審神者&特務司書inTwistedWonderland
____…………ナイトレイブンカレッジが襲撃を受けた直後、学園長室には響めきが起こっていた。
ファントムともゴーストとも違った、異質な化け物が学園内で暴走している。それも、魔法も一切効かないという前提が付いている。魔法の扱いに長けている教師の力など、謎めいた化け物たちの前では無意味なものだ。ただ、目の前で繰り広げられている剣戟を見ていることしか出来ない。
「_____その首、刎ねて差し上げよう!」
綿のように柔らかい紫色がふわり、と靡いている。持ち主の男は紅と紫の派手な戦装束を身に纏い、剣で頭と胴体を切り離していく。
「僕は君にお別れを言うよ!」
初見では落ち着いた印象を与えていた青年は、歪んだ形状の剣を片手に、鳩尾を抉るように刺していく。少々長い亜麻色の髪を緩く一つに纏めている。時折、空いている左手で切れ端を梳いている。
どちらも優劣の付け難い、一切の乱れも無い動きだ。
亜麻色の青年が、背後から襲いかかろうとした化物を蹴り倒すと、すかさず紫色の男が化物に斬りかかる。これほどまでに確立された共闘は、長い年月を生きているクロウリーですら見たことがない。
「………ふう、この場は片付いたみたいだね。お疲れ様、歌仙さん」
「此方こそ、重治殿」
どうやら紫色がカセン、亜麻色がシゲハルと言うらしい。二人揃って、聞き慣れていない響きの名前だ。
最初に口を開いたのは、クロウリーの次に長く教鞭を振るっているトレインだ。危険だから、という理由から腕の中で抱かれているルチウスは安全な場所で眠っている。
「失礼、今回はこの場を収めていただき感謝します………しかし、あなた方は一体…………」
「これは申し訳ない」
カセンはトレインを含む全員に向けて小さく一礼する。数秒ほど遅れて、シゲハルも緩やかにお辞儀する。
「僕たちは人探しついでに、敵である彼らを倒しに来ただけです」
「人探し………この学園で?」
「はい」
先程の戦闘の時とはまるで人が変わったように笑うシゲハルは、タッチパネルで操作できる端末を片手に持つ。彼の代わりに、カセンが話し始める。
「ここに集まっている者は皆、教師の立場にある者で間違いはないかい?」
「あぁ、私はこの学園で文系科目を担当している」
「おや、そうか!文系とは分かっている………ではなく、それでは学園の長はどちらかな」
ここでクロウリーがようやく前へ出る。咳払いを一つしてから名乗ると、カセンとシゲハルは何故か妖しく微笑んだ。
「先程あなた方が仰った人探しとは、私のことですか?」
「ああ、貴方の他に数名の教師と生徒を連行する予定だ」
「連行、ですか………」
只事ではない連行などという言葉に訝しさを覚えつつ、クロウリーは二人の話を聞くことにした。教師なら兎も角、生徒にまで危害が及ぶ可能性があるとなれば、上から何を言われるか分かったものではない。
「で、では、私以外の教師を教えていただくことは出来ますか?」
「勿論だとも………重治殿、名前を読み上げてもらえないかい」
「あぁ」
眼鏡を持ち上げる動作を行ってから、シゲハルは優しく低い声でタブレットに記載されているであろう名前を呼んでいった。
_____…………呼ばれたのは、クルーウェル、トレイン、バルガスの名前だった。
「特に学園長………クロウリー殿とクルーウェル殿からは詳しい話を聞きたいところだね」
「俺に………?」
学園長なら理解出来るものの、自分が呼ばれた理由が分からないクルーウェルは首を傾げた。
「デイヴィス・クルーウェル、一年Aクラスの担当教員だよね」
「あ、あぁ………」
「僕たちは、そこに在籍している生徒の保護者みたいなものだよ」
「保護者………」
「教師なら生徒の名前は全員知っているだろう?」
「それは、そうだが………」
「ここだと…………スミレ・アマザキ、メア・フジミヤという名前で登録されているはずだよ」
「!」
クルーウェルだけではなく、その場にいた者全員が驚きどよめく。スミレ・アマザキとメア・フジミヤは、オンボロ寮の監督生二人の名前だからだ。グレーホワイトの絹布髪にロイヤルパープルの瞳を持つスミレ、フレッシュピンクカラーの髪にマスカットのような瞳が特徴的なメア。まるで女性的な彼らは、ナイトレイブンカレッジでは珍しく真面目で意欲の高い生徒だったので、教師の立場からでは贔屓してしまうのだ。
「その反応だと知っているようだ。そういう訳だから、大人しく付いてくることをお勧めしよう」
「安心してほしい。生徒の身体に傷を付けることはしないよ………ねぇ、歌仙さん」
「当然さ、重治殿。僕が人との約束を破ることは有り得ないからね」
微笑み合う二人に、一種の恐怖を覚える。気分は死刑を待つ囚人そのものだ。
「今から、件の生徒たちは証人としてオンボロ寮に連行する。それはあなた方に対しても同じことだ」
「しかし、闇雲に生徒たちを危険に晒すわけには………!」
「御安心を、トレイン殿。対象となる生徒の名前と顔はこちらで把握している」
「心配なら名簿のコピーでも見ますか?」
シゲハルが懐から四つ折りになった白い紙を、トレインに向けて差し出した。恐る恐るそれを受け取ると、一度唾を飲み込んでから紙を開く。
「こ、これは………全寮長の名前ではないか!」
「な、何ですって!?」
クロウリーが慌ててトレインの持つ紙を覗き込む。
………そこには全ての寮長と副寮長の名前が記載されている他、数名の生徒の名前が並んでいた。クルーウェルはやはりか、といったように目を閉じる。自分の受け持つクラスの生徒が二人もいるのだから、当然だが。
「こ、こんなに………」
「多いと思うのかい?これまで起こった事件を考えれば、妥当ではないかい?」
全員、言い返すことが出来なかった。カセンの言う事件とは、おそらくオーバーブロットのことを指しているのだろう。教師と生徒の情報を予め調べているくらいの用意周到さ。オーバーブロットの件だって詳しく知っていても、何もおかしな点はないだろう。何より名簿にある顔触れから考えると、彼らが自分たちに『証言』してほしいことなのだろう。
しかし、腑に落ちない部分だってあるのだ。監督生の保護者だと自称する二人は、異世界からの訪問者であることが推測される。父親や兄弟にしては、少しばかり違和感がある。その正体こそ不明なままなのだが、人間ではないことだけははっきりと分かる。
「さて、もう聞きたいことは十分だろう?御同行願おう」
「……………」
多少納得出来ないことはあるものの、呼ばれた四名はカセンとシゲハルに挟まれながら学園長室を後にした。
_______……………学園長室に各寮の寮生が駆け込んで来るのは、時間にして一時間後のことだった。
ファントムともゴーストとも違った、異質な化け物が学園内で暴走している。それも、魔法も一切効かないという前提が付いている。魔法の扱いに長けている教師の力など、謎めいた化け物たちの前では無意味なものだ。ただ、目の前で繰り広げられている剣戟を見ていることしか出来ない。
「_____その首、刎ねて差し上げよう!」
綿のように柔らかい紫色がふわり、と靡いている。持ち主の男は紅と紫の派手な戦装束を身に纏い、剣で頭と胴体を切り離していく。
「僕は君にお別れを言うよ!」
初見では落ち着いた印象を与えていた青年は、歪んだ形状の剣を片手に、鳩尾を抉るように刺していく。少々長い亜麻色の髪を緩く一つに纏めている。時折、空いている左手で切れ端を梳いている。
どちらも優劣の付け難い、一切の乱れも無い動きだ。
亜麻色の青年が、背後から襲いかかろうとした化物を蹴り倒すと、すかさず紫色の男が化物に斬りかかる。これほどまでに確立された共闘は、長い年月を生きているクロウリーですら見たことがない。
「………ふう、この場は片付いたみたいだね。お疲れ様、歌仙さん」
「此方こそ、重治殿」
どうやら紫色がカセン、亜麻色がシゲハルと言うらしい。二人揃って、聞き慣れていない響きの名前だ。
最初に口を開いたのは、クロウリーの次に長く教鞭を振るっているトレインだ。危険だから、という理由から腕の中で抱かれているルチウスは安全な場所で眠っている。
「失礼、今回はこの場を収めていただき感謝します………しかし、あなた方は一体…………」
「これは申し訳ない」
カセンはトレインを含む全員に向けて小さく一礼する。数秒ほど遅れて、シゲハルも緩やかにお辞儀する。
「僕たちは人探しついでに、敵である彼らを倒しに来ただけです」
「人探し………この学園で?」
「はい」
先程の戦闘の時とはまるで人が変わったように笑うシゲハルは、タッチパネルで操作できる端末を片手に持つ。彼の代わりに、カセンが話し始める。
「ここに集まっている者は皆、教師の立場にある者で間違いはないかい?」
「あぁ、私はこの学園で文系科目を担当している」
「おや、そうか!文系とは分かっている………ではなく、それでは学園の長はどちらかな」
ここでクロウリーがようやく前へ出る。咳払いを一つしてから名乗ると、カセンとシゲハルは何故か妖しく微笑んだ。
「先程あなた方が仰った人探しとは、私のことですか?」
「ああ、貴方の他に数名の教師と生徒を連行する予定だ」
「連行、ですか………」
只事ではない連行などという言葉に訝しさを覚えつつ、クロウリーは二人の話を聞くことにした。教師なら兎も角、生徒にまで危害が及ぶ可能性があるとなれば、上から何を言われるか分かったものではない。
「で、では、私以外の教師を教えていただくことは出来ますか?」
「勿論だとも………重治殿、名前を読み上げてもらえないかい」
「あぁ」
眼鏡を持ち上げる動作を行ってから、シゲハルは優しく低い声でタブレットに記載されているであろう名前を呼んでいった。
_____…………呼ばれたのは、クルーウェル、トレイン、バルガスの名前だった。
「特に学園長………クロウリー殿とクルーウェル殿からは詳しい話を聞きたいところだね」
「俺に………?」
学園長なら理解出来るものの、自分が呼ばれた理由が分からないクルーウェルは首を傾げた。
「デイヴィス・クルーウェル、一年Aクラスの担当教員だよね」
「あ、あぁ………」
「僕たちは、そこに在籍している生徒の保護者みたいなものだよ」
「保護者………」
「教師なら生徒の名前は全員知っているだろう?」
「それは、そうだが………」
「ここだと…………スミレ・アマザキ、メア・フジミヤという名前で登録されているはずだよ」
「!」
クルーウェルだけではなく、その場にいた者全員が驚きどよめく。スミレ・アマザキとメア・フジミヤは、オンボロ寮の監督生二人の名前だからだ。グレーホワイトの絹布髪にロイヤルパープルの瞳を持つスミレ、フレッシュピンクカラーの髪にマスカットのような瞳が特徴的なメア。まるで女性的な彼らは、ナイトレイブンカレッジでは珍しく真面目で意欲の高い生徒だったので、教師の立場からでは贔屓してしまうのだ。
「その反応だと知っているようだ。そういう訳だから、大人しく付いてくることをお勧めしよう」
「安心してほしい。生徒の身体に傷を付けることはしないよ………ねぇ、歌仙さん」
「当然さ、重治殿。僕が人との約束を破ることは有り得ないからね」
微笑み合う二人に、一種の恐怖を覚える。気分は死刑を待つ囚人そのものだ。
「今から、件の生徒たちは証人としてオンボロ寮に連行する。それはあなた方に対しても同じことだ」
「しかし、闇雲に生徒たちを危険に晒すわけには………!」
「御安心を、トレイン殿。対象となる生徒の名前と顔はこちらで把握している」
「心配なら名簿のコピーでも見ますか?」
シゲハルが懐から四つ折りになった白い紙を、トレインに向けて差し出した。恐る恐るそれを受け取ると、一度唾を飲み込んでから紙を開く。
「こ、これは………全寮長の名前ではないか!」
「な、何ですって!?」
クロウリーが慌ててトレインの持つ紙を覗き込む。
………そこには全ての寮長と副寮長の名前が記載されている他、数名の生徒の名前が並んでいた。クルーウェルはやはりか、といったように目を閉じる。自分の受け持つクラスの生徒が二人もいるのだから、当然だが。
「こ、こんなに………」
「多いと思うのかい?これまで起こった事件を考えれば、妥当ではないかい?」
全員、言い返すことが出来なかった。カセンの言う事件とは、おそらくオーバーブロットのことを指しているのだろう。教師と生徒の情報を予め調べているくらいの用意周到さ。オーバーブロットの件だって詳しく知っていても、何もおかしな点はないだろう。何より名簿にある顔触れから考えると、彼らが自分たちに『証言』してほしいことなのだろう。
しかし、腑に落ちない部分だってあるのだ。監督生の保護者だと自称する二人は、異世界からの訪問者であることが推測される。父親や兄弟にしては、少しばかり違和感がある。その正体こそ不明なままなのだが、人間ではないことだけははっきりと分かる。
「さて、もう聞きたいことは十分だろう?御同行願おう」
「……………」
多少納得出来ないことはあるものの、呼ばれた四名はカセンとシゲハルに挟まれながら学園長室を後にした。
_______……………学園長室に各寮の寮生が駆け込んで来るのは、時間にして一時間後のことだった。