)
心が頭に言い聞かせる。
けれど頭だけは、
その冷たさをもう理解してしまっていた。
(…〜〜〜ッ!
なにか、あたしに、できること…っ!!!)
粉々のフロントガラスで傷だらけの母の身体に戸惑いながらも、涙を拭ってくれたその優しい指先に自らの手のひらを添え重ねて温める。
(…あたしの全部の熱を持ってっていいから!)
けれど、雨のせいで
碌に温められていない事だけはすぐに分かって、
それが無性に悔しくて悔しくて
無力感に胸が締め付けられる。
ミヤビの瞳から、
絶えず溢れてくる大粒の涙。
それを見た母が困ったように笑って、
こう言った。
「……なか、ないで、だいじょぶ、よ」
―"泣く"ことは、あたし、できてるー
ーそれなら、"泣く"ことを、止める事だってー
ーできる。できるはず。
こんなにも、強い"想い"がある今なら。
今、あたしが、
おかあさん、のために、できることー
…… ミヤビのナカで
カチリと錠をかけたような音がした
『………うん、泣かんよ、泣かんから』
『見て、ほら、涙止まった、
泣いてへんよ安心して!』
『だいじょぶ、だいじょぶよ!お母さん!』
『…………おかあさん…っ』
指先だけだった冷たさは、
頬に触れる手のひら全体に広がって
救急隊員が到着し、母から離されるその瞬間まで
力が抜けた母の手を
雨で冷えきってしまった頬の熱で温め続けた。
激しい雨粒が頬を伝う。
あの日から、涙は出なくなった。
そして泣かないあたしを
叔父は疎み、距離を置いた。
(……まだ、しっかり思い出せる。
…………もう何年も前のことなのに。)
亡くなった両親の事、
気持ちの整理は出来ていると
あたしは思っているけれど、
本当は時間が解決してくれたというのが
正しいのかもしれない。
”死”はあたしの大切な人達を奪っていった。
ゲームだったら全滅してもコンティニューできる。
どうしてやられた?
レベル上げする?対策装備考える?
けど現実は違う、
命はひとりひとつ、替えがない、予備がない。
やり直しなんてできない選択の連続なんだ。
今度は自分が、誰かの、何かの命を奪う?
出来ない…。したくない…。
もちろん食事だって家畜の命を奪う。頂く行為だ。
ニュースで見るような害獣駆除だって人を襲い、次怪我人が出ないように行う。
生きるために、守るために、奪い与える"死"だってある事をあたしも知っている。
この稽古をつけてもらう事になったのは
ボスに実力を示して入団の許しを貰う為だ。
未経験者だからと教えてもらえる事になった。
バトルもある稼業だからとボスも言ってたし、
ジタンもブランクも武器を携帯している。
世界を渡る前にノイズからモンスターもいると聞いていた。
察するに、
このガイアという世界で
自分の命を守り生き抜く為に、
時には"戦う"必要性があるんだろう。
だからボスはテストとして
模擬バトルだと言ったのかもしれない。
…生きていく為に、奪われない為に、
必要な手段のひとつ。
それを躊躇していたら自分が奪われる。
ブランクの言うことを頭では理解できていた。
けれど、人の命を奪う為の剣はやっぱり出来そうにない…。
両親の死が気持ちのストッパーになって手から力が抜けそうになる。
(……生きるため、奪われないため、守るために戦う。
その考え方でなら、できるかもしれない。)
それに、剣を覚えないといけない理由は
自分が前に進むために必要なことでもある。
歩みを止めない為にも、自分の中で剣を振るえるボーダーラインを定めなくては進めない。
それと、もうひとつ。
(……ブランクの言うこと
頭では理解できるけど、もしかしたら、
それすら“軽い”んかもしれん…。
…そもそも、言葉の重みがきっと、
ブランクとあたしじゃ違うんだろうな…)
ブランクの身体をチラとみる。
ツギハギだらけの身体はまだ見慣れない。
ただ今は羞恥よりも、
そのツギハギが身体に残った経緯のが気になった。
怪我の治療痕なのだろうか?
よく見れば全身に何カ所もある、
大怪我だったのではないか?
いつから傷があるのだろう?
幾つもの修羅場を潜ってきたという事だろうか?
平和な日常と言ってくれたが、
“彼の日常はそうではなかった”という裏返しではないだろうか?
それは、“奪うことを躊躇して奪われて失くした”結果の代償だったりするのか?…と
憶測だけが勝手に頭を駆け巡った。
詳細は分からない、
ただブランクの身体と言葉が、
これまでの歩みの厳しさを表しているように思えてならなかった。
彼はこの世界でそういう心構えを持って、
これまで生きてきたのだろう。
(…いますぐには無理…
でもここを超えていかな、あたしは進めん…)
たった1度の稽古だが、
超えなくてはいけないと
ミヤビ自身、体感を持ってよく解った。
迷えば隙が生まれ、弱い攻撃は長期戦を招き、不慣れな自分はどんどん不利になる。
そして、
ミヤビ自身の気持ちが力を振るう事にストッパーをかけてしまうから
この悪循環が生まれ、
更には拍車をかけている。
つぐんだままの口を更にキュッと引き締める
ミヤビの様子から察したブランクが頭をポンと1度だけ撫でた。
子ども扱いのような対応に対する悔しさと情けなさ、恥ずかしさ、けれど、順応しきれない自分の気持ちに寄り添う優しさの狭間で心が揺ぐ。
「だから、今すぐ一気に飲み込もうとするな。
少ないけど時間はある、
自分の中で時間かけて噛み砕いていけ。
むしろ、今気が付けてよかったと割り切っとくくらいが丁度いい」
『……それもそうやね。』
「それと、次からアイアンソードじゃなく他の細身の剣に変えてみろ
重さが合わなくて思うように
振れない部分はそれでマシになるはずだ。
あと、
左下から右上へ剣を持ち上げるように振り切ってるが、それは“切り上げ”として使い分けろ。
構えから横へ一閃するのを
基本の動きになるように意識していけ。
でなけりゃ筋力のねえお前は体力が保たねえぞ。
他には、
上から下へ切って後ろに下がる“切り下げ”や
“切り上げ”をうまく組み合わせれば、
攻撃の幅を一気に増えて間合いも合わせやすくなる。
それから、
細身の剣でもレイピアの場合、
刺すように攻撃する"突き"攻撃も覚えろ。
今ウチにあるのは斬撃もできるタイプだからさっきみたいな立ち回りも出来なくないが、硬いものに当たり続ければ折れる可能性もあり得る。
鍛えて乱撃の突き攻撃が出来るようになれば、
ダガーみたいな短刀のメリットである手数の多さで押すこともできるだろ。」
突然口から滑るようにつらつら~~~と
バトルフィードバックをするブランク。
言葉ひとつひとつが形をもって
ミヤビの頭にずん、ずん、ずん!と乗っていくようだ。
『き、急にめっちゃ指導入るやん…』
「けど、少しは余計な事に
考え巡らさなくなったろ?」
確かに先ほどまで自分の葛藤と向き合いすぎていたし、ブランクのバトルフィードバックのおかげで、一旦その考えを置いておく事ができたのも事実だ。
彼なりの気遣いだろうか。
『うん、…ありがとね』
「時間が無いからな、そういうお気持ち整理は他の時間にやりたきゃ勝手にやれ」
ツンと言葉で突き放されるが、
不思議とあまり気にならなかった。
ブランクの人柄を少しだけ知れてきたからかもしれない。
『よし…ひとまず次から教わった事を
意識してやってみる!
代わりの剣だけは今選んでもええ?』
「いいけどよ、
稽古自体はここまでにしようぜ…っ」
くぁっ…と大きな欠伸をするブランク
その様子を見てブランクが当直明けでロクに眠っていないことを思い出した。
『そ、そうやん!ごめん!!!
そうしよう、すぐ片付ける!!』
「あー、焦るな。まず、構え解いて剣しまえ。
剣だけ選んだら戻ればいい。」
『けど疲れとるのに…。
それにいくつも擦り傷作らせちゃって…』
「いちいち気にしてちゃあ、
この先心臓がいくつあっても足りねえぞ」
この程度の傷に構うなと言わんばかりに手を翻し、ミヤビに剣の鞘を投げ渡した。
ブランクも自前の剣を鞘におさめて貨物室を共に片付けて始める。
最中、一度仕舞った細身の剣をいくつか取り出して
ミヤビにとりあえず重さの合いそうなものを選んでみろと視線だけでブランクが促した。
いくつもある中から目に留まったのは、
すらりとまっすぐ伸びる赤い刀身のレイピア。
柄や刀身部分に蝶結びの意匠があり色も相まって自身が身につけているリボンを連想させた。
何気なく手に取り、構えてみる。
(軽い!重さが全然違う!)
試すように何度か切り上げ、一閃、切り下げるが腕にかかる重さの負荷が随分マシになった。
これならばブランクのアドバイスを意識しながら剣を思うように振れそうだ。
『これにする、この武器にも名前があるん?』
「…スカーレット…だった気がしたが、
そういうのはジタンに聞け。
あとそれはさっき言ってたレイピアだ。
斬撃もできるが突き武器だからな、立ち回りだけ気をつけろよ。」
『はーい。
……ん?なんでジタン?詳しいん?』
「まあな、ただし話すと長げぇし絡むしうぜえ」
ブランクがまるで苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
身に覚えがあるのだろう、それはそれは面倒くさそうに実感の伴った一言だった。
思わず緊張感が途切れ吹き出してしまう。
『ふはっ、何その顔
武器についてはジタンに今度聞いてみる。
…ブランクみたいに持ち歩く方がええ?』
ブランクが一度思案するも、やめておけと首を振る。ジェスチャーだけで、詳しく言葉で返してもらえない辺り、なにか含みがありそうだが慣れるまでは素人だし決めた場所以外で扱うな。という事だろうか?
とりあえず、仮称:スカーレットはこのまま置いていくことにした。
・
・
キィン!キン!カァン!!
稽古開始から1時間程経ったころ…
床板の軋む音と乱れた呼吸音。
そして一際大きい金属音が部屋に響いた。
打ち込んできたミヤビの剣をブランクは
軽々と受け止め、いなしていく。
その間もじっ…っと動きを観察するブランク。
左下から右上へ剣を持ち上げるように振り切るミヤビの剣は
稽古開始よりも確実に無駄が少なくなった。
攻撃後の回避ステップも、
ぎこちなさや疲労の色は見えるものの
追撃を避けられるギリギリの距離を取れるようになってきている。
この短時間で見様見真似の立ち振る舞いとしては十分過ぎるほどの成果だ。
たぶん要領がいい証拠だろう。
だが、
剣に乗る力強さはあまりにも無く、
その太刀筋は頼りなかった。
原因としては、剣自体の重さが腕にかかり
力を込めにくかったようにみえる。
(……後で剣の選び直しが要るな…。
アイアンソードみたいな剣よりも、
いわゆる騎士剣、その中でもレイピアとか、サーベルとか、ああいう細身の剣の方が合うか。
まぁ、ただ、そうなると突き攻撃も教えねぇとだが…まあなんとか出来る。
それ以上に時間が要るのは…。)
剣に力が乗ってこない。
いや、込めていない、が正しい。と感じる
この手ごたえの無さ。
決定的に戦況を好転させるに至らない時間稼ぎの攻撃ばかりだ。
(…初擊はむしろ力は乗ってた。
となると…まあ、そう思うだろうなお前なら。
そろそろ…頃合いか)
恐らくだが、ミヤビは最初の攻撃の際
一瞬、“万が一”を考えて恐れた。
相手の命を奪うかもしれない、と。
だから力を込めない。
ブランクはそれら全て見透かし
受け交わった剣を押すように弾き、
自身の構えを解いた。
乱れた呼吸を整えつつ、汗を流すミヤビが
ブランクの行動に構えたまま問いかける。
『…はぁ、なに、どうしたん…?』
「ミヤビ、相手の心配するなんて余裕じゃねえか」
『ッな、ちがっ!…わないかもやけど、
余裕なんて…!!』
「なら、躊躇すんな。
その優しさがお前を殺すぜ」
『!!!』
「初めて武器を持ってバトルしたくらい、
平和な日常が当たり前の場所にいたお前に
そういう気持ちの部分を
一気に乗り越えろとは言わねえ、
きっと簡単じゃねえことも、まあ想像はつく。
…けどな、
奪うことを躊躇して戦えば、
その隙に奪われて失くすのは自分の方だ。
覚悟を持って振るわなきゃ、迷いが剣に出る。
それは相手にも伝わるお前の隙になる」
『………っ。』
ブランクと目が合う。
その鋭くも優しい瞳に見透かされていたこと、
全て分かった上で稽古に付き合い、今まで様子を見ていたことに気が付くミヤビ。
情けないような、恥ずかしいような気持ちに襲われて思わず俯いた。
「俺の言ってる意味、分かるか?」
『…………分かる。』
けど、すぐに順応できん。と
本音は言わず胸に秘めた。
なぜなら…ブランクの指摘は
半分正解で、半分外れている。
これまで本当に平和な日常を過ごしてきた。
命を奪われるなんて考えたこともなく、
まして理由もなく武器を所持していれば
法で裁かれるような治安も安定した国で
剣の握り方なんて知るわけもないし、
自分が剣を持つなんて考えた事すらなかった。
けれどガイアに来て、
必要に迫られて精一杯振っているのだ。
ブランクの指摘通り、
相手を怪我させるかもしれないとも思ったし、
剣を持つこと自体への恐れもある。
怖くないわけがない。
相手や自分の命を奪いかねないのだから。
そういうモノを今握っているのだから。
けど、それだけが理由じゃない。
”命を奪う”という事は
当然奪われたら”死”が待っている。
"死"はミヤビにとってただの概念ではなく、
両親を"奪われた現実"そのものだ。
もう2度と失くしたくないと強く想うほどに
今もまだ強烈に、その心に根付くもの。
それを、
今度は自分が誰かの命を奪う側になるのだと
そう初撃で気づいた瞬間、
拒否反応的に力を込められなくなった。
(…お母さん、お父さん…)
俯き黙ったまま、
亡き両親との最後の別れの瞬間を思い出す。
あの日、あの雨の日。
あたしを叔父の家に送り届けた後すぐに
自分たちの背後で劈くクラクションとブレーキ
衝撃音が耳に届き、振り返ると
視界に入ったのは鉄屑と化した見慣れた車。
先程別れたばかりの父と母が乗る車だ。
信じがたい光景に思わず目を見開く。
叔父の絶叫、途端に一層激しく降り出す雨、
傘もささず叔父と共に駆け動いた自分の足、
雨音も耳に入らないくらい動悸が煩い身体、
運転席にいた父は自分からはよく見えない。
助手席にいた母が鮮血に染まっている。
駆けている間
見えているようで見ないようにしていた惨状。
近くに来ることで嫌でも視界に入ってしまう
思わずたじろいで足が震えだす
…ー両親は助からないー…
頭だけが冷静に状況を認識した。
けれど、心は全力で否定し、
声にならない声を上げた
それは今まで生きてきて感じた中で
最も強く苛烈な”想い”だった
(…違う!助かる!助けるの!
いま、あたしが!
お母さん達に"できることをする"んよ!!!)
けれど震えが止まらない身体、竦む足、
声にならない声のまま
胸の中でとぐろを巻き熱を持つ激しい想い、
大粒の涙で滲む視界、ぐるぐると喉のあたりが苦しい、うまく呼吸ができない。
叔父が救急車を呼んだのだろう、
遠くからサイレンが聞こえる。
あたしが動けない間も
叔父は運転席にいる父に声をかけ続けている。
………父からの応答はない。
(たすける、たすけるの、助けたいのに!
なんでさっきまで動いた足が動かんのよ!)
なにもできない無力な自分が雨に濡れている。
ただただ、泣く事しかできない。
これほどの強い"想い"があるのに、
何もできないわけがないよ。
なにか、あたしに、できること。
「…ミヤビ」
ハッとすぐそばにいる母を見る、
聞いたこともない弱々しく絞り出すような声。
ヨロヨロと傷だらけの腕を車窓の外へ伸ばしてあたしを探している。
助手席から自力で抜け出す事すら叶わぬ母に
数歩なんとか歩き、駆け寄るミヤビ。
母と目が合う。
ひた、とあたしの頬に母の手が触れた。
傷だらけの自分よりも、
泣く娘を案じ想う母の愛を
涙を拭う指先から感じると同時に、
肌に伝わるのは文字通り血の気が引く冷たさ。
それは、ミヤビに
確かな足音を知らせてしまうモノ
もう、すぐそこまで、
"死"が近づいてきている…。
(ち、ちがう、これは雨のせい、
それに、お母さん冷え性やから………っ)
心が頭に言い聞かせる。
けれど頭だけは、
その冷たさをもう理解してしまっていた。
(…〜〜〜ッ!
なにか、あたしに、できること…っ!!!)
粉々のフロントガラスで傷だらけの母の身体に戸惑いながらも、涙を拭ってくれたその優しい指先に自らの手のひらを添え重ねて温める。
(…あたしの全部の熱を持ってっていいから!)
けれど、雨のせいで
碌に温められていない事だけはすぐに分かって、
それが無性に悔しくて悔しくて
無力感に胸が締め付けられる。
ミヤビの瞳から、
絶えず溢れてくる大粒の涙。
それを見た母が困ったように笑って、
こう言った。
「……なか、ないで、だいじょぶ、よ」
―"泣く"ことは、あたし、できてるー
ーそれなら、"泣く"ことを、止める事だってー
ーできる。できるはず。
こんなにも、強い"想い"がある今なら。
今、あたしが、
おかあさん、のために、できることー
…… ミヤビのナカで
カチリと錠をかけたような音がした
『………うん、泣かんよ、泣かんから』
『見て、ほら、涙止まった、
泣いてへんよ安心して!』
『だいじょぶ、だいじょぶよ!お母さん!』
『…………おかあさん…っ』
指先だけだった冷たさは、
頬に触れる手のひら全体に広がって
救急隊員が到着し、母から離されるその瞬間まで
力が抜けた母の手を
雨で冷えきってしまった頬の熱で温め続けた。
激しい雨粒が頬を伝う。
あの日から、涙は出なくなった。
そして泣かないあたしを
叔父は疎み、距離を置いた。
(……まだ、しっかり思い出せる。
…………もう何年も前のことなのに。)
亡くなった両親の事、
気持ちの整理は出来ていると
あたしは思っているけれど、
本当は時間が解決してくれたというのが
正しいのかもしれない。
”死”はあたしの大切な人達を奪っていった。
ゲームだったら全滅してもコンティニューできる。
どうしてやられた?
レベル上げする?対策装備考える?
けど現実は違う、
命はひとりひとつ、替えがない、予備がない。
やり直しなんてできない選択の連続なんだ。
今度は自分が、誰かの、何かの命を奪う?
出来ない…。したくない…。
もちろん食事だって家畜の命を奪う。頂く行為だ。
ニュースで見るような害獣駆除だって人を襲い、次怪我人が出ないように行う。
生きるために、守るために、奪い与える"死"だってある事をあたしも知っている。
この稽古をつけてもらう事になったのは
ボスに実力を示して入団の許しを貰う為だ。
未経験者だからと教えてもらえる事になった。
バトルもある稼業だからとボスも言ってたし、
ジタンもブランクも武器を携帯している。
世界を渡る前にノイズからモンスターもいると聞いていた。
察するに、
このガイアという世界で
自分の命を守り生き抜く為に、
時には"戦う"必要性があるんだろう。
だからボスはテストとして
模擬バトルだと言ったのかもしれない。
…生きていく為に、奪われない為に、
必要な手段のひとつ。
それを躊躇していたら自分が奪われる。
ブランクの言うことを頭では理解できていた。
けれど、人の命を奪う為の剣はやっぱり出来そうにない…。
両親の死が気持ちのストッパーになって手から力が抜けそうになる。
(……生きるため、奪われないため、守るために戦う。
その考え方でなら、できるかもしれない。)
それに、剣を覚えないといけない理由は
自分が前に進むために必要なことでもある。
歩みを止めない為にも、自分の中で剣を振るえるボーダーラインを定めなくては進めない。
それと、もうひとつ。
(……ブランクの言うこと
頭では理解できるけど、もしかしたら、
それすら“軽い”んかもしれん…。
…そもそも、言葉の重みがきっと、
ブランクとあたしじゃ違うんだろうな…)
ブランクの身体をチラとみる。
ツギハギだらけの身体はまだ見慣れない。
ただ今は羞恥よりも、
そのツギハギが身体に残った経緯のが気になった。
怪我の治療痕なのだろうか?
よく見れば全身に何カ所もある、
大怪我だったのではないか?
いつから傷があるのだろう?
幾つもの修羅場を潜ってきたという事だろうか?
平和な日常と言ってくれたが、
“彼の日常はそうではなかった”という裏返しではないだろうか?
それは、“奪うことを躊躇して奪われて失くした”結果の代償だったりするのか?…と
憶測だけが勝手に頭を駆け巡った。
詳細は分からない、
ただブランクの身体と言葉が、
これまでの歩みの厳しさを表しているように思えてならなかった。
彼はこの世界でそういう心構えを持って、
これまで生きてきたのだろう。
(…いますぐには無理…
でもここを超えていかな、あたしは進めん…)
たった1度の稽古だが、
超えなくてはいけないと
ミヤビ自身、体感を持ってよく解った。
迷えば隙が生まれ、弱い攻撃は長期戦を招き、不慣れな自分はどんどん不利になる。
そして、
ミヤビ自身の気持ちが力を振るう事にストッパーをかけてしまうから
この悪循環が生まれ、
更には拍車をかけている。
つぐんだままの口を更にキュッと引き締める
ミヤビの様子から察したブランクが頭をポンと1度だけ撫でた。
子ども扱いのような対応に対する悔しさと情けなさ、恥ずかしさ、けれど、順応しきれない自分の気持ちに寄り添う優しさの狭間で心が揺ぐ。
「だから、今すぐ一気に飲み込もうとするな。
少ないけど時間はある、
自分の中で時間かけて噛み砕いていけ。
むしろ、今気が付けてよかったと割り切っとくくらいが丁度いい」
『……それもそうやね。』
「それと、次からアイアンソードじゃなく他の細身の剣に変えてみろ
重さが合わなくて思うように
振れない部分はそれでマシになるはずだ。
あと、
左下から右上へ剣を持ち上げるように振り切ってるが、それは“切り上げ”として使い分けろ。
構えから横へ一閃するのを
基本の動きになるように意識していけ。
でなけりゃ筋力のねえお前は体力が保たねえぞ。
他には、
上から下へ切って後ろに下がる“切り下げ”や
“切り上げ”をうまく組み合わせれば、
攻撃の幅を一気に増えて間合いも合わせやすくなる。
それから、
細身の剣でもレイピアの場合、
刺すように攻撃する"突き"攻撃も覚えろ。
今ウチにあるのは斬撃もできるタイプだからさっきみたいな立ち回りも出来なくないが、硬いものに当たり続ければ折れる可能性もあり得る。
鍛えて乱撃の突き攻撃が出来るようになれば、
ダガーみたいな短刀のメリットである手数の多さで押すこともできるだろ。」
突然口から滑るようにつらつら~~~と
バトルフィードバックをするブランク。
言葉ひとつひとつが形をもって
ミヤビの頭にずん、ずん、ずん!と乗っていくようだ。
『き、急にめっちゃ指導入るやん…』
「けど、少しは余計な事に
考え巡らさなくなったろ?」
確かに先ほどまで自分の葛藤と向き合いすぎていたし、ブランクのバトルフィードバックのおかげで、一旦その考えを置いておく事ができたのも事実だ。
彼なりの気遣いだろうか。
『うん、…ありがとね』
「時間が無いからな、そういうお気持ち整理は他の時間にやりたきゃ勝手にやれ」
ツンと言葉で突き放されるが、
不思議とあまり気にならなかった。
ブランクの人柄を少しだけ知れてきたからかもしれない。
『よし…ひとまず次から教わった事を
意識してやってみる!
代わりの剣だけは今選んでもええ?』
「いいけどよ、
稽古自体はここまでにしようぜ…っ」
くぁっ…と大きな欠伸をするブランク
その様子を見てブランクが当直明けでロクに眠っていないことを思い出した。
『そ、そうやん!ごめん!!!
そうしよう、すぐ片付ける!!』
「あー、焦るな。まず、構え解いて剣しまえ。
剣だけ選んだら戻ればいい。」
『けど疲れとるのに…。
それにいくつも擦り傷作らせちゃって…』
「いちいち気にしてちゃあ、
この先心臓がいくつあっても足りねえぞ」
この程度の傷に構うなと言わんばかりに手を翻し、ミヤビに剣の鞘を投げ渡した。
ブランクも自前の剣を鞘におさめて貨物室を共に片付けて始める。
最中、一度仕舞った細身の剣をいくつか取り出して
ミヤビにとりあえず重さの合いそうなものを選んでみろと視線だけでブランクが促した。
いくつもある中から目に留まったのは、
すらりとまっすぐ伸びる赤い刀身のレイピア。
柄や刀身部分に蝶結びの意匠があり色も相まって自身が身につけているリボンを連想させた。
何気なく手に取り、構えてみる。
(軽い!重さが全然違う!)
試すように何度か切り上げ、一閃、切り下げるが腕にかかる重さの負荷が随分マシになった。
これならばブランクのアドバイスを意識しながら剣を思うように振れそうだ。
『これにする、この武器にも名前があるん?』
「…スカーレット…だった気がしたが、
そういうのはジタンに聞け。
あとそれはさっき言ってたレイピアだ。
斬撃もできるが突き武器だからな、立ち回りだけ気をつけろよ。」
『はーい。
……ん?なんでジタン?詳しいん?』
「まあな、ただし話すと長げぇし絡むしうぜえ」
ブランクがまるで苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
身に覚えがあるのだろう、それはそれは面倒くさそうに実感の伴った一言だった。
思わず緊張感が途切れ吹き出してしまう。
『ふはっ、何その顔
武器についてはジタンに今度聞いてみる。
…ブランクみたいに持ち歩く方がええ?』
ブランクが一度思案するも、やめておけと首を振る。ジェスチャーだけで、詳しく言葉で返してもらえない辺り、なにか含みがありそうだが慣れるまでは素人だし決めた場所以外で扱うな。という事だろうか?
とりあえず、仮称:スカーレットはこのまま置いていくことにした。