サファイアブルーの空を飛んで
柔らかな日差しを疎ましく感じることなく目覚めたのは、いつぶりだろうか。
「おはよう」
「……ああ。おはよう、アル」
身だしなみを整え、動きやすい服に身を包んだアルフレッドを見、ジョンは頬を綻ばせた。読んでいた新聞を颯爽と置き、軽やかな足取りでキッチンへと向かう様子に、何だか心がもぞもぞする。
ああ、こんなことなら『しばらくの間、リツカとトレーニングする』なんて、伝えるんじゃなかったと後悔するくらいに。
「ねえジョン、別にそんなんじゃないから」
牽制。本当にリツカとは何でもないから、そのままそっとしておいて欲しい気持ちを込めて。
しかしジョンは変わらず緩んだ顔で「何が」と一言。……ああしまった、言葉を濁すんじゃなかった。説明を求められても困る。
「いや、何でもない。忘れて」
そう言い放ったが、ジョンは何処吹く風でぬるい視線を向けてくる。心どころか身体中にまで、何かが這うような不快感が込み上げてくる。
早く家を出よう。
ちらりと時計を見た。まだ待ち合わせには幾分か早いが、まあ良いだろう。
キッチンに行き、ジョンの手から自分のマグカップを受け取った。半ば奪い取るような形で。
「飯は」
「いらない。体が重たくなるから、これで十分」
ジョンが入れてくれたコーヒーに口を付ける。温かい液体は、いつもより甘ったるいような気がした。
(まだ味は分からないか)
それを残念に思う気持ちに隠れて、またあの日の光景が忍び寄る気配を感じたので、慌ててコーヒーを飲み干した。棚からミネラルウォーターのペットボトルを取り、「それじゃ」と素っ気ない挨拶をジョンにして家を出た。
ーー準備運動もせずに走らないように。
昨日リツカに対し偉そうに言った自分が、準備運動もせず全力で走っている。足を止めたら心が真っ暗なもので包まれてしまいそうだから、追いつかれないように走った。
流れる景色が、体で風を切る感触が、なんだか懐かしい。
ひたすらに足を動かしていたから、気が付いた時には待ち合わせ場所であるリツカの家を通り過ぎそうになっていた。
ほんのり薄暗い空の下に、リツカの家の明かりは無い。腕時計を見る。約束の時間にはまだ幾分か早い。
「……これじゃまるで、俺が楽しみで寝付けなかったみたいじゃないか」
そう思った瞬間恥ずかしさが込み上げてきた。立ち止まったから汗がじわじわ噴き出し、心臓がドクドクと激しく脈打つ。
呼吸を整えるために、適当な場所に座り込んだ。
柔らかいオレンジ色の光が、世界を照らし始める。
立ち上がり、玄関のドアを見つめる。約束の時間になったが、相変わらずリツカは来ない。寝坊だろう。
「ま、昨日の今日だから仕方ないか。朝も早いし」
それならそれだ。いつも通り一人でトレーニングを始める準備をしよう。もしかしたらストレッチをしている間に出てくるかもしれないし。
寝癖を付けたまま、「ごめん寝坊しちゃった!」とバタバタ元気よく駆け出してくるリツカの姿を想像し、思わず口角が緩んだ。
朝の空気を思い切り吸い込み、体を大きく伸ばした。