審神者&特務司書inTwistedWonderland
マジカルシフト部は、ナイトレイブンカレッジでも人気のある運動部と言ってもいい。魔法を撃ち放ち、ゴールを決めた瞬間を見た観客の歓声を浴びるのは爽快だ。マジカルシフト大会となれば、各国の企業から声をかけられることもあり、就職でも有利になる。その点で考えれば、マジカルシフト部への入部希望者が年々増えていくのは、結果としては当然だろう。
サバナクロー寮のマジカルシフト練習場では、この日も練習に励んでいる生徒が大勢いた。肝心の部長であるレオナは、ベンチの上で寝転がって欠伸を一つしているが、それももう日常的なので誰も咎めようとはしない。
「……………おい」
ピクリ、とレオナの耳が動く。不機嫌そうな態度ではあるが、表情は切迫したものとなっている。
「レ、レオナさん………?」
「魔法障壁を張れるやつは使え!衝撃が来るから、それに備えろ!」
その指示通り、慌てて二年と三年は魔法障壁を張り、一年生はそこに入れさせてもらう形を取った。
レオナが予想した通りの衝撃波が訪れたのは、それから数分にも満たない後だった。何人かの魔法障壁は破られてしまったものの、幸いなことに負傷者は出なかった。
____………練習場に現れたのは、紫色や赤色の光を纏い剣のような武器を携えた怪物。またはそれを咥えている骨の生き物。ブロットを従えた奇怪な生物と、何かを叫ぶ男の形をした者。僅か二、三体ほどしかいないが、強敵であることが窺える。
「………テメェら、俺たちの縄張りに入るなんざどういう了見だ?」
怪物は答えない。というよりは、意思疎通が出来ていないようだ。レオナの質問も聞こえていないらしく、怪物らは叫ぶばかりだ。
「れ、レオナさん………コイツら、一体………」
「さぁな、俺も見たことがねぇ………」
「そんな………」
一年生のエペルを守っていたラギーが聞くが、レオナにも正体不明の化け物のようだ。禍々しさだけで言ってしまえば、オーバーブロットと大して変わらないだろう。
しかし、今目の前に存在しているそれは、オーバーブロットやファントムよりも厄介かもしれない。数名の魔法障壁を破った力を見ても、そう考えたレオナは思わず舌を打つ。
「いいかお前ら!攻撃しようなんて思うな!!」
これがいつもなら攻撃準備をするよう指示するレオナは、身を守る体勢に入れと命令した。どういうことだ、と慌てつつ魔法障壁を作り出す準備に取り掛かる。
(………来たか)
これも、半分はレオナの予想通り。ある一体の化け物の頭部に、一本の弓がグサリと刺さった。
「グギ、が………」
一本、また一本、と足と心臓部を貫けば、漸く化け物は倒れ込んだ。
「………あぁ良かった!マジフト部の皆は無事だね」
普段とは異なり、少々険しい表情のルークが、弓矢を手に現れた。ルークは挨拶も程々に、手慣れたスピードで弓を弾いていく。一体に三本ずつ、狙った箇所を正確に撃ち抜いていく。
全てが地に倒れると、練習場は漸く静けさを迎えた。レオナは狩人の手腕に、少々呆れながらも素直に尊敬した。それを表に出したり、口にすることは決してしないが。
「フン………遅かったじゃねぇか」
「手厳しいね、獅子の君 。これでも早い方さ」
「ル、ルークサン………どうしてここに……?」
「ムシュー・姫林檎!その理由は………」
「アタシが説明するわ」
「!ヴィルサン!」
ルークの後から、ヴィルが遅れてやって来る。その優雅な歩く姿を見た部員は、邪魔にならない様に避けていく。
「寮に帰る途中で変な化け物を見たのよ。それで、襲われそうになった所をルークに助けられたの」
「私も一度魔法で攻撃したのだけど、全く効かなくてね………今はこうして、弓を手にしているわけさ」
「な、なるほど………それでレオナサンは、攻撃しないようにって…………」
「あら、アンタ分かってたのね」
「…………嫌でも分かるだろ、アレは恐らく………」
そこまで言ってヴィルとルークは合点がいったのか、目を見開いた。理解出来ていないのはラギーとエペルを含めた多くの部員………つまり、寮長会議に参加しなかった者たちだ。
「………まさか、監督生に使われている結界と同じ………?」
「だろうな。さっきも何人かの魔法障壁が壊された………つまり、魔法なんざ使っても無意味だ」
「ま、待ってください………監督生くんとコイツらに何の関係があるんすか!?」
納得したように何度も頷く寮長と副寮長とは反対に、周りにいた部員は困惑で騒ぎ出す。唯一、レオナの隣にいたラギーが彼らの代弁だと言わんばかりに問い詰める。
…………隠しても仕方ない。レオナとヴィルは寮長会議の中で出てきた話を大雑把に話す。といっても、オンボロ寮に魔法を弾く力を持つ結界が張られているということだけだが。
「…………レオナ先輩ッッ!」
______………狼の遠吠えにも近しい鳴き声が、屋外であるはずの練習場に響く。
「レオナ先輩!!」
「………ジャックか、うるせぇな………」
「よかった………無事だったんすね…………」
「…………あ?」
ジャックの言葉に違和感を抱くレオナだが、その理由を聞く前に彼とは昔馴染みのヴィルが口を開く。
「アンタ、そんなに慌ててどうしたのよ?」
「!ヴィル先輩とルーク先輩!二人も、無事でよかった………!」
「ジャッククン、本当にどうしたの………?」
エペルは自分のために用意していたスポーツドリンクを飲んで落ち着くようにジャックに促すと、彼は事情を説明し始めた。
「…………俺は、陸上部もなかったから自主練としてグラウンドで走っていたんだが、そこで化け物が現れたんだ」
「ぐ、グラウンドにも!?それは、大丈夫だったの!?」
「あぁ………何か、剣みたいなものを持った奴らが出てきて………そいつらが全員倒してくれたんだが…………」
そこから先を話そうとしないジャックを、物珍しく思うものの、催促をすることはその場にいた全員がしなかった。皆がジャックの性格を知っているからだ。
「……………その後、そいつらにスカラビアの先輩たちが連れて行かれたんです」
「そ、それって、まさか………」
「はい…………カリム先輩とジャミル先輩です………」
誰もが息を呑み込む。それには構いもせず、ジャックは続ける。
「もしかしたら、他の寮長と副寮長も狙われるんじゃないか、って思って………」
「それで、レオナくんをはじめとした私たちを探しに来たんだね」
「はい………エースとデュースにも連絡したんすけど、一向に出なくて………」
「えっ、二人と連絡取れなかったの!?」
「あぁ…………セベクに至っては電源を切ってるんだか、繋がりもしねぇ………」
「何ですって?」
一方、周囲の部員は自分たちの寮長と副寮長に連絡しようと、スマートフォンを取り出す。
「は、ハーツラビュル………ローズハート寮長とクローバー副寮長の両名と連絡が取れません!」
「オクタヴィネルも同じく……………リーチ兄弟のどちらにも繋がりません!」
「いっ……イグニハイド…………イデア寮長どころか、オルトくんにも繋がりません………」
「あら、ディアソムニアの寮生はどうしたのかしら」
「…………!」
ヴィルの問いで、はたと気付く。言われてみれば、蛍光色の黄緑色の体操着を来た生徒は誰一人としていない。今日の部活も、補習やら急用やらで休むと連絡してきた者が矢鱈多かったと思う。
今から思い返すと、マレウスも何か重要そうなことを言っていなかっただろうか。
『お前たちは人の子らに対して何も感じなかったのか?』
それは、つまり。マレウスは、全てを知っているということではないのか。そういえば、リリアも似たようなことで、自分たちに忠告のようなことを言っていなかったか?
…………ならば、側近である二人を含めてしまえば、ディアソムニアの生徒は全員、何かしら知っているのではないか?
「まさか…………」
そこまで考えた時、レオナは生き物の気配を感じ取った。それは、エペルの背後で起き上がり、鞭の形に似たインクを振り回そうとする。
「エペル!」
「えっ?」
エペルが振り向く前に、鞭の先に付いた刃が首に触れる。だが、そのまま頭と胴体が分たれることはなく、代わりに化け物の鳩尾から刃の先端が顔を覗かせていた。化け物は呻きながら、消滅していく。まるで、存在を勝手に消されているかのように。
___………化け物を消したと思しき者の姿に、一同は再び騒ぎ始める。
ワインレッドの髪を束ねた、屈強な見た目をした、美しい男性が存在していたのだから。
さらに驚いたのは、突如として現れた彼以外の二人の男たちだ。
後ろから、黒いストールをかけた小洒落た男性が現れる。男性の後ろを、白いポンポンの付いた帽子を被った少年が追いかける。男性がレオナやヴィルくらいの背丈なのに比べて、少年はエレメンタリースクールの子どものように見える。
多彩な綺麗さを持つ三人に共通している点は、何処を切り取っても整った容姿に、片手に握られている殺傷の高そうな武器だ。
「そこの少年、怪我などは無いか?」
「え?あっ、はい………大丈夫です………」
「そうでしたか。それは安心だ」
まるで武人にも思える口ぶりでエペルに問うた男性は、胸を撫で下ろしながらエペルに微笑んだ。
「たげかっけぇ…………」
そこまで言うと、エペルははっとした表情で口元を覆う。我が寮の寮長の前で地元の言葉を使ってしまったのは勿論だが、眼前の武人への感嘆を聞かれてしまったことへの恥ずかしさの方が勝っていた。
「おや、そこの可憐な少年は津軽弁を話すのかい?」
「えっ!?」
黒いストールを首に巻いた男性が、話の中に割り込む。エペルの頭からは、恥じらいなど一切消え失せてしまっていた。
「貴君、見た目に似合わず豪快な人じゃないか!証人など関係なく気に入ってしまったよ!」
「え、えっと………」
どうしようか、と周囲を見渡すがエペルを助けようとする者はいなかった。というより、皆茫然としているのか、誰も反応していないようにも見える。そこに帽子を被った子どもがストップをかけたことで、エペルは何とかその場を逃れた。
「おい百閒!初対面の子に馴れ馴れしいぞ!」
「すまない三重吉、そして可憐な少年くん!」
「………テメェら、あいつらの………」
レオナが男たちから感じ取れたのは、ホワイトグレーやフレッシュピンクと同じ匂いだった。あの監督生との関係が少なからずあると睨んだのだ。
「おお!貴君のその耳は………」
黒いストールの男は、レオナの獅子の耳を捉えるとじっと見つめ始める。かと思えば、男は凛々しい表情を輝かせてレオナに向かって走り近付いた。恐れることもなく、男の手はレオナの顔を掴んだ。当然ながら、周囲はすぐに煩くなった。
「なっ、テメェ………っ!?」
「それはライオンの耳じゃないか!もっとよく見せてくれないかい!?」
「おい!………っ、やめろっ!」
「百閒!」
わしゃわしゃとレオナの頭を撫でようとする男の行動は、またもや隣に立っていたはずの子どもに止められた。エレメンタリースクールほどの子どもに叱られている大人の男、という少々滑稽な場面は、生徒らを惑わせるのに十分な要素だった。その彼らをよそに、武骨そうな男がレオナに対して一礼し謝罪する。
「謝罪ついでに、自分たちの目的について話しましょう」
ワインレッドの男は咳払いを一つする。そんな男の後ろでは、既に落ち着いた様子の二人が携帯端末を操作しながら、此方を見ていた。
「自分たちは、人探しをしております」
「人探し、っすか………?」
「あぁ、そうとも。だが半数以上は見つかって連行が完了したのだけれど………」
「! まさか………スカラビアの先輩たちも………!」
「スカラビア………あぁ!無頼派の子たちが連れて行った二人だね!」
「ハーツラビュル、オクタヴィネル、スカラビア、イグニハイドは全員連行済み………あとはポムフィオーレとサバナクローだけなんだぜ!」
「………は、?」
「何、ですって…………?」
レオナとヴィルには、冷や水を一気に浴びた気分だった。スカラビアの例が適用されるなら、自分たちと同じ立場である寮長と、副寮長が連れ去られたのも同じことなのだから。
「しかも、サバナクローとポムフィオーレにはそれぞれ最重要証人が一人いるからね………そうだ!折角なら君たちに聞いてもいいかな?
サバナクローのジャック・ハウル、ポムフィオーレのエペル・フェルミエという人物を知っているかな?」
「!」
名指しをされたジャックとエペルは当然ながら、レオナとヴィルも驚きを隠せなかった。自分の寮生が、まるで指名手配されているかのように名前を呼ばれてしまえば、動揺してしまうのも仕方ない。
レオナとヴィルの頭の中では、どうやって一年生を逃すか、ということだった。武人のようなワインレッドは勿論、ブラウンカラーの二人をどう騙すかも悩む。特にストールをかけた男は軽薄そうに見えて、様子を見ている限りでは頭の回転が早く感が鋭い。
「説明を忘れていましたな。自分たちの言う最重要証人とは、魔獣と共にこの学舎の生徒として登録されている者二名と、関わりのある人物のことを指します」
「なっ………それ、って…………!」
「まさか、監督生サンの………!?」
ジャックとエペルは、すぐに自分たちの一時的な肩書きの意味を理解したようだ。
ジャックは寮対抗マジカルシフト大会の事件を、エペルは学園祭内でのVDCの出来事を、それぞれ想起させる。
「………俺が、ジャック・ハウルです。俺で良ければ、どんな質問にも答える!………っあ、答え、ます………」
「ぼっ、僕がエペル・フェルミエです!監督生サンのことなら、僕も協力したいです!」
「おい、ジャック!」
「エペル!アンタ、何を………!」
寮長にもお構いなく、一年生二人は前に出る。一方で男は驚きつつ、「そうでしたか」とだけ呟いた。
「百閒殿」
「分かっているとも蜻蛉切くん。たった今、二人を見つけたことを報告したよ」
ヒャッケンと呼ばれたコーヒーカラーは、言いながらタブレット端末を操作する。子どもの方にも見えるように屈みながら、端末と生徒たちを見比べているようだ。
「残り四人だな………多分サバナクローは全員いるとして、ポムフィオーレはどうだろう………」
「しかし三重吉殿、ポムフィオーレの二名は学内で行われた大会に出場しております。故に、見つけるのは簡単かと」
「あぁ、VDCのことだね。確か寮長であるシェーンハイトくんは俳優だと聞いているよ」
「えっと………副寮長のハント、って人も出てたよな」
「!」
「………ヴィル」
男たちに聞こえないように、ルークはヴィルの耳元で囁く。その呼び掛けに答えるべく、彼もまた小声で返そうとする。
「相手は一年生だけではなく、私たちも狙っているようだ………ここは私が引き受けるから、毒の君 は先生たちを……」
「いえ、その必要は無いわ」
「ヴィル?」
ルークが静止をかけるのも構わず、ヴィルは三人の男たちの元へと歩み寄った。
「ねぇ。アタシとルークの名前が呼ばれた気がしたけれど、今回の件と関係あるのかしら?」
「然り。特にサバナクロー、ポムフィオーレはそれぞれ寮長がオーバーブロットなるものを引き起こしたと耳にしております」
「………そう。そのことを引き合いに出すのね」
「む?情報ではそのように聞いておりますが………」
「いえ、何でもないわ」
ヴィルは嫌味のつもりで言ってやったのだが、このワインレッドの武人には伝わらなかったらしい。「何か間違いがあっただろうか?」と小首を傾げたのが証拠だ。
「アンタたちの言う魔獣と一緒に生徒で登録されている二人………オンボロ寮の監督生のことでしょう?」
「………確かに、此方ではその名前で通っているね。美しい青年、やはり貴君がヴィル・シェーンハイトくんか」
青にも緑にも見える色が、ヴィルの姿を捉える。鋭い眼差しにも臆することなく、一つだけ返事をする。
「やはり、ということは私のことも知っているんだね」
「隣の紳士くん………君も映像で見たことがあるよ。副寮長のルーク・ハントくんだね」
「………ヴィルやエペルくんだけではなく、私も連行の対象なのかい?」
「勿論だとも。貴君もオンボロ寮に出入りしていることは、此方で調べが付いているからね。何より、ポムフィオーレとスカラビアは映像があるから、特定も容易いんだ」
帽子を被り直したヒャッケンという男性がそこまで言うと、ルークは少々納得したのか否か、質問事は疎か何も話さなくなった。
「アンタの知りたいことは知れた?」
「ウィ………後は君に任せよう」
「分かった…………アンタたちに従うわ。ただし、知っての通りアタシは芸能関係者で、ルークもエペルも大切な寮生なの。傷を付けることは許さないわよ」
「その点は心得ております故、御安心を」
その言葉に偽りが無いことを確認すると、ヴィルとルークはジャックとエペル同様、三人の男の元へ行く。
………その光景を、レオナとラギーはただ見ていることしか出来なかった。
「………それで、お前らはどうするんだ?」
馴れ馴れしくレオナたちに話しかけたのは、ミエキチと呼ばれていた子どもだ。
「そっちのライオンみたいな奴がレオナで………猫っぽい奴がラギー?なんだろ?」
「えっ!?お、俺!?」
「何惚けてんだよ?お前、マジフト大会の前にあった傷害事件の実行犯、なんだろ?」
「う………」
名前を呼ばれるとは思いもしなかったのか、ラギーは困惑する。しかし、その後に続いた質問で全てを理解出来たようだ。ようやく諦めたのか、ラギーは瞼を閉じた。
「…………分かりましたよ。俺も、アンタたちに付いて行くっス」
観念したような声色に、レオナが反対することは無かった。それどころか、近くに立っていたサバナクローの生徒に声をかけ始めた。
「おい、お前。俺たちのことを教師に伝えろ」
「え?り、寮長………?」
「その寮長命令だ。分かったか」
「う、うっす!!」
話を終えたらしいレオナは気怠そうに歩き出し、異色な服装の男たちの前に堂々と立つ。
「気は進まねぇが…………俺の疑いを晴らすならこうするしか方法はねぇからな。俺も、連行されてやる」
「流石レオナ殿、理解が早くて助かります」
筋肉質な男がレオナに対して一礼する。レオナ本人は多少驚きつつ、不遜な態度を崩すことはなかった。かといって不機嫌になることも無かった。
「………これで、証人は全員揃いましたな」
「あぁ…………後はオンボロ寮とやらで話を聞くだけだね」
「よし!じゃあお前ら、ちゃんと付いて来いよ!」
ミエキチという子どもに指示されるように、サバナクローとポムフィオーレの証人と呼ばれた者たちは、鏡舎へと向かっていった。
サバナクロー寮のマジカルシフト練習場では、この日も練習に励んでいる生徒が大勢いた。肝心の部長であるレオナは、ベンチの上で寝転がって欠伸を一つしているが、それももう日常的なので誰も咎めようとはしない。
「……………おい」
ピクリ、とレオナの耳が動く。不機嫌そうな態度ではあるが、表情は切迫したものとなっている。
「レ、レオナさん………?」
「魔法障壁を張れるやつは使え!衝撃が来るから、それに備えろ!」
その指示通り、慌てて二年と三年は魔法障壁を張り、一年生はそこに入れさせてもらう形を取った。
レオナが予想した通りの衝撃波が訪れたのは、それから数分にも満たない後だった。何人かの魔法障壁は破られてしまったものの、幸いなことに負傷者は出なかった。
____………練習場に現れたのは、紫色や赤色の光を纏い剣のような武器を携えた怪物。またはそれを咥えている骨の生き物。ブロットを従えた奇怪な生物と、何かを叫ぶ男の形をした者。僅か二、三体ほどしかいないが、強敵であることが窺える。
「………テメェら、俺たちの縄張りに入るなんざどういう了見だ?」
怪物は答えない。というよりは、意思疎通が出来ていないようだ。レオナの質問も聞こえていないらしく、怪物らは叫ぶばかりだ。
「れ、レオナさん………コイツら、一体………」
「さぁな、俺も見たことがねぇ………」
「そんな………」
一年生のエペルを守っていたラギーが聞くが、レオナにも正体不明の化け物のようだ。禍々しさだけで言ってしまえば、オーバーブロットと大して変わらないだろう。
しかし、今目の前に存在しているそれは、オーバーブロットやファントムよりも厄介かもしれない。数名の魔法障壁を破った力を見ても、そう考えたレオナは思わず舌を打つ。
「いいかお前ら!攻撃しようなんて思うな!!」
これがいつもなら攻撃準備をするよう指示するレオナは、身を守る体勢に入れと命令した。どういうことだ、と慌てつつ魔法障壁を作り出す準備に取り掛かる。
(………来たか)
これも、半分はレオナの予想通り。ある一体の化け物の頭部に、一本の弓がグサリと刺さった。
「グギ、が………」
一本、また一本、と足と心臓部を貫けば、漸く化け物は倒れ込んだ。
「………あぁ良かった!マジフト部の皆は無事だね」
普段とは異なり、少々険しい表情のルークが、弓矢を手に現れた。ルークは挨拶も程々に、手慣れたスピードで弓を弾いていく。一体に三本ずつ、狙った箇所を正確に撃ち抜いていく。
全てが地に倒れると、練習場は漸く静けさを迎えた。レオナは狩人の手腕に、少々呆れながらも素直に尊敬した。それを表に出したり、口にすることは決してしないが。
「フン………遅かったじゃねぇか」
「手厳しいね、
「ル、ルークサン………どうしてここに……?」
「ムシュー・姫林檎!その理由は………」
「アタシが説明するわ」
「!ヴィルサン!」
ルークの後から、ヴィルが遅れてやって来る。その優雅な歩く姿を見た部員は、邪魔にならない様に避けていく。
「寮に帰る途中で変な化け物を見たのよ。それで、襲われそうになった所をルークに助けられたの」
「私も一度魔法で攻撃したのだけど、全く効かなくてね………今はこうして、弓を手にしているわけさ」
「な、なるほど………それでレオナサンは、攻撃しないようにって…………」
「あら、アンタ分かってたのね」
「…………嫌でも分かるだろ、アレは恐らく………」
そこまで言ってヴィルとルークは合点がいったのか、目を見開いた。理解出来ていないのはラギーとエペルを含めた多くの部員………つまり、寮長会議に参加しなかった者たちだ。
「………まさか、監督生に使われている結界と同じ………?」
「だろうな。さっきも何人かの魔法障壁が壊された………つまり、魔法なんざ使っても無意味だ」
「ま、待ってください………監督生くんとコイツらに何の関係があるんすか!?」
納得したように何度も頷く寮長と副寮長とは反対に、周りにいた部員は困惑で騒ぎ出す。唯一、レオナの隣にいたラギーが彼らの代弁だと言わんばかりに問い詰める。
…………隠しても仕方ない。レオナとヴィルは寮長会議の中で出てきた話を大雑把に話す。といっても、オンボロ寮に魔法を弾く力を持つ結界が張られているということだけだが。
「…………レオナ先輩ッッ!」
______………狼の遠吠えにも近しい鳴き声が、屋外であるはずの練習場に響く。
「レオナ先輩!!」
「………ジャックか、うるせぇな………」
「よかった………無事だったんすね…………」
「…………あ?」
ジャックの言葉に違和感を抱くレオナだが、その理由を聞く前に彼とは昔馴染みのヴィルが口を開く。
「アンタ、そんなに慌ててどうしたのよ?」
「!ヴィル先輩とルーク先輩!二人も、無事でよかった………!」
「ジャッククン、本当にどうしたの………?」
エペルは自分のために用意していたスポーツドリンクを飲んで落ち着くようにジャックに促すと、彼は事情を説明し始めた。
「…………俺は、陸上部もなかったから自主練としてグラウンドで走っていたんだが、そこで化け物が現れたんだ」
「ぐ、グラウンドにも!?それは、大丈夫だったの!?」
「あぁ………何か、剣みたいなものを持った奴らが出てきて………そいつらが全員倒してくれたんだが…………」
そこから先を話そうとしないジャックを、物珍しく思うものの、催促をすることはその場にいた全員がしなかった。皆がジャックの性格を知っているからだ。
「……………その後、そいつらにスカラビアの先輩たちが連れて行かれたんです」
「そ、それって、まさか………」
「はい…………カリム先輩とジャミル先輩です………」
誰もが息を呑み込む。それには構いもせず、ジャックは続ける。
「もしかしたら、他の寮長と副寮長も狙われるんじゃないか、って思って………」
「それで、レオナくんをはじめとした私たちを探しに来たんだね」
「はい………エースとデュースにも連絡したんすけど、一向に出なくて………」
「えっ、二人と連絡取れなかったの!?」
「あぁ…………セベクに至っては電源を切ってるんだか、繋がりもしねぇ………」
「何ですって?」
一方、周囲の部員は自分たちの寮長と副寮長に連絡しようと、スマートフォンを取り出す。
「は、ハーツラビュル………ローズハート寮長とクローバー副寮長の両名と連絡が取れません!」
「オクタヴィネルも同じく……………リーチ兄弟のどちらにも繋がりません!」
「いっ……イグニハイド…………イデア寮長どころか、オルトくんにも繋がりません………」
「あら、ディアソムニアの寮生はどうしたのかしら」
「…………!」
ヴィルの問いで、はたと気付く。言われてみれば、蛍光色の黄緑色の体操着を来た生徒は誰一人としていない。今日の部活も、補習やら急用やらで休むと連絡してきた者が矢鱈多かったと思う。
今から思い返すと、マレウスも何か重要そうなことを言っていなかっただろうか。
『お前たちは人の子らに対して何も感じなかったのか?』
それは、つまり。マレウスは、全てを知っているということではないのか。そういえば、リリアも似たようなことで、自分たちに忠告のようなことを言っていなかったか?
…………ならば、側近である二人を含めてしまえば、ディアソムニアの生徒は全員、何かしら知っているのではないか?
「まさか…………」
そこまで考えた時、レオナは生き物の気配を感じ取った。それは、エペルの背後で起き上がり、鞭の形に似たインクを振り回そうとする。
「エペル!」
「えっ?」
エペルが振り向く前に、鞭の先に付いた刃が首に触れる。だが、そのまま頭と胴体が分たれることはなく、代わりに化け物の鳩尾から刃の先端が顔を覗かせていた。化け物は呻きながら、消滅していく。まるで、存在を勝手に消されているかのように。
___………化け物を消したと思しき者の姿に、一同は再び騒ぎ始める。
ワインレッドの髪を束ねた、屈強な見た目をした、美しい男性が存在していたのだから。
さらに驚いたのは、突如として現れた彼以外の二人の男たちだ。
後ろから、黒いストールをかけた小洒落た男性が現れる。男性の後ろを、白いポンポンの付いた帽子を被った少年が追いかける。男性がレオナやヴィルくらいの背丈なのに比べて、少年はエレメンタリースクールの子どものように見える。
多彩な綺麗さを持つ三人に共通している点は、何処を切り取っても整った容姿に、片手に握られている殺傷の高そうな武器だ。
「そこの少年、怪我などは無いか?」
「え?あっ、はい………大丈夫です………」
「そうでしたか。それは安心だ」
まるで武人にも思える口ぶりでエペルに問うた男性は、胸を撫で下ろしながらエペルに微笑んだ。
「たげかっけぇ…………」
そこまで言うと、エペルははっとした表情で口元を覆う。我が寮の寮長の前で地元の言葉を使ってしまったのは勿論だが、眼前の武人への感嘆を聞かれてしまったことへの恥ずかしさの方が勝っていた。
「おや、そこの可憐な少年は津軽弁を話すのかい?」
「えっ!?」
黒いストールを首に巻いた男性が、話の中に割り込む。エペルの頭からは、恥じらいなど一切消え失せてしまっていた。
「貴君、見た目に似合わず豪快な人じゃないか!証人など関係なく気に入ってしまったよ!」
「え、えっと………」
どうしようか、と周囲を見渡すがエペルを助けようとする者はいなかった。というより、皆茫然としているのか、誰も反応していないようにも見える。そこに帽子を被った子どもがストップをかけたことで、エペルは何とかその場を逃れた。
「おい百閒!初対面の子に馴れ馴れしいぞ!」
「すまない三重吉、そして可憐な少年くん!」
「………テメェら、あいつらの………」
レオナが男たちから感じ取れたのは、ホワイトグレーやフレッシュピンクと同じ匂いだった。あの監督生との関係が少なからずあると睨んだのだ。
「おお!貴君のその耳は………」
黒いストールの男は、レオナの獅子の耳を捉えるとじっと見つめ始める。かと思えば、男は凛々しい表情を輝かせてレオナに向かって走り近付いた。恐れることもなく、男の手はレオナの顔を掴んだ。当然ながら、周囲はすぐに煩くなった。
「なっ、テメェ………っ!?」
「それはライオンの耳じゃないか!もっとよく見せてくれないかい!?」
「おい!………っ、やめろっ!」
「百閒!」
わしゃわしゃとレオナの頭を撫でようとする男の行動は、またもや隣に立っていたはずの子どもに止められた。エレメンタリースクールほどの子どもに叱られている大人の男、という少々滑稽な場面は、生徒らを惑わせるのに十分な要素だった。その彼らをよそに、武骨そうな男がレオナに対して一礼し謝罪する。
「謝罪ついでに、自分たちの目的について話しましょう」
ワインレッドの男は咳払いを一つする。そんな男の後ろでは、既に落ち着いた様子の二人が携帯端末を操作しながら、此方を見ていた。
「自分たちは、人探しをしております」
「人探し、っすか………?」
「あぁ、そうとも。だが半数以上は見つかって連行が完了したのだけれど………」
「! まさか………スカラビアの先輩たちも………!」
「スカラビア………あぁ!無頼派の子たちが連れて行った二人だね!」
「ハーツラビュル、オクタヴィネル、スカラビア、イグニハイドは全員連行済み………あとはポムフィオーレとサバナクローだけなんだぜ!」
「………は、?」
「何、ですって…………?」
レオナとヴィルには、冷や水を一気に浴びた気分だった。スカラビアの例が適用されるなら、自分たちと同じ立場である寮長と、副寮長が連れ去られたのも同じことなのだから。
「しかも、サバナクローとポムフィオーレにはそれぞれ最重要証人が一人いるからね………そうだ!折角なら君たちに聞いてもいいかな?
サバナクローのジャック・ハウル、ポムフィオーレのエペル・フェルミエという人物を知っているかな?」
「!」
名指しをされたジャックとエペルは当然ながら、レオナとヴィルも驚きを隠せなかった。自分の寮生が、まるで指名手配されているかのように名前を呼ばれてしまえば、動揺してしまうのも仕方ない。
レオナとヴィルの頭の中では、どうやって一年生を逃すか、ということだった。武人のようなワインレッドは勿論、ブラウンカラーの二人をどう騙すかも悩む。特にストールをかけた男は軽薄そうに見えて、様子を見ている限りでは頭の回転が早く感が鋭い。
「説明を忘れていましたな。自分たちの言う最重要証人とは、魔獣と共にこの学舎の生徒として登録されている者二名と、関わりのある人物のことを指します」
「なっ………それ、って…………!」
「まさか、監督生サンの………!?」
ジャックとエペルは、すぐに自分たちの一時的な肩書きの意味を理解したようだ。
ジャックは寮対抗マジカルシフト大会の事件を、エペルは学園祭内でのVDCの出来事を、それぞれ想起させる。
「………俺が、ジャック・ハウルです。俺で良ければ、どんな質問にも答える!………っあ、答え、ます………」
「ぼっ、僕がエペル・フェルミエです!監督生サンのことなら、僕も協力したいです!」
「おい、ジャック!」
「エペル!アンタ、何を………!」
寮長にもお構いなく、一年生二人は前に出る。一方で男は驚きつつ、「そうでしたか」とだけ呟いた。
「百閒殿」
「分かっているとも蜻蛉切くん。たった今、二人を見つけたことを報告したよ」
ヒャッケンと呼ばれたコーヒーカラーは、言いながらタブレット端末を操作する。子どもの方にも見えるように屈みながら、端末と生徒たちを見比べているようだ。
「残り四人だな………多分サバナクローは全員いるとして、ポムフィオーレはどうだろう………」
「しかし三重吉殿、ポムフィオーレの二名は学内で行われた大会に出場しております。故に、見つけるのは簡単かと」
「あぁ、VDCのことだね。確か寮長であるシェーンハイトくんは俳優だと聞いているよ」
「えっと………副寮長のハント、って人も出てたよな」
「!」
「………ヴィル」
男たちに聞こえないように、ルークはヴィルの耳元で囁く。その呼び掛けに答えるべく、彼もまた小声で返そうとする。
「相手は一年生だけではなく、私たちも狙っているようだ………ここは私が引き受けるから、
「いえ、その必要は無いわ」
「ヴィル?」
ルークが静止をかけるのも構わず、ヴィルは三人の男たちの元へと歩み寄った。
「ねぇ。アタシとルークの名前が呼ばれた気がしたけれど、今回の件と関係あるのかしら?」
「然り。特にサバナクロー、ポムフィオーレはそれぞれ寮長がオーバーブロットなるものを引き起こしたと耳にしております」
「………そう。そのことを引き合いに出すのね」
「む?情報ではそのように聞いておりますが………」
「いえ、何でもないわ」
ヴィルは嫌味のつもりで言ってやったのだが、このワインレッドの武人には伝わらなかったらしい。「何か間違いがあっただろうか?」と小首を傾げたのが証拠だ。
「アンタたちの言う魔獣と一緒に生徒で登録されている二人………オンボロ寮の監督生のことでしょう?」
「………確かに、此方ではその名前で通っているね。美しい青年、やはり貴君がヴィル・シェーンハイトくんか」
青にも緑にも見える色が、ヴィルの姿を捉える。鋭い眼差しにも臆することなく、一つだけ返事をする。
「やはり、ということは私のことも知っているんだね」
「隣の紳士くん………君も映像で見たことがあるよ。副寮長のルーク・ハントくんだね」
「………ヴィルやエペルくんだけではなく、私も連行の対象なのかい?」
「勿論だとも。貴君もオンボロ寮に出入りしていることは、此方で調べが付いているからね。何より、ポムフィオーレとスカラビアは映像があるから、特定も容易いんだ」
帽子を被り直したヒャッケンという男性がそこまで言うと、ルークは少々納得したのか否か、質問事は疎か何も話さなくなった。
「アンタの知りたいことは知れた?」
「ウィ………後は君に任せよう」
「分かった…………アンタたちに従うわ。ただし、知っての通りアタシは芸能関係者で、ルークもエペルも大切な寮生なの。傷を付けることは許さないわよ」
「その点は心得ております故、御安心を」
その言葉に偽りが無いことを確認すると、ヴィルとルークはジャックとエペル同様、三人の男の元へ行く。
………その光景を、レオナとラギーはただ見ていることしか出来なかった。
「………それで、お前らはどうするんだ?」
馴れ馴れしくレオナたちに話しかけたのは、ミエキチと呼ばれていた子どもだ。
「そっちのライオンみたいな奴がレオナで………猫っぽい奴がラギー?なんだろ?」
「えっ!?お、俺!?」
「何惚けてんだよ?お前、マジフト大会の前にあった傷害事件の実行犯、なんだろ?」
「う………」
名前を呼ばれるとは思いもしなかったのか、ラギーは困惑する。しかし、その後に続いた質問で全てを理解出来たようだ。ようやく諦めたのか、ラギーは瞼を閉じた。
「…………分かりましたよ。俺も、アンタたちに付いて行くっス」
観念したような声色に、レオナが反対することは無かった。それどころか、近くに立っていたサバナクローの生徒に声をかけ始めた。
「おい、お前。俺たちのことを教師に伝えろ」
「え?り、寮長………?」
「その寮長命令だ。分かったか」
「う、うっす!!」
話を終えたらしいレオナは気怠そうに歩き出し、異色な服装の男たちの前に堂々と立つ。
「気は進まねぇが…………俺の疑いを晴らすならこうするしか方法はねぇからな。俺も、連行されてやる」
「流石レオナ殿、理解が早くて助かります」
筋肉質な男がレオナに対して一礼する。レオナ本人は多少驚きつつ、不遜な態度を崩すことはなかった。かといって不機嫌になることも無かった。
「………これで、証人は全員揃いましたな」
「あぁ…………後はオンボロ寮とやらで話を聞くだけだね」
「よし!じゃあお前ら、ちゃんと付いて来いよ!」
ミエキチという子どもに指示されるように、サバナクローとポムフィオーレの証人と呼ばれた者たちは、鏡舎へと向かっていった。