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審神者&特務司書inTwistedWonderland

神々様との御約束
それは如何なる事があっても、守らねばいけません。

我々のことは、話してはなりません。
我々のことを、忘れてはなりません。

拐かしたものを、許してはなりません。
惑わせるものを、信じてはなりません。

されど、生きる人には、限界と呼ばれるものがございますでしょう。
ならば、我々がその限界を壊してみせましょう。

貴女様の全ては、我々が握っている。
自分たちは、怒りだけで言も筆も動かせる。

貴女様を貶める者あれば、悦んでこの手を朱に染めよう。
自分は良くも悪くも、独占の欲が激しく強き者にございますから、貴女様の笑みから涙までも、絵画にしたいのです。
貴女様の想いも、表情も、肉体も、全ては自分にとっての国宝と言って差支えありません。

珠玉より美しく、価値の有無を問う必要性を感じない、可憐でいて硬くある宝石を守ろうとするのは当然の思考回路です。

どうか、神々様のお導きを
どうか、我々の救いの手を

どうか、希望が届くときまで


ゆっくりと、お休みなさい




エースとデュースは、メインストリートの石像の近くに立っていた。グリムと監督生が登校するのを待っているのだ。
…………しかし、この日だけは何分経っても監督生とグリムの姿は見えない。先に行ってしまったのか?と疑問に思ったが、その可能性は低いと判断した。メインストリートの石像前で待ち合わせ、という約束をしていたのだから。監督生とグリムが正式に生徒として認められた翌日から、それは決して破られることが無かったのだ。
「……………遅いな。監督生も、グリムも………」
「寝坊とかじゃね?」
「グリムはともかく、監督生が寝坊なんて考えられないが…………」
デュースの言葉に、エースは同意して「確かに」と呟く。
この日は一限目から、担任であるクルーウェルの授業があるため、遅刻なんて出来ない。オンボロ寮まで行った方が良いのではないか、と思考していると、見慣れた黒い毛玉が二人の元へ向かって来ているのが見えた。その正体は、「ふなぁぁぁ!!」と叫びながら泣いているグリムだった。
「エースゥゥゥゥ!デュースゥゥゥゥ!」
「うおっ!?グリム!?」
「こ、子分が…………子分がぁぁぁ…………!!」
「か、監督生が………どうかしたのか…………!?」
グズグズと泣くグリムを見て、行き交う学生が何事かと二人と一匹に目を向ける。

「子分が、起きないんだゾ…………!!!」


「…………はぁ?」
エースは呆れたように漏らしたが、内心では焦っていた。
自分が寮を追い出された翌日の朝、早く起きてまで朝食を作ってくれていた監督生が、この時間まで起きないなんて有り得ない。ミソとダシで作ったというスープの味を、未だに忘れられていないのが証拠だ。
学園内の食堂でも朝食は出されるというのに、態々早起きして人数分の食事を作っている話を、エースとデュースは聞いていた。登校時にグリムが、その日に食べたものを言うものだから、覚えていたのだ。
「エース」
何故だ、と頭を動かしていたエースの名前を、デュースが呼ぶ。その目はまるで、何かを決意した時のように硬いものだった。
「僕は、このことを寮長と先生に報告しに行く」
「…………は、お前、何言って………」
「だから、お前はオンボロ寮に向かってくれ。監督生を見ていてくれないか?」
そこまで聞いて納得した。自分が伝えに行くよりは、陸上部であるデュースの方が報告に行った方が早い。この時ばかりは、コイツがマブで良かったと、心からそう思った。
「………あ〜ハイハイ、行くっての!!」
「ああ、グリムはどうする?」
「………お、俺様は、デュースと一緒に行くんだゾ……………子分に何があったか、言わなきゃなんだゾ………!!」
目を擦りながらデュースの足に抱きつくグリム。それを咎めることはなく、デュースはエースに別れを告げて校舎へと走って行った。同時に、エースは反対方向にあるオンボロ寮に続く道を駆け抜けていった。


エースがオンボロ寮監督生の部屋で見た光景は、忘れられないものだろう。部屋のベッドで穏やかに眠る、二人の監督生がそこにいた。

…………そう、監督生とは、二人いる。

グレーホワイトとフレッシュピンクの髪が、今はそれぞれの枕の上で散らばっている。眠る監督生に触れようと、エースはベッドまで近寄ろうとする。

_____……………バチッッッ!!

「っ、いっっ………てぇ!?」
起こそうと思い、出した右手に電撃が走った。
「んだよコレ、魔法障壁……じゃなさそうだけど……」
魔法障壁に、攻撃の効果は無い。あくまで、守るものとしての役割を果たすための魔法だ。エースはまだ一年生ではあるが、そのくらいの知識だけは持っている。それに、監督生には魔法を使うことが出来ない。では、この見えない壁を作り上げたのは、一体誰なのか。

その答えが出る前に、デュースとグリムに連れられたリドル、トレイ、ケイトがオンボロ寮へと入ってきた。
「………っリドル先輩!アンタなら、監督生に近付けると思うんだけど!」
「それは……どういうことだい?」
「俺、近付こうとしたら壁みたいなのに邪魔されて…………ほら、コレが証拠!」
そう言って、エースは先程電気を当てられた右手を見せる。その手からは焼け焦げた匂いと、火傷の跡が残っていた。
「!すぐに氷水か何かで冷やそう」
応急処置をとるため、グリムとハーツラビュルは一階の談話室へ降りた。ひとまず何が起こっているのか、という確認とともに、談話室を借りて話し合おうとしたのだが。

「…………何故、あなたがここにいるのでしょうか」
「草食動物共が起きねぇって聞いたんだよ」
「す、すまないエース………途中でジャックに会って………」
「あー…………そういうこと」
玄関には、サバナクローの寮長であるレオナとジャックが立っていた。デュースとグリムがリドル達を呼びに行く途中、彼らは廊下で同級生のジャックと出会っていた。普段からは考えられない様子で焦っていたデュースに気付いたジャックは、何事かと呼び止めて事情を聞いたのだった。
「何だか焦げ臭ぇな……………ってエース!お前、その手…………!」
「え?………ってあぁ、これね………いやさぁ、寝てる監督生に近付こうとしたら壁?みたいなので弾かれて……」
「あ?壁?」
「詳しい話は談話室でしよう。エースの手当てもしなくてはいけないからね」
リドルの提案に、ハーツラビュルの四人は「はい、寮長」と返事をする。同時に、ジャックも「分かりました」と返答した。レオナは返事こそしなかったものの、欠伸をしながら渋々と談話室へと入って行った。

「………それで、一体何があったのか、説明してくれるかい?グリム」
「わ、分かった、なんだゾ…………」
落ち着きを取り戻していたグリムは、トレイに抱えられながらぽつりぽつりと話し始める。
「お、俺様、いつもは子分に起こされるのに………学園に行く時間になっても、起きなくて………」
「それで起こしに行ったのか」
「で、でも………っ、イヤな感じがして、それで、エースとデュースに知らせないと……って………」
所々で鳴きながらも説明していくグリム。だがもう限界が来てしまったのか、トレイに抱き着いては「ふなぁ~~~~~!」と泣き喚き始めた。
「こっ……子分は、このまま起きないのか………?」
「ばっ、馬鹿言うなよ!そんなの………っ」
あるわけがない、と言い切れなかった。触れようとして、跳ね返されたわけでもなく手に焼けるような痛みを与えられて。エースは火傷した手に乗せられた、氷水の入った袋を見ながら、悔しそうに下唇を噛んだ。
「………ところで、テメェの言っていた壁、ってやつは何だ?魔法障壁とは違うのか?」
誰もが口を開かない中、レオナがエースを問い質した。
「え、まぁ…………普通の魔法障壁って、攻撃とかしないっしょ?でも、俺が手を伸ばしたら、こう、なって…………」
「なるほどねぇ。エースちゃんの言う通り、魔法障壁はあくまで自分の身を守るための壁だからね」
「結界、とは違うんすか」
「魔法結界にも攻撃するような効果は無い。この学園を守る結界も、跳ね返すことはあっても危害は与えないからな」
「…………そういう事だ。だからカイワレ大根の所は結界ごと破ったんだろう」
「そ、そう、ですね…………」
苦虫を噛み潰したような顔をしたレオナに続くように、リドルが困惑の表情を見せる。以前、学園を襲撃した嘆きの島の者たちのことを思い出してしまったからだ。
「…………おい、お前ら。行くぞ」
「レオナ?どこに行くんだ?」
トレイの質問に答えるレオナは、いつも通り余裕そうな態度で言い放った。しかし、彼の尻尾は逆立っていた。
「決まってんだろ、草食動物の部屋だ」


廃墟同然だった寮は、『S.T.Y.X.ステュークス』の襲撃を受けてから綺麗な屋敷へと姿を変えていた。
二人はベッドが二つある部屋で寝ているらしく、同じ部屋のシングルベッドに各々眠っていた。今では掃除に使える魔法を習得しているグリムや、親友以上の関係でもあるエースとデュースの魔法による協力もあり、今はもうオンボロ寮とは言えないくらいだ。
「…………本当に、眠っているんだな………」
ジャックの言う通りで、二人の監督生は瞼を硬く閉じて眠っていた。
「…………………」
「レオナ先輩?」
ジャックが名前を呼ぶ前に、当の本人であるレオナは監督生の眠るベッドに近付こうとする。
その前に、レオナの差し出した手が焦げ始めた。レオナは手を引っ込めることはなく、監督生に向けて手を伸ばそうとする。それでも尚、謎の見えない壁はレオナの手を焦がしていく。それどころか、肌にひび割れのような痕跡が刻まれていく。
「それ以上はやめてください!レオナ先輩!」
リドルの叫びに近い言葉で、レオナは漸く手を引っ込めた。伸ばしていた手を見ると、手首までかけて、火傷やひび割れのような跡が新鮮な状態で残っていた。
「…………やっぱり、この壁は…………」
「な、何か分かったの!?」
焦ったようなケイトの声に対して、レオナの声は不機嫌そうだ。それはまるで、身を粉に…………ではなく砂にしたにも関わらず、真実も得られなかった時の反応だ。
「魔法なんて生温いものなんかじゃねぇ。この壁は、魔法なんかよりも悍ましい、得体の知れない力だ」

今回のことは緊急事態で、学園の揉め事に関わる事態だ。
そう宣告したレオナの眼差しは本物だ。リドルもそのことは当然理解している。しかし、その意図は分からなかった。それでも、彼はこれから起こる出来事を通じて、嫌と言うほど思い知ることになるだろう。


「………………ではこれより、緊急の寮長、副寮長会議を始めます」
クロウリーの一声によって、会議室の空気は硬くなる。今回は事情が事情なだけに、寮長はもとより副寮長まで集められていた。何と言っても、普段はタブレットで参加しているイデアが生身に寮服を着込み、あのマレウスがリリアと共に参加しているくらいだ。
「話はリドルとレオナから聞いているわ。それで、今の様子は?」
「監督生コンビなら、今オンボロ寮で眠ったままですな。周辺に監視カメラとか設置しておいたんで、不審な動きを察知したら即通知が行くようにも設定済みなんで」
「先程イデアさんから配られたこの機器が知らせてくれる、ということですね」
ジェイドの手には小さなリモコンが握られている。元々学園内のあちこちに取り付けられていた監視カメラの一部をオンボロ寮周辺に変えたので、その画面にもし怪しげな影が映り込めば各寮に通達が行くようになっている。事の次第を聞いたイデアが、即席で作り上げた無線機のようなものだ。
「うん、それで監督生コンビは守れるはず。まぁ、でも、男子校で間違いなんて起きないでしょ」
「そうですね。監督生さん達は確かに女性と勘違いしそうな見た目などをしていますから…………」
「…………………」
イデアとアズールの会話に同意するように、その場にいた全員が頷いた。唯一顔を顰めたのは、ディアソムニア寮長であるマレウスだけだった。
「そもそも、あの草食動物どもからは女の匂いはしないぞ」
「ええ。多少のメイクを施しているくらいね」
「そこは不幸中の幸いだったな!」
もし監督生が女性だったら、なんて考えてしまえばキリがない。
ツイステッドワンダーランドの男性が最初に教わるのは、『女性を大切にする方法』なのだ。子を自らの腹の中で育て、面倒を見る母親となれる女性は偉大な存在である。という常識が、この世界の男性には植え付けられている。
そこからは何もなく、寮長・副寮長会議は進む。この後に、イデアが開発設計した防犯機械の説明が続いた。
「…………なぁ、とりあえずオンボロ寮に行って、アイツらを起こしにいかないか?」
カリムの提案に賛同の声が上がる。ついでに様子を見に行ってやろう、という意味でもある。
「無理だろう」
「ああ、無理だな」
「えっ!?」
しかし、リドルとレオナだけは反対した。
「今回ばかりはイデア先輩の防犯カメラの機械に一任するべきだ。ボクたちの手では、そう簡単に解決出来ない事態です」
「テメェらも、オンボロ寮に行くことも止めておくべきだ。死にたい、ってんなら話は別だがな」
二人の顔は何処か浮かないものへと変わり、その場の空気が重くなっていく。
「…………それは、君のその怪我と関係があるのかな?」
「け、怪我……?レオナ、怪我してるのか!?」
「ふむ、確かに先程から気になってはいたが…………お主、その右手はどうしたんじゃ?」
「チッ…………やっぱり気付いていやがったか………」
ルークの指摘に舌を打ったレオナは、右の手袋を外して見せびらかした。オンボロ寮で起きた出来事と並行して、レオナは自身の右手について語る。リドルも同じく、エースが怪我をしたことを話す。その怪我が、監督生と自分たちを阻むような見えない壁によって付けられたものだということも報告した。
「ま、待ってください!監督生さんは魔法が使えないはずです!」
「ええ、魔法障壁なんてグリムくんにも使えるとは…………」
「そうだ。それに、あの壁は魔法なんかじゃねぇ」
「魔法じゃない…………?どういう意味かしら?」
「…………そういえば、あの時もそんなことを言っていたような………」
思い出したようなリドルの小さな呟きに反応して、ああ、とだけ返すレオナ。
「これは憶測だが………あの壁は草食動物の奴らがいた世界の力、じゃねぇかと考えている」
「なるほど………魔力とは異なる力、か」
監督生には魔力が無い。そもそも、多くの生徒が、二人のいた世界には魔法なんて無いと聞かされている。科学が発達した世界らしい、とだけ聞いてはいるが、監督生たちは元いた世界のことを深く話そうとはしなかった。
「それは………ありえるなぁ」
「あぁ………まず、あの二人は自分たちがいた場所のことを、俺たちに話しませんから」
カリムとジャミルに同意するように、ほとんどの寮長が頷く。
仮に聞いても、「自分たちの世界のこと?それって、みんなの魔法士としての知識と勉学に必要なの?」と返されてしまう。悪気もなくきょとん、とした顔をされてはこちらも強く出られないというもの。
帰る方法についてもそうだ。彼らは放課後は雑用を終えた後も図書室の書物を読み漁っていると、グリムから聞いていた。
「………さっきも、グリムは言っていたよ。自分が寝る頃には、談話室で本を読んでいて、起きる頃には朝食を作っていると」
「そこまで聞けば、普通の長時間睡眠にしか聞こえませんね………」
「その見えない壁、とやらが無ければな」
「壁を取っ払うのも無理だとだけ言っておくぞ。俺のユニーク魔法が跳ね返されたんだからな」
「…………………え、?」
リドルだけではなく、その場にいた全員が零した。
_____………今、彼は、何て言った?魔法が、跳ね返された?

「…………ま、まさか、レオナ先輩……………その右手のひび割れ…………!」
「………………あぁ。アイツらに手を出すついでに、魔法を使おうとしたらコレだ」
誰もが息を飲む。あのレオナのユニーク魔法『王者の咆哮』が跳ね返されて、レオナの右手がボロボロと渇き、生身の手とは思えないほど割れていた。
「まさか………彼らの世界には魔力すら超越する力があるとでも………!?」
「有り得るだろう」
アズールの呟きに答えたのは、意外にもマレウスだった。
「そもそも、お前たちは人の子らに対して何も感じなかったのか?」
「………アンタ、それはどういう意味かしら?」
「……………ほう、本当に知らないのか」
ヴィルの質問にも答えることはなく、マレウスは何故か納得したような態度で微笑む。まるで、監督生の二人についての大まかな事実を知っていたかのように。怪しく笑うマレウスの姿を、その場にいた全員が忘れることはないだろう。
「なら僕から言えることは無いな、僕はあの人の子らと『約束』を交わしている。その刻が来るまではこの件について、僕は黙秘する」
余程、意思が堅いのだろう。マレウスは、監督生との『約束』を守るために何も言わない。そう言い放ったのだ。
「予め告げておくが、僕と人の子の『約束』は『契約』と紙一重のものに変わりない。僕が破れば、危険なのはお前たちだ」
「…………こればかりはマレウスの言う通りじゃ。監督生のことは、遠くから見守る程度に留めておけ」
マレウスに続いて、リリアまでもが苦悶の表情で訴える。
ただでさえマレウスが会議に参加しているだけあって、その忠告は身に染みたようなものだった。契約で『約束』の内容を聞き出そうとしたアズールとジェイドは完全敗北したと言えよう。
「………と、とにかく!監督生さんの対応についてです!これから、どうしますか!?」
黙ったままだった学園長・クロウリーの質疑に対して、寮長と副寮長は解答を出す。間接的とはいえ全員が、『監督生の秘密を知ろうとしないこと』を約束されてしまったようなものだ。
「どうするも何もねぇよ。 あの壁がある限り、アイツらに近付くことも出来やしねぇんだから放置したって問題無い」
「レオナ氏に一票。魔法が跳ね返されるとか怖すぎるけど…………」
会議の意見は一致して、近付けない以上監督生のことは放置、ということで決定した。


「……………これからあの者たちがどう出るか、楽しみだ」

マレウスの呟きを聞いていた者は、誰一人としていなかった。
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