アルリツ短編
一年ぶりに、いつも思い詰めた顔でガムをひとつ買っていく女性が来店した。
サイケデリックで骨まで溶かしそうなお菓子をカゴいっぱいに詰め、長雨続きの日々を吹き飛ばせそうなくらいの眩しい笑顔を見せてくれたときは別人かと思った。
けれどその珍しいグレーの髪色は、ふわふわの髪は、間違いなくその人だった。
胸ポケットを撫でる。自分の携帯番号が書かれた紙がクシャリと音を立てた。
――この機会を逃したら、次はいつか分からない。現に今日までだって、あのとき声を掛けていればと何度も後悔したじゃないか。
「あの、」
確かに自分が先に声を出した。彼女に声を掛けた。けれど自分よりもっと男らしくて、それでいて少年のような声にかき消された。
「すみません。これも一緒で。……ったく、リツカのうっかり者」
いつの間にか現れたその男は、ずっと憧れていた女性の名前を教えてくれた。
「だ、だって……恥ずかしかったから……」
同時にカウンターへそっと置かれたその小さな箱に、一瞬で理解させられた。
頬を赤らめながら店を後にしたふたりの背中を見ながら、客たちに置き去りにされたレシートの山に、自分の胸ポケットから取り出した紙をそっと紛れ込ませた。
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