審神者&特務司書inTwistedWonderland
付喪神とは、精霊の一種。人の形を得た刀剣はその名の通り刀剣男士と呼ばれ、神の名を冠しておきながら神格の低い審神者に仕えている。審神者………ここでは監督生の一人である雨崎純恋は、眠る物の想いや心を目覚めさせ、刀剣男士に戦う力を与える存在。
対する藤宮萌愛は、アルケミストと呼ばれる特殊能力者。文学の力を知る文豪を転生させ、特務司書として国定図書館に派遣された。
刀剣男士は歴史改変を目論む歴史修正主義者、文豪は本の中の世界を破壊する侵蝕者と戦っている。前線に出ることはないが、審神者も特務司書も大規模な戦争の中に身を置いていることに違いはない。
本来であれば二人の内状は国家機密レベルのもの。それを異世界の人とはいえ、刀剣男士と文豪の各代表………歌仙兼定と中野重治は簡単に喋ったのだ。
「………そんな重大なことを、何故我々に話した?」
「何、簡単なことだ。上から………つまり政府から話しても構わない、と許しが出たんだ」
「此方も、館長さんや結社側からも許可を得ることが叶いましてね」
トレインの質問に答えた鶴丸と夏目は、談話室の一人用ソファに腰掛けている。向かって左側には鶴丸、右側には夏目。そして、その中心にはマレウスがいた。マレウスの傍にはリリア、シルバー、セベクの三人が普段通りのまま立っている。
それだけではない。鶴丸の後ろには一期一振、その両隣に燭台切と大倶利伽羅が立ち、背凭れには太鼓鐘が寄りかかっている。夏目の周囲には松岡を始めとした門下生である鈴木、内田、芥川、久米が取り囲んでいた。マレウスは当然ながら、白く美しく威厳のある鶴丸と、貫禄ある紳士な夏目の姿に威圧される者しかいなかった。
「尤も、これには理由があります。あなた方に深く関わることですからね」
「漱石先生の仰る通り、ナイトレイブンカレッジの関係者である皆さんなら知るべきです」
「ここの関係者なら、というのは………」
夏目は組んでいた足を交差させると、咳払いを一つする。続けて生徒たちを吟味するように眺め、一人に目を付けた。
「そうですね………では、ローズハートくん。君に質問です」
「!は、はい」
「君が寮で見たものを、全て答えてください」
「………ボクが、見たもの………」
自分が女王として君臨する、白と赤で彩られた寮を塗り潰すような黒いインク。薔薇の木を薙ぎ倒していく、骨とも人とも言い難い怪物。目に毒以上の効果しかない異形の存在が、リドルの脳裏に浮かぶ。
「…………ハーツラビュル寮には、インクを纏った怪物と、剣に似た武器を持った怪物が現れました」
「百閒くん」
「はい。前者は侵蝕者、後者は歴史修正主義者の特徴と一致します!」
「二人とも、大変宜しい」
「………この質問に、何か意味があるんですか……?」
「あぁ、大いに関係あるな」
鶴丸がそう言うと、ディアソムニアの四人は何かを思い出したのか苦虫を噛み潰したような表情に変わる。マレウスやリリアまでも眉間に皺を寄せているのを見て、生徒はもちろん教師も頭に疑問符を浮かばせる。
「この世界……ツイステッドワンダーランドは、現在のナイトレイブンカレッジを中心に悪質な改変を受けている」
_____そうして鶴丸から紡がれた言葉は、その世界で生まれ育った者たちへの死刑宣告のようなものだった。
刀剣男士と歴史修正主義者、文豪と侵蝕者。彼らの現状は戦時中と変わらない。ツイステッドワンダーランドにおける戦争なんて、ここ百年以上起きていなかった。
現代で平和に生きていたという純恋と萌愛は、そんな戦乱の中に組み込まれた。ここだけ聞けば無理矢理連れ去られたりしたのか、という疑問が思い付くがそうではない。純恋は唯一好きになれた歴史を、萌愛は敬愛する作品を守るために、それぞれの本丸と図書館に配属されたのだ。
「松岡くん、例のものをいただけますか?」
「はい。こちらになります」
名前を呼ばれた松岡は、夏目に二冊のノートを手渡す。ノートそのものは五冊セットで売られているような、普通のものだった。表紙には見慣れない堅苦しい文字が書かれており、教師ですらそれを読み解くことは叶わなかった。
「桃色のノートは、萌愛さんと純恋さんがこの世界について調査した記録のようなものですか」
「ええ。白いノートにはお二人が相手した敵の情報がまとめられています」
桃色のノートには、『ツイステッドワンダーランド調査記録』。白いノートには、『遡行軍・侵蝕者討伐報告書』と書かれていた。
「ふむ。此方の歴史に、政治に………流石、萌愛さんです。きっと膨大な情報を得ただろうに、何と簡潔で分かり易い。私たちが見ることを想定していたのでしょう、似たような御国との比較も事細かく書かれています」
「あぁ、この討伐報告書とやらは純恋嬢が主体で書いているな。本丸での資料整理が実を結んだな」
夏目から白いノートを渡された鶴丸はペラペラとページを捲っていく。その背後から太鼓鐘が顔を出して、興味深そうに眺めている。
「待ってください………それでは、以前にもあのような化け物がこの学園内に現れていたということですか!?」
クロウリーの言葉を切っ掛けに、談話室の空気が冷めていく。その焦る姿から、本当に把握していなかったのだろう。自分たちの知らない間に、黒く忌々しい化け物が学園内を闊歩していたのかと考えると目眩がする。
「その通りだ、クロウリー。お前が把握出来ていないのも仕方ない」
答えたマレウスの顔は曇っていた。
「そして、僕たちも以前そいつらに襲われそうになったことがある……………そこを助けてくれたのが、人の子らだった」
「彼らが?」
「あぁ」
____…………マレウスが初めてそれを見たのは、オンボロ寮付近を散歩していた時だった。
「…………何だ、これは」
ゴシックな見た目をした小さな生き物が、ふよふよと浮いている。自分でも把握していない子どもの精霊なのだろうか、夜中だというのにそれの周りだけが明るく光っている。
「ぴ」
「む?お前は喋るのか」
毛玉のような生き物は鳴く。それはマレウスを見つけると、ゆっくりと近寄っていく。一見無害そうな生き物に、マレウスは手を差し伸べようとする。
「若様!」
「マレウス様!」
それを止めるかのように、護衛であるセベクとシルバーの声が聞こえる。生き物は大きな声に驚いたのか、ピクッと身を震わせて近くの草木に隠れてしまった。
「…………何だ、お前たちか」
「………若様、先ほど誰かと話しておりませんでしたか?」
「あぁ、お前たちに驚いて隠れてしまったようだが………」
「そ、それは申し訳ありません………」
「良い…………そこのお前、怖がることはない。隠れていないでこっちへ来ると良い」
草木に紛れていた生き物は、マレウスの声に答えるように現れる。ぴ、としか鳴かないそれは三人の元へと近付いていく。
「ほら、小さくて愛らしいだろう?」
「は、はぁ………若様の仰る通り、確かに可愛らしいですが…………」
「はい…………ですが、これは妖精、なのでしょうか………?」
「僕にもよく分からないが………」
その生き物が、しゃがみ込んだマレウスの手に近付こうとする。
______…………ザシュッッ!!
…………それは、マレウスたちの目の前で無惨に切り裂かれた。
「!」
生き物は悲しそうに呻きながら消滅していく。その後ろにいたのは、普段は一つに纏められたフレッシュピンクの髪を揺らした監督生の一人だった。装飾が目立つ鎌を手にした監督生の一人である萌愛が、可愛い生き物を殺したなんて信じられなかった。
「………あぁ、アイツらに害されていませんか?」
「あ、あぁ………」
「そうですか、良かった」
持っていた鎌を消した萌愛は、昼間とは違った雰囲気だった。
………何より、今の萌愛はプリーツスカートを履いていた。
「か、監督生………!」
セベクは監督生の姿を見て動揺している。それも当然だろう。ナイトレイブンカレッジは男子校で、今目の前にいるのは女性だ。
「!」
突然萌愛はぼそぼそと呟き始める。おそらく召喚魔法のような詠唱だろうか、彼女の手には先程とは違った武器が現れた。枝のような弓を構えた萌愛は、シルバーとセベクの間に向けて矢を放つ。二人は慌てながら避けた後、背後を振り返った。
「!?」
「な、何だ!?コイツは………!」
「キ………」
二人の後ろには、剣のような刃物を口に咥えた小さな骨が浮遊していた。
「………外したか。やっぱり弓は難しいな」
萌愛の矢は少し遠かったのか、骨の邪魔をするように道の中心に刺さっていた。再び弓を構えるために手をかけようとした時、骨を背後から切り裂いた人物がいた。
…………グレーホワイトの髪を肩まで伸ばし、派手な柄の見慣れない衣服を着たもう一人の監督生。純恋は小さな刃物を手にしており、それで骨を斬ったのだろう。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「この人たちも私も大丈夫だよ、すーちゃん」
「よかった………あ、でも、バレちゃったのか…………」
あーあ、と目に見えて落ち込む純恋に対して、萌愛は「でもディアソムニアの人たちでよかったじゃん」と励ました。
「………人の子らよ、あいつらは一体何者だ?」
「それは………」
「見てしまったなら仕方ありません。一から説明しましょう」
その前に、と純恋はある一本の木を見る。
「リリアさん、あなたも此方にいらっしゃいな」
「リリア様!?」
「……………流石じゃのう、お主。いつから気付いていた?」
「最初からです」
昼間は常に無表情な純恋は、木陰から現れたリリアに向けて、目を細めてにっこりと笑いかけた。
四人はオンボロ寮に招かれ、談話室のソファに腰掛けた。
「………オンボロだと聞いていたが、中は随分綺麗だな」
セベクは意外そうな顔で室内を見渡す。この寮に監督生が住み着いて約三ヶ月が経過するが、とてもそうには見えないほど明るく、新築のような綺麗さを保っていた。
………四人は、改めて今の二人の姿を見つめる。両者の胸部には、隠しきれないほどの膨らみがあった。
「ちょっとした援助をしてもらってるからね………はい、紅茶」
「………む、ありがたく頂こう」
爽やかなミントティーを一口付けると、純恋と萌愛も二人用ソファに座り、口を開いた。
「まず最初に………この件は他言無用でお願いします」
「………理由を、聞いてもいいか?」
「もちろん」
少々聞き辛そうなシルバーに対して、萌愛は快く答える。
「これは、おそらくこの学園だけで解決出来るものではないからです」
「ならば、尚更皆に伝えるべきではないか?」
セベクの問いに純恋は首を横に振る。その時の顔が、やけに呆れ果てているように感じた。
「今だから、賢者の島だけ………それもこの学園だけに留まっているだけのことです」
「留まっている………というのは、先程お前たちが倒した者のことか」
肯定の意を示した純恋に、リリアは「少し良いか」と水を差す。
「あのような存在を、わしは一度も見たことはない」
「お………リリア先輩も、ご存知無かったのですか?」
「あぁ………そうなると、あれはお主らの世界にしかいないモンスターか?」
純恋と萌愛は一つだけ頷くと、続きを話し出した。
そうして、現在に戻る。
…………純恋と萌愛の正体、本来の姿。歴史修正主義者と侵蝕者のことを。この時は雑魚敵だったとはいえ、二人が刀剣男士と文豪の力を一時的に使い戦っていなければ、今頃は賢者の島が地図上から消されていたかもしれなかったということ。改めて聞くと恐ろしい話だ。
しかしそれよりも衝撃的だった事実の方が、全員の頭を冷やすには充分だった。
「…………監督生が、女…………?」
一番早く行動を起こしたのは、エースとデュースの二人だった。彼らはマブだと言い張りながら、純恋と萌愛のことを本当の意味で知らなかった。けれどそれは叶うことなく、談話室入口の前に立っていた歌仙と中野によって止められてしまった。
「君たち、話はまだ終わっていないよ」
「主に会って謝罪でもしたいのかい?それなら、最後にしてもらおうか」
尤も謝罪させる気は無いに等しいかもしれないが、という歌仙の呟きは二人に聞こえなかった。それゆえ、エースもデュースも扉を塞ぐ男たちに突っ掛かった。
「アイツ、今寝室にいんだろ!?」
「俺たち、今すぐにでも会わないと………!」
此方の話には一切聞く耳を持たないらしい。大きく溜息を吐いた中野は、同じく呆れ果てた表情をした歌仙と顔を合わせる。エースとデュースに続くように、他の生徒が教師の反対を押し切って談話室から出て行こうと反抗を初めてしまった。
_____カツン
「諄 いですよ」
床を叩くような杖の音に、加圧するような口調。声の正体は夏目で、先程座っていた彼は立ち上がり、近くに立っていた内田が持っていた杖を受け取っていた。
「トラッポラくん、スペードくん。あなた方は何故、今、ここに連れて来られたのか忘れたのですか」
夏目の問いに、エースもデュースも答えられない。
「ま、待ってください。彼らはボクの寮生で、監督生たちの一番の友人で………」
「ローズハートくん、私は二人に聞いているのです。あなたが答えることでも、ましてや口を挟むことですらありませんよ」
「…………っ!」
リドルだけではなく、夏目の表情を見た全員が一瞬呼吸を止める。トレインとは全く違った威儀を正した、堂々とした夏目の姿に誰もが慄いた。夏目はそんなことはお構い無しに扉へと歩き出した。
「二人とも、答えなさい」
「…………」
流石に堪えたのだろう。エースとデュースは揃ってばつが悪そうな表情へと変わり、彼らは夏目の質問に答えを出した。
「………最重要証人……だから、です…………」
「僕たちが、監督生と、関わりがあるからです……………」
二人は理解していたはずだった。だが、それは監督生の素性を知った混乱で、このようなことをしてしまった。それは夏目だけではなく鶴丸も理解していたようで、それから先は何も言わなかった。
「そのことを、決して忘れないように。出来ないようであれば、お二人には会わせません」
その言葉を機に、一部は多少不満に思いつつも大人しくせざるを得なかった。
対する藤宮萌愛は、アルケミストと呼ばれる特殊能力者。文学の力を知る文豪を転生させ、特務司書として国定図書館に派遣された。
刀剣男士は歴史改変を目論む歴史修正主義者、文豪は本の中の世界を破壊する侵蝕者と戦っている。前線に出ることはないが、審神者も特務司書も大規模な戦争の中に身を置いていることに違いはない。
本来であれば二人の内状は国家機密レベルのもの。それを異世界の人とはいえ、刀剣男士と文豪の各代表………歌仙兼定と中野重治は簡単に喋ったのだ。
「………そんな重大なことを、何故我々に話した?」
「何、簡単なことだ。上から………つまり政府から話しても構わない、と許しが出たんだ」
「此方も、館長さんや結社側からも許可を得ることが叶いましてね」
トレインの質問に答えた鶴丸と夏目は、談話室の一人用ソファに腰掛けている。向かって左側には鶴丸、右側には夏目。そして、その中心にはマレウスがいた。マレウスの傍にはリリア、シルバー、セベクの三人が普段通りのまま立っている。
それだけではない。鶴丸の後ろには一期一振、その両隣に燭台切と大倶利伽羅が立ち、背凭れには太鼓鐘が寄りかかっている。夏目の周囲には松岡を始めとした門下生である鈴木、内田、芥川、久米が取り囲んでいた。マレウスは当然ながら、白く美しく威厳のある鶴丸と、貫禄ある紳士な夏目の姿に威圧される者しかいなかった。
「尤も、これには理由があります。あなた方に深く関わることですからね」
「漱石先生の仰る通り、ナイトレイブンカレッジの関係者である皆さんなら知るべきです」
「ここの関係者なら、というのは………」
夏目は組んでいた足を交差させると、咳払いを一つする。続けて生徒たちを吟味するように眺め、一人に目を付けた。
「そうですね………では、ローズハートくん。君に質問です」
「!は、はい」
「君が寮で見たものを、全て答えてください」
「………ボクが、見たもの………」
自分が女王として君臨する、白と赤で彩られた寮を塗り潰すような黒いインク。薔薇の木を薙ぎ倒していく、骨とも人とも言い難い怪物。目に毒以上の効果しかない異形の存在が、リドルの脳裏に浮かぶ。
「…………ハーツラビュル寮には、インクを纏った怪物と、剣に似た武器を持った怪物が現れました」
「百閒くん」
「はい。前者は侵蝕者、後者は歴史修正主義者の特徴と一致します!」
「二人とも、大変宜しい」
「………この質問に、何か意味があるんですか……?」
「あぁ、大いに関係あるな」
鶴丸がそう言うと、ディアソムニアの四人は何かを思い出したのか苦虫を噛み潰したような表情に変わる。マレウスやリリアまでも眉間に皺を寄せているのを見て、生徒はもちろん教師も頭に疑問符を浮かばせる。
「この世界……ツイステッドワンダーランドは、現在のナイトレイブンカレッジを中心に悪質な改変を受けている」
_____そうして鶴丸から紡がれた言葉は、その世界で生まれ育った者たちへの死刑宣告のようなものだった。
刀剣男士と歴史修正主義者、文豪と侵蝕者。彼らの現状は戦時中と変わらない。ツイステッドワンダーランドにおける戦争なんて、ここ百年以上起きていなかった。
現代で平和に生きていたという純恋と萌愛は、そんな戦乱の中に組み込まれた。ここだけ聞けば無理矢理連れ去られたりしたのか、という疑問が思い付くがそうではない。純恋は唯一好きになれた歴史を、萌愛は敬愛する作品を守るために、それぞれの本丸と図書館に配属されたのだ。
「松岡くん、例のものをいただけますか?」
「はい。こちらになります」
名前を呼ばれた松岡は、夏目に二冊のノートを手渡す。ノートそのものは五冊セットで売られているような、普通のものだった。表紙には見慣れない堅苦しい文字が書かれており、教師ですらそれを読み解くことは叶わなかった。
「桃色のノートは、萌愛さんと純恋さんがこの世界について調査した記録のようなものですか」
「ええ。白いノートにはお二人が相手した敵の情報がまとめられています」
桃色のノートには、『ツイステッドワンダーランド調査記録』。白いノートには、『遡行軍・侵蝕者討伐報告書』と書かれていた。
「ふむ。此方の歴史に、政治に………流石、萌愛さんです。きっと膨大な情報を得ただろうに、何と簡潔で分かり易い。私たちが見ることを想定していたのでしょう、似たような御国との比較も事細かく書かれています」
「あぁ、この討伐報告書とやらは純恋嬢が主体で書いているな。本丸での資料整理が実を結んだな」
夏目から白いノートを渡された鶴丸はペラペラとページを捲っていく。その背後から太鼓鐘が顔を出して、興味深そうに眺めている。
「待ってください………それでは、以前にもあのような化け物がこの学園内に現れていたということですか!?」
クロウリーの言葉を切っ掛けに、談話室の空気が冷めていく。その焦る姿から、本当に把握していなかったのだろう。自分たちの知らない間に、黒く忌々しい化け物が学園内を闊歩していたのかと考えると目眩がする。
「その通りだ、クロウリー。お前が把握出来ていないのも仕方ない」
答えたマレウスの顔は曇っていた。
「そして、僕たちも以前そいつらに襲われそうになったことがある……………そこを助けてくれたのが、人の子らだった」
「彼らが?」
「あぁ」
____…………マレウスが初めてそれを見たのは、オンボロ寮付近を散歩していた時だった。
「…………何だ、これは」
ゴシックな見た目をした小さな生き物が、ふよふよと浮いている。自分でも把握していない子どもの精霊なのだろうか、夜中だというのにそれの周りだけが明るく光っている。
「ぴ」
「む?お前は喋るのか」
毛玉のような生き物は鳴く。それはマレウスを見つけると、ゆっくりと近寄っていく。一見無害そうな生き物に、マレウスは手を差し伸べようとする。
「若様!」
「マレウス様!」
それを止めるかのように、護衛であるセベクとシルバーの声が聞こえる。生き物は大きな声に驚いたのか、ピクッと身を震わせて近くの草木に隠れてしまった。
「…………何だ、お前たちか」
「………若様、先ほど誰かと話しておりませんでしたか?」
「あぁ、お前たちに驚いて隠れてしまったようだが………」
「そ、それは申し訳ありません………」
「良い…………そこのお前、怖がることはない。隠れていないでこっちへ来ると良い」
草木に紛れていた生き物は、マレウスの声に答えるように現れる。ぴ、としか鳴かないそれは三人の元へと近付いていく。
「ほら、小さくて愛らしいだろう?」
「は、はぁ………若様の仰る通り、確かに可愛らしいですが…………」
「はい…………ですが、これは妖精、なのでしょうか………?」
「僕にもよく分からないが………」
その生き物が、しゃがみ込んだマレウスの手に近付こうとする。
______…………ザシュッッ!!
…………それは、マレウスたちの目の前で無惨に切り裂かれた。
「!」
生き物は悲しそうに呻きながら消滅していく。その後ろにいたのは、普段は一つに纏められたフレッシュピンクの髪を揺らした監督生の一人だった。装飾が目立つ鎌を手にした監督生の一人である萌愛が、可愛い生き物を殺したなんて信じられなかった。
「………あぁ、アイツらに害されていませんか?」
「あ、あぁ………」
「そうですか、良かった」
持っていた鎌を消した萌愛は、昼間とは違った雰囲気だった。
………何より、今の萌愛はプリーツスカートを履いていた。
「か、監督生………!」
セベクは監督生の姿を見て動揺している。それも当然だろう。ナイトレイブンカレッジは男子校で、今目の前にいるのは女性だ。
「!」
突然萌愛はぼそぼそと呟き始める。おそらく召喚魔法のような詠唱だろうか、彼女の手には先程とは違った武器が現れた。枝のような弓を構えた萌愛は、シルバーとセベクの間に向けて矢を放つ。二人は慌てながら避けた後、背後を振り返った。
「!?」
「な、何だ!?コイツは………!」
「キ………」
二人の後ろには、剣のような刃物を口に咥えた小さな骨が浮遊していた。
「………外したか。やっぱり弓は難しいな」
萌愛の矢は少し遠かったのか、骨の邪魔をするように道の中心に刺さっていた。再び弓を構えるために手をかけようとした時、骨を背後から切り裂いた人物がいた。
…………グレーホワイトの髪を肩まで伸ばし、派手な柄の見慣れない衣服を着たもう一人の監督生。純恋は小さな刃物を手にしており、それで骨を斬ったのだろう。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「この人たちも私も大丈夫だよ、すーちゃん」
「よかった………あ、でも、バレちゃったのか…………」
あーあ、と目に見えて落ち込む純恋に対して、萌愛は「でもディアソムニアの人たちでよかったじゃん」と励ました。
「………人の子らよ、あいつらは一体何者だ?」
「それは………」
「見てしまったなら仕方ありません。一から説明しましょう」
その前に、と純恋はある一本の木を見る。
「リリアさん、あなたも此方にいらっしゃいな」
「リリア様!?」
「……………流石じゃのう、お主。いつから気付いていた?」
「最初からです」
昼間は常に無表情な純恋は、木陰から現れたリリアに向けて、目を細めてにっこりと笑いかけた。
四人はオンボロ寮に招かれ、談話室のソファに腰掛けた。
「………オンボロだと聞いていたが、中は随分綺麗だな」
セベクは意外そうな顔で室内を見渡す。この寮に監督生が住み着いて約三ヶ月が経過するが、とてもそうには見えないほど明るく、新築のような綺麗さを保っていた。
………四人は、改めて今の二人の姿を見つめる。両者の胸部には、隠しきれないほどの膨らみがあった。
「ちょっとした援助をしてもらってるからね………はい、紅茶」
「………む、ありがたく頂こう」
爽やかなミントティーを一口付けると、純恋と萌愛も二人用ソファに座り、口を開いた。
「まず最初に………この件は他言無用でお願いします」
「………理由を、聞いてもいいか?」
「もちろん」
少々聞き辛そうなシルバーに対して、萌愛は快く答える。
「これは、おそらくこの学園だけで解決出来るものではないからです」
「ならば、尚更皆に伝えるべきではないか?」
セベクの問いに純恋は首を横に振る。その時の顔が、やけに呆れ果てているように感じた。
「今だから、賢者の島だけ………それもこの学園だけに留まっているだけのことです」
「留まっている………というのは、先程お前たちが倒した者のことか」
肯定の意を示した純恋に、リリアは「少し良いか」と水を差す。
「あのような存在を、わしは一度も見たことはない」
「お………リリア先輩も、ご存知無かったのですか?」
「あぁ………そうなると、あれはお主らの世界にしかいないモンスターか?」
純恋と萌愛は一つだけ頷くと、続きを話し出した。
そうして、現在に戻る。
…………純恋と萌愛の正体、本来の姿。歴史修正主義者と侵蝕者のことを。この時は雑魚敵だったとはいえ、二人が刀剣男士と文豪の力を一時的に使い戦っていなければ、今頃は賢者の島が地図上から消されていたかもしれなかったということ。改めて聞くと恐ろしい話だ。
しかしそれよりも衝撃的だった事実の方が、全員の頭を冷やすには充分だった。
「…………監督生が、女…………?」
一番早く行動を起こしたのは、エースとデュースの二人だった。彼らはマブだと言い張りながら、純恋と萌愛のことを本当の意味で知らなかった。けれどそれは叶うことなく、談話室入口の前に立っていた歌仙と中野によって止められてしまった。
「君たち、話はまだ終わっていないよ」
「主に会って謝罪でもしたいのかい?それなら、最後にしてもらおうか」
尤も謝罪させる気は無いに等しいかもしれないが、という歌仙の呟きは二人に聞こえなかった。それゆえ、エースもデュースも扉を塞ぐ男たちに突っ掛かった。
「アイツ、今寝室にいんだろ!?」
「俺たち、今すぐにでも会わないと………!」
此方の話には一切聞く耳を持たないらしい。大きく溜息を吐いた中野は、同じく呆れ果てた表情をした歌仙と顔を合わせる。エースとデュースに続くように、他の生徒が教師の反対を押し切って談話室から出て行こうと反抗を初めてしまった。
_____カツン
「
床を叩くような杖の音に、加圧するような口調。声の正体は夏目で、先程座っていた彼は立ち上がり、近くに立っていた内田が持っていた杖を受け取っていた。
「トラッポラくん、スペードくん。あなた方は何故、今、ここに連れて来られたのか忘れたのですか」
夏目の問いに、エースもデュースも答えられない。
「ま、待ってください。彼らはボクの寮生で、監督生たちの一番の友人で………」
「ローズハートくん、私は二人に聞いているのです。あなたが答えることでも、ましてや口を挟むことですらありませんよ」
「…………っ!」
リドルだけではなく、夏目の表情を見た全員が一瞬呼吸を止める。トレインとは全く違った威儀を正した、堂々とした夏目の姿に誰もが慄いた。夏目はそんなことはお構い無しに扉へと歩き出した。
「二人とも、答えなさい」
「…………」
流石に堪えたのだろう。エースとデュースは揃ってばつが悪そうな表情へと変わり、彼らは夏目の質問に答えを出した。
「………最重要証人……だから、です…………」
「僕たちが、監督生と、関わりがあるからです……………」
二人は理解していたはずだった。だが、それは監督生の素性を知った混乱で、このようなことをしてしまった。それは夏目だけではなく鶴丸も理解していたようで、それから先は何も言わなかった。
「そのことを、決して忘れないように。出来ないようであれば、お二人には会わせません」
その言葉を機に、一部は多少不満に思いつつも大人しくせざるを得なかった。