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Vivid BAD Twisted Wonderland

____それは突然始まった、捻れたシナリオだった。

彰人は深い眠りから覚め、思い切り伸びをしようと体を大きく動かそうとした。だが、その手はゴツンという大きな音が鳴ったのと同じくして、彰人の手に痛みを与えた。
「痛ッてぇ………ん、あれ、ここは………」
「………その声、彰人?」
「……………杏か?」
目を覚ましても暗い視界に違和感を覚える。どうやら狭い空間に閉じ込められているらしいが、すぐ傍からチームメイトである杏の声が聞こえたことで彰人は安堵した。
「よかった!知ってる人がいて………私、気が付いたらここにいて………」
「そっちもか………オレも寝てたのに、起きたらこんな状況だ…………というか多分、オレたち、近ぇよな………」
「えっ!?あ、う、うん………!なんか、人の肌のあったかさを感じるというか………!」
「…………いや、悪ぃな。変なこと言っちまって」
彰人と杏は一人でも少しばかり狭苦しいくらいの『何か』に閉じ込められているのだろう。同じ伝説を超えるために歌う仲間とはいえ、二人は花盛りの高校生。さらに言えば、彰人と杏に至ってはお互いに好き合っているだけではなく、形だけでも交際しているのだから、この状況は嬉しい反面苦しいだろう。しかし、それでも恋人らしいことを全くしていないのは、目標である『RAD WEEKEND』を超えるまではのんびり進んでいきたいと話し合っただけだ。精々、手を繋いで歩く程度だった。知り合いの多いビビッドストリート以外では、普通に腕を組んで歩いているが。

「こうなったら……奥の手だ!ふな゛〜〜〜〜それっ!!」
「っ!?」
最初に気が付いたのは彰人だった。杏を守ろうとして、咄嗟に抱き締める。そこで扉が開いて、自分たちがいた状況に気が付いた。同時に、彰人と杏は自分たちの相方が同じ場所………とある一つの黒い棺桶に押し込めれていたことを知った。
「…………ん、何だここは………」
「あ、あれ、私どうしてここに………?」
目を覚ました冬弥とこはねは、未だに現状を把握出来ていないらしい。当然だろう、彰人と杏も目の前の黒い獣に目が離せなかったし、それよりも獣が放った青い炎が相方に当たっていたら、と恐ろしい予想を頭の中で巡らせていた。杏のことは彰人が気が付いたおかげで守れたものの、冬弥とこはねが火傷でも負ったら。考えただけでも、仲間思いの彰人を怒らせるには事足りていた。
「おいテメェ………冬弥とこはねに傷が付いたらどう責任取るつもりだったんだ?」
「ふなっ!?し、知らないんだゾ!それより、その服を俺様に寄越せ!」
「はぁ?」
彰人は黒い獣を見ながら呆れている。杏はすぐさま、こはねと冬弥に怪我はないかと心配して声をかけていた。幸いなことに、二人に怪我はなかった。こはねの名前を呼びながら、杏が抱き着くまでが日常だったので、冬弥はその様子を微笑みながら眺めていた。だが冬弥もすぐに、普段通りの変化のない表情を黒い獣へと向ける。
「お前じゃオレたちの服は合わねえだろ」
「そんなことないんだゾ!いいからさっさとその服を………」
「しつこいぞ」
彰人と獣の対話を終わらせたのは、意外にも冬弥だった。獣の頭を掴み上げると、彰人から遠ざける。
「彰人を困らせるな」
冬弥の眼光に威圧されたのか、黒い獣は「ふな」とだけ鳴いて気絶してしまった。確かに冬弥に睨まれたら怖いよな、と彰人はただ頷くだけで何もしなかった。
「え、えっと………その子、大丈夫なの?」
未だ眠気まなこであったこはねは心配そうに気絶した獣に向かい手を差し出そうとするが、その手は冬弥によって掴まれて静止された。
「小豆沢は気にしなくていい。野生動物ならそこら辺に放置しておいても平気だろう」
「で、でも………飼い主さんとかいる子だったら………」
「動物への愛情が深く友好的なのは小豆沢の良いところだ。だが、今は状況が状況だ。そっとしておこう」
「…………ごめんね」
こはねは獣に対してそれだけ伝えると、仲間である三人へと振り返った。



「とりあえず、ここを探索しよっか。どこか分からないと大変だし」
「小豆沢の言う通りだな、ここがどんな場所かも検討付かないし、調べてみよう」
こはねと冬弥の提案で、四人は自分たちが連れて来られた施設を見て回ることにした。

四人は洋風のお城のような建物内を歩き回っていた。よく観察してみると、中庭のような緑ある庭園のような場所もあり、ドラマのロケーションにも使われそうな有名大学の教室に似た部屋も見つかった。
「何だか、昔とか海外映画で見る大学みたいな造りだね」
「もしかしたら、そういった施設かもしれないな。入った部屋も教室のように段々みたいになっていたしな」
冬弥とこはねは意外にも肝が据わっていた。怖いものが苦手な杏はこはねの背に隠れており、服の裾を掴んでいる。彰人はその様子を気にしつつ、周囲を見回していた。
「けど、さっきの部屋もそうだが少々おかしいな」
「あぁ、オレたちがいた棺みたいのが浮かんでたぞ」
まるで魔法の世界みたいだな、と彰人は鼻で笑いながら付け足した。いくら高校生とはいえ、流石に四人の思考は現実的なそれだったので、魔法で浮かんでいるなんて考えを早々に捨てていた。
「そういえば、みんなはここに来る前の経緯を覚えてる?」
こはねがそう聞けば、他の三人は正直に目を覚ます前の状況を語った。

小豆沢こはねと白石杏の女子高校生ユニット『ViVids』、東雲彰人と青柳冬弥の男子高校生ユニット『BAD DOGS』の混合ユニット、『Vivid BAD SQUAD』は次あるイベントのための歌合せと練習を渋谷の公園で行っていた。家の都合上、こはねと冬弥の門限が迫る時間まで歌い続け、杏や彰人がそれぞれ自宅へと送り届けた。
その後、四人はそれぞれ自分の部屋でセトリの確認と、歌唱力を上げる自主練をこなしていたはずだった。
時刻が翌日を迎える前に、ベッドに入ったはずだった。
それが何故か、あんな狭い棺に閉じ込められた挙句、別世界のような場所に来てしまったのだ。

「…………なぁ、少しいいだろうか」
冬弥が会話を遮った。彰人はどうかしたのか、と心配そうに声をかける。というのも、冬弥の表情が浮かないものになっていたからだ。
「俺たちはいつ、こんな服装に着替えたんだ?」
言われてはっとする。杏とこはねは首を傾げているが、冬弥と彰人の顔は青ざめている。
四人が着ていたのは普段のストリートでのスタイルではなく、黒を基調とした細やかな装飾が施された、フードが付いたワンピースのような服装だった。つまり、四人の知らない間に着替えさせられた、という解釈をすることができる。
「…………杏とこはねが眠っている間に、着替えを………?」
「ここに女性がいれば変わってくるが………」
「いや、女だろうと承知しねぇよ…………こいつらに手を出したことに変わりない」
見知らぬ相手に着替えさせられたのは彰人と冬弥も同じなのだが、二人にとっては自分たちよりも女性である杏とこはねが害されることほど許せないものはなかった。
「そうか………いや、そうだな。小豆沢の肌に触れた人間がいるということになるからな」
そこまで言ってから、冬弥は心に怒りの炎を燃やしていた。それもそのはず、冬弥は初対面の時からこはねに一目惚れしていたのだから。同時に、こはねもまた冬弥を慕っていた。彰人と杏よりは進捗が遅かったものの、冬弥とこはねも交際をしている仲だ。
この二人も『RAD WEEKEND』を超えるまでは、本格的な恋愛はお預けにしようと約束していた。何とも真面目な二人のことである。そんな自分も見たことがないこはねを見たであろう輩を、冬弥は生涯許す事はないだろう。
「杏、体調悪いとかあるか?」
「え?………ううん、特にないけど……」
「どこか痛いとこあったらすぐ言えよ」
「小豆沢も具合が悪くなったら言うんだぞ」
「う、うん………?」
彰人たちが突然心配し始めた理由を、杏もこはねも理解していなかった。出来ることならそのままでいてくれ、と二匹の悪犬たちは願った。



「あ〜〜〜〜〜〜!見つけましたよ!あなた方が逃げ出した新入生ですね!!ってえぇ!?女性が二人!?」
四人の前に現れたのは、黒い仮面を付けた男性だった。その手には先程冬弥が黙らせた黒い獣が抱えられていた。その男が近寄ってきたタイミングを見て、彰人と冬弥は杏とこはねの前に出た。突如として現れた不審な装いの男を視界に入れてしまった杏は、お化けでも見たかのような悲鳴を上げる。
「き、きゃああああああああ!!」
「杏!見た目からして不審者だから近寄るな、そのままこはねの後ろにいろ!」
「小豆沢、俺の背後に隠れてくれ!」
「わ、分かった青柳くん!」
「ちょっと!?私はこの学園を任されている学園長ですよ!?決して不審者ではありません!」
「女に反応してる時点で不審者だろ、つか変態か?」
「俺は変態の定義が分からないが、彰人が言うならこの男は変態なんだろう」
「勝手に変態扱いしないでください!ここは男子校なので女性がいることに驚いただけです!」
じと、といった目で学園長と名乗った男を彰人と冬弥は見ていた。まだここが学校であり、男子校だというのは信じがたいが、今はこの敷地の長である彼の指示を聞いた方が早いと判断した冬弥が事情を説明しようとした。そう、説明しようとしたのだ。
「なるほど、そういうことか…………じゃあ……」
「おっと、まずは入学式に戻らなくては………君たちで最後ですよ」
は?冬弥が喋ろうとしてただろうが何様のつもりだ、というのは東雲彰人の心の声である。冬弥のためにも怒らないように黙ることで心を落ち着かせていた。
これが姉だったら怒り狂ってすぐに殴っていただろうが、自分は弟だったから我慢出来た。


ナイトレイブンカレッジの入学式、それは新入生の寮選別を行う大事な儀式である。生徒たちの魂の資質によって、その精神に基づいた寮に組み分けされる。
しかし今年は学園長、ディア・クロウリーが「生徒が足りません!」と言ったきり戻ってこないという事態が起こった。
「遅いな」「どんだけ待たせんだよ」と愚痴を言い始めた者たち。それが吹き飛ぶように学園長が鏡の間に現れた。そして入学式に参加していた者たちは、学園長の後を歩く四人に目を奪われた。

____オレンジの髪に黄色いメッシュを入れた少年と、ツートーンの濃淡がある青い髪の少年。その二人が青いグラデーションが入った長い黒髪の少女と、亜麻色の髪を二つに結った少女を守るように歩いている。けれど強気そうな黒い髪の少女は周囲を見渡しては怯えており、もう片方の少女の服にしがみついて離れない。お人形のように可憐な亜麻色の少女は、黒髪の少女を守りながら並んで歩いていた。
ナイトレイブンカレッジは男子校だが、女子と見間違えそうになる生徒も何人か在籍している。だが、二人の少女たちの胸部は式典服からでも分かるくらいの大きさであった。一部の生徒はそこに釘付けだ。

「うぅ………不気味で怖いぃ………」
「大丈夫だよ、杏ちゃん。怖いことからは私が守るからね!」
「こっ、こはね〜!!」

ホラーやお化けが苦手な杏を、見た目から考えられないほどの度胸があるこはねは堂々と守っていた。今年度の新入生の半分はギャップ萌え百合の沼に落ちたのはまた別の話。勝気な長髪美少女を守る小動物系美少女、その図はまさに癒しにも等しいものだった。そして二人揃って声が何と可愛らしいことか。ふよふよと浮いた青いタブレット端末からは、「えっ何?二次元からしか聞こえないはずのカワボが聞こえた」という音声が流れていた。
学生たちは「俺黒髪の子好み」「俺はツインテの方」といった会話でこそこそと盛り上がり、それを聞いた各寮長や、密かに盗み聞きしていた彰人と冬弥に睨まれていた。

「さぁ、闇の鏡の前で名乗ってください。君たちで最後ですからね、まずはレディーファーストであなた方から………」
「待て、最初はオレに名乗らせろ」
クロウリーが杏とこはねに近付こうとするのを阻止したのは彰人だ。冬弥も後ろから圧をかけているのがはっきりと分かる。クロウリーの反対する言葉も聞かず、彰人は鏡の前へ堂々と近付き、そのまま名乗り出した。彰人に続いてこはね、杏、冬弥の順に鏡の前で名前を告げる。闇の鏡、と呼ばれた鏡には顔のような生首だけが映し出されており、杏は不気味さを覚えて彰人にぴったりとくっ付いた。服の裾を掴む杏を落ち着かせるため、彰人は黙って頭を撫でる。冬弥はこはねから離れまいと、彼女の肩を抱く。杏とこはねは愛する恋人の励ましに頬を赤く染めながら、それぞれ身を委ねた。その様子を後ろから見ていた一部生徒たちの瞳は嫉妬の怒りに染まり、彰人と冬弥の二人を羨ましがった。

「…………………分からぬ」
「何ですって?」

しばらく無言が続いた闇の鏡から寮の名前が出されることはなく、不明という言葉だけが吐き出された。
「この者たちからは魔力の気配は一切感じられない…………しかし」
その瞬間、眼を開いた闇の鏡は四人を見ながら再び言葉を紡ぐ。

「この者たちからは、鮮やかな色が視える………………その色を決して濁さぬよう」

冬弥とこはねはその言葉で、ユニット名のことを言っているのだろうと理解した。ユニット名も杏とこはね、冬弥と彰人が組むコンビ名を合わせたものだ。鮮やかな色、というのは四人で組んだチーム名を意味しているのだろう。
頭脳派の冬弥とこはねの思考は、黒い獣による「だったらその席、オレ様に寄越せ!」という言葉でかき消された。いつの間にか入学式らしき場所は、災害現場に成り果てた。



さあ、中略して申し訳ないが炎を吐き出す獣を、リドルとアズールが追いかけようとした時だった。
「ふぎゃっ!?」
「いい加減にしないか?」
魔法が使えないはずの四人の新入生の一人、冬弥が獣の頭を鷲掴みにしていた。本当なら彰人が向かって行くことだろうが、彰人よりも冬弥が怒っていた。なので相棒である彰人が察して、冬弥にゴーサインを出したのだった。黒い獣に黙祷を捧げよう。
「ここで火を吹いて、お前がこの学生になることはない」
「離せ〜〜!」
「他の人たちを火で傷付けておいて、どうしてそんな態度を取れるのか分からないな………
人間社会が分からないお前に理解出来るかどうか知らないが………お前がしていることは、傷害に該当する。人体と内臓を傷付けることによって出る損害は様々だ。下手をすれば、ここにいる全員が火傷による後遺症で腕、足、酷ければ呼吸だって出来なくなることだってあり得る。

………お前の身勝手な行動で、罪無き大勢の生きる者たちを殺す気か?」
冬弥は獣に正論を突き付けていく。獣はふな、と鳴いてから口を閉じると、周囲を見渡した。誰も彼も獣を見つめていたが、その瞳に宿っている感情は怒りや恐怖など様々だ。

「…………これは驚きましたね」
「あ、あぁ………彼は本当に魔力が無いのかい?」
獣を追いかけようとしていたアズールとリドルは、構えていたマジカルペンを下ろす。既に獣が大人しくなったのだから、実力行使に出る必要が無いと考えたからだ。リドルは獣の頭を掴む冬弥の元へ恐る恐る足を運び、そのまま冬弥に声をかける。
「………君、そのモンスターをボクに任せてもらえないかい?」
「え?」
「法律に則って、このモンスターを追い出さなくてはならないんだ。だから………」
「法律………校則と違うのであれば、理由を伺っても良いでしょうか?世間知らずで申し訳ありませんが、分からないことには渡せません。俺たち四人は故郷の日本国憲法しか知らないんです。なので、今回に関わる法律を教えていただけませんか?」
冬弥の物言いは、その場にいた寮長全員が驚いた。日本国憲法などリドルたちは知る由も無いだろうが、冬弥の真剣な表情を見ていると、嘘を吐いているようにも見えない。自分の知らない国の法律があるのだろうと、この時は正直に話をした。
「………そ、そうだね。ハートの女王の法律第二十三条『祭典の場に猫を連れ込んではならない』というものがあるんだ」
「なるほど、そうですか…………なら、猫に見える生き物である彼は追い出さないといけませんね。分かりました、これはあなたに差し上げます」
案外簡単に獣を差し出した冬弥に驚きつつ、リドルは黒い獣に向けてある言葉を投げかけた。

「首を刎ねよ!」

カシャン、という音が鳴ったかと思えば、獣の首周りには赤と黒で彩られたハート型の首輪が付けられた。既に冬弥の威圧で気絶していた獣は首輪を嵌められたまま、リドルの手で学園の外へ追い出されたのだった。




入学式が終わったものの、所属寮も決まらなかった四人の新入生は学園長室にいた。そのうちの一人、青柳冬弥は学園長であるディア・クロウリーと話し合いをしている。
…………否、話し合いというよりは、冬弥の一方的な正論の暴力だろう。杏とこはねは不安そうに眉を顰めているが、彰人は信頼出来る相棒に対して「もっとやれ」と言わんばかりに余裕そうに笑っている。
「たとえ俺たちが闇の鏡に選ばれたとしても、名高いという魔法士養成学校に魔法が使えない俺たちがここに居ることはあってはならないことです。そして俺と彰人だけならまだしも、白石と小豆沢は女性です。ここが男子校なら、二人を在籍させることなんて不可能でしょう。確か、あなたは魔法が使えない者を迎えるなどあり得ない、と先程仰っていました。ならば俺たち四人は揃ってここを出ていくしかありません」
彰人は心の中で『冬弥最高かっこいい!!』『百年に一度のイケメン』という団扇を上げながら冬弥とクロウリーの言い合いを見守っていた。だって相棒である冬弥がカッコよく論破しているのだから、彰人が嬉しくならないはずがない。賢くて機転が効く冬弥の本領発揮とはまさしくこの事であろう。
「で、ですがあなた方のような未成年を外に出すわけにもいかないんですよねぇ………」
「それは………ここが名門校だからでしょうか?確かにそれなら『身寄りのない子どもを追い返した』として、名門校という看板に傷が付いてしまいますね。ですがそれは俺たちには関係ありません。先程も言いましたが、今の俺たちには身分証明書やナンバーカードも所持していません。なのでそう言われても出ていくことしか出来ません」
「ングッッッ!!」
「………青柳くんの言う通りです。ここが学校という教育機関なのは理解しました。それなら、私たちの保護者の理解も必要だと思います。けど今の私たちにはそのための連絡手段がありません………それなら、出て行った方が正しいと思います」
「グハッッッ!!」
冬弥とこはねの天然素直コンビによる正論は、クロウリーの良心を勢い良く傷付けた。
一方の杏は『こはね最高大好き!!』『こはねしか勝たん!!』の団扇を心の中で上げながら「可愛いこはねがこんなにもかっこいい………」と漏らしていた。
「連絡手段用の携帯端末も無いので、私たちはここで失礼します………行こっか、杏ちゃん」
「え、行くって言ってもどこに?」
「出来れば開けた街に行きたいが、今日はもう遅い時間だな」
「一晩でもキャンプが出来れば良かったんだけどなぁ………」
「何の準備もしてないから、仕方ないね………」
「ひとまずここを………ナイトレイブンカレッジから出て行こう。暫くは路上ライブが出来るような場所に留まるしかない」
「それもそっかぁ……こっちでストリートミュージックがあるのか不安だけどね〜………」
四人にとっては普段通りのこの会話は不安半分、笑い半分といった具合だった。しかし腐っていても教育者のトップに立つクロウリーは、会話に花を咲かせる四人の男女の行く手を阻み、さらには直角九十度の礼をしたのだった。
「一日………いえ、一週間いて構いません!泊まる場所はいくらでも提供しますから!どうかここに留まってくれませんか!?」
些かではあるが、クロウリーの優しさを感じるべき瞬間だろう。しかし彰人と冬弥だけはクロウリーを警戒しているのか、一礼する怪しげな男の頭を睨んでいる。
「………ねぇ、ここまで言ってくれてるんだし、無下にするのも良くないんじゃないかな…………」
「そうだよね……私たちのためにこれだけしてくれるって言うなら、さぁ………」
上からこはね、杏の言い分だ。二人に即座に絆されてしまった彼らは、言葉を詰まらせると仕方無さそうに頷いてクロウリーの願いを聞き入れた。



そうして連れて来られたのは、何年も使われていない廃墟同然の場所だった。冬弥は何故か「雰囲気のある屋敷だな」と宣っていたので、彰人の眼は充血するくらい開かれていた。もちろん三人には見えないように、クロウリーに詰め寄った。
「冬弥とこはねをボロ屋敷に押し付けるなんざ、いい度胸してるな。しかもこんな幽霊でも出そうなところに杏を連れて来やがって、このド変態が」
「今すぐ住居環境は整えますから!!あといい加減変態と呼ぶのはやめてください!!」
そう言うとクロウリーは徐に指を鳴らす。屋敷に白い光が降り注いだのを目視した四人は、今の状況を忘れてその輝きに見惚れていた。
「今のは………」
「簡単に修復魔法をかけました。外観はそのままですが、水回りやガスなどの設備はしっかり使えるはずです」
「余所者の私たちのために、わざわざありがとうございます。学園長先生」
こはねはぺこりと頭を下げる。その素直に感謝を表した彼女に心臓を掴まれたクロウリーは、胸を抑えながら正気を保っている。普段から悪態三昧の男子高校生たちを相手にしているせいか、こはねのような素朴な少女への耐性が無かったのだ。
「いえいえこのくらい当然ですよ、アズサワさん。私、優しいので」
「こはね、自分のことを優しいとか言う人のこと信頼しない方がいいよ。うちのお父さんが言ってた」
「シライシさん!?」
「謙さんが言うなら間違いねえな」
「シノノメくん!?」
「二人とも、学園長を困らせるのはそこまでにしておけ…………不躾な発言をお許しください、学園長。良ければ建物の案内をお願い出来ますか?」
「うっ………私の味方はアオヤギくんとアズサワさんだけです………」
冬弥に促されて屋敷に入る。ボロボロな見た目とは反対に、クロウリーの魔法で空いていた床板や壁は綺麗に修復されていた。彰人は蛇口から透明の水が出ていること、杏は台所にあるコンロの火が付くのを確認する。
「………水は問題ないな」
「ガスも問題ないよ、これならお風呂も料理も大丈夫そう!」
「そっか、それなら暫くは安心だね」
「何から何までありがとうございます、学園長」
今度は冬弥の直角のお辞儀と感謝の言葉で身悶えることとなった。こちらが驚く間も無いほど素早い頭の回転、そして一挙手一投足の乱れも無い身の振る舞い。余程、躾に厳しい家で育てられた御子息なのだろうと判断出来るだろう。実際、彼の父はクラシック音楽に対して厳しく、その際に必要になる礼儀作法は徹底的に叩き込まれていた。


………クロウリーが出ていった後の屋敷、オンボロ寮では簡単な清掃が行われていた。途中で雨が降り始めたので、他の部屋にバケツがあればいいという話になり、彰人と杏で談話室を出ようとした。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「杏、落ち着け。さっき入学式にいた猫だ」
「オレ様は猫じゃねぇ!!」
何と先程入学式を追い出された獣が、四人がいるオンボロ寮に入り込んでしまったらしい。お化けと勘違いして思わず叫んでしまった杏は、彰人に宥められるとようやく落ち着きを取り戻した。
「良かったぁ………って本当だ!あの時の猫……しかもよく見たらかっわいい〜〜!!」
「オレ様にはグリムって立派な名前が………オイやめろ!触るんじゃ………ふ、ふなぁぁ……」
杏は獣(グリム、というらしい)を抱きかかえると、それをモフモフと触り始めた。最初こそ嫌がっていたグリムは、杏の可愛がる動きに耐えられず弱っていく。それを横目に、俺も猫になりたい、と彰人が願ったのは言うまでもないだろう。獣の鋭い感で察したグリムは、若干彰人の睨みに引いていた。
「見て彰人!この子の耳、燃えてるし火が青い!」
「そのくらいにしてやれ、そいつ嫌がってんぞ」
「え?…………あっ、ご、ごめんね!痛かった?」
「ふな………気持ち良すぎて大切な何かを失うところだったんだゾ………」
ようやく杏の抱擁から解放されたグリムはぐったりとしていた。しかし杏は反省する気もないどころか、グリムを抱っこしながら頬擦りをして可愛がった。
「つーかどうやって戻ってきたんだお前………そんなにこの学校に入りたいのかよ」
「はっ!そうなんだゾ!オレ様は立派な大魔法士になるために、ここに来たんだゾ!」
「へぇ〜!頑張り屋さんなんだね〜!」
「だから撫で回すんじゃ………ふ、ふなぁ…………」
杏はグリムの炎の耳にも構わず、よしよしと撫で始めた。そんなグリムは気持ち良さそうに、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「そういえばここって、魔法使いを育てる学校なんだよね?」
「あぁ………あの変態がそんな感じのこと言ってたな」
「もう彰人!学園長でしょ!」
「そうだったな…………って杏、お前………」
「学園長に頼んでみない?この子を入学させられないか、って!」
閃いたとばかりに目を輝かせる杏に、彰人は呆れ果てたような溜息を吐き出した。
「却下だ」
「え!?」
「ふなっ!?」
何でお前まで驚いてるんだよ、という彰人の呟きが拾われることはなかった。グリムの方が何かを喋ろうとしたところで、彰人は杏からグリムを引き剥がすように首根を掴む。
「お前、この獣に何されたのか分かってねえだろ」
「何、って………」
「お前に、こはね…………そして冬弥。オレの大事な人間が、この訳の分からないヤツに燃やされそうになったんだぞ」
負けじと言い返そうとする杏だったが、彰人の表情を見て言葉を飲み込んだ。彰人は、仲間や恋人が傷付けられそうになったことを根に持っていたのだと、杏はようやく理解した。そこまで考えて、杏はもし自分が彰人の立場だったら、と想像してから「あ、私も同じこと言うかも」と思い始めた。こはねという天使の体には傷一つ不要なので。
けれど、それとこれとは話が別だ。
「彰人の言うことは分かるけど…………」
でも、と話を続けようとした杏の言葉はそこで止まった。彰人………否、正確には彰人の後ろを見て、顔を真っ青に染め上げていた。


「ひさしぶりのお客様だあ〜………」
「腕が鳴るぜぇ〜………」
「…………い」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!????」

杏は突如現れた幽霊を見ないように、彰人に抱き付いた。
一方、彰人は目の前でふわふわと浮かんでいる幽霊…………この世界ではゴーストと呼ばれる存在を見つめていた。日本では絶対に見ることが出来ないだろう緩い見た目のゴーストに、彰人は姉が幼い頃に描いて見せてくれた愛らしい幽霊の絵を思い出していた。
グリムも急なゴーストに驚きはしたものの、杏が叫んだことで冷静になったのだった。寧ろ、耳を塞いでいた。
そんなグリム、未だ彰人の手で首根っこを掴まれたままであった。その彰人の手がゴーストたちに向けられる。当然ながらその意味を理解していないグリムは、思わず彰人の顔を見るために振り向いた。
「ふな……?」
「お前の火の番だぞ、やれ」
「ヒッ………」
「安心しろ、オレが指示してやる…………あぁ、そうだ」
彰人は自分とグリムの鼻を合わせると、ニヤリと口角を上げて微笑う。
「これでコイツらを追い出すことが出来たら、お前を入学させるのを考えてやってもいい」
「!そ、それは本当か!?」
「考えてやる、ってだけだ。努力次第では協力する」
そこまで言えば、彰人の指示通りに火を吹くグリムの姿があった。



どうだ、愛しい恋人を怖がらせた罰だ。
そんな感情を少しばかり隠しながら、グリムに火を吹くように命じる彰人の表情は、それはもう愉快であった。

「彰人、何をしているんだ」
「杏ちゃん、どうしたの!?」
しかしその楽しい時間も、長時間戻ってこない二人を心配した冬弥によって止められた。杏も心配した様子で出てきたこはねの姿を見たことで安堵したのか、今度は彼女に抱き付いていた。頼れる彰人(が指示を出しているグリムの炎)が追い払っているとはいえ、幽霊は怖いらしい。
冬弥に軽く頭をチョップされた彰人は少し正気に戻り、気が付けばゴーストたちはいつの間にか消えていた。
「………や、やったのか?」
「おう、お前の火のお陰だな」
「あ、当たり前なんだゾ!」
グリムは彰人が作った拳に肉球をぷに、と当てる。喜びを分かち合う一人と一匹の間に何が起こったのかは、泣きついていた杏すら知らない出来事だ。

「こんばんはー。優しい私が夕食をお持ちしましたよ………って、それは先ほど入学式で暴れたモンスター!追い出したはずなのに、何故ここに!?」
「お、ちょうど良かったな」
タイミング良く現れたのはクロウリーであり、その手には四人分の食事があった。
彰人は廊下で出会った幽霊のこと、それをグリムの魔法による火で追い払ったことを洗いざらい全て話した。すると、クロウリーは悪戯を好むゴーストが住み着いたこの建物には生徒たちが近寄らなくなり、結果として無人寮になったと答えた。
「学園の管理を任されているあなたが忘れているのは如何なものかと。設備に関してもう少し手間をかけないと、学園の品位に繋がると思います………まぁ、立地的には仕方ないのか?」
「ングッッッ…………!アオヤギくんの正論はこう、何か来るものがありますね………」
「当然っすね」
「何故シノノメくんが自慢そうにしているんです………?」
「コイツの相棒なんで」
彰人は誇らしげに笑いながら、冬弥を褒め称えた。
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