灼熱カバディ夢
冬は、本当に苦手だ。
今住んでいるアパートより、私ーー七海すばるの実家はもっと標高が高く、雪もよく降る。加えて湿度が低いのか空気は乾いていて、刺すような寒さが襲ってきていた。
それに比べたら、ここは天国だ。暖かいし雪も滅多に降らない。降ったとしても積もることはほぼ無いから、寒空の下雪かきに駆り出されるなんてことも無い。
なのに、人間とは良い環境で暮らしていると段々とそれに適応していくようで。
「寒い……寒くて、布団から出られない……」
貴一くんとの約束の時間までもう二時間を切ったのに、まだなんの準備も出来ていない。そろそろ起きなきゃーーいやでもあともうちょっとだけ、もうちょっと足が暖まったらーーと、昨日までの私なら、いつまでももだもだしていただろう。
でも今日の私は違う。
がちゃ、と鍵が開く音が聞こえてきた。ドアが開き、寒い冬だと言うのに半袖Tシャツを着ている男の人が入ってきた。
「すばる! ただいま!」
狭い部屋に響く元気な声。朝のランニングを終えた貴一くんが帰ってきた。
今日は絶対に遅刻したくなかった。だから、その待ち合わせ相手である彼氏・本田貴一くんに、泊まり込みで起こして貰おうと言う作戦だ。
「なんだ、まだ寝てるのか」
「起きてるよぉ……おはよ、貴一くん」
「布団から出ていなければ寝ているのと同じだと思うが」
ごもっともな正論が飛んできて、私はまた布団に潜りこんだ。勉強しようと思っていたのに、母親に勉強しなさいと怒られる、アレと同じ感じで。
「すばる。急がないと映画が始まるぞ。見たかったんだろう?」
「起きようと思ったのに、貴一くんがさあ」
我ながら往生際が悪いとは思う。けれど眠気でまだぼんやりとしている私の頭は、エンジンが掛かるどころかどんどんまどろんでいく。
「……なるほど。では、すばるがその気なら」
突然、勢いよく布団が引き剥がされる。冷気が一気に私の身体中に飛び込んできて、熱と眠気を奪っていく。
「わぁぁ! さむい!! 貴一くんのばか!!」
「今日はやめにしよう」
「へ?」
てっきり布団を奪って強制的に動かそうとしたんだと思ったのに、あれよあれよともう一度布団が私の所へ戻ってきた。
貴一くんと言うおまけつきで。
「わ、あっ、近い……! 貴一くんの布団はあっちでしょ」
少し離れた位置に敷いてある、昨夜彼が使った来客用の布団を指さすが、貴一くんは私に抱きついて離れない。
「ははは、流石に半袖は寒いな。暖めてくれ」
確かに貴一くんの体はひんやりしていて、外の匂いがする。それでもじわじわと貴一くんの熱が上がり、私の体も暖かくなりーー
「確かにここからは出られないな。俺も眠くなってきた」
「……映画、明日にしよっか」
「そうだな」
貴一くんの大きな手が、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。その手は次に頬を触れ、目が合いーーどちらともなく唇を重ねた。
「おやすみ、すばる」
「うん。貴一くんも……おやすみ」
もう一度唇を重ねて、私は夢の世界へ落ちていった。
でも、もう寒くない。
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