サファイアブルーの空を飛んで
ホワイトに洗脳された犯罪組織によってアメリカのあちこちで武器工場の建設が進められ、アルフレッドの故郷ももちろんその予定地になっていた。
ホワイトを倒したことにより建設は免れたが、森の一部は切り開かれてしまった。
更地にされたそこは今、不幸中の幸いか草原へと変わっている。
木を切り倒されたお陰かアルフレッドの街はもちろん、目を凝らせばサウスタウンも望める。
小鳥のさえずり、小動物たちの足音。
山肌を覆うように咲いている白い花。
強い生命力に満ち溢れている。
ここはもう人の手を加えない限り森には戻れない。
けれど新しい場所に生まれ変われた。
(それが良い事なのか分からないし、ホワイトのしたことは許せない。……だけど)
アルフレッドはこの場所が嫌いではない。
(だけど)
そして隣に居るリツカもそうだろう。
笑い、たくさんの音に耳を傾け、風に揺れる草花と共に髪を空に泳がせている。
(ああ、よく分からないや)
リツカの作ってくれた『おにぎり』を思い切り頬張ってブランケットに横たわる。
秋の空が視界いっぱいに拡がる。
「……美味しい?」
心配そうに覗き込んでくるリツカ。
と、口直しとしてだろうか。差し出されたミネラルウォーター。受け取って傍らに置く。
味覚がまだ正常でないのか『おにぎり』がどんな味をしているのか正確に分からない。けれど口に入れた瞬間心がほっとし、無意識にもう一口頬張っていた。
ごちゃつく思考と一緒に飲み込む。
飲み込める。
「うん、美味しいよ」
……きっと。
そう言うと不安げな表情から一転、リツカは安堵の笑みを浮かべた。
びゅうっと強い風がひとつ吹いた時、リツカは口を開いた。
「私ね、魔法使いだったお母さんをある場所へ連れて行くために日本から来たの」
差し出された手のひらには宝石がひとつ。
それはスクエアカットされていて、深い緑とも青とも見て取れる。光の当たり具合か意思があるかのように強く光ったり淡く揺らめいていて、まるで生きているようだった。
けれどこれが彼女の「お母さん」と何の関係があるのか分からず、首を傾げた。
「これはお母さんーーの魔力が宝石になったもの。……って言えばいいのかな。自分でもよく分かってないんだ」
リツカは手のひらを引っ込めそれを丁寧にポーチへ仕舞い、沢山のことを話してくれた。
◇
母はアメリカのどこかにある魔法使いの集落で生まれ、あるとき日本人と出会い、結婚した。
そして生まれたのがリツカ。わずかだが魔法使いの力は宿っていた。
その力を誰にも気取られないよう、そして万が一の事があっても危機から逃れられるようにと身体強化の魔法と簡単な護身術を学びながら日本で静かに生活していた。
中学生のときだった。
結婚記念日だから水入らずで出かけてきなよ、と渡したふたりの好きなアーティストのライブチケット。
開場を待つ人たちの所に、居眠り運転のトラックが突っ込んだ。
その場に居た人達と父は即死。母だけが生き残った。
ーー不老不死、だから。
その日から母はおかしくなってしまった。
彼と一緒に死にたかったと毎日泣いて、泣いて。
お母さんだけでも生きていてくれて良かったと、一緒にふたりで生きていこうと言っても声は届かず、不老不死を終わらせる魔法を編み出すと言って部屋に籠るようになった。
たまに部屋から出てきたかと思うと「魔法ができたかもしれない、成功したらあとはお願いね」そう言って力のない笑顔を見せてきた。
編み出しては失敗し、失敗してはまた部屋に篭って編み出して。何度も、何年もそんなことを母は繰り返していた。
最初は嫌だ、ひとりにしないでと泣いて引き止めた。けれど思いは届かず、何回もそのやりとりをしていくうちに自分の存在は母の世界には無いのだと感じ、返事も反応もしなくなった。
早く完成すればいいのに。……そんな、酷く冷たい言葉さえ口にしたときもあった。
高校生になって最初の夏。
不老不死をも終わらせる魔法は生まれ、母は死んだ。
たったひとつ、魔力が結晶化したものーー宝石を遺して。
その宝石を拾い上げた時、いつだったかは覚えていないが母の言葉を思い出した。
魔法使いは死を迎えたらその魔力は宝石になる。
宝石は人の手を渡り、必ず生まれ育った場所へ還るーー次に生まれくる魔法使いのために。
私にもしものことがあったら、リツカ……どうか貴女の手で私をそこへ連れていってね。
◇
「……最後の親孝行、しておきたいなって思ったの」
最期まで母に寄り添えなかったことに対する罪滅ぼしとただの自己満足。そんなものも混ぜこぜかな、とリツカは遠くを見つめたまま呟いた。