綿飴乙女は鏡の世界でも愛されている
ナイトレイブンカレッジの鏡の間、そこに存在する闇の鏡が突如謎の光を放った。
その鏡には、ある光景が映し出されていた。黒髪のポムフィオーレの服装に似た服の青年と、亜麻色の髪の眼鏡を掛けた青年。誰も見覚えのないその男達に疑惑を向ける中、一人だけ闇の鏡に向かって走る生徒がいた。
______魔力が無いと判断され、使い魔でもない魔獣と二人で廃墟の如くボロボロの建物、オンボロ寮で生活する監督生の少女だった。
ナイトレイブンカレッジは男子校だ。そんな男子校に女性が在籍しているというのは、異例である。
ツイステッドワンダーランドは、女子供を大切にする世界。プリンスやヒーローは兎も角、ヴィランですら女性を慎重に扱う。子を孕み、産む女性の存在は尊重されるのだ。それ故、女性である監督生は学園の中において大切にされていた。
彼女のマブだと称するトランプ兵の二人は、柔らかい髪が揺れる度に心臓を掴まれていた。獣人や人魚である男達は、「自己防衛のためであり、私のファッションです」と言って履いているハイヒールによる蹴りに惚れていた。彼女に絡んだ者達は皆、そのヒールで急所をやられては自主的に彼女の下僕になった。
「…………っせ、先生!聞こえますか!?」
__________鏡に映る人物を見て、監督生と呼ばれる少女は闇の鏡を掴んだ。
それを見て、野次馬の如く鏡の間に集まっていた全校生徒及び教職員は目を剥いた。闇の鏡は、学園において重要な役割を果たすもの。それを容赦無く掴み、さらに監督生は鏡に映る者達へ声を掛けながら叩いている。
「監督生!何やってんだよ!」
「危ないだろ!」
監督生とは仲の良いエースとデュースが、闇の鏡から彼女を引き離そうとする。
「離して!あの人達は知ってる人なの!」
「だからって鏡叩く奴があるか!」
「だけど………!!」
頭に犬耳を生やした、狼の獣人であるジャックも監督生を止めようとする。そこには、同じ一年生のエペルも加わっていた。監督生が鏡から手を離したのを確認すると、教師は鏡の前に防衛魔法を張った。
しかし、監督生だけは友人らの反対を押し切ろうと抵抗している。
「監督生、今の鏡に近付くのは魔力の無い君には危険だ。ここは僕達に任せてほしい」
「でもっ…彼らは………!」
「リドルさんの言う通りです。アナタにとって鏡の人物は知り合いでしょうが、これが魔法による罠とも限りません」
「……っ!」
リドルやアズールがそうして監督生を宥めようとするが、鏡の中に映る彼らが必死に此方に向かって何か言っているのを見た監督生は再び鏡の前に行こうとする。
……………だが、それはエース、デュース、ジャックに止められる。さらに、監督生と鏡の間に割って入るかのように、学園長のクロウリーが立ち塞がった。
「いけません監督生さん!もしかしたら幻覚魔法の一つかもしれないんですよ!?」
「それでも!」
「安心してください。彼らのことは残念でしょうが、必ず確実な方法で貴女を元の世界に戻してあげますよ」
____________何と言ったって、私優しいので! それは、もう聞き飽きたクロウリーの口癖だった。
そして、その瞬間、再び鏡は光り出した。今度は、目に毒になる程に眩い光だった。しかしながら、それはすぐに収まり、鏡の間は静寂に包まれた。
闇の鏡には、もうあの男達の姿は映っていなかった。
「ぁ………あぁ……」
漸く会えると思っていた………………四年近く一緒に過ごしていた、恩人に近い先生達は、もういないのか。
_____________もう会えないの、と監督生は絶望した。
「………どうやら収まったみたいですね。さぁ、ここを出ましょうか皆さん」
「………………」
「ほら、監督生さんも」
クロウリーが、監督生に立って歩くように促した時だった。
______________クロウリーの首に、歪な形状の剣が宛てられる。剣の持ち主である人物は、丸眼鏡や深く被った帽子越しにも分かるように、クロウリーを背後から睨み付けている。
「彼女に指の一つでも触れてみろ、その時はこの刃が貴方の首を刈り取ります」
「………く、久米さん!?」
「遅れて申し訳ありません司書さん、僕達が助けに来ましたよ」
「……………っえ」
監督生を司書と呼んだ男は、クロウリーにしたような侮蔑の表情とは反対に、監督生に対して微かに笑いかけた。おそらく監督生にとっては知り合いであろう男の態度の変わり様に周囲が驚いていると、監督生の腕や肩を掴んでいた一年生の体が飛ばされ、壁に叩き付けられた。
何するんだとエースが口を開こうとしたが、それは監督生を守るように鞭を片手にしたハーフアップの髪型の男によって止められた。
「小僧が、此奴に気安く触るな。死にたいのか?」
「き、菊池さん………!?」
「おう、菊池寛だ」
「ワタシもいるよ、司書」
「山本さんも……!?」
「僕の事も忘れないでほしいな」
「芥川先生まで………!」
いつの間にか、金色の髪に褐色肌の男性が監督生に手を差し伸べていた。躊躇いながらも、監督生は慣れた様にその手を取って立ち上がった。その次に、黒紺の長い髪を一つに纏めた美しい男が監督生の服の埃を払う。
「皆さん、どうして此処に……?」
「僕達だけじゃありませんよ」
「えっ」
「司書さん」
「………!!」
監督生が振り向いた先にいたのは、ブラウンの髪の、白い手袋をした執事の様な服装の男だった。監督生に優しく微笑む男は、彼女を抱き締めた。
「……っう、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!」
男に抱きしめられた監督生は、彼の腕の中で泣き始めた。
「…………もう、大丈夫ですよ」
「っ、ま、松岡、さ…………」
「見知らぬ場所に連れて来られて、怖かったでしょう」
「……、こ、こわ、かった……」
「そうでしょう、ここは僕達に任せてください」
監督生を優しく包む栗色の男は、彼女の頭や背中を撫でた。
「…………………………さて、貴女を悪しき茨に閉じ込める者に、終わりを見せてさしあげましょうか」
男がそう言って、何故か一冊の本を片手に持つ。すると、彼の持っていた本は、剣へと変化した。芥川も同じく本を剣に、山本は槍に似た武器へと変化させた。監督生に触れようとして人質擬きにされた学園長、監督生の知り合いであろう見目麗しい男達、彼等に繊細な硝子細工を扱うかのように守られる監督生の少女。自分達に敵意を顕にする五人の男達に対して、教師は勿論のこと生徒達も全員マジカルペンを構える。
……………………だが、男達は。
「………まぁ、いいや」
黒髪の男は飽きたのか、武器を元の形へと戻した。
「龍?」
「だって僕達の目的は果たせたじゃないか、彼らと此処で争う理由なんてあるかい?」
「……はぁ、それもそうだな」
ハーフアップの男も、武器である鞭を本の姿へと変える。その後も、次々と武器を変形させていく。その変わり身の早さに追い付けない学園側は動揺する。
「監督生さん、これは一体………」
「え、っと」
「その前に」
クロウリーへ刃を向けていた帽子を深く被った男が、監督生の言葉を遮る。武器は下ろしたが、敵意はそのままのようだ。
「彼女は僕達の仲間です。誰の許可を得て、こんな場所に連れて来たんですか?」
___________ゾクリと背筋や心臓に響いたその声色は、激しい怒りを綺麗に包み上げていた。
事実、眼鏡越しから光る男の瞳も冷たく、凶器の如く鋭かった。
「久米の言う通りだよ、彼女も僕達も、こんな世界で油を売っている暇なんて無いんだ」
「二人共、彼等を無駄に怖がらせるのはお止し。見たところ、中にはまだ成人にも満たない子どもまでいるじゃないか」
「だけど」
「ワタシだって気持ちは一緒だよ。でもこうして彼女と会えたのだから、今は彼女を優先するべきだ」
二人の男を諫めたのは、美しく焦げた肌に金の髪が映える男。学園側に温情を向けている様に見せているが、その眼光の奥には何も映してはいない。
「………見たところ怪我はしていないようだね、大事が無くて何よりだ」
「ご心配をかけるほどではありません、此方では人並みの生活はさせてもらっています!」
「おや、それは嬉しい報告だね」
満足そうに笑う男は、監督生の髪を優しく梳いた。母親が子を愛でるかの如く優しい手は、監督生………ではなく特務司書にとって懐かしい暖かさだった。
「私から説明しますね」
監督生_______メアが身なりの良い男達に、ツイステッドワンダーランドとナイトレイブンカレッジについて、簡単に説明した。
「………………はあ?此処が男子校だ?」
最初に反応したのは鞭を手にしていた男性だ。彼は鏡の間にいる者達を見回して、成程なと溢す。
「つまり其奴は女のアンタを男子校に捻じ込んだ、ってところか」
男が学園長……………クロウリーを睨みながら言った。当の本人は、此方を恨めしく見つめる丸眼鏡の男からの視線に怯えてそれどころでは無いのだが。
________此処で、話に参加していなかった黒い猫の様な獣が、監督生に泣き付いた。
「メア〜〜〜〜〜〜〜!!オマエ、ついに仲間に会えたんだな、良かったんだゾ〜〜〜!!」
「グリム!?あ、ありがとう」
監督生と共に一人の生徒として学ぶ黒い魔獣、グリムは彼女の前の世界での交流を詳しく教えられていた。この世界線のグリムは、監督生から羅生門を語られた所為か、大変素直なネコチャンに進化していたのだが、それはまた別の話。
「………………それ、犬、じゃ無いよね」
「安心してください、犬ではありませんから」
「ならいいよ」
黒い髪を束ねた男が安堵した表情で言い放つ。監督生がそれを確認したところで、漸く彼女は学園側の方を向いた。
「次は皆さんに彼等について説明しますね」
_____……………監督生による説明を簡潔にするとこうだ。
突如、鏡から現れたらしい男達は、監督生が錬金術で転生させた過去の人間の魂だという。この場にいる彼等はその中でも極少数で、彼女は現在七十人以上の“文豪”を現世に留めている。この情報だけで、クルーウェルや錬金術・召喚術等に長けた生徒は目眩を覚えた。しかしそんな隙も無く、今回彼女の元へ来た男達が自己紹介をした。
「つまり、私は彼等を喚んだアルケミスト、帝国図書館に所属する特務司書なんです」
「俺達は全員、同じ目的を持って此奴の召喚に応じた……と言えば分かりやすいだろ」
「………同じ目的、だと?」
クルーウェルは、メアの頭を撫でる男・菊池の言葉に眉を顰める。
「ええ。僕達は侵蝕された文学を守る為に、“侵蝕者”と呼ばれる敵と闘っています」
松岡と名乗った男がメアの背後に立ったまま、彼女から目を離そうとせず、穏やかな口調で告げる。
「………松岡、少し話をし過ぎだと思う」
「ダメだったかな」
「君がそうしたいなら別に」
つい先刻までクロウリーを睨み、密かに怨念を送っていたらしい久米という男は、仕方ないとばかりに溜息を吐いた。久米の刺すような視線は、生徒に向けられている。
「……質問があるのだが」
口を開いたのは、学園において文系科目を担当しているトレインだ。対して「どうぞ」と促したのは山本と名乗った、褐色の面倒見の良さそうな男性だった。
「監督生は此処とは別の世界から誤って連れて来られたと聞いている。其方の世界では『文学』とはより大事に扱われている、という認識で合っているだろうか?」
「いや、司書……アンタらが監督生?と呼んでいるコイツの所属する特別な機関だけだろうな」
「………もし文学が侵蝕されたら、どうなるんだ?」
ジャックが聞きだす。ジャックの問いに答えたのは、眼鏡を直す仕草をしてみせた久米。
「決まってるじゃないですか、『消える』んですよ。その本は当然、それを書いた作者本人も、その歴史も全て」
「…………………………………は?」
誰のものか判別出来ないが、乾いた声の直後には周囲に響めきが起こった。
「な、何故作者や歴史まで………!?」
「だってそうだろう?世の中には、世間に衝撃を与えたり革命的存在になった本だってあるからね」
独り言だったらしいリドルの言葉に答えるように語る、黒い髪の芥川は「もしかして、この世界にはそういった作品は無いのかな?」とメアに聞いていた。
話を聞いていれば、監督生がアルケミスト兼司書として作者の魂を召喚しているという事だけでも刺激が強かった。作者、つまりメアを囲う紳士は、侵蝕を受けた文学作品の世界に入って敵と戦っている。以上の二点が、国や政府の組織の下であることも衝撃的だった。
「先人の皆さんが生を捧げて創り上げた文化財にもなりますから、国が力を上げるのは当然でしょう」
「そうでなくとも、ワタシ達の……この子の生きる世界に消えて構わない文学などあってはならないからね」
________だから、返してもらうよ。
人の良い笑みを浮かべていた山本は、それを一切消した。
「でも山本さん、まだ帰り方分かってないんです……一応私も探してはいますが………」
「そうなのかい?見た限りでは、調べるにしても人手が存分に足りているのに、おかしな話だねえ」
「教育機関となれば書物や情報だって膨大な量になるはずだ。まさかとは思うが、此奴一人で全部やってる訳じゃないんだろうなあ?」
菊池の厳しい視線は学園長であるクロウリーに向けられる。その手は正反対に優しく、メアの肩に触れていた。
「い、いえとんでもない!メアさんが元の世界に帰れる方法を私が探す代わりに、この学園の雑用を」
「もういいですそれ以上口を開けるな彼女の名を気安く呼ぶな」
「ヒッ、アッハイ」
学習しろよ、と呆れた様子で呟いたのは誰だろうか。久米の憎悪に満ちた眼光が再びクロウリーを刺した。普段なら山本が注意するが、肝心の山本も自称優しい男を軽蔑しているのでしなかった。
「いいじゃないか、僕達も一緒に探せばいいんだし」
「芥川の言う通りだよ、久米」
「………」
芥川と松岡の宥めるような言い聞かせによって表面上の怒りを抑えた久米は、何も干渉しないことにしたのかこれ以降話す事は無かった。
_______………どれだけ時間がかかると思っているんだ。
恨めしそうに呟かれたそれは、空気の中へと吐き捨てられていった。
その鏡には、ある光景が映し出されていた。黒髪のポムフィオーレの服装に似た服の青年と、亜麻色の髪の眼鏡を掛けた青年。誰も見覚えのないその男達に疑惑を向ける中、一人だけ闇の鏡に向かって走る生徒がいた。
______魔力が無いと判断され、使い魔でもない魔獣と二人で廃墟の如くボロボロの建物、オンボロ寮で生活する監督生の少女だった。
ナイトレイブンカレッジは男子校だ。そんな男子校に女性が在籍しているというのは、異例である。
ツイステッドワンダーランドは、女子供を大切にする世界。プリンスやヒーローは兎も角、ヴィランですら女性を慎重に扱う。子を孕み、産む女性の存在は尊重されるのだ。それ故、女性である監督生は学園の中において大切にされていた。
彼女のマブだと称するトランプ兵の二人は、柔らかい髪が揺れる度に心臓を掴まれていた。獣人や人魚である男達は、「自己防衛のためであり、私のファッションです」と言って履いているハイヒールによる蹴りに惚れていた。彼女に絡んだ者達は皆、そのヒールで急所をやられては自主的に彼女の下僕になった。
「…………っせ、先生!聞こえますか!?」
__________鏡に映る人物を見て、監督生と呼ばれる少女は闇の鏡を掴んだ。
それを見て、野次馬の如く鏡の間に集まっていた全校生徒及び教職員は目を剥いた。闇の鏡は、学園において重要な役割を果たすもの。それを容赦無く掴み、さらに監督生は鏡に映る者達へ声を掛けながら叩いている。
「監督生!何やってんだよ!」
「危ないだろ!」
監督生とは仲の良いエースとデュースが、闇の鏡から彼女を引き離そうとする。
「離して!あの人達は知ってる人なの!」
「だからって鏡叩く奴があるか!」
「だけど………!!」
頭に犬耳を生やした、狼の獣人であるジャックも監督生を止めようとする。そこには、同じ一年生のエペルも加わっていた。監督生が鏡から手を離したのを確認すると、教師は鏡の前に防衛魔法を張った。
しかし、監督生だけは友人らの反対を押し切ろうと抵抗している。
「監督生、今の鏡に近付くのは魔力の無い君には危険だ。ここは僕達に任せてほしい」
「でもっ…彼らは………!」
「リドルさんの言う通りです。アナタにとって鏡の人物は知り合いでしょうが、これが魔法による罠とも限りません」
「……っ!」
リドルやアズールがそうして監督生を宥めようとするが、鏡の中に映る彼らが必死に此方に向かって何か言っているのを見た監督生は再び鏡の前に行こうとする。
……………だが、それはエース、デュース、ジャックに止められる。さらに、監督生と鏡の間に割って入るかのように、学園長のクロウリーが立ち塞がった。
「いけません監督生さん!もしかしたら幻覚魔法の一つかもしれないんですよ!?」
「それでも!」
「安心してください。彼らのことは残念でしょうが、必ず確実な方法で貴女を元の世界に戻してあげますよ」
____________何と言ったって、私優しいので! それは、もう聞き飽きたクロウリーの口癖だった。
そして、その瞬間、再び鏡は光り出した。今度は、目に毒になる程に眩い光だった。しかしながら、それはすぐに収まり、鏡の間は静寂に包まれた。
闇の鏡には、もうあの男達の姿は映っていなかった。
「ぁ………あぁ……」
漸く会えると思っていた………………四年近く一緒に過ごしていた、恩人に近い先生達は、もういないのか。
_____________もう会えないの、と監督生は絶望した。
「………どうやら収まったみたいですね。さぁ、ここを出ましょうか皆さん」
「………………」
「ほら、監督生さんも」
クロウリーが、監督生に立って歩くように促した時だった。
______________クロウリーの首に、歪な形状の剣が宛てられる。剣の持ち主である人物は、丸眼鏡や深く被った帽子越しにも分かるように、クロウリーを背後から睨み付けている。
「彼女に指の一つでも触れてみろ、その時はこの刃が貴方の首を刈り取ります」
「………く、久米さん!?」
「遅れて申し訳ありません司書さん、僕達が助けに来ましたよ」
「……………っえ」
監督生を司書と呼んだ男は、クロウリーにしたような侮蔑の表情とは反対に、監督生に対して微かに笑いかけた。おそらく監督生にとっては知り合いであろう男の態度の変わり様に周囲が驚いていると、監督生の腕や肩を掴んでいた一年生の体が飛ばされ、壁に叩き付けられた。
何するんだとエースが口を開こうとしたが、それは監督生を守るように鞭を片手にしたハーフアップの髪型の男によって止められた。
「小僧が、此奴に気安く触るな。死にたいのか?」
「き、菊池さん………!?」
「おう、菊池寛だ」
「ワタシもいるよ、司書」
「山本さんも……!?」
「僕の事も忘れないでほしいな」
「芥川先生まで………!」
いつの間にか、金色の髪に褐色肌の男性が監督生に手を差し伸べていた。躊躇いながらも、監督生は慣れた様にその手を取って立ち上がった。その次に、黒紺の長い髪を一つに纏めた美しい男が監督生の服の埃を払う。
「皆さん、どうして此処に……?」
「僕達だけじゃありませんよ」
「えっ」
「司書さん」
「………!!」
監督生が振り向いた先にいたのは、ブラウンの髪の、白い手袋をした執事の様な服装の男だった。監督生に優しく微笑む男は、彼女を抱き締めた。
「……っう、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!」
男に抱きしめられた監督生は、彼の腕の中で泣き始めた。
「…………もう、大丈夫ですよ」
「っ、ま、松岡、さ…………」
「見知らぬ場所に連れて来られて、怖かったでしょう」
「……、こ、こわ、かった……」
「そうでしょう、ここは僕達に任せてください」
監督生を優しく包む栗色の男は、彼女の頭や背中を撫でた。
「…………………………さて、貴女を悪しき茨に閉じ込める者に、終わりを見せてさしあげましょうか」
男がそう言って、何故か一冊の本を片手に持つ。すると、彼の持っていた本は、剣へと変化した。芥川も同じく本を剣に、山本は槍に似た武器へと変化させた。監督生に触れようとして人質擬きにされた学園長、監督生の知り合いであろう見目麗しい男達、彼等に繊細な硝子細工を扱うかのように守られる監督生の少女。自分達に敵意を顕にする五人の男達に対して、教師は勿論のこと生徒達も全員マジカルペンを構える。
……………………だが、男達は。
「………まぁ、いいや」
黒髪の男は飽きたのか、武器を元の形へと戻した。
「龍?」
「だって僕達の目的は果たせたじゃないか、彼らと此処で争う理由なんてあるかい?」
「……はぁ、それもそうだな」
ハーフアップの男も、武器である鞭を本の姿へと変える。その後も、次々と武器を変形させていく。その変わり身の早さに追い付けない学園側は動揺する。
「監督生さん、これは一体………」
「え、っと」
「その前に」
クロウリーへ刃を向けていた帽子を深く被った男が、監督生の言葉を遮る。武器は下ろしたが、敵意はそのままのようだ。
「彼女は僕達の仲間です。誰の許可を得て、こんな場所に連れて来たんですか?」
___________ゾクリと背筋や心臓に響いたその声色は、激しい怒りを綺麗に包み上げていた。
事実、眼鏡越しから光る男の瞳も冷たく、凶器の如く鋭かった。
「久米の言う通りだよ、彼女も僕達も、こんな世界で油を売っている暇なんて無いんだ」
「二人共、彼等を無駄に怖がらせるのはお止し。見たところ、中にはまだ成人にも満たない子どもまでいるじゃないか」
「だけど」
「ワタシだって気持ちは一緒だよ。でもこうして彼女と会えたのだから、今は彼女を優先するべきだ」
二人の男を諫めたのは、美しく焦げた肌に金の髪が映える男。学園側に温情を向けている様に見せているが、その眼光の奥には何も映してはいない。
「………見たところ怪我はしていないようだね、大事が無くて何よりだ」
「ご心配をかけるほどではありません、此方では人並みの生活はさせてもらっています!」
「おや、それは嬉しい報告だね」
満足そうに笑う男は、監督生の髪を優しく梳いた。母親が子を愛でるかの如く優しい手は、監督生………ではなく特務司書にとって懐かしい暖かさだった。
「私から説明しますね」
監督生_______メアが身なりの良い男達に、ツイステッドワンダーランドとナイトレイブンカレッジについて、簡単に説明した。
「………………はあ?此処が男子校だ?」
最初に反応したのは鞭を手にしていた男性だ。彼は鏡の間にいる者達を見回して、成程なと溢す。
「つまり其奴は女のアンタを男子校に捻じ込んだ、ってところか」
男が学園長……………クロウリーを睨みながら言った。当の本人は、此方を恨めしく見つめる丸眼鏡の男からの視線に怯えてそれどころでは無いのだが。
________此処で、話に参加していなかった黒い猫の様な獣が、監督生に泣き付いた。
「メア〜〜〜〜〜〜〜!!オマエ、ついに仲間に会えたんだな、良かったんだゾ〜〜〜!!」
「グリム!?あ、ありがとう」
監督生と共に一人の生徒として学ぶ黒い魔獣、グリムは彼女の前の世界での交流を詳しく教えられていた。この世界線のグリムは、監督生から羅生門を語られた所為か、大変素直なネコチャンに進化していたのだが、それはまた別の話。
「………………それ、犬、じゃ無いよね」
「安心してください、犬ではありませんから」
「ならいいよ」
黒い髪を束ねた男が安堵した表情で言い放つ。監督生がそれを確認したところで、漸く彼女は学園側の方を向いた。
「次は皆さんに彼等について説明しますね」
_____……………監督生による説明を簡潔にするとこうだ。
突如、鏡から現れたらしい男達は、監督生が錬金術で転生させた過去の人間の魂だという。この場にいる彼等はその中でも極少数で、彼女は現在七十人以上の“文豪”を現世に留めている。この情報だけで、クルーウェルや錬金術・召喚術等に長けた生徒は目眩を覚えた。しかしそんな隙も無く、今回彼女の元へ来た男達が自己紹介をした。
「つまり、私は彼等を喚んだアルケミスト、帝国図書館に所属する特務司書なんです」
「俺達は全員、同じ目的を持って此奴の召喚に応じた……と言えば分かりやすいだろ」
「………同じ目的、だと?」
クルーウェルは、メアの頭を撫でる男・菊池の言葉に眉を顰める。
「ええ。僕達は侵蝕された文学を守る為に、“侵蝕者”と呼ばれる敵と闘っています」
松岡と名乗った男がメアの背後に立ったまま、彼女から目を離そうとせず、穏やかな口調で告げる。
「………松岡、少し話をし過ぎだと思う」
「ダメだったかな」
「君がそうしたいなら別に」
つい先刻までクロウリーを睨み、密かに怨念を送っていたらしい久米という男は、仕方ないとばかりに溜息を吐いた。久米の刺すような視線は、生徒に向けられている。
「……質問があるのだが」
口を開いたのは、学園において文系科目を担当しているトレインだ。対して「どうぞ」と促したのは山本と名乗った、褐色の面倒見の良さそうな男性だった。
「監督生は此処とは別の世界から誤って連れて来られたと聞いている。其方の世界では『文学』とはより大事に扱われている、という認識で合っているだろうか?」
「いや、司書……アンタらが監督生?と呼んでいるコイツの所属する特別な機関だけだろうな」
「………もし文学が侵蝕されたら、どうなるんだ?」
ジャックが聞きだす。ジャックの問いに答えたのは、眼鏡を直す仕草をしてみせた久米。
「決まってるじゃないですか、『消える』んですよ。その本は当然、それを書いた作者本人も、その歴史も全て」
「…………………………………は?」
誰のものか判別出来ないが、乾いた声の直後には周囲に響めきが起こった。
「な、何故作者や歴史まで………!?」
「だってそうだろう?世の中には、世間に衝撃を与えたり革命的存在になった本だってあるからね」
独り言だったらしいリドルの言葉に答えるように語る、黒い髪の芥川は「もしかして、この世界にはそういった作品は無いのかな?」とメアに聞いていた。
話を聞いていれば、監督生がアルケミスト兼司書として作者の魂を召喚しているという事だけでも刺激が強かった。作者、つまりメアを囲う紳士は、侵蝕を受けた文学作品の世界に入って敵と戦っている。以上の二点が、国や政府の組織の下であることも衝撃的だった。
「先人の皆さんが生を捧げて創り上げた文化財にもなりますから、国が力を上げるのは当然でしょう」
「そうでなくとも、ワタシ達の……この子の生きる世界に消えて構わない文学などあってはならないからね」
________だから、返してもらうよ。
人の良い笑みを浮かべていた山本は、それを一切消した。
「でも山本さん、まだ帰り方分かってないんです……一応私も探してはいますが………」
「そうなのかい?見た限りでは、調べるにしても人手が存分に足りているのに、おかしな話だねえ」
「教育機関となれば書物や情報だって膨大な量になるはずだ。まさかとは思うが、此奴一人で全部やってる訳じゃないんだろうなあ?」
菊池の厳しい視線は学園長であるクロウリーに向けられる。その手は正反対に優しく、メアの肩に触れていた。
「い、いえとんでもない!メアさんが元の世界に帰れる方法を私が探す代わりに、この学園の雑用を」
「もういいですそれ以上口を開けるな彼女の名を気安く呼ぶな」
「ヒッ、アッハイ」
学習しろよ、と呆れた様子で呟いたのは誰だろうか。久米の憎悪に満ちた眼光が再びクロウリーを刺した。普段なら山本が注意するが、肝心の山本も自称優しい男を軽蔑しているのでしなかった。
「いいじゃないか、僕達も一緒に探せばいいんだし」
「芥川の言う通りだよ、久米」
「………」
芥川と松岡の宥めるような言い聞かせによって表面上の怒りを抑えた久米は、何も干渉しないことにしたのかこれ以降話す事は無かった。
_______………どれだけ時間がかかると思っているんだ。
恨めしそうに呟かれたそれは、空気の中へと吐き捨てられていった。