アルリツ短編
冒険家になるつもり――とはいえアルフレッドはそれなりに鍛えているし、体力にも自信がある。ややパワー不足なのは否めないが、それを補うための素早さもある。
そこらの格闘家には引けを取らないはずだ。
普通の『格闘家』なら。
彼女にタッチしようと手を伸ばせば何かしら飛んでくる。
葉っぱはまだ良い。枝は痛いし、ゴミは勘弁してほしい。
もう少しで手が届く、が何度もあった。
なのに十分以上も決着がつかないのは、リツカの魔法のせいだ。あの手のこの手でアルフレッドを遠ざける。
今度はつむじ風が、砂や雨水を引き連れやってきた。
「げ……マジかよ!」
咄嗟に近くにあった雨風を凌げそうな遊具に身を隠す。
風はすぐ静まったがリツカの姿はない。
「ったく、何でもアリだな……」
「え? だって、どんな手段を使ってもいいルールだったはずだよ!」
声のする方を見れば、青空。
リツカが宙に浮いている。
「物理的に触れなきゃ絶対鬼には負けないでしょ? えへへ、結構良い考えだと思わない?」
ギリギリ触れるか触れないかの位置でふわふわ風と踊っている。まるでこちらを煽っているかのように。
だが甘い。
その位置ならばアルフレッドは――届く。
「はァッ!」
高く、高く飛んだ。
これを逃したらもう勝ち目はないと思ったから。
手ごたえがあった。見ると、彼女のお気に入りのスニーカーをがっしりと掴んでいる。
「捕まえた……! 触ったし俺の勝ちだ、あッ!?」
ずる、と靴が脱げる。
リツカの片割れを大事に握りしめながら、アルフレッドは大地に叩きつけられた。
「いってぇ……」
「アルフレッド、大丈夫!?」
「……心配するなら素直に負けを認めてくれるかい?」
今もなお宙に浮いているリツカを恨めしそうに見つめたが、降りてくる気配はない。むしろ遠ざかっている。
「ごめん……それでも私、負けたくないの!」
そう言うとリツカはアルフレッドに背を向け、風に流されるかのように何処かへ行ってしまった。
* * *
ひとりで散歩している時に見つけた廃工場の屋上に着地したリツカは、ごろりと寝転んだ。
「危ない危ない、もう魔力空っぽじゃん」
それにしても、だ。いくらあのことを話したくないとはいえ、アルフレッドに悪いことをしてしまった。
「ごめんねアルフレッド。……ふあ、あ」
魔力を回復したい体は、リツカの意思を無視して夢の世界へ誘い始めた。まだ鬼ごっこは終わっていないし、アルフレッドが絶対ここへ来ないとも限らない。
だが暖かい日差しと心地よい風は、リツカを起こしておいてはくれなさそうだ。
「ちょっと右足が寒いけどまあ……いっかあ……」
――ねえアルフレッド。
私ね、アルフレッドにどこへも行かないでほしいの。
お願い。置いていかないで。ひとりにしないで――
複葉機の飛ぶ音がする。頭上を気持ちよさそうに泳ぐ機体から、愛しい彼がこちらに手を振っている。
夢、だろうか。自分の頬に手を伸ばし思い切り抓ってみるが、痛くない。そうだよね、これは夢――。
ダン、と鈍い音とともに何かが空から落ちてきた。
「見つけた……!」
視界いっぱい広がったのは空の青ではなく、アルフレッドの整った――幼さと男らしさの境界線にあるような――顔だった。
「もう逃げられないよ、リツカ!」
「や、やだ!」
体を起こし、後方へ下がるように大地を蹴り上げた。その勢いのまままた空へ逃げようとした。
刹那。折れんばかりに強く腕を掴まれる。
「観念しなよ、シンデレラ」
その一言はリツカの心臓を容易く撃ち抜いていった。
言葉を待つアルフレッドに、リツカは恐る恐る口を開く。
「内緒にしてることぜんぶ話すから……嫌いにならないで、聞いてくれる?」
「嫌いになんてならないよ。っと、空を飛んだから体が冷えちゃったな。帰って、熱いジャパニーズティーをひとつ淹れてくれるかい?」
「……うん、とびきり美味しく淹れるねっ!」
緑茶に弱音をひとつ溶かしても、あっという間に飲み干して――全部受け止めてくれるだろう。
大好きなアルフレッドなら、きっと。