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アルリツ短編



「こんばんは、殺し屋です。 アルフレッドーー貴方を殺しに来ました」
突然そう言いニコニコと笑う彼女の、銃をホルダーから取り出そうとした手を絡めとる。
何故か嬉しそうな表情を浮かべた彼女を問答無用で壁に押し付け、自由を奪う。
「誰をなんだって?」
「いだい、いだいー! 腕折れちゃうー!」
本当に殺し屋なのだろうか。馬鹿正直にターゲットの前に現れ、自分が何者か名乗り、のんびりと獲物に手を伸ばすなんて。
服は落ち着いた色味のブラウスとスカートだが、ふわふわした髪はピンクがかったグレー、瞳は眩しいブルー。誰かの視界に入れば最後、忘れられないくらいインパクトがあるし何より説明しやすい。
まあーー人通りのない夜、暗く狭い路地裏で声を掛けてきた所は評価するが。
「君さ」
「リツカです!」
「……リツカ」
「はいっ!」
えへへと笑う顔に彼女の銃を突きつける。
……太もものホルダーに手をかけたとき、甘い吐息を漏らしていて少し苛立ちを覚えた。
初動から今までの態度、行動、力。全てにおいて、この子はーー
「殺し屋向いてないよ」
「私もそう思います。でも報酬のためには仕方ないんですよ!」
銃口を向けられてもなお笑顔を絶やさない。
動じていない。
余程良い『報酬』なのだろう。そんなこと知ったこっちゃないし、それがどんなものであってもそちらの勝手で殺されるのは御免だ。
「全く……君なんかに依頼したヤツの顔が見てみたいよ」
呆れをため息にして吐き出す。と同時に少し力が緩んでしまったのか、こちらの拘束から抜け出し、掌底をひとつ顎に撃ち込まれる。
ぐわんと脳が揺れる。
銃を落とした音に飛びかけた意識は戻り、リツカと距離を取ろうと後方へ一歩下がろうとした。
が、その足を思い切り蹴られバランスを崩し、尻もちをついた瞬間馬乗りにされる。
両腕は踏まれた。振り解けなくはないが、その隙に今度はこちらに銃口は向けられた。……笑えない。
形勢逆転。
完全にやられた。

「冥土の土産に教えてあげますよ、依頼者が誰か」
ひんやりと冷たい瞳で言うや否やパッと光を宿し「こういうカッコイイセリフ、一回言ってみたかったんだよね〜!」と笑う。
コホンと一つ咳払いをし、銃を下ろして言った。
「未来の貴方です。過去のーー今の貴方を殺せば、未来は変わるって言われて」
脳が揺れたせいか、この状況のせいか。言葉の意味がひとつも分からない。
「? ……今の俺を殺したら、未来の俺も死ぬだろ」
「間違った道を選択してしまった俺を止めてくれ、と言ってたので、そういう意味での『殺せ』ってことだと思います」
「そんな理由で過去を変えていいのか?」
「そんな理由だからオッケーが出たんですよ! 審査はめちゃくちゃキビシー上にお金も時間も手間も掛かるんです!! ……本当に大変だったなあ」
あれ買ってワイロ代わりにして、これやって審査待ちの時間減らして……と指折り何かを数え始める。
未来のとはいえ自分が頼んだこと。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、ならばせめて早く未来へ帰してあげよう。
「……分かった、分かったよ。じゃあ俺がどんな選択したのか教えて。そっちを選ばないようにするから。で、君はもう帰ってくれ」
「帰れないんです」
「え?」
「未来から過去に戻れても、未来にはもう帰れないんです。片道切符。まだハ……とある企業での研究が追いついてなくて」
「じゃあ『報酬』の受け取りようがないじゃないか。騙されたんじゃないか?」
「貴方です、『報酬』は。私、未来の貴方に告白したんですけどフラれちゃって。年の差がある上に夢に破れ落ちぶれた俺は止めとけって。それでも好きだって言ったら今回の依頼をされたんです。選択を誤った時の俺と丁度同い年だしいいと思うって持ちかけられて」
「自分のことだけど、い、いい加減だな……」
そこがまた好きなんですよ、絶望の中でも私のために色々考えてくれて……とリツカは頬に手を当て腹の上でくねくねと身を揺らす。
ーー彼女の言い分は分かった。目的も。けれど言いなりになるつもりも、付き合うつもりも毛頭ない。
(俺は俺の意思で冒険家になるんだ。誰の指図も受けない)
次もう一度リツカが体を揺らしたら、両足を払い除けて上体を起こそう。

様子を伺っていた矢先のこと、思惑通りーーいや、思考を読んだかのようにリツカは腕から足を退けてくれた。それだけじゃない。上体を起こしてくれて……ぎゅっと抱き締められた。
「な、っ……!」
「辛いのに涙を堪えながら笑ってくれる貴方をもう見たくないんです。心の底から笑ってほしい。悲しみは一緒に分かち合いたい」
口を塞がれた。
蕩けるような甘いくちびるに。
「だから私、全力で貴方を殺します。殺してーー幸せになれるようお手伝いします。それで私を好きになってもらえたらラッキーぐらいに思っておきますから、今は」
ちょっとだけ涙ぐみながらも笑顔を見せるリツカ。
「だから貴方の傍に居させてください」
ああーー勝てない。
「……勝手にしなよ」
「はいっ!」
せめてもの足掻きだと、腰に手を回して強く抱き締める。甘ったるい変な声を出したリツカのくちびるをさっきの仕返しだと塞いでみた。

きっとリツカにとってはご褒美なんだろうけれど。

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