サファイアブルーの空を飛んで
た、た、た、と軽快な足音が聞こえる。
家の方からではなく、
「……後ろか?」
振り返るとこちらに近付いてくる人影。
寝ぐせなどひとつもない、高い位置でひとつに束ねられた馬のしっぽのように左右に揺れる髪の毛は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
リツカもこちらを見つけたようで、おーい! とブンブン手を振ってきた。
「おはようっ! ごめんね遅くなっちゃって」
リツカは息を切らすことなく元気な声で挨拶をしてきた。
「おはようリツカ」
アルフレッドもつられて手を振ーーろうとしてジョンのニヤついた顔を思い出し、やめた。
行き場を失った手は、むず痒くなった頭をガシガシ掻くために使った。
「ふふ、晴れて良かっ……ふわあぁ」
気の抜けた声とともにリツカの目尻が潤う。
今のは間違いなく欠伸。
何となく嫌な予感がしたので、リツカにそれとなく聞いてみる。
「今日、何時に起きたの? ……まさか寝てない、なんてことは無いよな?」
「うっ」
一瞬、バレたと言う顔を浮かべたのを見逃さなかった。
じっとりとした目線をリツカに送るが、それでもまだしらばっくれるような態度をしていたから、圧をかけるように身を寄せてみる。
びくんと体が跳ね、血流の良くなっていそうなリツカの頬が更に赤くなる。
「あっあっ汗かいてるからっ離れて!」
ぐいぐいと胸板を押してくるが、アルフレッドもここは譲れない。
「寝ないで何してたの?」
いつもよりも眉間に皺を寄せ、低めの声で問い詰める。
観念したかリツカは俯き、肩を落とす。
ああ少し言いすぎたか、と頭を掻こうとした手をリツカに取られる。さっきと打って変わって明るい顔をしていた。
「それがね、……へへ、嬉しくて全然眠れなかったの! じっと約束の時間を待つのも勿体ないし、一足先に走ろうかなって。ぐるっとこの辺りを二週ぐらいしちゃった。あ、言われた通り準備運動もちゃんとしたよ」
そう語る顔があまりにも楽しそうなので、色々と言いたかった小言を全部ため息に替えて吐き出した。
「ああ、もう。次からはちゃんと寝ること。良いかい?」
「はーい! もちろん!」
元気は良いが、こちらの気持ちを本当に理解したのか疑うくらい軽い返事が飛んできた。
どうにもまだ気分が晴れないアルフレッドは、もやもやした感情を指先に込め、リツカのほんのりと汗の滲んだ白いおでこを力いっぱい弾いた。
ぺちん、と元気な音がした。
「うっ痛ァ! な、なにっ……?」
「これで懲りてくれよ? さ、走ろうか」
痛がるリツカを置き去りにアップも兼ねてゆっくりと走り出した。
けれどすぐに「お先っ!」と、リツカがアルフレッドを追い抜いた。長く、綺麗な髪を揺らしながら。
その背中を見ながら、ふと昨日の帰る直前にリツカが零した言葉を思い出した。
◆
「良かった」リツカは微笑んだ。
問いかけた。「何が」と。
「トレーニングして、魔法に頼らないありのままの私でも戦えるのなら、魔力を温存できるでしょう? もし素の私でも太刀打ちできない相手が現れても、全ての魔力を解き放てば対処できる。してみせる。そうしたら……きっと、この旅は無事に終わりを迎えられる」
そう言いながらリツカが浮かべた笑みは、母との約束を果たせる嬉しさよりもーーどこか、寂しいとか辛いとか、そう言った苦々しい『何か』を含んでいるように見えた。
何処かーー此処ではない、遥か遠くを見つめているような彼女の青い瞳は、綺麗で、壊れてしまいそうだった。
◆
ダイヤモンドの様に、気高く、硬い。
けれど亀裂がひとつでも走ろうものならば。
ガラスのように、割れて、砕けてーー消えてしまうのではないだろうか。
(自分はどうなっても構わない。リツカがそう思っているようにしか感じられなくて、おれは……少し、怖いんだ)
前を見た。
リツカはペースを落とすことなく走っている。シルエットを捉えるのが精々なくらいに小さい。
ーーぞく、と背筋が凍えた。
見失わないようにと、思い切り強く地面を蹴りあげた。
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