03 タンタラス流稽古強化週間
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チィチィ……
(鳥の、こえ?)
起こすように小鳥のさえずりが聞こえる。
瞼をあけると、眠った部屋の天井は見えず、
何故か既に自分がその場に立っている。
薄暗い空間、
パッとスポットライトが付いたように
円形状の光が自分の真正面だけ明るく照らしていた。
そこには一羽の小鳥、
黄、橙、赤がまるでグラデーションのように混ざり合った珍しい羽色の鳥だ。
黒い籠の中、チチ…と弱々しく鳴いている。
(ここは…夢の中…っぽいな)
俯瞰し、現実味のない状況を理解するミヤビ。
よく夢を視ることもあり、そのうちに自然と
“今、夢をみているかどうか”
夢の中の自分が気づけるようになった。
しかし、暗闇の中にスポットライトとは。
夢の中ながら、さながら演劇の舞台のようだ。
その舞台に誘うようなライティングと鳥のさえずりが一層ドラマチックな演出に思えた。
(っと…そんな事より鳥さん、
何となく苦しそうやし、出してあげよ)
ミヤビは近づき籠にそっと触れると、
パキン!と音を立てて砕け散った。
脆い素材に見えなかっただけに驚くミヤビの目の前を解放された小鳥は気持ちよさそうに羽ばたいた。
チィチィ……!チィ!
飛び回る小鳥に自然と頬が綻ぶ。
この小鳥の感情の機微は不思議と肌感でわかった、囚われた場所からの解放を喜んでいるようだ。
ミヤビが手を伸ばすと
気づいたのか指先にとまり羽を休ませる。
夢ゆえの体験だと理解していても、
動物に懐かれて悪い気はしない。
つい気分が良くなり、自然と歌を口ずさむ。
聞こえて来たメロディー 勿論あの歌だ。
『…♪
…どうしてなの〜 この広がりのなか
美しいものほど 壊れやすいなら
救い出して〜 あなたが魂に
変わってしまうならば
一緒に連れていって〜……♪』
歌っている間、大人しくしている小鳥。
…聴いてくれているのだろうか。
最後まで歌い終わると小鳥は体を毛繕うように嘴で啄むと、
一枚の夕焼け色した羽を嘴に咥えてミヤビに差し出した。
それはまるで星や月明かりのような
キラキラと優しい光を纏っていた。
(…受け取れって事かな?…)
ミヤビはおずおずと手を出し羽を受け取る。
羽の付け根?といえば良いのだろうか、
そこには小さな星の飾りがひとつ付いている。
普通の鳥ならば、まず有り得ないだろう。
という事はこの鳥は魔法か、夢故の突破な生き物というところだろうか?
想像の域を出ないが、まあ、夢の中だ、
なんでもあり得るんだろうと考えを巡らせていた瞬間、小鳥が甲高く鳴き声を上げた。
と同時に羽と小鳥が光輝き、
その眩しさに思わず目を瞑る。
暫くして、まぶしさが収まったと思い、
瞼を開けるともう小鳥の姿も、星付きの羽もなく、急に身体がじんじんと熱くなった。
奥底から力が湧きだし、指先まで行き渡るような、例えるなら血潮のようなものを感じる。
目を瞑り、それに意識を集中する。
(……これ、もしかして、魔力…?)
夢の中ながらも、はっきり分かる力の奔流に
旅立つ際のノイズの言葉を思い出した。
ーー魔力は身体の中で自然に回復し満ちるもの。
ただし精神の影響を受けやすい、肉体・精神疲労が重なると回復量が減るーー
…確かに聞いていた通り、
波というか…増減を感じる。
今はどちらかと言えば増えている感覚だ。
ノイズがいうには、
あたしの身体は【地球】にあり、
世界を超えて渡せたのは魂だけ。
魂は“器”を魔法でつくったので実体を持てている。
その“器”の維持には魔力の充填が必要だと言われている。
今のミヤビの身体は、恐らく先ほどの小鳥が羽として渡してくれたであろう、魔力に満ち溢れていた。
小鳥が魔力を分けてくれるなんて不思議な夢だ。
思わず、両手を開いたり握ったりを繰り返しながら思案する。
(…あの子…籠から自力では出られなかったみたいやけど…あんな風に姿を消せるなら出る事もできそうなのに。
それか…出られなかった“理由(わけ)”がある?)
(……自分では解けない、なにか…?)
――ようやく、戻る事ができたか――
『…えっ?』
思考を遮り、薄暗さに溶けるような聞いた事の無い男性の低い声が響く。
明らかにこの場を見ていたとしか思えない声に驚き、
咄嗟に少し腰を落とし周囲を見渡す。
そもそも他人の夢に干渉して、声をかけるなんて可笑しな話だ。
『…これも夢?』
――夢ではない、が、詳しく語る必要はない事だ――
(会話が成立する…!? ここに、おるんか…)
思わず背筋が冷えた。
今見えるのは照らされた自分の周囲のみ
闇の中どこから声が聞こえてくるのか探るだけで精一杯だった。
根拠はないが、もしも夢ではないのだとすると一層警戒心に駆られた。
『…だ、誰なん!?』
――それすら未だ理解できていないのであれば、尚の事話す必要はない。
兎に角、些細な干渉もあったが計画は予定通り進み始めた――
『計画…?なんのこ』
――強く想え――
想いが導く道を進め、
自ずと道が開ける――
遮るように声が響き、ミヤビの周囲が段々と光がフェードアウトしていく。
声の主を制止するように口を開けるが勢いよく真っ暗闇に閉ざされた瞬間、
ガバッと上体を起こし目覚めた。
冷や汗が出てきたのか、汗ばむ背中がキュッと冷えてより背筋が冷える。
視界に入るのは、劇場艇プリマビスタ船内の一室。
仮の自室として当てがわれた部屋の景色。
ようやく夢から覚めたのだと気が付くと、ミヤビはほっと胸をなでおろす。
『…今のなに?…計画?
いや、そもそも誰…?何なんよ…』
夢らしからぬ夢の内容に戸惑いを隠せないミヤビ
顔を上げると部屋には夏の朝日が差し込み始めていた。
混乱する頭を落ち着かせる為にも状況整理のため記憶を辿る。
昨晩はブランクと共に食事当番を行い
食後、ブランクはボスと交代しに操縦室へ向かった。
あたしはというと、ルビィ姉さんから受け取った着替えを持ったままキッチンへ来ていた事もあり、とりあえず仮の自室へと戻ることにしたのだ。
部屋へ入り、薄暗さに目が慣れたころ
戸のすぐそばにあるランタンに、一緒に置かれていたマッチで火を灯す。
部屋全体が明るくなると、思わず目を疑った。
部屋を出た時には着替えしかなかったはずの部屋に、
ベッドにテーブルイスセット、クローゼット等暮らしの家具が揃っている。
それだけではない、身支度用の小さな鏡やブラシ、筆記具一式、化粧品、なんならスキンケアセット等まで用意されていた。
マーカス達が艇内で調達してくれた家具類と、
その他全てルビィ姉さんのお古だとしても
あまりに至れり尽くせりだ。まだ入団テストすら受かっていない奴に対して当てがう仮部屋にしては違和感がある。
(まるで、本当に自分の部屋として用意してもらったような……ま、まさかルビィ姉さんか!?もう入団前提で動いとる?!)
脳内にルビィの言葉が蘇る。
―ミヤビは劇団タンタラスの新星になるんや!―
―ウチが、アンタの探しモンが見つかるように活動しやすいよう必ず輝かせてみせる!―
誠実にタンタラスへ向き合ったミヤビへの想いに対するルビィの誠意か、
はたまた、お芝居への情熱故、育て甲斐のある原石を見つけたからか、そのどちらもかは分からないが、掛けてもらった心強い言葉に伴うような部屋の充実具合にひとつだけ懸念が脳内をよぎる。
(…そういえばジタンが
「次の公演予定があって、その出発日に倒れていた」って話してくれてた…
まさか…その公演にあたしを出すつもりで…?
ボスが期日としたのは1週間後。理由は劇団のスケジュールがあるから、やんね??
…えっと…そうなると…?
公演が1週間後以降の直近…
……ひとまず仮に2週間後だとしよう。
だとして、もし出演させるとなると、ぶっつけ本番ともいかんやろうし…
…バトル稽古と演技稽古は同時進行せなかんくなるやんね…?
気心知れた仲ならともかく、初対面で素人のあたしとプロのタンタラスとで………?それは自分も相手もだいぶしんどそうやけど……)
『いっ、いや!?さすがにそれは無いって!
ボス自身が口酸っぱく、テストの結果次第って言っとったし!』
ツッコミながら、とりあえず持ってきた着替えをテーブルへ置く。
瞬間、ひらり、と一枚のメモが
置いた際に風で宙を舞い、床へ落ちた。
拾い上げ読んでみると、
ルビィから自分宛の手紙だった。
「―ミヤビへ
食事当番おつかれさま!
めっちゃ美味しかったで!!!
食べたみんなで入団させろ~って
ボスに再度直談判したんやけどあかんだわ、ごめんなぁ。
けど、ミヤビの歌聞いてから
この歌はもっと多くの人に届けなあかん。って。
特に【きみの小鳥になりたい】を演じるなら
この歌は必ず届けな!って何故か
役者のアタシがそう強く感じるんよ。
正直…劇団・盗賊・自分の故郷探し…
全部の両立はかなり大変やと思う。
まして異世界っていう
誰も頼りがない場所で
たった1人、立ち続けるんは勇気もいる。
度胸だけで進めるほど、世界は甘くない。
…けどな、度胸と想いがなかったら進めへん。
今のアンタはどっちもある。
あと必要なんは、少しの勇気と色んな経験。
ウチはそれをアンタに教えてあげられる。
勿論真剣にやるんや、
スパルタで行かせてもらうけど
アンタが前を向いとる限り
ウチも信じるし、諦めへん。
…ここへ来た日の自分を思い出させてくれた
この子の輝き、
まだ小さな原石を、必ず一番星に。
今回のテスト、応援しとるよ!
この部屋にあるんは全部あんたの、
遠慮せんと使って、休み休み乗り越えよ~!」
『っ〜〜〜!ルビィねえさぁぁぁん…!』
手紙と思えぬほど、熱いルビィの想いに
じーんと感動が胸に押し寄せる。
なんて熱量!ここまで全力で応援してくれて
本当に嬉しい!!!
お芝居への情熱故に絶対女役がいるからと入団を応援してくれていると感じていた。
勿論、劇への真剣な想いもあるが
同じくらい
かつての自身を重ね、気概だけで未知へと
飛び込み駆けるミヤビをルビィは案じてくれていたのだ。
兎にも角にも、余計な憶測はやめて
今はこの手紙の想いをしっかり受け止めて、
自分のため、そしてルビィ姉さんの想いに報いるためにもお言葉に甘えてここを自室と思い大切に使わせてもらおう。
そのまま手紙をテーブルに戻そうとした時、
イスの足元にもう一枚落ちていた手紙に気が付いて拾う。
………先ほどの続きのようだ。
『―…なになに
追伸、ひとつ、謝っておきたいことが。
ボスへ直談判行った時に
「新星」「新星」言うてたら
“そこまで言うなら次の公演で嬢ちゃんを
華々しくデビューさせてやれるんだろうな!?”
の売り言葉に買い言葉で、
つい勢いでok返事をしてもうた
次公演は入団テスト後の1週間後…
つまり今日から2週間後なので、
テスト合否関係なく
明日から演技指導・発声練習が始まります♡』
『…………んん!?』
「―…ブランクにはこれから事情説明して、
バトル稽古との調整や、当番制の家事からは外してもらうとか、そういうスケジュール調整は必ずするから!
それにお芝居も今から大きくシナリオ変える事はできひんし、出れたとしても、チョイ役とか、歌だけ~とかかもしれんけど、
その辺はウチがええ感じにチョチョイとセリフ付け足して華々しいデビューができるようにしておきます。
いい仕事の基本は、食事と睡眠!
今日はぐっすり寝て明日からがんばろう!
かんにんね♡ ルビィ」
『ルビィねえさぁぁぁん…!??』
先ほどと同じセリフのはずだがニュアンスがだいぶ違って聞こえる。
そして超感動した情緒が一気に現実に戻ってきて、
まさかの予感的中に変な汗がだらだらと止まらないミヤビ。
恐らく手紙から察する時系列を踏まえると
部屋の完成時には出演は決定しておらず、単純にルビィ姉さんの応援したい想いが込められた部屋アイテム+手紙とが置かれていたのだろう。
そこから夕食、直談判ときて、まさかの提案と快諾に「そんならアレもコレもいるわ!!!」と拡充&追伸分の手紙追加
主にスキンケアや筆記具なんかは舞台稽古や出演に向けてのケアで必要という事で用意してもらったのだろうが、それがより部屋の充実感を増してしまい、ミヤビが入室した時点で違和感に繋がったのだと分かった。
(い、いや、前向きに入団後を思えば、
稽古期間は長いに越したことはないんやけど…!
まだバトルの稽古1ミリも進んでないが!?
というかそもそも、
テスト合否でしか入団認めないって言ってたボス発信の提案なのコレ!?)
ハッと気づくミヤビ
『…も、もしかしてテストするのは表向きの理由で、実は出来レースだったり…?』
都合の良い邪な考えが頭をよぎるが
瞬間的に脳内でツッコミが入る。
(………いや、たぶんボスのタイプ的に
表裏無さそうやし、一番それは無さそう。
それにボス自身公演スケジュール把握してたし………って、
……ま、まさか………
スケジュール・体調管理・急なタスク追加・もろもろの対応込みで
このテスト受かれよってこと!?
ルビィ姉さんへの焚き付け含めて、
全部ボスの掌の上って事ちゃう!?)
『こ、これが、
タンタラス流稽古強化週間……!?』
ごくり…と生唾を飲み込むミヤビ。
いや、もう絶対これしか答えないやん!
ボスがガッハッハと大声で笑いながら
その手前にはルビィ・ブランクの
2大巨頭がまるで双璧のように立ちはだかる。
ずもも…と怪しい笑顔のアネキと
一文字に口を結んだ無愛想アニキ
その正面に“マルチタスク”の
6文字が見える図が脳内に浮かんだ。
ひと昔前のB級映画ポスターのようなコッテコテの図をブンブンと頭を振り懸命に払う。
※ミヤビの誇張イメージである
…しかし、そうと決まればやることはひとつ。
そう!睡眠時間の確保だ!!!
ミヤビは簡単に身綺麗にして、ベルト等やリボンを解いて用意されたベッドに横になる。
明日からどんな日々になるか見当もつかないが、平穏な夜は今晩だけかもしれない…。
…いやほんと冗談抜きにあたし寝る暇ある!?
身体を自愛する為にも早急に寝てしまおう。と
目を瞑ると、ここまでの気疲れもあってか気づけば寝落ちていた。
・・・
・・
・
と内心バックバクで眠ったのに、
変な夢を視て、飛び起きて今に至ると。
夢の中ではあんなにシリアスだったのに。
だが、賑やかな昨晩の記憶のおかげで少々気持ちが落ち着き冷静になれた。
夢の中で語りかけてきた男性の声、
ノイズではなく、タンタラスの誰かでもなかった。
なのに
あたしの事を知っているような口ぶりでいた。
…考えても答えは出ない、が、気になる。
そして、もうひとつ
気になるのは、小鳥と、身体に満ちた魔力だ。
夢の中と同じく
両手を開いたり閉じたりする。
血潮の如く身体を巡り力が溢れてくる。
…やはり、あれは“夢ではなかった”らしい。
――強く想え――
想いが導く道を進め、
自ずと道が開ける――
男のセリフ、結局なんだったのだろうか。
(夢じゃないならあの舞台はなんなんやろ…。
それに“想え”…かぁ。
そういえば、ノイズが想いの力を使えるようにしたって言ってた…
それも試してみないとだったっけ。
…諸々気になるけど、今はむしろ稽古初日に力が溢れていて好都合と思っとこう。)
不安を振り払う背伸びをひとつ。
いつもの赤いリボンでキュッと髪を結い、
アクセサリ類を装備すると立ち上がって窓を開けた。
飛空艇は緩やかに航行しており、朝告げの鳥達が鳴きながら遠くへ飛んでいく。
吹き込んできた夏の朝らしい爽やかな風はミヤビの心を更に落ち着かせた。
タンタラス入団を賭けたバトルまであと1週間
追加された演技稽古、
そしてもしも入団できてもできなくても
2週間後には公演への出演予定。
落ち着いて考えてみても本当に恵まれた状況に今あるのだと改めて思う。
…まあ勿論、大変なのはこれからなのだが…
(…ええい!シャキッとする!
余計なこと考えない!!)
1度深く深呼吸。
窓を閉めて部屋を出る支度を始めた。
ミヤビの長くて、短い1週間の幕開けである。