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サファイアブルーの空を飛んで

幸せそうにサンドウィッチを頬張る姿をしばらくの間見てから、息を吸い、アルフレッドは口を開いた。
「謝らなきゃいけないことがあって、さ。俺、君に財布を渡そうとして、……蹴られて、そのまま落として来ちゃったんだ」
蹴られて、の部分でリツカは申し訳なさそうに体を縮めた。けれど財布という単語への反応は薄い。
続けて喋る。
「君の家近くの商店に落として……いや。置いていっただろ?」
「あっ! だから探しても見つからなかったんだ」
彼女の反応を見る限り、わざとではなく素で忘れていったようだ。
「ありがとうございます、届けてくれて。あの家に続く道には人避けの魔法を掛けてあるからお気になさらず」
そう言いながら三つ目のサンドウィッチに手に取る。
魔法。
はっきりとリツカはそう言った。
その瞬間、抑えていた疑問が蛇口を思い切りひねったかのように溢れ出す。
「やっぱり君は魔法が使えるのか? もしかして俺と戦った時のあの変な水も、初めて会った時に一瞬で俺を家に戻したのも……? それと、さっき怪我も治してたよな?」
勢いは強く、声量も自然と上がる。
何処から話そうか迷っているのか、それともアルフレッドの圧に押されたか。部屋の中を見回すかのようにリツカの瞳は泳いだ。
ーーそうだ、青い瞳。
「俺の事、ステラって呼んだのはどうして……?」
彼女の瞳が一層強く煌めいた気がした。
腹を括ったか、答えが纏まったか。リツカはペットボトルを開け、水を思い切り飲む。ぷは、と息を漏らし「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「……そう、魔法です。貴方が私と関わった時に起こったこと全て」
心臓がまた走り出す。
そんなファンタジーみたいなこと、有り得ない。
有り得ないけれど彼女は確かにここに居て。そして自分もそれを確かに見た。
「……凄い」
複葉機乗りの冒険家志望であるアルフレッド自身、まるでファンタジーのような存在だ、と言われたことがあるからか彼女に少し親近感が湧いた。
「でも私、ほんのひと握りの魔法しか知らないし魔力もとても弱いんですよ」
アルフレッドに目を丸くしてじっと見つめられたからか、少女の顔は紅潮していった。頬に手を当て熱を取るような仕草をし、言葉を続けた。
「最初に貴方が私の家に辿り着いた時、人避けの魔法が機能してないんだと思ったんです」
だから適当なこと言って家に帰し、再度しっかりと魔法を掛けた。
お茶でも、と誘ったからもう一度うちを訪れようとするとは思った。けれど迷わず辿り着けるとは思わなかった、と笑う。
「てっきり、魔法を掻い潜ってまでまた私のことを利用しようとする悪い人かと思ったんです。だから話も聞かずに手を……いえ足を上げてしまいました」
そう言ったあと、再度アルフレッドに謝罪をした。
「またってことは、前にも一度?」
リツカは眉をひそめゆっくりと頷いた。
聞くところによると彼女は日本に住んでいて、以前サウスタウンに旅行へ来た際、悪事を働こうとした何者かに目をつけられ、不当な行為の手助けをさせられていたようだ。
しかし記憶は朧気で、いつ誰に使役され、いつ解放されたのかもあやふやにしか思い出せないようだった。
「それならあの態度を取るのも理解できるよ。……でも、そんなに辛いことがあったならどうして再びサウスタウンに?」
「それはーー」
リツカはポケットから何かを取り出そうとしたが、部屋の外からぎしぎしと床板が軋む音がしたため動きを止めた。
こん、こん。
遠慮がちなノックの音。
瞳を丸くしているリツカを見ながら、普段はノックなんてしないのに、とアルフレッド。
「どーぞ、ジョン」
ゆっくり開いたドアの先に居た人と先程見た写真の人物が一致したようで安堵の表情を見せるリツカ。そして椅子から立ち上がり、ジョンにぺこりと頭を下げた。グレーの髪がふわふわと揺れる。
「初めまして、リツカと申します。この度はご迷惑をお掛けしました」
深々と下げられた頭を見ながら、ジョンは照れているのか頭を搔く。
「サンドウィッチご馳走様でした。とても美味しかったです」
「いや、礼には及ばんよ。無事で良かった」
恥ずかしそうに微笑むジョン。優しい言葉を掛けられてニコニコするリツカ。ーーを交互に見たアルフレッドは、なんだかこそばゆくてその光景から目を逸らした。
こほん、と一つ咳払いをしたのはジョン。
「楽しそうにしている所悪いがーーあまり遅くなっては家の人も心配するだろう」
立ち上がり、カーテンを開けるとオレンジ色の空。これ以上話し込んでいたらあっという間に日が沈んでしまう。
「家まで送っていくよ」
うんうんとジョンは頷いたがリツカはぶんぶん頭を横に振った。
「そこまでお世話になる訳には……」
「体調も万全では無いだろうし、この辺りは街灯も少なく危険だ。それとアル、お前の上着を貸してやれ。外は少し肌寒いぞ」
はいはい、とクローゼットから上着を引っ張り出す。お気に入りのモスグリーンのパーカー。彼女にはオーバーサイズかもしれないが、まあ良いだろう。暖かいことに変わりはない。
半ば無理矢理お土産を持たされ、困りながら頭を何度も下げているリツカの手を引いて部屋から出た。
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