サファイアブルーの空を飛んで
草を掻き分けひたすらに前へ前へと歩く。
呼吸は整い、汗も引いた頃。
「あった」
昨日のことは夢でも幻でもないことを示す、古めかしい家とそれに色を添える花々。
そして、アルフレッドを待っていたかのように庭先に彼女は居た。
昨日は雨降りの夕方だったが、今は薄曇りの空の下。彼女の容姿がはっきり分かる。
シンプルなシャツの上に膝上まであるカーディガンを羽織り、ショートパンツからはすらりとした白い脚が見えている。グレー系の色の、毛先だけふわふわした髪。
顔の作りが自分たちとは違う。何処かーー違う国からやってきたのだろうか。
透き通る肌にほんのりとピンク色が浮かんでいる。
瞳は青く、いつか飛んだ空の色を思い出す。
(墜落したあの日の空も確か、あんな色だったな)
胸が締め付けられ、言葉を失う。
ただ見つめるだけのアルフレッドに気付いた少女は、歩み寄ることなく声を掛けてきた。
「こんにちは。やっぱり今日もここに来られたのね」
やっぱり今日も、という言葉に引っかかりを覚えたが、問いかける間もなく彼女は言葉を続ける。
「貴方は何者?」
「……俺はアルフレッド。冒険家志望で」
「誰に言われてここに来たの?」
「それは……君が、また明日お茶でもって言ったからで」
「どうして? だって、昨日よりしっかり掛けたはずなのにっ……!」
何かに脅えているかのように気が張りつめている。
きっと財布が無くて焦っているんだろう、早く渡してあげなきゃと袋から財布を取り出そうとしながら近づいた。
「ーー来ないでっ!」
声を荒らげると同時に、右足がアルフレッドの顔目掛けて飛んできた。
「ッ!!」
咄嗟に腕で守ったが、ビリビリと痛む。素人と思えないぐらい彼女の蹴りは鋭い。
間髪入れずに間合いを取り、こちらの隙を伺っている。落ちた財布を拾い上げることも、何故こんなことをするのか問いかける余裕もない。
「そっちがその気なら」
話がちゃんと出来るぐらいにまで、落ち着かせるしかない。
ぐっ、と両足を踏み込む。地上ギリギリのラインで体をスクリューさせて風を集める。そして、その風を衝撃波に変え両腕に纏い、相手に向け一気にクロスさせるーー!
手刀から生み出された鋭いそれは、防ごうとした彼女の袖を切り裂く。僅かだが紅い花が咲いた。
「まだまだっ」
間髪入れずにもう一撃入れようとした腕を、簡単に絡めとられる。
「なっ……!」
その容姿からは想像できない力で掴まれる。
痛い、と言うよりーー熱い。
「うっ」
体を捻り相手の束縛から逃れる。
そこに目をやると、熱さを感じた箇所に火傷のような赤い跡が出来ていた。掴まれた形のまま。
「へぇ……やるじゃんっ!」
賛辞など耳に入るはずもなく、拳が腹部に飛んでくる。甘んじてそれを受けると同時に彼女の肩を掴み、その場で高く飛び上がりーー手刀で振り払いながら地面へ落とす。
普通の人間ならば、骨の数本は折れるぐらいの勢いはあった。けれど彼女は、苦い表情こそ浮かべるものの上体をすぐ起こした。
ただの女の子に見えるのに想像以上に手強く、思わず笑みが零れる。
このあとどんな行動に移るのか、どう攻めてくるのか。考えれば考えるほど、テリーと手合わせをした時のように心が弾み、ホワイトと対峙したときのように血が騒ぐ。
(もう少しだけ、拳を交わしたい……!)
そんな思考を彼女に気取られたか、戦いを長引かせまいと手のひらをこちらにかざした。
「もがき苦しめ」
言葉を紡ぐ。まるで歌うように。
その美しさと恐ろしさに息を飲んだその時。
どこからか現れた水が渦を巻き、一つの塊となってアルフレッドの頭部を包み込んだ。
(これはっ……!)
頭を振っても手で拭おうとしても、水は揺らぐばかり。それに気を取られている姿を見、彼女はよろめきながら近寄ってくる。
「貴方の主は誰?」
主なんかいない、と首を横に振った。
「そう、答えたくないのね。……命までは取らない。けど、貴方の記憶は消させてもらう」
苦しい。息ができない。
ぼんやりと景色が霞んでゆく中、先程のように言葉を紡ぎはじめた。意味は分からないが、ぞわぞわと体が震える。
ーー終わってしまう。話もまともにできないまま。
(嫌だ!!)
残っている力を振り絞って、走る。
その速さに彼女がたじろいだ時にはもう遅い。
思い切り膝で相手を打ち上げーー宙返りしながら少女の体を、衝撃波とともに何度も蹴り上げる。
(ウェーブライダー!!)
アルフレッドの持てる技の中で一番の威力の強いものだ。
突然のことで咄嗟にガードできず、少女は放り投げられた人形のように空高く浮かび、受け身を取ることもままならず地面に激しく叩きつけられた。
それと同時アルフレッドのに頭に纏わりついていた水がぺしゃりと地面に落ちた。言葉の効力が切れたようだ。
「はぁっ、はぁっ……あぁ」
片膝を付き、酸素を目一杯取り込む。
危なかった。もし受け流されたりでもされていたら確実に負けていた。
「……あっ、ううっ」
あれだけの衝撃を受けても少女が気を失ったのは数十秒。意識が戻るとすぐ目を見開き、アルフレッドを視界に捉える。しかし体は思うように動かず、悔しそうにうめき声を洩らしている。
「もう音を上げてるのかい? ……大したことないねえ、青い瞳のお嬢さん」
精一杯の虚勢。
もう音を上げているのも、大したことがないのも自分だ。けれどこちらに余裕があるように見せなければならない。
これ以上は、戦えない。
「あおい、ひとみ」
少女は目を丸くしてうわ言のように繰り返す。うそ、うそだ、と。
ぽろりとひと粒、涙が落ちる。
こちらを油断させる手段かと一瞬疑ったが、あっと言う間に子供のように泣きじゃくる姿に表も裏もないと感じ、そばへ駆け寄り抱き起こした。
「ごめっ、なさ……わたし、わたし」
謝罪の後に激しく咳き込む。
「そ、か……貴方、が」
伸ばされた手は優しくアルフレッドの頬を撫でた。
「わ、……たし、の、ステラ」
ステラ。「星」のことだ。
それだけ告げるとぷつりと糸が切れたように瞳が閉じた。体から力が抜け、手は勢いよく落ちた。熱が失われていく。
「……まずい!」
横向きに抱き上げ、自宅を目指して走り出した。
呼吸は整い、汗も引いた頃。
「あった」
昨日のことは夢でも幻でもないことを示す、古めかしい家とそれに色を添える花々。
そして、アルフレッドを待っていたかのように庭先に彼女は居た。
昨日は雨降りの夕方だったが、今は薄曇りの空の下。彼女の容姿がはっきり分かる。
シンプルなシャツの上に膝上まであるカーディガンを羽織り、ショートパンツからはすらりとした白い脚が見えている。グレー系の色の、毛先だけふわふわした髪。
顔の作りが自分たちとは違う。何処かーー違う国からやってきたのだろうか。
透き通る肌にほんのりとピンク色が浮かんでいる。
瞳は青く、いつか飛んだ空の色を思い出す。
(墜落したあの日の空も確か、あんな色だったな)
胸が締め付けられ、言葉を失う。
ただ見つめるだけのアルフレッドに気付いた少女は、歩み寄ることなく声を掛けてきた。
「こんにちは。やっぱり今日もここに来られたのね」
やっぱり今日も、という言葉に引っかかりを覚えたが、問いかける間もなく彼女は言葉を続ける。
「貴方は何者?」
「……俺はアルフレッド。冒険家志望で」
「誰に言われてここに来たの?」
「それは……君が、また明日お茶でもって言ったからで」
「どうして? だって、昨日よりしっかり掛けたはずなのにっ……!」
何かに脅えているかのように気が張りつめている。
きっと財布が無くて焦っているんだろう、早く渡してあげなきゃと袋から財布を取り出そうとしながら近づいた。
「ーー来ないでっ!」
声を荒らげると同時に、右足がアルフレッドの顔目掛けて飛んできた。
「ッ!!」
咄嗟に腕で守ったが、ビリビリと痛む。素人と思えないぐらい彼女の蹴りは鋭い。
間髪入れずに間合いを取り、こちらの隙を伺っている。落ちた財布を拾い上げることも、何故こんなことをするのか問いかける余裕もない。
「そっちがその気なら」
話がちゃんと出来るぐらいにまで、落ち着かせるしかない。
ぐっ、と両足を踏み込む。地上ギリギリのラインで体をスクリューさせて風を集める。そして、その風を衝撃波に変え両腕に纏い、相手に向け一気にクロスさせるーー!
手刀から生み出された鋭いそれは、防ごうとした彼女の袖を切り裂く。僅かだが紅い花が咲いた。
「まだまだっ」
間髪入れずにもう一撃入れようとした腕を、簡単に絡めとられる。
「なっ……!」
その容姿からは想像できない力で掴まれる。
痛い、と言うよりーー熱い。
「うっ」
体を捻り相手の束縛から逃れる。
そこに目をやると、熱さを感じた箇所に火傷のような赤い跡が出来ていた。掴まれた形のまま。
「へぇ……やるじゃんっ!」
賛辞など耳に入るはずもなく、拳が腹部に飛んでくる。甘んじてそれを受けると同時に彼女の肩を掴み、その場で高く飛び上がりーー手刀で振り払いながら地面へ落とす。
普通の人間ならば、骨の数本は折れるぐらいの勢いはあった。けれど彼女は、苦い表情こそ浮かべるものの上体をすぐ起こした。
ただの女の子に見えるのに想像以上に手強く、思わず笑みが零れる。
このあとどんな行動に移るのか、どう攻めてくるのか。考えれば考えるほど、テリーと手合わせをした時のように心が弾み、ホワイトと対峙したときのように血が騒ぐ。
(もう少しだけ、拳を交わしたい……!)
そんな思考を彼女に気取られたか、戦いを長引かせまいと手のひらをこちらにかざした。
「もがき苦しめ」
言葉を紡ぐ。まるで歌うように。
その美しさと恐ろしさに息を飲んだその時。
どこからか現れた水が渦を巻き、一つの塊となってアルフレッドの頭部を包み込んだ。
(これはっ……!)
頭を振っても手で拭おうとしても、水は揺らぐばかり。それに気を取られている姿を見、彼女はよろめきながら近寄ってくる。
「貴方の主は誰?」
主なんかいない、と首を横に振った。
「そう、答えたくないのね。……命までは取らない。けど、貴方の記憶は消させてもらう」
苦しい。息ができない。
ぼんやりと景色が霞んでゆく中、先程のように言葉を紡ぎはじめた。意味は分からないが、ぞわぞわと体が震える。
ーー終わってしまう。話もまともにできないまま。
(嫌だ!!)
残っている力を振り絞って、走る。
その速さに彼女がたじろいだ時にはもう遅い。
思い切り膝で相手を打ち上げーー宙返りしながら少女の体を、衝撃波とともに何度も蹴り上げる。
(ウェーブライダー!!)
アルフレッドの持てる技の中で一番の威力の強いものだ。
突然のことで咄嗟にガードできず、少女は放り投げられた人形のように空高く浮かび、受け身を取ることもままならず地面に激しく叩きつけられた。
それと同時アルフレッドのに頭に纏わりついていた水がぺしゃりと地面に落ちた。言葉の効力が切れたようだ。
「はぁっ、はぁっ……あぁ」
片膝を付き、酸素を目一杯取り込む。
危なかった。もし受け流されたりでもされていたら確実に負けていた。
「……あっ、ううっ」
あれだけの衝撃を受けても少女が気を失ったのは数十秒。意識が戻るとすぐ目を見開き、アルフレッドを視界に捉える。しかし体は思うように動かず、悔しそうにうめき声を洩らしている。
「もう音を上げてるのかい? ……大したことないねえ、青い瞳のお嬢さん」
精一杯の虚勢。
もう音を上げているのも、大したことがないのも自分だ。けれどこちらに余裕があるように見せなければならない。
これ以上は、戦えない。
「あおい、ひとみ」
少女は目を丸くしてうわ言のように繰り返す。うそ、うそだ、と。
ぽろりとひと粒、涙が落ちる。
こちらを油断させる手段かと一瞬疑ったが、あっと言う間に子供のように泣きじゃくる姿に表も裏もないと感じ、そばへ駆け寄り抱き起こした。
「ごめっ、なさ……わたし、わたし」
謝罪の後に激しく咳き込む。
「そ、か……貴方、が」
伸ばされた手は優しくアルフレッドの頬を撫でた。
「わ、……たし、の、ステラ」
ステラ。「星」のことだ。
それだけ告げるとぷつりと糸が切れたように瞳が閉じた。体から力が抜け、手は勢いよく落ちた。熱が失われていく。
「……まずい!」
横向きに抱き上げ、自宅を目指して走り出した。