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北連指揮官 監督生

オンボロ寮の監督生は女だ。ナイトレイブンカレッジが魔法士育成校にも関わらず魔法が使えない、エレメンタリースクールで習う内容も知らない世間知らずの人間だと揶揄されている彼女を良く思わない他生徒を数えるのは大変面倒なほど。入学から数ヶ月の間で起こっているオーバーブロット事件の現場に居合わせているというのも一因となっているのだろう。反対に、監督生の統率力をその肌で感じた生徒の殆どは彼女を見直し、心から謝罪した。
エレナ・ストレリツォーヴァ。鏡の前でそう名乗った彼女は、控えめに言わずとも美少女だ。華奢で儚げな外見に反して艶やかで気高い声と芯の強さを持つ監督生は、良くも悪くも注目の的だった。


ナイトレイブンカレッジが建つ場所は、賢者の島と呼ばれている。反対方向にはライバル校であるロイヤルソードアカデミーがあるが今回は割愛。崖の上とは言えども、学園そのものは海に面している。
「おい!海の方に誰かいる!」
それまで適度に騒がしかった学園は、混乱と喧騒で埋め尽くされた。偶然、外を眺めていた生徒が海上を滑る人影を見つけたらしいのだが、その人物が突如校舎に砲撃を放ったことで、大きな騒動へ発展した。
「Ураааааааааааааааа!!!」
歓声とも掛け声とも取れる声を発しながら、攻撃を開始してきたのは全員女性の姿をしていた。氷の上で舞うかのように海上を滑る女性たちは、無差別に視界に入った生徒たちへと不可思議な弾幕を投げていった。魔法とは全く違う性質のそれは、マジカルペンを構える隙も与えなかった。


最終的に侵入者を学内に入れてしまったのは、油断と躊躇からだと報告することになるだろう。
矢鱈と滑舌に苦労しそうな声掛けをしながら自分たちへ攻撃を下すのは、見目麗しい女性たち。誰もが防寒対策を重視した白い軍服に身を纏い、軍隊の如く整列された動きで学生たちに砲の鉄槌を下していた。
ドンパチやろうじゃないかДавай, пойдём на войну!」
「Да!」
冷たい印象を与える重厚長大な装備は、線の細い少女たちには不釣り合いじゃないか。そう思いながら校舎内を走る生徒を叱責する教師は一人もいない、どころか一緒になって走り逃げていた。
エレメンタリースクールに通う年齢程度のクリーム色の髪を切り揃えた少女が、クマに似た形のボトルを片手に男子生徒を追い回す。隣には、ふわりと髪を揺らす洗練された動きとは反対に、愉快そうに笑いながら同じく追いかけている女性。
「………うっぷ。同志指揮官がこんな場所にいるとは思えないけど……」
「だが同志の部屋の鏡が光り、同志の姿を映していたのだから、何処かにいるのは間違いない」
「う〜ん……」
自分たちは息が上がってしまっているというのに、彼女たちは会話に花を咲かせている。同時に、複数人の男性を走り追跡する少女たちの異質具合に怯えるばかりだ。
「仔犬共、もうすぐ鏡舎だ!」
「よし!寮長に何とかしてもらえる………!」
白と黒でファッションを固めた、教職員のクルーウェルは自身が受け持つクラスの生徒を避難させる。もう安心だと零しながらも走るのを止めない、顔にハートとスペードといったペイントを施している二人の男子生徒。エースとデュースは、今は一緒にいないもう一人の友人、監督生の無事を願いながら鏡舎の中へと滑り込んだ。
「ローズハート寮長………っ!?」
「どうした仔犬……なっ!?」
エースとデュースを守るように前に出たクルーウェルが見た光景は、予想していなかったなんて言葉では片付けられない、衝撃的なものだった。


首をはねよオフ・ウィズ・ユアヘッド!」
「まあ」
法律を重んじるハーツラビュル寮の寮長、リドルがユニーク魔法を放った相手は、銀雪を連想させる癖のある長い髪を三つ編みにした、穏やかそうな女性。彼女はリドルの魔法で付けられた首輪を撫でるという行動をとった。
「とっても可愛い首輪ですね、ありがとう Спасибо
そう言って、魔法封じのための首輪を片手で壊した。ガラクタ同然となった破片は、パラパラと床に落ちていった。
「そんな、ローズハート寮長のユニーク魔法が……」
「マジかよ……」
ユニーク魔法が効かないと分かったリドルは、ファイアショットや防衛魔法を駆使して戦闘体勢に入る。
「リドルの首輪をあんな簡単に……」
「ていうかアレ女の子の力じゃなくない!?」
一方、同じくハーツラビュル寮生であり先輩のトレイとケイトもマジカルペンを構えている。トレイは自身のユニーク魔法・薔薇を塗ろうドゥードゥル・スートで向かってくる砲撃弾幕をトランプカードに上書きし、その隙にケイトが魔法で攻撃を放つ。

普段は怠け者と言われているサバナクロー寮長のレオナは、余裕綽々と微笑む淑女に見下されていた。女性を尊ぶ慣習が根付いた夕焼けの草原出身にして王族として教育を受けているレオナに、目の前の女性を攻撃することなど出来ない。それは、雌が集団のリーダーとなるハイエナ種族であるラギーも同じだ。
「ふふ、もう終わり?」
「チッ………余裕そうだな」
「ええ。貴方達が可愛いペットみたいで、楽しく愛でることが出来たわ」
「ペット、だと………?」
不機嫌に唸るレオナに臆することもなく、ただ笑う女を不気味に感じたのはその場にいた全員だった。
「………レオナさん、その人の挑発に乗るのは……っ」
レオナやラギーの近くで同じく倒れていたアズールは、残っている力を使って立ち上がろうとする。そんな彼の前に、見た目からも分かるほど柔らかな雰囲気の少女が現れた。少女は青とラベンダーのオッドアイを向けて、アズールの顔を覗き込むと、にっこりと笑って見せる。
「お友達の心配だなんて、あなたは優しい男の子ですね〜」
「…………貴方がた、何が目的ですか」
「目的?」
「貴方たちに話すことじゃないわ」
レオナの相手をしていた色香の強い女性が、突然声を大にして言い放った。そうしてすぐ女の表情は憂いを帯びたものへと変わっていった。
「…………ふぅ、会いたいわ、指揮官」
「………そのシキカン、ってのがお前らの目的?」
アズールの両隣で跪いていた双子の片割れ、フロイドは二人の少女を睨み上げる。片方のジェイドも、普段の人当たりの良い表情を浮かべることはなかった。
「……あっ、貴方たちは双子、なの?綺麗な目をしてますね〜」
「オレ聞いてんだけど………っ」
「ん〜、女の子の隠し事を暴いたら、おセッキョウしちゃいますよ?」
少女の輝く太陽のような笑みを、慈悲深い彼らはただ見上げていることしか出来なかった。

「なあ、こんなことはやめて、話し合おうぜ!」
「わたしもそうしようと思っていたよ!でも、わたしにも譲れないものがあるからね!」
「やめろカリム!交渉決裂だ」
カリムとジャミルの相手をしているのは、切り揃えた髪型の朗らかそうな幼い少女。小さな体で連装砲を手に攻撃してくる彼女を、互いに妹を持つ彼らは何とか対話しようと試みたが、それも失敗に終わっていた。
「くっ………大丈夫か、セベク」
「問題ない………だが……」
すぐ近くでは、シルバーとセベクが活発そうな少女の砲撃を躱し続けていた。時折、二人も魔法で対抗していたが、少女は攻撃を物ともせず彼らに向かって行く。ははははは!と高らかに笑うその姿は、楽しく遊ぶ元気な女の子と変わらなかった。
「Урааааааааааа !撃てー!」
榴弾幕は防衛魔法によるバリアで封じるだけで手一杯だ。青い髪の小さな少女と灰色の髪のボーイッシュな少女は、水を得た魚のように上機嫌で鉈を振り回したり、花火の弾丸を投げていく。

自分こそが一番美しいと、自他共に認めているヴィルはその姿を一目見て息を飲んだ。
「今回は愉快な戦いが期待出来そうだ」
蒼い海が揺れ動いている様を表現した長い髪を靡かせた女性は、容赦無く弾幕を放ってきた。
プライドを持つ狩人であるルークは、彼女の研ぎ澄まされた、それでいて大胆かつ麗しい身の熟しに目が離せない。それはエペルも同じらしく、ヴィルとは違う系統の美しさに大きく目を見開いていた。
「こんな状況じゃなかったら、素直に見惚れたいわ………」
「私もだよ、彼女の動きには隙も無ければ無駄も無い…………あのような人を女傑と呼ぶのだろうね!」
強固な防壁を作り出しながら、彼女の振舞いを観察する。神色自若といったその姿は、美を重んじる自分の寮生ではなくても夢中で見てしまうだろうとヴィルは考える。
「当ててやろう。お前達は私ばかりを見て、周りに目を向けていない………そうだろう?」
「…………何ですって?」
「ヴィル!」
ルークの声がなければ、正面から攻撃を喰らっていただろう。ヴィルが直前で避けることが出来た弾幕を撃ったのは、猫の耳のようなアクセサリーを付けた紫色の髪の幼い見た目の少女だった。少女は不機嫌そうに重たい武器を向けている。
「タシュケントの攻撃を避けるなんて………ま、いいけど」
声は愛らしい子どものものであるが、考えていることは達観しているらしい。

___________そんな光景を、遠くから見ている二人の姿があった。
「みんな、よく暴れているわね」
「そうじゃのう」
赤いメッシュを入れた女性と、ディアソムニア寮の副寮長・リリアは穏やかな会話とは反対に弾幕や魔法で攻撃しあっていた。
「ところで聞きたいことがあるんじゃが、良いか?」
「私に?まあ、いいわ。言ってみなさい」
「では遠慮無く……………お主ら、ただの人間ではあるまい?」
リリアはそれまで浮かべていた怪しげな笑みを消して、自身の前に立ち塞がる少女に問うた。少女の方は、呆れたように大きく溜め息を吐いてじっとりとリリアに視線をやる。
「そういう貴方こそ、人間なんかじゃないでしょう。わたし達は………そうね、機械のような存在だと思って構わないわ」
「ふむ、機械とな」
「そっちにも似たような子がいるじゃない。少し性質が違うようだけれど」
鮮やかな赤い瞳が、リリアから外れる。少女の視線の先には、小さな少年の姿があった。自分の力では建物ごと破壊してしまう、と思い防御に徹底している少年は、確かに人間ではなくロボットだ。兄のイデアに代わって鏡舎にいたオルトは、生徒や教職員のサポートに回っていた。

________…………イグニハイド寮、寮長の部屋。
イデアは自室に篭っていたが、操作していたパソコンの画面を見て思わず椅子から勢い良く落ちた。
「聞こえていますか、蒼き青年」
「ヒッ、アッ、ハイ………」
鏡舎で起きている戦闘の映像を見ていた時、見覚えのない文字で書かれたメールが届いた(念のため調べたが、異常が見られなかった)。それをクリックして開いて見ると、画面に映し出されたのは白く長い髪に蒼い瞳の美女。そして隣には似た顔立ちで赤い瞳の少女がいた。こんな時に美少女ゲームの広告かよ、と思っていたイデアがそのページを閉じようとしたのだが、そうする前に蒼目の方の美女が口を開いた。先の会話の理由はこれである。
「まずは、今この戦況で話が可能となるのは貴方しかいないと判断し、このような形で現れ驚かせてしまったことを謝罪いたします。本当に申し訳ありません」
「イエッ、アッ」
「紹介が遅れましたね。私の名はソビエツキー・ソユーズ、ソユーズとお呼びください。貴方も、ご挨拶を」
「我が名はソビエツカヤ・ロシア。ロシア、とでも呼んでくれ」
「はひっ………」
画面越しと解っていても、美女達の視線が気になってしまう。白い睫毛から覗くサファイアとガーネットは、確かにイデアの目を見ていたのだろう。
「彼女たちのことも心配なので、手短にお聞きします。宜しいですか」
「………………僕の、分かる範囲なら」
感謝します Спасибо
ソユーズの話し方とロシアの態度を見聞きして、ソユーズと名乗る女性がリーダー的存在となるのだろうという結論に至る。他の寮長や生徒、さらに教師まで戦闘状態の今、対話が可能なのは自分一人であると考えたイデアは、別の端末でメモを取る準備をした。
「では最初に此方から………エレナ・ストレリツォーヴァ」
「…………え」
「私達が探す人間の子の名です。この名を聞いたことはありますか?」
イデアは、善悪問わず噂の対象の監督生の名前を思わぬ人物から聞いてしまった。それにより、今のこの状況が想像していたよりもずっと危ないのではないかと焦り始めた。しかしそれは、画面の向こうの美女たちは知る由もなかった。


「思っていたより頑丈な子たちね」
「セイレーンとも思えない姿形をしているから、恐らく人間なのだろうが………」
寮長クラスに怯えるどころか余裕を絶やさない女丈夫達は、立ち上がる男達を見て機嫌を良くしていた。
外見ロイヤルソードアカデミー、中身ナイトレイブンカレッジといった彼女達。その中の一人、ヴィルやルークを相手にしていた蒼い女傑が声を出す。
「お前達には聞かなければならないことがエルブルスの山のようにある」
「失礼ながらレディ、此方にも貴女達に質問がある」
「………まあいい、聞かせてもらおう」
「何故、俺達を攻撃した?」
クルーウェルが聞けば、少女達はぽかんとした。
「何故か、ですって?白々しいわね」
気分が悪い、といった仕草をしてみせるのはリリアの相手をしていた赤メッシュの少女。吐き捨てるように放った言葉に、他の少女たちも続け様に発言していく。
「そうだぞ!同志指揮官を連れ去ったのって、お前達だろ?」
「同志がこの謎の基地内にいることは既に把握済み、言い逃れなど出来ないぞ!」
灰色の陽気な少女は悪い行いをした子を叱るように、白いウェーブの少女は尋問のように、それぞれ男達を問い詰めていく。
「もう良いか?私たちの質問に答えてもらおう」
「あ、ああ………」
同志指揮官、とやらについて聞きたいこともあったが、殺気立った少女達を刺激してしまっては自分達の命が危ない。そう感じ取ったクルーウェルは、肯定をした。
「まずは………そうだな。お前達はエレナ、という名を聞いたことがあるか?」
「………………エレナ、だと………?」
クルーウェルが呟いた後ろで、舌打ちの音。見ればレオナのものだったらしく、後頭部を掻いていた。
「………あの草食動物かよ……」
「………………………ふうん、やっぱり何か知っているのね。なら、ちゃんと潰してあげるわ」
女性はレオナに向けて妖しく微笑み鎖を手に弄ぶ、その目は氷よりも冷たい。他の大人しかった少女達も、鎖や刃物に似た武器は当然、背後の装備を稼働させている。
「アレは不味い………伏せろ!」
教師と満足に動ける生徒で防壁を生成し、最早此方に聞く耳も持たない少女達の攻撃を受けようと構えた。

_______……………そんな時だった。
「止めなさい!」
それはまるで、天の声と言うべきか。
NRC生は有名であり噂の女子生徒・監督生の声に戸惑いながら、マジカルペンを下ろした。さらに、此方に攻撃を仕掛けてきた女性たちも、同じくして背後の攻撃砲を漸く停止させた。
「我が同志たち」
監督生の声が鏡舎に響き渡る。
エースとデュースでも聞いたことのないはっきりとした声色に驚いたのは、全員と言っても過言ではない。
「彼らはセイレーンではありません」
同志指揮官 Товарищ Офицер!」
絹糸のように白い髪を腰の位置よりも伸ばした、怜悧そうな女性が監督生に近付く。その後ろから、黒い髪を揺らす少女と三つ編みで輪っかを作った少女が追うように付いていた。
「指揮官!探したんだからね!」
「指揮官の心配はしてなかった、けど見つからないから結構暴れちゃった。うん、そんなとこ」
「キーロフ、メルクーリヤ、グレミャーシュチ。ご迷惑をおかけしました」
その光景を見た者は全員呆然としていた。先程まで戦っていた少女達が、監督生のことを指揮官と呼び、親しげに話しているのだから。
徐々に監督生の周りへと集まる、強かな美少女達。その中に立つ監督生もまた、黒を基調とした学生服を着ているにも関わらず溶け込んでいた。恐る恐るといった様に口を開いたのは、ナイトレイブンカレッジの学園長、ディア・クロウリーだ。
「監督生さん…………あなたは、一体……………」
「申し遅れました」
そう一言入れると、監督生は制服のポケットから小さな正方体を取り出す。水色のそれを胸の前に当てれば、突然光りだした。光は監督生の体を包んでいく。徐々に光が消えていくかと思っていると、それまで着ていたナイトレイブンカレッジの黒い制服は、少女たちの装いと酷似した白い軍服へと変化していた。肩に掛けられたスカイブルーのマントには、星や白い熊で作られた紋章のようなマークが描かれている。

「北方連合所属、指揮官エレナ・ストレリツォーヴァです」
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