審神者&特務司書inTwistedWonderland
ボードゲーム部の部室の扉が勢い良く開かれる。それはもう、扉は破壊されてしまうのではと思うくらいに。蹴破る要領で開けられたであろうそれをしたのは、フロイドだった。オクタヴィネルの寮生に支えられながら、左腕を抑えていて苦しそうだ。ジェイドも同じくオクタヴィネル寮生に支えられており、彼もまた腹部を抑えている。
「ッア゛〜〜〜〜〜〜〜やっとアズールとホタルイカ先輩見つけた!!」
「ひっ!?フ、フロイド氏!?」
「何か、黒い奴らが襲って来てんの!魔法効かねーしさぁ」
「ここに来るまでに、僕もフロイドも奴らの攻撃を受けてしまい………」
「!」
ジェイドとフロイドに続いて、他にも怪我をしたオクタヴィネルやイグニハイドの生徒が部室に入る。アズールとイデアは急いで扉を閉めると、怪我人を床に寝かせた。
「オルト、二人の様子は?」
「ジェイド・リーチさんは腹部に刺し傷。フロイド・リーチさんは左腕に刺創を確認したよ!」
「どちらも切られて出来た傷ですか…………」
その後はオルトから簡単な処置や手当を受けて、完全とまでは行かないがジェイドとフロイドの容体は落ち着いた。他にも処置を施された生徒の中には、軽症で済んだ者は各寮長である二人に簡単な報告をしている。
オルトは状況の解析をイデアに指示されると、カレッジ内の現状を知らせる。
「敷地内に部外者の生体反応を多数確認。学園の魔法結界が破られた痕跡は確認出来ませんでした」
「………は?結界も破らずに侵入したとかマ?チートでは?」
「いえ、フロイドが言った通りあれには魔法が通じません。攻撃をしようにも、彼らの前で弾けて消えてしまうのです」
「あーそういう…………つまりは魔法結界も障壁も意味がないと………オルト、侵入者の人数は?」
「現在……………うわぁ!これ学園内の至るところから無限に現れていて、人数の把握も出来ないよ!0.5秒に一体ずつ増殖していってる!」
「はぁ!?何それ!?」
オルトの解析に驚いたのは、イデアだけではない。見たこともない、謎の生き物の事実には他の部員も騒めき始める。
…………そして突如、部室の扉が叩かれる。また誰か入ってくるのか、避難して来たならば開けなければと、アズールは扉を開けに歩き出した。しかしそれは半分まで来たところで止まる。
______…………ドンッッッ!!!
扉を強く叩く音とともに、廊下から聞こえてきたのは呻き声と壊れた言葉。
「サ゛…………にワぁ…………!!」
「し、しししょ、ある、あるけ、あるけみキヒヒヒヒヒヒヒ」
アズールは後退る。その表情には怯えの色が見え、身体は未知の恐怖で震えている。
だって、相手は魔法が通用しない。魔法攻撃の許可を下したところで、無駄にブロットを溜めるだけだ。教室には実践魔法の経験がない一年生に、フロイドやジェイドを始めとした怪我人が数人安静にしている。その多くは、もう戦いたくないと身を隠そうとしている。
「アズール氏、落ち着いて」
思考していたアズールの肩を優しく叩いたのは、イデアだった。
「…………イ、イデア………さ…………」
「アズール氏は召喚術の成績良いよね」
「え?は、はい………」
「なら大釜でも武器でも何でもいいから、それ出して攻撃して。出来る?」
「!そ、そうか…………物理攻撃なら、もしかしたら勝算があるかもしれませんね!」
落ち着きを取り戻したアズールは、胸元のマジカルペンを手に取る。普段のアズールに戻ったことを安心したイデアも、口角を上げる。
「召喚術が得意な方はご協力お願いします!学園を荒らす雑魚を懲らしめてやりましょう!」
「フヒヒッ…………いつものアズール氏で何よりっすわ〜」
「ではイデアさん、号令を」
「エッ、せせせ拙者!?そこはアズール氏がやるべきでは!?」
「貴方も寮長でしょう………それに、イデアさんは先輩、ですから」
「は〜〜〜面倒な後輩を持った…………まぁ、今回だけですぞ」
大きく深呼吸したイデアの表情が変わる。普段の態度からは考えられないだろうが、彼には寮長に選ばれるくらいの実力があることに変わりない。いつもなら出す機会のない張り上げた声が、室内に響く。
「……………き、緊急対処事態と認定。イグニハイド寮長の権限において、侵入者への攻撃魔法の使用を許可する…………!」
「オクタヴィネル、イグニハイドに同じ!」
召喚術を得意とする、無傷の生徒が返答してマジカルペンを構える。それと同時に教室の重い扉が開かれ、黒い生き物たちが現れる。
…………はず、だった。
「え…………」
「は?い、いない………?」
廊下には誰もおらず、どういうことだと動揺が広がる。イデアも「折角決めたのに恥ずいわ〜………」と場違いに呟く。何も無かっただけ良しとしよう、とアズールはマジカルペンを胸ポケットに戻そうとする。
「五体の生体反応、急速に接近」
「えっ」
オルトが言うも遅く、教室に五人の人物が現れる。姿や格好から見ても、学園関係者ではないことは確かだ。
…………眼鏡をした黒髪の少年、その少年に似た両目を前髪で隠した青年、派手な見た目に薄いピンク色の髪の青年。また、彼らとは変わった黒とショッキングピンクのスーツスタイルの青年、肩に鳥を乗せたおっとりとした青年。どれを取っても、『普通』とは言い難い美男子の集団がそこにいた。
最初に口を開いたのは、眼鏡の少年だ。
「そこの方、質問よろしいでしょうか」
「ひっ!?」
運が良いのか悪いのか、彼が話しかけたのはイデアだった。自分よりも幾分か身長が低いとはいえ、人見知りしやすいイデアには少々…………いや、かなり厳しかった。
「ここにいる者は皆、この学園の生徒で間違いありませんか?」
「………失礼、彼に代わって僕が答えます。そのことに関しては間違いありません」
「そうでしたか、それは良かった」
アズールが答えると、眼鏡の少年は安堵したようだ。しかしその表情は皆無のまま、一向に動く気配がない。
「ねぇ、ちょうどいいかもしれないよ独歩くん」
「おっと、そうだな。ここは灰色と青のベスト着てるやつ多いな〜…………ってことは、オクタヴィネル、とイグニハイドか」
自分たちの所属する寮の名前を当てられたことで、一瞬でも心臓がびくりと動く。
少年以外は、見た目だけなら明らかに教師陣に匹敵する、年上の男性だ。この学園には少しばかりやんちゃな者が多いが、結局はまだ未成年の生徒たちにとっては得体の知れない大人の存在と言える。
「なら、そこの君に質問しよう………って、あれ?」
肩に乗せた鳥とお揃いのスカーフを身につけている青年が、アズールの顔を見る。
「その髪に、眼鏡に、黒子の位置…………もしかして、オクタヴィネル寮長のアーシェングロットくん?」
「!」
「は…………?」
「嘘だろ……………?」
名指しをされたアズールは内心で驚き、濃淡はあれど同じピンク色の髪の青年二人はアズールを見ると顔を顰める。
「蘆花、さん………それ、本当…………?」
「村雲くん………うん、間違いないと思う。ねぇ、そうだよね?ベストと腕章の色もオクタヴィネルの色、だったっけ」
「ま、間違いはありません…………」
「ほらね」
「…………ッ!クソがッッ!!」
_____…………ドスッ!!
「ぐ…………ッ!」
「アズール!」
………薄いピンク色の方の、ムラクモと呼ばれた青年が、アズールに飛びかかる。かと思えば彼は拳を握り締めて、アズールの頬を殴った。そのまま後ろに倒れ込んだ衝撃で眼鏡は外れ落ちる。起き上がる前に、ムラクモはアズールの上に馬乗りになる。教室内の生徒は、誰も動き出そうとはしなかった。皆、揃って足は震え上がっている。
「うっ………」
「…………っ、はぁ、お前、が…………!!」
アズールの視界に入ったのは、見たこともない眼差しで自分を睨み付ける男性の顔。これはおそらく、殺意だ。この人は、ものの例えなどではなく、本気で自分を殺そうとしている。
「許さない…………許すかよ……………ッ!!!」
激昂しているのか、荒い呼吸のままアズールの首に手がかけられようとする。
「はい、そこまで〜」
「!」
暴走したムラクモを止めたのは、目を隠している男。軽く肩をポンと叩くと、ムラクモは男を睨み上げる。
「……桑さん…………なんで、とめるの……………」
「今はその時じゃないからだよ。それに、この子も大切なようぶ………じゃなかった証人の一人なんだから」
「……………」
「分かったら、ちゃんとごめんなさいってしようね」
「………う、ん……」
若干、此方が不安になるような話を交わしていた気もするが、ムラクモは言われた通りに謝罪した。
「うちの雲くんがごめんね。悪気は無いんだけどね〜」
彼の感情は、相変わらず前髪で目は見えないため、口元で判断するしかない。と、思って顔の下半分を見るが、その考えは間違いだったと分かる。確かに彼は口だけなら笑っていた。しかし、倒れ込んだままのアズールの前に座って放った言葉は優しそうに聞こえて、突き放すように冷たいトーンだった。
「君って、失いたくないほど、大切な人はいる?」
「…………え?」
「雲くんは今、その大切な人が攫われて焦ってるんだよ。分かってあげて、なんて言わないけど…………頭の隅には入れておいてほしいな」
「ま、待ってください!それ、って………」
アズールは、突如現れた美しい青年たちの本当の目的を半分ほど理解した。
…………おそらく、この者たちの『大切な人』というのは、オンボロ寮の監督生ではないのか?
「はいストップ」
監督生の名を言おうとしたアズールだが、それはショッキングピンクの青年に止められた。アズールの唇に、青年の人差し指が宛てがわれる。
「それは俺たちのだ。アンタらが気軽に呼んでいい名前じゃない」
分かったか、と念を押されてしまえば、アズールはただ一つ頷いた。
「さて、アンタがオクタヴィネルの寮長なら話は早い」
「………僕に、何を………」
「そう怖がんなって。そこの寮生にリーチ兄弟、って奴らいるんだろ?」
「…………………はい」
青年の問いに答えると、ジェイドとフロイドを呼びつける。多少落ち着いたのか、生徒の手を借りることなくアズールの横に並んだ。
「アズールだけではなく、僕たちにも御用がおありですか……」
「………何か気に入らねーけど、お前らが知りたいのって今の状況と関係あんでしょ?」
「流石フロイドくん、その通りだよ」
肩の上に止まっている鳥を撫でながら、穏やかな青年はフロイドの質問に答えた。
「………え、俺らの見分け付くの?」
「? もちろんだよ。君たち、双子って言っても顔全然違うし」
「ふーん………」
「ほう………」
それまで顔を顰めていたフロイドは口端を上げる。それはジェイドも同じようだった。
リーチ兄弟の違いは、髪型と瞳の色だけだと言われている。それを難なく見分けられた者は少ない。まして、それが得体の知れない、初対面の相手なら尚更だ。そんな彼らの正体を暴きたくなるのも不思議ではない。こんな状況でも楽しみを見つけられるのは、彼らの才能だろうか。
「………ちょっと気に入ったかも。オレ、連行?されるのいいよ」
「僕もフロイドと同意見です」
「なら話は早いな」
ピンク色の短い髪をふわりと揺らした男は、リーチ兄弟にも負けず劣らずのニヒルな表情を見せる。
「国木田さん。現時点でハーツラビュル、スカラビアの証人連行が完了したようです」
「おっ、籠手切、報告ありがとうな」
「………何だって?」
ハーツラビュルとスカラビアの証人、といった言葉に反応したアズールはゴクリと息を呑んだ。リドルとカリムまで連行していたのか、という驚きがあったからだ。
「こっちでオクタヴィネル捕獲成功したことは知らせておいてくれるか?」
「承知しました」
「あと報告無いのは………サバナクロー、ポムフィオーレ、イグニハイドかぁ」
「!」
前髪で目を隠した男が呟くように放った言葉に反応したのは、イデアだった。自身が寮長を務める寮の名前を出されたことによって、動揺してしまったのだろう。
「に、兄さん………どうしよう………」
「……………」
イデアの側にいたオルトは、悲しそうに兄のジャージの裾を握る。本当なら………いや、普通なら逃げ続けるのがイデアの性格だが、今回だけは違った。彼は恐れながら、彼らの前まで歩み寄った。
「ん?アンタは…………」
「ひっ………」
けれども、怖いものは怖い。だが、イデアの決意は硬いものであった。
「…………っ、イグニハイドの報告がない、と聞いたので………」
タブレット越しに、流暢に話し始めたイデアに驚く者はいなかった。おそらく、イデアの状態について、彼らは大凡のことは知っていたのだろう。
「…………僕は、イグニハイドの寮長だ」
「に、兄さん!?」
「おっ、ならイデア・シュラウドはアンタか」
「そ、そうだ。だから…………」
そこまで言うと、イデアはタブレットを下げる。機械越しから一転して肉声へ変わる。
「三人を連れて行くなら、僕も連れて行け」
周囲が騒めく。タブレットを介さず話し始めたことは当然ながら、自ら厄介そうな事態に向かうなどと言い出した。男たちは表情一つ変えずに、蒼い炎を見つめたままである。
「確かに、君の名前もリストに載っているね」
「ではイグニハイドはあと一人ですね」
「えーっと………もう一人は、オルト・シュラウドか」
「……………」
イデアは内心、やっぱりか、と思いながら息を吐いた。イデアの『弟』として、特例でナイトレイブンカレッジの生徒に登録されているオルト。イデアが呼ばれているということは、オルトもその対象に入っていてもおかしくない。分かっていたこととは言っても、目の前で行われている男たちの会話で現実を思い知った。
「アンタ、兄貴なんだろ?」
「………だ、だから何」
「また何処から奴らが来るか分からない…………その上、その弟は学園内の情報だの何だの持ってるんだろ?多分、アイツらが一番消したがってる存在だ」
「!」
「ということで、兄貴として弟はちゃんと守れよ………って、アンタの性格考えたら言う必要無かったかもな」
「………………」
エメラルドの瞳がイデアをじっと見つめる。青年の眼差しは自分とオルトに向けられており、それは見守るかのように、羨ましそうにも思えた。そしてイデアは、その感情を知っている。
…………おそらく、この男にも、下に家族が………………
「ひひっ………そんなの兄として当然ですな」
「ま〜それはそうとアンタが監督生とやらにした仕打ちは、子どもだからって許さねぇからな?」
「アッッスミマセンッッ!!!!」
燃える前髪に当てられた銃に、反射的に両手を上げてイデアは許しを乞うた。その場にいた殆どの生徒が、一連の流れを撮影していたことは述べるまでもない。
「ッア゛〜〜〜〜〜〜〜やっとアズールとホタルイカ先輩見つけた!!」
「ひっ!?フ、フロイド氏!?」
「何か、黒い奴らが襲って来てんの!魔法効かねーしさぁ」
「ここに来るまでに、僕もフロイドも奴らの攻撃を受けてしまい………」
「!」
ジェイドとフロイドに続いて、他にも怪我をしたオクタヴィネルやイグニハイドの生徒が部室に入る。アズールとイデアは急いで扉を閉めると、怪我人を床に寝かせた。
「オルト、二人の様子は?」
「ジェイド・リーチさんは腹部に刺し傷。フロイド・リーチさんは左腕に刺創を確認したよ!」
「どちらも切られて出来た傷ですか…………」
その後はオルトから簡単な処置や手当を受けて、完全とまでは行かないがジェイドとフロイドの容体は落ち着いた。他にも処置を施された生徒の中には、軽症で済んだ者は各寮長である二人に簡単な報告をしている。
オルトは状況の解析をイデアに指示されると、カレッジ内の現状を知らせる。
「敷地内に部外者の生体反応を多数確認。学園の魔法結界が破られた痕跡は確認出来ませんでした」
「………は?結界も破らずに侵入したとかマ?チートでは?」
「いえ、フロイドが言った通りあれには魔法が通じません。攻撃をしようにも、彼らの前で弾けて消えてしまうのです」
「あーそういう…………つまりは魔法結界も障壁も意味がないと………オルト、侵入者の人数は?」
「現在……………うわぁ!これ学園内の至るところから無限に現れていて、人数の把握も出来ないよ!0.5秒に一体ずつ増殖していってる!」
「はぁ!?何それ!?」
オルトの解析に驚いたのは、イデアだけではない。見たこともない、謎の生き物の事実には他の部員も騒めき始める。
…………そして突如、部室の扉が叩かれる。また誰か入ってくるのか、避難して来たならば開けなければと、アズールは扉を開けに歩き出した。しかしそれは半分まで来たところで止まる。
______…………ドンッッッ!!!
扉を強く叩く音とともに、廊下から聞こえてきたのは呻き声と壊れた言葉。
「サ゛…………にワぁ…………!!」
「し、しししょ、ある、あるけ、あるけみキヒヒヒヒヒヒヒ」
アズールは後退る。その表情には怯えの色が見え、身体は未知の恐怖で震えている。
だって、相手は魔法が通用しない。魔法攻撃の許可を下したところで、無駄にブロットを溜めるだけだ。教室には実践魔法の経験がない一年生に、フロイドやジェイドを始めとした怪我人が数人安静にしている。その多くは、もう戦いたくないと身を隠そうとしている。
「アズール氏、落ち着いて」
思考していたアズールの肩を優しく叩いたのは、イデアだった。
「…………イ、イデア………さ…………」
「アズール氏は召喚術の成績良いよね」
「え?は、はい………」
「なら大釜でも武器でも何でもいいから、それ出して攻撃して。出来る?」
「!そ、そうか…………物理攻撃なら、もしかしたら勝算があるかもしれませんね!」
落ち着きを取り戻したアズールは、胸元のマジカルペンを手に取る。普段のアズールに戻ったことを安心したイデアも、口角を上げる。
「召喚術が得意な方はご協力お願いします!学園を荒らす雑魚を懲らしめてやりましょう!」
「フヒヒッ…………いつものアズール氏で何よりっすわ〜」
「ではイデアさん、号令を」
「エッ、せせせ拙者!?そこはアズール氏がやるべきでは!?」
「貴方も寮長でしょう………それに、イデアさんは先輩、ですから」
「は〜〜〜面倒な後輩を持った…………まぁ、今回だけですぞ」
大きく深呼吸したイデアの表情が変わる。普段の態度からは考えられないだろうが、彼には寮長に選ばれるくらいの実力があることに変わりない。いつもなら出す機会のない張り上げた声が、室内に響く。
「……………き、緊急対処事態と認定。イグニハイド寮長の権限において、侵入者への攻撃魔法の使用を許可する…………!」
「オクタヴィネル、イグニハイドに同じ!」
召喚術を得意とする、無傷の生徒が返答してマジカルペンを構える。それと同時に教室の重い扉が開かれ、黒い生き物たちが現れる。
…………はず、だった。
「え…………」
「は?い、いない………?」
廊下には誰もおらず、どういうことだと動揺が広がる。イデアも「折角決めたのに恥ずいわ〜………」と場違いに呟く。何も無かっただけ良しとしよう、とアズールはマジカルペンを胸ポケットに戻そうとする。
「五体の生体反応、急速に接近」
「えっ」
オルトが言うも遅く、教室に五人の人物が現れる。姿や格好から見ても、学園関係者ではないことは確かだ。
…………眼鏡をした黒髪の少年、その少年に似た両目を前髪で隠した青年、派手な見た目に薄いピンク色の髪の青年。また、彼らとは変わった黒とショッキングピンクのスーツスタイルの青年、肩に鳥を乗せたおっとりとした青年。どれを取っても、『普通』とは言い難い美男子の集団がそこにいた。
最初に口を開いたのは、眼鏡の少年だ。
「そこの方、質問よろしいでしょうか」
「ひっ!?」
運が良いのか悪いのか、彼が話しかけたのはイデアだった。自分よりも幾分か身長が低いとはいえ、人見知りしやすいイデアには少々…………いや、かなり厳しかった。
「ここにいる者は皆、この学園の生徒で間違いありませんか?」
「………失礼、彼に代わって僕が答えます。そのことに関しては間違いありません」
「そうでしたか、それは良かった」
アズールが答えると、眼鏡の少年は安堵したようだ。しかしその表情は皆無のまま、一向に動く気配がない。
「ねぇ、ちょうどいいかもしれないよ独歩くん」
「おっと、そうだな。ここは灰色と青のベスト着てるやつ多いな〜…………ってことは、オクタヴィネル、とイグニハイドか」
自分たちの所属する寮の名前を当てられたことで、一瞬でも心臓がびくりと動く。
少年以外は、見た目だけなら明らかに教師陣に匹敵する、年上の男性だ。この学園には少しばかりやんちゃな者が多いが、結局はまだ未成年の生徒たちにとっては得体の知れない大人の存在と言える。
「なら、そこの君に質問しよう………って、あれ?」
肩に乗せた鳥とお揃いのスカーフを身につけている青年が、アズールの顔を見る。
「その髪に、眼鏡に、黒子の位置…………もしかして、オクタヴィネル寮長のアーシェングロットくん?」
「!」
「は…………?」
「嘘だろ……………?」
名指しをされたアズールは内心で驚き、濃淡はあれど同じピンク色の髪の青年二人はアズールを見ると顔を顰める。
「蘆花、さん………それ、本当…………?」
「村雲くん………うん、間違いないと思う。ねぇ、そうだよね?ベストと腕章の色もオクタヴィネルの色、だったっけ」
「ま、間違いはありません…………」
「ほらね」
「…………ッ!クソがッッ!!」
_____…………ドスッ!!
「ぐ…………ッ!」
「アズール!」
………薄いピンク色の方の、ムラクモと呼ばれた青年が、アズールに飛びかかる。かと思えば彼は拳を握り締めて、アズールの頬を殴った。そのまま後ろに倒れ込んだ衝撃で眼鏡は外れ落ちる。起き上がる前に、ムラクモはアズールの上に馬乗りになる。教室内の生徒は、誰も動き出そうとはしなかった。皆、揃って足は震え上がっている。
「うっ………」
「…………っ、はぁ、お前、が…………!!」
アズールの視界に入ったのは、見たこともない眼差しで自分を睨み付ける男性の顔。これはおそらく、殺意だ。この人は、ものの例えなどではなく、本気で自分を殺そうとしている。
「許さない…………許すかよ……………ッ!!!」
激昂しているのか、荒い呼吸のままアズールの首に手がかけられようとする。
「はい、そこまで〜」
「!」
暴走したムラクモを止めたのは、目を隠している男。軽く肩をポンと叩くと、ムラクモは男を睨み上げる。
「……桑さん…………なんで、とめるの……………」
「今はその時じゃないからだよ。それに、この子も大切なようぶ………じゃなかった証人の一人なんだから」
「……………」
「分かったら、ちゃんとごめんなさいってしようね」
「………う、ん……」
若干、此方が不安になるような話を交わしていた気もするが、ムラクモは言われた通りに謝罪した。
「うちの雲くんがごめんね。悪気は無いんだけどね〜」
彼の感情は、相変わらず前髪で目は見えないため、口元で判断するしかない。と、思って顔の下半分を見るが、その考えは間違いだったと分かる。確かに彼は口だけなら笑っていた。しかし、倒れ込んだままのアズールの前に座って放った言葉は優しそうに聞こえて、突き放すように冷たいトーンだった。
「君って、失いたくないほど、大切な人はいる?」
「…………え?」
「雲くんは今、その大切な人が攫われて焦ってるんだよ。分かってあげて、なんて言わないけど…………頭の隅には入れておいてほしいな」
「ま、待ってください!それ、って………」
アズールは、突如現れた美しい青年たちの本当の目的を半分ほど理解した。
…………おそらく、この者たちの『大切な人』というのは、オンボロ寮の監督生ではないのか?
「はいストップ」
監督生の名を言おうとしたアズールだが、それはショッキングピンクの青年に止められた。アズールの唇に、青年の人差し指が宛てがわれる。
「それは俺たちのだ。アンタらが気軽に呼んでいい名前じゃない」
分かったか、と念を押されてしまえば、アズールはただ一つ頷いた。
「さて、アンタがオクタヴィネルの寮長なら話は早い」
「………僕に、何を………」
「そう怖がんなって。そこの寮生にリーチ兄弟、って奴らいるんだろ?」
「…………………はい」
青年の問いに答えると、ジェイドとフロイドを呼びつける。多少落ち着いたのか、生徒の手を借りることなくアズールの横に並んだ。
「アズールだけではなく、僕たちにも御用がおありですか……」
「………何か気に入らねーけど、お前らが知りたいのって今の状況と関係あんでしょ?」
「流石フロイドくん、その通りだよ」
肩の上に止まっている鳥を撫でながら、穏やかな青年はフロイドの質問に答えた。
「………え、俺らの見分け付くの?」
「? もちろんだよ。君たち、双子って言っても顔全然違うし」
「ふーん………」
「ほう………」
それまで顔を顰めていたフロイドは口端を上げる。それはジェイドも同じようだった。
リーチ兄弟の違いは、髪型と瞳の色だけだと言われている。それを難なく見分けられた者は少ない。まして、それが得体の知れない、初対面の相手なら尚更だ。そんな彼らの正体を暴きたくなるのも不思議ではない。こんな状況でも楽しみを見つけられるのは、彼らの才能だろうか。
「………ちょっと気に入ったかも。オレ、連行?されるのいいよ」
「僕もフロイドと同意見です」
「なら話は早いな」
ピンク色の短い髪をふわりと揺らした男は、リーチ兄弟にも負けず劣らずのニヒルな表情を見せる。
「国木田さん。現時点でハーツラビュル、スカラビアの証人連行が完了したようです」
「おっ、籠手切、報告ありがとうな」
「………何だって?」
ハーツラビュルとスカラビアの証人、といった言葉に反応したアズールはゴクリと息を呑んだ。リドルとカリムまで連行していたのか、という驚きがあったからだ。
「こっちでオクタヴィネル捕獲成功したことは知らせておいてくれるか?」
「承知しました」
「あと報告無いのは………サバナクロー、ポムフィオーレ、イグニハイドかぁ」
「!」
前髪で目を隠した男が呟くように放った言葉に反応したのは、イデアだった。自身が寮長を務める寮の名前を出されたことによって、動揺してしまったのだろう。
「に、兄さん………どうしよう………」
「……………」
イデアの側にいたオルトは、悲しそうに兄のジャージの裾を握る。本当なら………いや、普通なら逃げ続けるのがイデアの性格だが、今回だけは違った。彼は恐れながら、彼らの前まで歩み寄った。
「ん?アンタは…………」
「ひっ………」
けれども、怖いものは怖い。だが、イデアの決意は硬いものであった。
「…………っ、イグニハイドの報告がない、と聞いたので………」
タブレット越しに、流暢に話し始めたイデアに驚く者はいなかった。おそらく、イデアの状態について、彼らは大凡のことは知っていたのだろう。
「…………僕は、イグニハイドの寮長だ」
「に、兄さん!?」
「おっ、ならイデア・シュラウドはアンタか」
「そ、そうだ。だから…………」
そこまで言うと、イデアはタブレットを下げる。機械越しから一転して肉声へ変わる。
「三人を連れて行くなら、僕も連れて行け」
周囲が騒めく。タブレットを介さず話し始めたことは当然ながら、自ら厄介そうな事態に向かうなどと言い出した。男たちは表情一つ変えずに、蒼い炎を見つめたままである。
「確かに、君の名前もリストに載っているね」
「ではイグニハイドはあと一人ですね」
「えーっと………もう一人は、オルト・シュラウドか」
「……………」
イデアは内心、やっぱりか、と思いながら息を吐いた。イデアの『弟』として、特例でナイトレイブンカレッジの生徒に登録されているオルト。イデアが呼ばれているということは、オルトもその対象に入っていてもおかしくない。分かっていたこととは言っても、目の前で行われている男たちの会話で現実を思い知った。
「アンタ、兄貴なんだろ?」
「………だ、だから何」
「また何処から奴らが来るか分からない…………その上、その弟は学園内の情報だの何だの持ってるんだろ?多分、アイツらが一番消したがってる存在だ」
「!」
「ということで、兄貴として弟はちゃんと守れよ………って、アンタの性格考えたら言う必要無かったかもな」
「………………」
エメラルドの瞳がイデアをじっと見つめる。青年の眼差しは自分とオルトに向けられており、それは見守るかのように、羨ましそうにも思えた。そしてイデアは、その感情を知っている。
…………おそらく、この男にも、下に家族が………………
「ひひっ………そんなの兄として当然ですな」
「ま〜それはそうとアンタが監督生とやらにした仕打ちは、子どもだからって許さねぇからな?」
「アッッスミマセンッッ!!!!」
燃える前髪に当てられた銃に、反射的に両手を上げてイデアは許しを乞うた。その場にいた殆どの生徒が、一連の流れを撮影していたことは述べるまでもない。