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サファイアブルーの空を飛んで

「食べたあとすぐ寝ると牛になるぞ、リハビリも兼ねてその辺散歩してこい」
久々の食事で体が重くなったからゆっくり休もうとした途端そう言われ、アルフレッドは渋々と靴を履く。その際に「ついでにコーヒー豆を袋、いつものな」とジョンの声が頭上を通り過ぎた。
「それっぽいこと言って用事押し付けただけじゃんか」
玄関ドアを閉めてから一人でぶつぶつ咳き、ぱん、と傘を開いた。
「……散歩って言われてもなあ」
草や木などの自然の中にぽつりぽつりと家が建っているこの街で、行ったことのない場所なんて山の中か手入れされてない茂みぐらいだ。
「とりあえず、先にコーヒー豆でも買いに行くか」
左足首の調子は良い。
軽快な足取りで店を目指した。

目的の物を手に入れお節介焼きの店主の会話を適当に切り抜け、外へ出た頃には辺りは少し暗くなり雨も強さを増していた。
久々の外出と人との触れ合いに、アルフレッドはやや疲れを感じていた。それでも来た道と同じ道を通るだけではつまらない、と周りを見渡す。
いつもは通らない道に目が行く。
「あっちの道、通ったことあったっけ」
でもまあ自宅には繋がっているだろう、方角は合ってるんだし。と、ゆっくり歩き出した。

怪我をする前より少ない運動量だか、すぐに息が上がる。
「……はあ、ちょっと、休憩しようかな」
立ち止まり、アルフレッドは近くの木に寄りかかった。振り返ると商店の灯りが微かに見える。
体が鈍っていることをひしひしと感じながら、軽くストレッチをした。
「ホワイトみたいな奴がまた現れたら、まともに戦えなさそうだ」
ーーあれは半年前。ホワイトという男が裏社会の権力者をマインドコントロールし、サウスタウンを我が物のように扱い、人々は恐怖に震えた。その反動か犯罪に手を染めることを厭わなくなる者も増え、段々と街は荒れて行った。アルフレッドとジョンがサウスタウンから遠く離れた旅先で耳にした会話やラジオ、新聞記事……どれもが堕ちゆく街を危惧するものだった。
父親の眠る墓と郷里を守るべく、愛機『62』に乗り込んだ。
その後サウスタウンのヒーローであり憧れていたテリー・ボガードと共にホワイトを倒し、今に至る。
「懐かしいな。テリーやみんなは今頃どうしてるんだろう」
こんな姿を見たらガッカリするだろうか。
自信と希望に満ち溢れていたあの頃の自分と、上手くことを進められない今の自分。
理想と現実の差が心を更に苦しめる。そして共に戦った仲間達の栄光に輝く姿を仮想し、自分を惨めに感じた。
「……そろそろ帰らなきゃ」
これ以上この場にいたら不味いと思い、街灯も家の灯りも無い道を再び歩き始めた。下を向き、涙で滲んだ瞳を誰にも見られることのないように。

涙が止まり頬も乾き、やっとのことで面を上げた。
年季の入った家が目に入る。おとぎ話に出てきそうな木造づくりの小さな家で、庭には色とりどりの花が咲いている。
(こんな所に家が……あれ?)
雨の中傘も差さずに佇む少女が一人。
「あの、大丈夫ですか」
お節介かもしれないとアルフレッドは思ったが、ずぶ濡れで蕾を見つめる少女をそのままに出来ず、気付いた時には声を掛けていた。
少女はびくんと体を揺らし、アルフレッドの方を見た。
目が、合う。
瞬間慌てながらこちらへ駆け寄って来て、右手を握られた。
「貴方こそ大丈夫ですか?」
その問いかけに疑問が浮かんだ。ずぶ濡れで今にも風邪を引きそうな人に、なぜただ声をかけただけの自分が心配されなければならないのかと。
咄嗟に返事が出来ず狼狽えていると、彼女は独り言を言い始めた。そして良いアイディアが思いついたのかパッと表情が明るくなる。
「今日はもうこんな時間なので、また明日お話しませんか? お茶でも飲みながら」
にこやかな顔で、さも決定事項のように言われたアルフレッドは困惑の表情を露わにした。けれど彼女はお構いなしににっこりと笑い続けた。
「それじゃあ、またね」
彼女の両手がアルフレッドの右手を優しく包み込んだ。まろで祈るかのように目をつぶる彼女の顔をまじまじと見た刹那。
気がつくと見慣れたドアが目の前にあった。自宅の玄関に座り込んでいたのだ。
アルフレッドが帰ってきた気配を感じたのか、慌てて走ってくるジョンの足音が近づいてきた。いつもなら帰宅が遅くなったことや説教への上手い返しーー言い訳を考えるのだが、今のアルフレッドにはそれをすることも自分の身に何が起こったのかも理解することもできず、ただ呆然とドアを見つめていた。
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