アルリツ短編
端的に言うと「変」だった。
定まらない目線。
紅潮した頬。
いつもより遅い反応、やや荒めの呼吸。
目を離したとき辛そうな顔を浮かべてたのを見逃さなくて良かった。
問い詰めて、なんでもないよと言うリツカのおでこに手を当てた。
「熱出てる……!」
「そんなことないよぉ、だって今朝は平熱に下がってたもん」
「てことは、昨日は熱が出てたんだね」
「ちょっと高かっただけだよぉ」と、ぐずぐず駄々をこねるリツカを引きずって植物園を後にした。
俺とリツカは特別な存在じゃない。
そりゃまあ、たまに可愛いなーとか、リツカはどんな人が好きなんだろうとか考えたりはする。
でも、ただ一緒に拳を交わして、言葉を交わして。ちょこちょこ互いの家で食事をするーーそんな、それだけの関係。
それでも、グッタリしているとは言えふたりきりでリツカの部屋に居るのは、どうも心臓が落ち着かない。
「ほらほら早く寝なよ」
カバンを定位置に戻そうとするリツカを半ば無理やりベッドに押し込む。
「またあとでチキンスープとコーラ持ってくるから」
「なんでコーラ? へんなの」
リツカはケラケラと笑うが、いつものような元気さは無い。
「……風邪の時に飲むと良いんだよ。他に欲しいものは?」
「うーん……あ」
「あ?」
「ごめん、なんでもない」
そう言って目を閉じるリツカ。
俺の方に一瞬手を伸ばしたが力なくベッドに落ちた。
何が欲しかったんだろう。とりあえずその手を握ってみるが答えはもちろん無い。
そして、熱い。早く何とかして、熱を下げる手助けをしないと。
「……じゃあ、俺行くね」
「まって。かぎ」
リツカの指さす机の上には、見慣れぬ青いストラップが付いている鍵がある。
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんといつもの所に置いていくから」
ーー家に誰も来ないからとリツカは鍵をかけない。それは流石に危ないと、俺が帰る時には鍵を掛けて空っぽの植木鉢の下に置く。
必ずそうして帰るし、リツカもそれについて何も言わなかった。まさか今、指摘されるとは思わなかった。
「そうじゃないの」
「……?」
「あいかぎ。あげる。アルフレッドに持っててほしいの」
「でもリツカ、いつも鍵開けっぱなしじゃんか」
「それはね、私のへやのかぎだよ」
家は開けっ放しでも、部屋はちゃんと鍵かけてるの、と続けて言った。
言われればーー確かにそうだった、ドアを開ける前もたついていたっけ。
……ちょっと待て。
リツカが唯一鍵をかけている部屋の合鍵を、俺に持っていてほしい? ただの友達にそんなこと言うか?
じゃあ? じゃあ……。
「ね、それって、どういう……あれ、リツカ……?」
規則正しい寝息を立てながら、リツカは夢の中へ落ちていったようだ。
「どうするんだよ、これ……」
俺を「好き」の海に突き落として。
ああ、溺れてしまいそうだ。顔が熱い。胸が苦しい。
「……俺の分のチキンスープとコーラも用意して、リツカの熱が下がるまで傍に居ようかな」
熱に浮かされていないリツカの口からこの鍵の意味をちゃんと聞くまで。
あと……熱がうつったらラッキー。なんて、ね。