サファイアブルーの空を飛んで
顔を洗うと頭の痛みを感じられるぐらいには落ち着きを取り戻せた。
鏡の中に居る自分と目が合う。
ここ一ヶ月のどの自分よりも顔色が良かった。
ついでに服装と髪型をチェックした。うん、変じゃない。
リビングからぽつりぽつり声がする。
ひとつ、深呼吸。
「お待たせ」
へらりと笑いながら足を踏み入れた。
ジョンは何も言わずアルフレッドの顔も見ずに時計を指さした。
「あ」
正午を過ぎている。
「……十時まで待ってたんだけどね、昨日の帰り道で事故にあってたり具合が悪くなってたりしたらどうしようって思って。勝手に来ちゃったの、ごめん」
そしてその訪ねてきたリツカから『午前九時に約束をしている』と話を聞き、アルを叩き起して来てくれと部屋へ案内したーーとジョンは不機嫌そうな顔で言った。
「それなのにお前と来たら騒ぎ散らすし、へらへらしているし、全く……」
テーブルの上に置かれていたマグカップをふたつ持ち、キッチンへと向かうジョンにリツカは「お茶ご馳走さまでした、もう大丈夫です」と呼びかける。
「……寝坊してごめん」
「大丈夫だよ。元気そうで良かった!」
にっこりと笑い、椅子から立ち上がる。それと同時に傍らに置いてあった彼女のものであろうピクニックバスケットをこちらに見せてくれた。
「大したものじゃないんだけど、お昼ご飯作ってきたの」
それなら、とキッチンからジョンの声が飛んでくる。
「分かってる」
外で食べてこいと言うつもりなんだろう。最後まで聞かなくても分かる。
リツカに手招きをして一緒に玄関へ行く。
クローゼットからふたりで座るには十分すぎる大きさのブランケットを引っ張り出した。
「ジョン、ブランケット借りるよ。行ってくる」
「あっお邪魔しました!」
ドアを開けると青空が広がっていた。
一瞬強く胸が高鳴る。またあの空を飛びたいと。
刹那酷く胸が苦しくなる。また堕ちたら、と。
フラッシュバック。
息が吸えない。体が動かない。
血と共に恐怖が身体中を巡るーー寸前でリツカがアルフレッドの肩にどん、とぶつかってきた。
「ね、何処いくの?」
そう言って視界に入ってきたリツカの瞳も空と同じように深い青で、太陽の光を受けてかキラキラと輝いている。
(ーー綺麗、だ)
その青に溶けたか、恐怖はすっと消えていった。
「見晴らしのいい場所、お願いしてもいい?」
「……了解。とっておきの所へ案内するよ」
この空は怖くないな、とアルフレッドは小さく笑った。