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「暇だな」
「暇だね」
潜書もなく仕事もないこの日、高浜と河東は一つの部屋で暮らしていた。ここは河東の部屋。本人の希望で和室にしている高浜の部屋とは反対に、河東の部屋は洋室だ。河東曰く「こういう部屋で寝るの楽しそうだよね!」ということらしい。
「何もすることがないのも考えものだな」
「あ、じゃあさ、こういうのはどう?」
そう言って河東が机の引き出しから出したのはトランプ。元々部屋に置いてあったものだが、河東は滅多に遊ぶ機会がなかったため、試しに高浜を誘った。
「聞いたことはあるが、トランプか……」
「ありゃ?やる気ない?じゃあこうしようよ!『勝った方は負けた方に何でも一つお願い出来る』ってさ」
「何でも、だと?」
「うん」
この時、高浜は自分が勝った後の想像をしていた。負けた河東を好き勝手に着せ替え人形にしたりなどという、最早想像ではなく妄想である。
「あ、言っとくけどお願いの内容は紳士的なものだけだからね?きよ、絶対卑猥なこととか考えてるでしょ?」
「なっ、か、考えてなどいない!……まあいい、それで、どう勝負を付ける?」
「えっと……普通にババ抜きとかどう?」
「良いだろう」
トランプカードを切る河東に、高浜は一抹の不安を覚える。河東はもしかしたら不正に勝とうとしているのではないかという可能性が考えられるからだ。
「このトランプには仕掛けなど無いだろうな?」
「まさか、それは無いよ。元々ここに置いてあったんだから」
ババ抜きとは、交互に相手から一枚カードを引き合いペアになったら破棄。最初に手札を捨て切った者が勝者となる極一般的なルールのゲーム。故に、最初に確認すべき事項は、マーキングされているか否か。
(一通りマーキングの有無は確認できた……が、特に変わった点は無し。秉が搦手を使う可能性は無いようだが……いや、秉は絶対嘘はつかない)
河東がこの場面で嘘をつく必要は無い、そう思った高浜は切られたカードを手にする。河東の手には九枚、高浜の手には八枚のカードが残った。
「じゃあ俺から引くね」
ババ抜きは通常、三人以上で行なわれるゲーム。二人で行う場合、何を引いてもババを引くかペアになるかのどちらかである。この場合、ババを持つ河東は当然ペアだった。
(次は俺か……)
続いて高浜が引いたカードに描かれていたのは死神の絵が描かれた、つまりジョーカーのカードだった。高浜は初手ジョーカーを引いてしまったのだ。
(こんな序盤に引いてしまうとは……まさか秉、引き難い利き手の反対側にジョーカーを置くとは……なかなか手強い)
ババ抜きとは運ではない。如何に相手の心を読み取り、ジョーカーを引かせるか。高度な心理ゲームでもある。
(ならばこちらも手を使わせてもらおう……!)
「……何それ!きよでも思いっきり分かりやすいことするんだね!」
高浜は、河東に引いてくれと言わんばかりに、ある一枚のカードを取りやすい場所に置いた。よく子どもがやりがちな方法だ。
「案外俺は取りやすい場所にババ以外を置く人間かもしれないぞ秉?お前が知らないだけでな」
このゲームの根幹は『選択の誘導』である。八分の一の選択肢を引くか引かないかという、二分の一に落とし込む作戦を高浜は実行していた。
(貴様はどうする、秉?)
「きよ、俺はきよのことなら何でも分かるよ?」
そう言って河東は取りやすくなっているカードを引いた。
「………あ、ジョーカーかぁ。まあいいや、お返しに同じことやってあげるね」
高浜は内心戸惑っていた。ジョーカーを引いたというのに、笑っている河東を不審に思ったからである。
(何故だ、何を考えている?俺が圧倒的に勝利してしまいそうなこの状況にも関わらず、何故その表情が出来る?)
おそらく河東なりの演技だと思った高浜は、河東の持つカードを一枚引こうとする。
(これも誘導の一部だろう……いや、誘導?)
このゲームを提案した河東が、態と高浜と同じように引きやすい場所にカードを置いていること。態々、河東が高浜の思う通りにカードを引いたこと。これらの行動が、河東による誘導なのではないか。高浜はそう思い始めた。
(待て、そもそも秉が勝った場合のお願いとは一体何だ?もし、秉のお願いという奴が最初から決まっていたとしたら……)

河東は突然悩み始めた高浜を訝しげに見ていた。
(まさか、俺の狙いに気付いた!?)
河東の作戦はこうだ。態と負けて、お願い自体を誘導すること。実際、河東は高浜から映画に誘われるように誘導していたのだ。本の山の中に隠した映画のペアチケットをお願いに使おうとしていたのである。
(これは不味い……これじゃあ、俺がどうしてもきよと映画を観に行きたいって思ってるって勘違いされる……!
それは駄目!これは俺を映画に誘いたいのに誘えないきよを助けるためのゲーム……俺が決してきよを好きって訳じゃない!)
あくまで、河東の目的は『自身を映画に誘えない高浜を誘わせる』。河東にとって、これは高浜への救いだと思っていた。
(きよなら炎のように、情熱的に誘ってくれる!早く俺のこと誘ってよ!)
高浜が悩んだ末に引いたカード。それは、二人の勝敗を決めたものとなった。
ペアを作った高浜は無事勝利した。河東の手元には、死神ジョーカーのカードが一枚残った。
「俺の勝ちだな。さて、何をお願いしてやろうか。確か、紳士的なもののみだったか」
「そうだね。やっぱりここはきよらしい、男らしいお願いがいいなぁ。例えば……」
態とらしく河東が本の山をいじり出す。本来なら、ここで本が崩れ落ち、映画のペアチケットが出てきて、高浜から映画に誘い出すというのが河東の作戦だった。
が、しかし、その中から映画のチケットが出てくることはなかった。
(な、なんで!?確かに入れておいたはずなのに……!)

一方、高浜の手には映画のペアチケットが握られていた。河東が悩んでいる最中を狙い、チケットを奪い取っていた。
(隙だらけだったぞ秉。このチケットさえ奪ってしまえば、お前の望み通りの願いを聞く必要がない。これで、秉と映画を観に行く必要は……)
ここまで考えて、高浜は目の前の河東の顔を見遣る。本人に自覚は無いのだろうが、落ち込んでいるのは目に見える。
「何だ、これは。こんな所に落ちているものか?」
「え……」
高浜は態とチケットを床に落としてから拾い上げる。先日、伊藤から譲り受けたという恋愛映画のペアチケットだ。
「そうだ。折角なら、このチケットを一枚貰う。これをお願いにしよう」
「え、い、一枚……?」
「この日は俺も丁度空いている。俺はこのチケットを有効活用する、もう一枚はお前が好きに使うといい」
「……」
河東は残された映画のチケットの一枚を見つめる。高浜と共に映画を観ることは出来ないかもしれない、けれど。
「……きよがそういうなら、いいけど。もしかしたら当日……」
「ばったり出くわす、なんてこと……」

「あるわけないな」
「あるわけないよね!」

果たして、二人は当日映画館で出逢うのか。それはまた、別の話であった。
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