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サファイアブルーの空を飛んで



気づいたら雨も、涙も止んでいた。

正確には、雨宿りのできる場所ーーリツカの自宅に着き、いつの間にか玄関に招き入れられていたようだ。
足の痛みも嘘のように落ち着いている。
どれだけ父のことを考えていたのだろうか。

「あとちょっと遅かったらずぶ濡れだったね。はい、これ」
目の前にある階段から降りてきたリツカに手渡されたものは、ふわふわのバスタオルと落ち着いた赤色のスウェットシャツ、白いラインが縦に一本入った黒色のパンツ。
これに着替えて、と言うことだろうか。ぼんやりとそれらを見つめていたからか、リツカが慌ててフォローに入ってくれた。
「それ、買ったけどサイズ間違えてたみたいで私には大きかったの。良かったら着替えて、風邪引いちゃう。……洗濯してあるから安心してね」
「ありがとう。助かるよ」
「ううん。玄関でごめんね。……終わったら靴脱いで、左の部屋に来て」
リツカはタオルを被りドアを開け、ぱたぱたと左の部屋に入っていった。

「靴、脱ぐのか」
自分の家とは違うスタイルに戸惑いながらも、言われた通りに靴を脱ぎ、可愛い猫がプリントされたマットの上で服を脱いだ。


リツカの渡してくれた服に身を包み、それまで着ていた自分の服としっとりとしたバスタオルを抱え、左の部屋のドアを開ける。

そこは落ち着いた雰囲気のあるリビングだった。真ん中に置かれたソファーは大きく、テーブルがこじんまりとして見えた。
部屋に色を添える花瓶やランプなどの調度品たちは綺麗だがどこか古めかしく、そして何かーー魔力のようなものを纏っている。
(なーんて。本当に纏ってたとしても、俺に分かるわけないよな)
つん、とテーブルの上に置かれていた小さな陶器の人形をつついた。
その瞬間人形に埋め込まれていたガラスがきらりと輝き、アルフレッドは驚いて手を引っ込めた。
「その人形、怖くない? 私ちょっと苦手なんだ」
リビングの奥の方からリツカがトレイを持ちながらそろりそろりと歩いてくる。
……怖くて苦手なのにどうしてテーブルの、一番目につくところに置いているのだろう。
「はい、どうぞ」
ぎゅうぎゅうに日本語が書かれている、取っ手のないマグカップのようなものがテーブルの上に置かれる。
「ありがとう」
そう言ってソファーに腰かけた。
湯気に誘われてそれを覗き込む。
優しい緑色が広がっている。
「……ジャパニーズティー?」
アルフレッドの座った場所から二人分程空けた先に座ったリツカに目線を向けると、大きく頷いた。
「そう。お口に合うといいけど」
「俺、これ好きなんだ」
冒険先で初めて飲んだ時から、ジャパニーズティーの柔らかい苦味とほのかに感じる甘さの虜になった。
(最近飲んでなかったから嬉しいな)
ふう、と湯気を吹いてからゆっくり飲む。
冷えきった体がじわじわと熱を取り戻す。
「……美味しい」
思わず笑顔を零すと、リツカもにっこり笑う。
「ね、良かったらこれもどうぞ」
と、小さなお皿とフォークを差し出された。
そこに乗っていたのは濃い赤紫色の、四角いゼリー……? 本当に食べられるのだろうか。
「えっ、と」
得体が知れず、味の全く想像できないものだったが、リツカが期待の眼差しでこちらを見てくるものだからアルフレッドは覚悟を決めて口に入れた。

甘い。デーツのような味。
「……うん、美味しいよ」
そう告げてジャパニーズティーをもう一口。甘さが苦味に包まれて、優しく消えていく。

「ふふ、お話しながらお茶飲みませんか、の約束が果たせて良かったあ」
言われてみれば、そんな約束をーーしていない。リツカが一方的にそう決め、アルフレッドは自宅へ飛ばされた。
「よーし、私も羊羹たーべよっ」
(ま……いいか。なんか幸せそうだし)
羊羹、と呼ばれた先程のゼリーをリツカはぱくぱくと食べている。
そんな姿を見ながら、アルフレッドは程よく冷めたジャパニーズティーを飲み干した。



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