審神者&特務司書inTwistedWonderland
絨毯に乗り、グラウンドの様子を確認している褐色肌の少年たちがいた。ジャミルはカリムのスマホで周囲を撮影し、カリムの代わりにちょうど連絡してきたケイトのアカウントに動画とメッセージを送信する。
「ジャミル………コイツら、すごい早さで増えてる…………!」
「あぁ………幸いなことに、お前を狙っているわけではなさそうだ…………」
「サニ、サニワァァァァ………………!!」
剣に似た武器を振り回す存在は、『サニワ』という存在を。
「ししょ、ある、あるけ…………し……あるけ、みすと…………」
ブロットに塗れた存在は、『シショ』という存在を探しているようだ。
飛行術に優れた生徒は箒に乗って避難している。異質な存在であるそれには、自分たちが万能だと思っていた魔法が通用しない。攻撃なんて以ての外であり、逃げ惑う生徒と、避難を促す教師の姿だけがあった。
標的はカリムでも、ましてや自分でもないとなれば、彼らの目的は何だ?
明らかに普通の人間ではなく、かといって以前襲撃してきた『 S.T.Y.X. 』とも違う。サニワやシショ(こちらは司書だろうか)とやらのことは知らないが、危険な存在であることに変わりない。
先程から攻撃魔法を撃っている生徒は何人かいるものの、異様な者であるそれらは避けようともしない。どころか当たる直前になると、それらの前で弾けて消えてしまうのだ。
(……………ん?魔法が効かない……………?)
ジャミルはやはり、というかすぐに気付いた。似たような事態を、自分はつい一ヶ月前に聞いたことがなかったか?
そこまで思考して脳裏に浮かんできたのは、グレーホワイトとフレッシュピンクの二色。どの寮にも相応しくないと宣告され、ボロボロの屋敷に住まう二人の女性と見間違えそうな男子生徒だった。
(………まさか、サニワとシショって、監督生のことか……………?)
敵の不気味な攻撃を避けつつ、ジャミルは思考を巡らせる。どちらがサニワかシショなのかは不明だが、もしかしたら彼らを差し出せば、少しはこの騒動も落ち着くのでは無いだろうか。
(アイツらに恨みはない…………というか、俺の方が恨まれているだろうが………)
幸い、ジャミルは従者として多少の体術を心得ている。魔法が効かないなら、物理ならおそらく効果は多少あるに違いない。
さて、そうなればどうやってカリムを安全な場所に置いておくか、という疑問が浮かぶ。主人であるカリムに危害が及ばない可能性だって、無きにしもあらず。
「ジャミル!」
「!どうした、カリム!」
「な、なんか………アイツら、消えていってるんだ!」
「は…………?」
絨毯から顔を出してグラウンドを見下ろす。カリムの言う通り、骨やブロットの生き物たちは、何者かの攻撃を受けて消滅していった。
思わず息を飲み、その光景に目を奪われてしまう。ジャミルには、色素の薄い二人の美しい男性が、剣に似た武器で怪物に斬りかかっているように見えたのだから。
「猛き武士 の心をも慰むるは、歌なり………」
「……………いかがなものか」
灰色の長い髪を揺らした美丈夫と、銀色のような短い髪を揺らす美少年が、グラウンド上の異物を斬り倒していた。
気が付けば、その場を荒らしていた化け物は完全に消失していた。自分たちでは相手にもならなかった存在が、明らかに身の細い人たちの手によって倒されていた。あの細身の何処に、そんな力があるというのか。
カリムとジャミルは絨毯から降りる。もうグラウンドには異質な影が出てくることはなかった。代わりに、化け物を倒しただろう美しい男性がグラウンドを占有しているようにも見えた。
「片付きましたね。墨を纏し侵蝕者、とやらは初めて斬りましたが………詠む価値もありませんでしたね」
「古今、次の任務だ」
「おっと、任務を怠るのは主命に背くも同じ………」
…………よく見れば、コキンと呼ばれた灰色の美丈夫の眼は異質だった。本来なら白いはずの部分は黒く、黄色い目は怪しく光る。一瞬女性かと見間違える格好だが、冷たい口から発せられた低い声で男性であると分かる。
銀色の美少年にも同じようなことが言える。いっそ不健康過ぎるくらい、肌が白いのだ。こちらも、見た目だけならボーイッシュな女性かと勘違いしてしまいそうだ。
(…………明らかに、人間ではない………)
敵意こそ感じないが、あまり関わりたくない存在であることに変わりない。
「そこの方、お尋ねしたいことが御座います」
「ひっ!は、はい!」
コキンの方が声をかけたのは、ちょうど近くにいたスカラビア寮生だ。ジャミルの記憶が正しければ、彼は一年生だったはずだ。眼前に現れた美しくも異質な男の圧を食らって、畏怖してしまっているのだろう。
「貴方のその臙脂色………スカラビア、の寮の方ですね」
「………そ、う、ですが………」
「では、貴方の寮の長である寮長と副寮長のことは御存知のはず…………」
「そ、それは…………」
「隠し事は出来ないと思え………良いな?」
「ひっ!」
「地蔵、相手は子ども…………脅すような真似はいけませんよ」
ジゾウ、と呼ばれた少年の手が剣の持ち手に触れようとするのを、コキンがやんわりと止める。
………これは、不味い。そう思い始めたジャミルは、彼らの間に割って入って行く。念の為、話にも上がっていたカリムのことも守りつつ、ではあったが。
「…………失礼、俺が変わります」
「おや、貴方は………」
「スカラビア副寮長のジャミル・バイパーです」
とてもじゃないが、目線を合わせたいだなんて思えない相手だ。何より、相手は揃って武器を携帯している。魔法だって通じるかも分からないのだから、大人しく彼らの疑問に答えていくしか道はない。
「では、後ろの男は寮長で間違いないな」
「………はい」
カリムの代わりに、ジャミルが返事をする。ジゾウはそれに対して、そうかとだけ零した。
「貴方がたは、俺たちに何か御用が?」
「ええ、まずは確認ですが………貴方達二人は、魔獣と共に生徒として登録されている人物について、存じておりますか?」
「………やはり、アイツらのことか」
「古今はお前に質問している。答えよ」
「………はい、知っています」
…………何だか、先程からジゾウという男が自分に対して厳しいような気がする。名前を名乗った辺りから、異様に睨まれている感覚がある。ジャミルは思いつつ、愛想なく返した。
「それなら、わたくし達に付いてきてもらえますか?貴方がたを証人として、此方での監督生なる御人の話を聞きたいのです」
「ほう、証人か…………」
「監督生の話をすればいいんだろ?それくらいなら良いんじゃないか?」
「…………ああ、そうだな」
主人もこう言ってることだ。どうやら自分たちから話を聞きたいだけなのは、間違いないらしい。彼らの武器でもある剣のようなものを、此方に向ける素振りすら無いのが動かぬ証拠だ。
「分かりました。貴方達に付いて行きます」
「有難うございます」
コキンは表情こそ変化しないものの、声はどこか嬉しそうな色を見せた。
「では、あと少しで二名ほど増援が来ますので、それまでお待ちください」
「増援?お前達の他にもいるのか?」
「そうだ。彼らと合流したら、集合場所であるオンボロ寮へと向かう」
やはりその場所なのか、と予想出来るようになった。カリムとジャミルは他の生徒に遠巻きで見られながら、二人の美男子たちとともにグラウンドの真ん中で待機することとなる。特に話をするまでもなく………というよりは、コキンもジゾウもそれぞれ携帯端末を用いて誰かと連絡を取っていた。そのせいか、監督生との関係を上手く聞き出せずにいた。
増援とやらが来たのは、それから僅か十分前後のことだった。
後から来た二人の男性………此方もまた端整な顔立ちの男性だ。長い髪を編み込んで一本に纏めている洒落た中性的な男に、程良く体躯のある短髪の男。どちらも好青年と呼んでも構わない、美しい容姿をしている。美丈夫たちよりは人間らしい、とは思うが真意は果たしてどうなのか。
「自分らが証人?……ほぉ、何や美人さんでんなぁ」
中性的な男は、まぁワシには及ばへんけどな、と快活に笑う。見た目に少々そぐわない、独特な口調と性格の持ち主のようだ。
「お兄さんら、名前は何ちゅうん?」
「俺か?俺はカリム・アルアジームだ!そしてこっちが……」
「カリムの従者を務めています、ジャミル・バイパーです」
「ちゅうことは………スカラビア寮のお偉いさんか」
「………あの、俺たちのことをどこまで知っているんですか」
寮の名前だけではなく、腕章やベストの色まで分かっていた相手が、寮長と副寮長の名前が分からないなんてことは有り得ないだろう。最初の二人といい、態と名乗るように仕向けられているような感覚に陥る。
「それを聞いて、何になるんだ」
「え………?」
口を開いたのは体格の良い方の男だった。思わず其方を見ようとすると、男はジャミルの頭頂部を掴んだ。そのままジャミルの目線はグラウンドの地面へと向けられる。
「じ、ジャミル!」
「………お前が、そうか………そうなんだな…………」
男の手に力が入る。ジャミルは、このままでは頭部が砕けるのではないか、という刹那の恐怖を抱える。
周囲が騒がしくなったのが、嫌というほど耳に伝わってくる。
「…………『蛇のいざない 』」
「!」
「目を合わせた者を洗脳出来る、お前のユニーク魔法だったな」
ジャミル以外には聞こえないように、男はただ冷たく耳元で囁く。ユニーク魔法まで知る美男子たちの正体が、尚一層不可解になっていく。
………思い出したのは、アジーム家に仕えることが決まった日のことだった。無理矢理に頭を下げさせられた、あの日の記憶がジャミルの脳裏に浮かぶ。
「まぁまぁ!檀くん、その辺にしときや」
「織田作………」
「時間はたっぷりあるんやから、そないに急いで懲らしめんでもええやん?」
「……………………それも、そうだな………」
説得をされたのか、男はジャミルの頭から手を離した。
「勘違いすんなよ」
男はジャミルに背を向けて言い放つ。ユニーク魔法を警戒しているのか視線を合わせようとしないが、鋭い眼差しでジャミルを睨んでいるような錯覚を感じる。
「俺は、今すぐにでもお前のことを殴りたいし、殺したいんだよ」
男の蜂蜜色の瞳が、ジャミルだけを見つめていた。やはりというべきか、当然のように瞳には怒りの感情しか込められていない。
「でも、それだとアイツが悲しむかもしれないだろ?」
従者の身分であるジャミルは、男が自身と似たような身分なのだろうと考えた。おそらく、この男は監督生の従者のような立場にあるのだろう。そうでなくても、監督生を大切に思っていることが窺える。男の握り締められた拳が、今の感情を表しているかのようだ。
「では行くぞ。お前達も、あの方々を待たせるようなことをせず付いて来い」
スカラビアの二人はジゾウに睨まれながら、オンボロ寮へと向かった。その時のグラウンドは、スカラビア以外の寮生が、各々自分たちの寮長や副寮長との連絡を試みていた。
「…………」
「檀さん、お気持ちは分かりますが落ち着きましょう?」
「古今、さん………」
カリムとジャミルを挟むようにして歩く。先頭を行く洒落た美青年に銀色の美少年、織田作之助と地蔵行平。後ろには灰色の美丈夫と体躯の良い好青年、古今伝授の太刀と檀一雄。
檀は目の前で揺れている黒い髪が、憎しみの象徴にしか見えていない。
______…………当然だろう。俺と太宰、安吾、織田作………そして春夫先生を再会させてくれた大切な存在を、この男は粗雑に扱いやがったんだ。だったら多少、俺だって怒っても構わないだろう。
「それは後にしましょう」
「でも」
「わたくしも当然、彼らを許すことは致しません………主を貶める者あれば、この手を朱に染めることも吝かではありません」
古今の黒と黄金の眼が、前の二人の背中を見つめる。袖で口元を隠しているせいで表情の機微は不明だが、本当に面白くて笑っているわけではないことしか分からない。寧ろ、穏やかな殺意だけを感じ取っている。
「貴方がたも、司書さんがあのような卑劣な扱いを受けたことを許せないという気持ちはお察しします」
「………それなら、アンタらだって同じだろ?審神者のあの子が受けた仕打ちなんて………」
「良いのです」
今度は本当に微笑んでは、檀に向けて言い放った。
「何故なら………彼らには、命で償っていただきますから。だから、感情的になる必要も無いのです」
溜息を一つ吐き、檀は安堵する。この人も、自分と同じ考え方だったのか、という安心感だ。
「………聞いていたのと違って、意外と俗的なんだな」
「おや。貴方からそう言われるのは、嬉しく思いますね」
檀が差し出した拳に、古今の手も拳を作り上げて、返事だと言わんばかりに突き合わせた。
「ジャミル………コイツら、すごい早さで増えてる…………!」
「あぁ………幸いなことに、お前を狙っているわけではなさそうだ…………」
「サニ、サニワァァァァ………………!!」
剣に似た武器を振り回す存在は、『サニワ』という存在を。
「ししょ、ある、あるけ…………し……あるけ、みすと…………」
ブロットに塗れた存在は、『シショ』という存在を探しているようだ。
飛行術に優れた生徒は箒に乗って避難している。異質な存在であるそれには、自分たちが万能だと思っていた魔法が通用しない。攻撃なんて以ての外であり、逃げ惑う生徒と、避難を促す教師の姿だけがあった。
標的はカリムでも、ましてや自分でもないとなれば、彼らの目的は何だ?
明らかに普通の人間ではなく、かといって以前襲撃してきた『
先程から攻撃魔法を撃っている生徒は何人かいるものの、異様な者であるそれらは避けようともしない。どころか当たる直前になると、それらの前で弾けて消えてしまうのだ。
(……………ん?魔法が効かない……………?)
ジャミルはやはり、というかすぐに気付いた。似たような事態を、自分はつい一ヶ月前に聞いたことがなかったか?
そこまで思考して脳裏に浮かんできたのは、グレーホワイトとフレッシュピンクの二色。どの寮にも相応しくないと宣告され、ボロボロの屋敷に住まう二人の女性と見間違えそうな男子生徒だった。
(………まさか、サニワとシショって、監督生のことか……………?)
敵の不気味な攻撃を避けつつ、ジャミルは思考を巡らせる。どちらがサニワかシショなのかは不明だが、もしかしたら彼らを差し出せば、少しはこの騒動も落ち着くのでは無いだろうか。
(アイツらに恨みはない…………というか、俺の方が恨まれているだろうが………)
幸い、ジャミルは従者として多少の体術を心得ている。魔法が効かないなら、物理ならおそらく効果は多少あるに違いない。
さて、そうなればどうやってカリムを安全な場所に置いておくか、という疑問が浮かぶ。主人であるカリムに危害が及ばない可能性だって、無きにしもあらず。
「ジャミル!」
「!どうした、カリム!」
「な、なんか………アイツら、消えていってるんだ!」
「は…………?」
絨毯から顔を出してグラウンドを見下ろす。カリムの言う通り、骨やブロットの生き物たちは、何者かの攻撃を受けて消滅していった。
思わず息を飲み、その光景に目を奪われてしまう。ジャミルには、色素の薄い二人の美しい男性が、剣に似た武器で怪物に斬りかかっているように見えたのだから。
「猛き
「……………いかがなものか」
灰色の長い髪を揺らした美丈夫と、銀色のような短い髪を揺らす美少年が、グラウンド上の異物を斬り倒していた。
気が付けば、その場を荒らしていた化け物は完全に消失していた。自分たちでは相手にもならなかった存在が、明らかに身の細い人たちの手によって倒されていた。あの細身の何処に、そんな力があるというのか。
カリムとジャミルは絨毯から降りる。もうグラウンドには異質な影が出てくることはなかった。代わりに、化け物を倒しただろう美しい男性がグラウンドを占有しているようにも見えた。
「片付きましたね。墨を纏し侵蝕者、とやらは初めて斬りましたが………詠む価値もありませんでしたね」
「古今、次の任務だ」
「おっと、任務を怠るのは主命に背くも同じ………」
…………よく見れば、コキンと呼ばれた灰色の美丈夫の眼は異質だった。本来なら白いはずの部分は黒く、黄色い目は怪しく光る。一瞬女性かと見間違える格好だが、冷たい口から発せられた低い声で男性であると分かる。
銀色の美少年にも同じようなことが言える。いっそ不健康過ぎるくらい、肌が白いのだ。こちらも、見た目だけならボーイッシュな女性かと勘違いしてしまいそうだ。
(…………明らかに、人間ではない………)
敵意こそ感じないが、あまり関わりたくない存在であることに変わりない。
「そこの方、お尋ねしたいことが御座います」
「ひっ!は、はい!」
コキンの方が声をかけたのは、ちょうど近くにいたスカラビア寮生だ。ジャミルの記憶が正しければ、彼は一年生だったはずだ。眼前に現れた美しくも異質な男の圧を食らって、畏怖してしまっているのだろう。
「貴方のその臙脂色………スカラビア、の寮の方ですね」
「………そ、う、ですが………」
「では、貴方の寮の長である寮長と副寮長のことは御存知のはず…………」
「そ、それは…………」
「隠し事は出来ないと思え………良いな?」
「ひっ!」
「地蔵、相手は子ども…………脅すような真似はいけませんよ」
ジゾウ、と呼ばれた少年の手が剣の持ち手に触れようとするのを、コキンがやんわりと止める。
………これは、不味い。そう思い始めたジャミルは、彼らの間に割って入って行く。念の為、話にも上がっていたカリムのことも守りつつ、ではあったが。
「…………失礼、俺が変わります」
「おや、貴方は………」
「スカラビア副寮長のジャミル・バイパーです」
とてもじゃないが、目線を合わせたいだなんて思えない相手だ。何より、相手は揃って武器を携帯している。魔法だって通じるかも分からないのだから、大人しく彼らの疑問に答えていくしか道はない。
「では、後ろの男は寮長で間違いないな」
「………はい」
カリムの代わりに、ジャミルが返事をする。ジゾウはそれに対して、そうかとだけ零した。
「貴方がたは、俺たちに何か御用が?」
「ええ、まずは確認ですが………貴方達二人は、魔獣と共に生徒として登録されている人物について、存じておりますか?」
「………やはり、アイツらのことか」
「古今はお前に質問している。答えよ」
「………はい、知っています」
…………何だか、先程からジゾウという男が自分に対して厳しいような気がする。名前を名乗った辺りから、異様に睨まれている感覚がある。ジャミルは思いつつ、愛想なく返した。
「それなら、わたくし達に付いてきてもらえますか?貴方がたを証人として、此方での監督生なる御人の話を聞きたいのです」
「ほう、証人か…………」
「監督生の話をすればいいんだろ?それくらいなら良いんじゃないか?」
「…………ああ、そうだな」
主人もこう言ってることだ。どうやら自分たちから話を聞きたいだけなのは、間違いないらしい。彼らの武器でもある剣のようなものを、此方に向ける素振りすら無いのが動かぬ証拠だ。
「分かりました。貴方達に付いて行きます」
「有難うございます」
コキンは表情こそ変化しないものの、声はどこか嬉しそうな色を見せた。
「では、あと少しで二名ほど増援が来ますので、それまでお待ちください」
「増援?お前達の他にもいるのか?」
「そうだ。彼らと合流したら、集合場所であるオンボロ寮へと向かう」
やはりその場所なのか、と予想出来るようになった。カリムとジャミルは他の生徒に遠巻きで見られながら、二人の美男子たちとともにグラウンドの真ん中で待機することとなる。特に話をするまでもなく………というよりは、コキンもジゾウもそれぞれ携帯端末を用いて誰かと連絡を取っていた。そのせいか、監督生との関係を上手く聞き出せずにいた。
増援とやらが来たのは、それから僅か十分前後のことだった。
後から来た二人の男性………此方もまた端整な顔立ちの男性だ。長い髪を編み込んで一本に纏めている洒落た中性的な男に、程良く体躯のある短髪の男。どちらも好青年と呼んでも構わない、美しい容姿をしている。美丈夫たちよりは人間らしい、とは思うが真意は果たしてどうなのか。
「自分らが証人?……ほぉ、何や美人さんでんなぁ」
中性的な男は、まぁワシには及ばへんけどな、と快活に笑う。見た目に少々そぐわない、独特な口調と性格の持ち主のようだ。
「お兄さんら、名前は何ちゅうん?」
「俺か?俺はカリム・アルアジームだ!そしてこっちが……」
「カリムの従者を務めています、ジャミル・バイパーです」
「ちゅうことは………スカラビア寮のお偉いさんか」
「………あの、俺たちのことをどこまで知っているんですか」
寮の名前だけではなく、腕章やベストの色まで分かっていた相手が、寮長と副寮長の名前が分からないなんてことは有り得ないだろう。最初の二人といい、態と名乗るように仕向けられているような感覚に陥る。
「それを聞いて、何になるんだ」
「え………?」
口を開いたのは体格の良い方の男だった。思わず其方を見ようとすると、男はジャミルの頭頂部を掴んだ。そのままジャミルの目線はグラウンドの地面へと向けられる。
「じ、ジャミル!」
「………お前が、そうか………そうなんだな…………」
男の手に力が入る。ジャミルは、このままでは頭部が砕けるのではないか、という刹那の恐怖を抱える。
周囲が騒がしくなったのが、嫌というほど耳に伝わってくる。
「…………『
「!」
「目を合わせた者を洗脳出来る、お前のユニーク魔法だったな」
ジャミル以外には聞こえないように、男はただ冷たく耳元で囁く。ユニーク魔法まで知る美男子たちの正体が、尚一層不可解になっていく。
………思い出したのは、アジーム家に仕えることが決まった日のことだった。無理矢理に頭を下げさせられた、あの日の記憶がジャミルの脳裏に浮かぶ。
「まぁまぁ!檀くん、その辺にしときや」
「織田作………」
「時間はたっぷりあるんやから、そないに急いで懲らしめんでもええやん?」
「……………………それも、そうだな………」
説得をされたのか、男はジャミルの頭から手を離した。
「勘違いすんなよ」
男はジャミルに背を向けて言い放つ。ユニーク魔法を警戒しているのか視線を合わせようとしないが、鋭い眼差しでジャミルを睨んでいるような錯覚を感じる。
「俺は、今すぐにでもお前のことを殴りたいし、殺したいんだよ」
男の蜂蜜色の瞳が、ジャミルだけを見つめていた。やはりというべきか、当然のように瞳には怒りの感情しか込められていない。
「でも、それだとアイツが悲しむかもしれないだろ?」
従者の身分であるジャミルは、男が自身と似たような身分なのだろうと考えた。おそらく、この男は監督生の従者のような立場にあるのだろう。そうでなくても、監督生を大切に思っていることが窺える。男の握り締められた拳が、今の感情を表しているかのようだ。
「では行くぞ。お前達も、あの方々を待たせるようなことをせず付いて来い」
スカラビアの二人はジゾウに睨まれながら、オンボロ寮へと向かった。その時のグラウンドは、スカラビア以外の寮生が、各々自分たちの寮長や副寮長との連絡を試みていた。
「…………」
「檀さん、お気持ちは分かりますが落ち着きましょう?」
「古今、さん………」
カリムとジャミルを挟むようにして歩く。先頭を行く洒落た美青年に銀色の美少年、織田作之助と地蔵行平。後ろには灰色の美丈夫と体躯の良い好青年、古今伝授の太刀と檀一雄。
檀は目の前で揺れている黒い髪が、憎しみの象徴にしか見えていない。
______…………当然だろう。俺と太宰、安吾、織田作………そして春夫先生を再会させてくれた大切な存在を、この男は粗雑に扱いやがったんだ。だったら多少、俺だって怒っても構わないだろう。
「それは後にしましょう」
「でも」
「わたくしも当然、彼らを許すことは致しません………主を貶める者あれば、この手を朱に染めることも吝かではありません」
古今の黒と黄金の眼が、前の二人の背中を見つめる。袖で口元を隠しているせいで表情の機微は不明だが、本当に面白くて笑っているわけではないことしか分からない。寧ろ、穏やかな殺意だけを感じ取っている。
「貴方がたも、司書さんがあのような卑劣な扱いを受けたことを許せないという気持ちはお察しします」
「………それなら、アンタらだって同じだろ?審神者のあの子が受けた仕打ちなんて………」
「良いのです」
今度は本当に微笑んでは、檀に向けて言い放った。
「何故なら………彼らには、命で償っていただきますから。だから、感情的になる必要も無いのです」
溜息を一つ吐き、檀は安堵する。この人も、自分と同じ考え方だったのか、という安心感だ。
「………聞いていたのと違って、意外と俗的なんだな」
「おや。貴方からそう言われるのは、嬉しく思いますね」
檀が差し出した拳に、古今の手も拳を作り上げて、返事だと言わんばかりに突き合わせた。