01 ニューゲーム
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あたしには、はじめて覚えた特別な歌がある。
誰も知らない、曲名すら分からない、歌詞とメロディだけ知っている哀歌。
なんてことない、たまたま周囲が知らなかっただけのよくある話だと思うかもしれない、
けれど、ほんとうに“特別な”歌だって、あたしだけが存在を知っている不思議な歌。
それと同じくらいあたしにとって“特別な”深紅のリボン。
幼い頃からいつもこのリボンで毎日髪を結っている。
自分で買ったわけでもなく、いつ誰から貰ったものかも分からないくせに、特別なもの。
どちらも、理由も根拠も分からないくせに
それでもどちらも大切なものだって、
覚えていないあたしの何かにきっと関わるものなのだろうと強く想えて、
いつか…いつかでいいから…ちゃんと知りたいとずっと強く想っているの。
これは、そんな強い想いを抱えたある女の子の物語。
『01.ニューゲーム』
―――……
もうとにかく聞いてほしい。今日は月曜日。
まだ週の初めだと言うのに、朝から寝坊し遅刻しかけるわ、
苦手な科目で当てられて回答できず黒板の前で立ち尽くす情けなさと恥ずかしさで居た堪れないわ、唯一の親族である叔父へ月1の定期連絡のメッセージを送らなくてはいけないのに途中で携帯の充電が切れてしまい長々と入力したメッセージが吹き飛ぶわ、と
絵に描いた様にうまくいかないような1日だった。
けれど、その不幸をさらに吹き飛ばすお楽しみが家で待っているのだ。
昨日家の掃除をしていたら、FF9のソフトが出てきた。そう、PS2時代の!懐かしい!
はじめて遊んだ時は叔父が持っていて遊ぶ姿を隣で見ていたが、
ある時を境に叔父とは疎遠になり、
本体とソフトは「思い出して嫌やから」と彼がこの家に置いていったのだった。
その時の事を思い出し、つい現実から目を逸らしたくて
棚の奥へ片付けようとソフトを手に持った瞬間、
それまで頭を巡っていた思い出や感情が、突然静まり返った。
ケースを開け、4枚ある内のディスク1をゲーム機本体へ読み込ませる。
起動音を懐かしむ気持ちもおきないまま聞こえてきたBGMとキャラクター達のグラフィックを見た瞬間、
鳥肌がたち、思わず目を見開いた。感じた事のない強烈な衝動に駆られて動悸が激しい。
(…前はこんなんなかった…!どうしてか分からん…分からんけど…今始めなきゃ)
自然と選んだのは【コンティニュー】ではなく、【ニューゲーム】だった。
懐かしむだけなら別にコンティニューでも良かったろうに、とハッと思った時には
もう物語が始まっていた。そこからは吸い込まれるように没入し、魔の森が石化してしまい、氷の洞窟を目指すところまで進んだ。怒涛の展開と、ブランクというキャラクターが石化したショックで思わず呆然としたところでようやく食事も風呂も忘れて普段寝る時間をとっくに過ぎてしまっている事に気が付いた。
…まあそんなわけで寝坊は自業自得だけども…
そして、今は学校帰りにスーパーで会計を終えて、マイバックへ詰め替えも済んだところ。
(早く続きを知らなくちゃ…)
焦りにも似た楽しみだと思い、店外へ出ると一際大きな笹と笹飾りが視界に入る。
店舗前に設置された笹には多くの客によって書かれた短冊が所狭しと飾られていた。
『…そっか、7月7日…今日七夕かぁ…』
笹の根本には簡易テーブルにカラフルな短冊と鉛筆が置かれており、
【星にしか話せない願い事を書きましょう】のキャッチコピーがあたしの足を止めさせた。
(…確かに、あたしの願い事はもうお星さまくらいにしか話せんよね…)
一番上にあった赤色の短冊に、さらさらと願い事を書く。
いつかでいい、いつかでいいから、この願いがどうか叶いますように。と
願いながら短冊を結び付けようとしたその時、
短冊が手から滑りぬけ、そのままヒラリと飛ばされていく。
願うことすら許されないと嗤うように、掴もうと追いかける手を掻いくぐり短冊が飛ばされていく
『待っ…!!!!』
飛ばされてたまるかとマイバックを手放し、追いかける足にぐっと力を込め前へ跳ね進む。
伸ばした手が短冊を掴んだ。そう手の感覚を頭が認識した瞬間と同刻。
迫りくるトラック、耳を劈くクラクション、
ヘッドライトが閃光弾の如く視界を奪い、ぎゅっと目を瞑る。
…それは、紛れもない迫りくる死。命が終わる予感が脳内を駆けた。
(…あぁ、こんなところで死んでしまうなら…)
(いつか、なんて先延ばしせずに願えばよかった…)
(今からでも遅くないなら、どうか…)
(あの歌のことを…あのリボンを…あたしの事を…ちゃんと知りたい…)
全ての出来事がスローモーションで迫りくる最中、それはほんの一瞬のことだった。
まるで空を裂くようにゴーンと大きな鐘の音がした。