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審神者&特務司書inTwistedWonderland

黒とライトグリーンで統一された、軍人服を身に纏った生徒がオンボロ寮の談話室で待機している。一人用ソファで寛ぎながら、マグカップを片手に持つ男………茨の谷の王族の一人であり、次期国王のマレウス・ドラコニア。
「………ほう。このリョクチャ、とは初めて口にしたが………僕の想像以上に美味だな」
「ふふ、お口に合ったようで何よりです」
マレウスの向かい側に座っている初老の紳士………夏目漱石が、自慢そうに一つ微笑む。二人のテーブルまでティーセットを手に持ってきた松岡譲が、新しく温めた緑茶を注いでいく。その後ろでは、一期一振が本丸から持参した和菓子を乗せた籠を持っている。
「シルバーさんとセベクさんもどうぞ、茶菓子も御用意しています」
「い、いえ、俺たちは………」
「皆さんに召し上がっていただきたいので、遠慮しなくて結構ですよ」
「折角の機会だ。お前たちも戴くといい」
「わ、若様がそう仰るなら………」
マレウスの側に控えていたシルバーとセベクは横のソファに座ると、籠の中の和菓子を取り出す。シルバーは水羊羹を、セベクは銅鑼焼きをそれぞれ口にした。
「これは、柔らかくて瑞々しいな………見た目から硬いのかと思っていたが………」
「そちらは水羊羹ですな。餡子を寒天で固めた菓子です」
シルバーの疑問に一期が答える。
「水………ということは水分も含まれているのか」
「はい。通常の羊羹は寒天を多く含みますが、水羊羹は寒天を少量にして、代わりに水分を使っているのです」
「なるほど。普通の羊羹はありますか?」
「勿論。こちらになります」
一期が籠から羊羹の袋を取り出して、シルバーに桜、芋、抹茶の三種類を用意する。
「サクラ………確か、監督生……いえ、貴方がたの世界における国の花でしたか………」
失礼しました。と眉を下げて謝罪するシルバーに対して夏目は、珍しく良い意味で古風な若者だ、と感心していた。
「ふふ、畏まらなくても大丈夫ですよ。司書さんから全て聞いていますから」
「そ、そうですか………」
「抹茶は、こちらの緑茶と近い味になります。ですが、少々緑茶よりも濃いかもしれませんな」
「で、では………こちらのマッチャ、を頂きます………」
シルバーは一期と松岡の勧めで、抹茶羊羹を一口食む。口内に溢れたのは、濃厚でありながら落ち着いている。緑茶とは違った、奥深い味わいだ。
「このケーキ生地の間に挟まっている黒っぽいものは一体………?」
「それは銅鑼焼きだな!」
「うおっ!?」
セベクの背後から話しかけたのは、白装束の鶴丸国永だ。
「その生地の間に挟まっているのは小豆餡だ。名前通り、小豆を加工したものだな」
「加工?」
「あぁ。餡子にも種類があってな…………」
セベクは鶴丸から語られる和菓子の製作過程を聞くのに手一杯だった。その難解な過程ですら、セベク本人が個人的に興味を惹かれたのか、懐に仕舞っていたメモ帳に書き留めていた。

「ふふ、セベクくんもシルバーくんも、気持ちの良い若者ですね」
「あぁ………少し真面目すぎるところもあるがな」
「自ら学ぶ姿勢は大変素晴らしいものです。教鞭を執っていた身としては、嬉しく思います」
「ほう、貴方は教師だったのか」
ライトグリーンの瞳を丸くさせたマレウスは、マグカップをテーブルに置き、持ち手から指を離す。一瞬だけ驚きはしたものの、夏目の言葉遣いや姿勢からマレウスは納得した。
………楽しげな空気だったオンボロ寮の談話室の扉が開く。物吉貞宗、久米正雄、リリア・ヴァンルージュの三人だ。
「リリア、どうかしたのか?」
「そろそろ全員が集まる頃だと言われての。知らせに来たのじゃ」
「ということは、一時的に遡行軍も侵蝕者も消えたか」
「そのようですな、鶴丸殿」
鶴丸は衣服を正して立ち上がった。一期と松岡はテーブルの上に広げられた茶菓子のセットを片付け始める。同様にして、シルバーとセベクは持ち場であるマレウスの両脇に立つ。
「彼らにはどんな質問も投げかけてやってほしい。僕が許可しよう」
「君も十分お怒りみたいだな」
「ふふ、良いでしょう………私も、この老体に鞭を打つとしましょう」
その声は、厳しいと言うよりは、生前の師匠を想起させるものであった。
…………隣にいた松岡は、後にそう語る。


物吉、久米、リリアがオンボロ寮に入って行った後のこと。
「歌仙から連絡が来ました」
寮の外の芝生に敷かれたレジャーシートに座っていた小夜左文字が、スマートフォン程度の大きさの端末を見ながら口を開いた。
「え、っと………これを触る………」
「おぉ、よう出来とるばい!」
小夜の隣では、徳永直が覗き込むようにして小夜に対して端末操作のやり方を教えていた。
「小夜はすごかね〜!もう会話アプリのやり方覚えたばい」
「うん………主さんとゲーム、なら、やったことあるから………簡単な操作は出来る………」
「そうなんか!おりゃあも司書さんとようゲームで遊んどるばい!」
「!そ、そうなの………?」
徳永は懐から自身が所有している端末を取り出す。そのまま二人の少年は、お互いにお勧めのソーシャルゲームについて語り始めた。その様子を壁に凭れ掛かりながら眺めているのは、翠色の上着を羽織る小林多喜二だ。
そんな和気藹々としたところに現れたのは、教師四名を引き連れた初期刀の歌仙兼定、初期文豪の中野重治だ。
「多喜二、直、ただいま帰ったよ」
「重治、おかえり」
「重治おかえり~!」
「歌仙、お疲れ様」
「出迎えをありがとう、お小夜。楽しそうで良かった」
小夜が頬をピンク色に染めると、それを見た徳永は小夜に抱きついた。
「おりゃあと小夜はもう友達やけん!いーっぱい遊んだんや!」
「う、うん……!」
照れくさそうに笑う小夜と、歳相応の満面の笑みを見せる徳永の姿は、教師としては微笑ましく思うだろう。
「もう知らせてあるから、入っても大丈夫です」
「ありがとう小夜くん」
「さて、僕が案内しよう」
話す隙もなく、四名は歌仙を先頭にしてオンボロ寮の中へと消えていった。

門付近には太宰治、坂口安吾、豊前江、松井江、五月雨江が固まっている。理由としては初期刀と初期文豪曰く「弊社自慢の威圧要員」とのこと。そんな理由ではどうかと思うが、本人たちは審神者と特務司書の役に立てるならと二つ返事で了承して今に至る。
…………だが、何故か今はスナック菓子の取り合いをしていた。
「おい安吾!これから来る他の人の分まで残しとけっての!」
「はははっ!別に構わねぇよ、燭台切の菓子は美味いしな!」
「そうそう、こっちには蘆花さんの野菜で作ったポテトチップスもあるんだし」
「限度を知れって言ってんの!」
燭台切と徳冨が予め作ったという駄菓子などを啄みながら、日本が誇る文豪と名刀が高校生のような会話を楽しんでいた。
「おーい!」
「………おや、帰還したようです」
五月雨は遠くで太鼓鐘の声を聞いて、燭台切と横光のグループが帰って来たことを悟った。その予測通り、横光と太鼓鐘、川端と燭台切と大倶利伽羅がハーツラビュルの寮生五名を囲むようにして姿を見せた。
「お疲れ様、確か君たちは………」
「彼らはハーツラビュルの子たちだよ、もう皆集まっているかな」
「いや、生徒は君たちが初めてかな…………その、白と赤の装束………ふふ、実際に見るとやはり良いものだね」
「え…………」
松井は五人の姿を見比べる。それを注意する余裕は、リドルを筆頭に存在しなかった。正直に褒められることに慣れていない子どもたちには、少しばかり刺激が強すぎたようだ。
「特に白い薔薇にかけられた赤…………まるで、血を浴びているようで………っふふふ………」
松井の顔は赤く染まり、喉をひくつかせて笑う。普段から着ている寮服の胸元に咲く白い薔薇に付いているものは、赤いペンキをモチーフにしている。決して血などではなく、ましてやそんな例えをされたことは一度も無かったのでリドルたちは引いていた。
「………ふーん、アンタらがね………」
「へぇ…………」
太宰と坂口は品定めするように五人を見る。その目はまるで恨めしそうにも感じたのか、門付近には重苦しい空気が流れ始める。
「……俺たちは、何処に行けばいい」
「あっ、そうだ!どこの部屋だ?」
それを破ったのは大倶利伽羅だ。少しばかり苛ついている様子が、眉間の皺で確認出来る。大倶利伽羅に続いて、太鼓鐘がフォローするように質問する。
「集合は談話室だ。全員揃うまで待機よろしくな」
「了解した。では、手前らはそちらに向かうとしよう」
オンボロ寮に向かって行くハーツラビュル一行を見送った後、彼らは抜け落ちた表情と暗い眼差しを向けていた。


現在、オンボロ寮内は刀剣と文豪が警備に当たっている。監督生、もとい審神者・雨崎純恋と特務司書・藤宮萌愛の寝室には前田藤四郎と芥川龍之介、扉前には大典太光世と山本有三。部屋に続く階段前には徳田秋声と亀甲貞宗がそれぞれ待機していた。その他に菊池寛と和泉守兼定と堀川国広が、周囲の見回りとして歩いている。

____…………刀剣と文豪は、ここに来る前に賢者の島でナイトレイブンカレッジについて調査をしていた。麓の街の短期バイトで金銭を稼ぎながら、情報収集に勤しんだ。麓の街には有名なベーカリーがあるらしく、カレッジの食堂に出張してパンを売り出しているらしい。以降は麓の街を中心に、賢者の島、ならびに黎明の国全域を大人数で駆け回った。けれど、誰もが「疲れた」「苦しい」などと弱音を吐くことは無かった。寧ろ、日が経てば経つほど、彼らの眼には憎しみが生み出されていった。


付喪神たる刀剣は、重い腰を起こして決意した。審神者たる嫁を見下す連中は、塵一つ残さず消し去ってあげようと。

錬金術師たる文豪は、堅く誓った。特務司書たる娘を虐げる連中は、四肢を捥いであげて達磨にして反省文を書かせてやろうと。


…………執念深く、嫉妬深いのが特徴的。けれど、それを顔にも態度にも出しはしない。これは矜持などではなく、ただ愛する女性を守ろうとする大和男児の意気地である。
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