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「俺は好きだよ、一真くんのこと」

葵陽の言う、その『好き』という言葉がそういう意味に変わった時は恐ろしかった。だからその日から俺は自分を守るためだけに言い始めた。

「俺はお前が嫌いだ、葵陽」


* * *


生まれた時から体温が異常な程低く、両親が不安を隠しながら俺を病院に連れて行ったというのはもう古い話だ。勿論両親の不安は残酷にも当たってしまった。
俺自身アイスであると知ったのは言葉が話せるようになった時、自我が形成されてきた時期だった。
アイスの人間はジュースの人間に惹きつけられる。両親からは「例え本当に好きな相手だとしても、ジュース相手に好きだと口にしてはいけない」と教えられた。「言えば死ぬ」とも言われた。
幼かった俺は勿論泣いた。愛する人間に、告白すら出来ないという事実に絶望した。だが、それも歳をとればそんなことがどうでもよくなった。要は、俺は誰も好きにならなきゃいいんだ。寿命で死ぬその時まで、誰も愛さなければそれでいいんだと思い始めた。
………アイツ、葵陽に「好き」と言われるまでは少なくともそう思っていた。

「一真くん」

俺の目の前の葵陽は名前負けしない太陽の様な笑顔で笑っていた。誰にでも笑顔を振りまく偽善者で、俺が大嫌いな人間だというのが第一印象だ。だが、FairyAprilのメンバーとして同じ環境で過ごしていくと葵陽に対するイメージも段々変わってきた。俺は葵陽に惹かれていった。そんな中、葵陽に言われた言葉で俺は自分の存在を思い知らされる。

「俺、一真くんが好き」

俺はアイスだ。アイスはジュースに無意識に惹かれて、両思いだと分かればアイスは死ぬ。そして、俺は葵陽に惹かれていた。この条件から考えられる事なんて一つしかない。自分の本音を隠すように、自分に言い聞かせるように言っていた。

「そうか、俺はお前が嫌いだけどな」

そう言うと葵陽は一瞬泣きそうになるが、また笑顔に戻った。葵陽の表情の変化に心が痛む、「ごめんな」と心の中で謝る。

「そうだよね、ごめんね」

笑っているが、声が裏返っているから俺が去ればきっと何処かに隠れて泣くんだろう。次の日には目元を赤く腫らしてスタジオに入って来そうだ。

「じゃあ、俺、帰るね」

下を向いたまま葵陽は俺から逃げるように部屋を出た。葵陽、俺は本当はお前のことが好きなんだよ。


* * *


もし俺が葵陽に「好きだ」と伝えて溶ける時、葵陽はどう反応する?泣きながら「死なないで」と言って抱き締めてくれるか?そうしてくれるのなら、俺は伝えたって構わない。だけど葵陽はジュースだ、俺以外のアイスを惹きつけてしまうことだってあるかもしれない。

………葵陽がそいつを好きになる可能性だって、あるんだ。

もし俺が死んで、葵陽にまた好きな奴が出来たら俺はどうしたらいい?葵陽はそいつに夢中になって、俺のことを忘れてしまうかもしれない。今は俺を好きだと言う葵陽も、俺がいなくなれば俺への感情も消えてしまうに違いない。人は忘れたくなくても忘れてしまう生き物だ。俺が死んだら、葵陽に俺の気持ちを伝える手段なんてない。

「どうしたら、いいんだ」

何も考えずにテレビのチャンネルを回す。するとドラマの修羅場らしきシーンが映し出される。今人気の女優の女が、俳優の男に包丁を突き立てている。

『あなたが他の女のモノになるくらいなら……殺してやる!』

女は演技とはいえ、本当に人を一人殺してしまいそうな目をしていた。何故か俺はそのシーンに釘付けになっていた。馬乗りになった女は男の腹や心臓を包丁でぐさぐさと刺している。いつもの俺なら馬鹿みたいだと軽蔑するくらいのその絵面が、全ての解決策に見える。

「……そうか、そうだよな」

この女の言う通りだと思った。葵陽が他の奴と結ばれるくらいなら、もう自分以外を認識出来なくしてしまえばいいんだ。刺された男には申し訳ないが、女にはそれしか方法がなかったんだ。
どうせ俺は葵陽に想いを伝えれば死ぬんだ。死ぬくらいなら、俺の葵陽を想う気持ちを葵陽にぶちまけても構わないよな。
この日の夜は何故だか気分よく眠れた。


「葵陽」


一真くんに名前を呼ばれる。昨日の今日で今の顔をあまり見られたくないけれど、何とかいつもの笑顔を作って対応する。

「何?一真くん」
「今日、家に来ないか?」

俺は一真くんに誘われたことが嬉しすぎて、昨日の出来事が嘘みたいに「うん!」と頷いた。俺の返事に気を良くした一真くんは「後でな」と言って微笑んだ。
昨日、一真くんに「好き」と伝えた。そしたら一真くんは「嫌い」と返してきた。最初から分かっていた結果だったけど、現実で言われるとショックが大きかった。でもいいんだ、俺にはもう未練なんてない。一真くんなら俺なんかより素敵な人を見つけるから、俺のことはすぐに忘れる。昨日のことだって気にしている様子もなかったし、俺も早く忘れてしまおう。


* * *


一真くんが一人で暮らしているというマンションに着いて部屋に通される。

「そこに座っとけ、飲み物入れてくるから」
「ありがとう!」

言われた通りソファーに腰を下ろした。目の前にテレビがあったから、それでも見ようかなと思ってテーブルの上に置いてあったリモコンに手を伸ばそうとする。それと同時に後ろから一真くんの声が聞こえた。

「おい葵陽」
「え?あ!勝手に触って……」

ごめん、と振り向いて言おうとしたが声が出なかった。俺の口から出てくるのは苦しげな呼吸だけ。そして首には冷たさが当たっているから、俺は一真くんに首を絞められていることが分かる。

「あ……か、ずま…く……っ」

意識が朦朧としてきた頃にようやく解放されるとソファーに倒れ込んだ。その上に一真くんが馬乗りになる。

「一真く……ゔっ!!」

そしてまた俺の首を一真くんの手が喉元を潰すように絞めていく。助けの声を上げようにも呼吸が儘ならない状態で出来ない。目の前が掠れてきた時に見えたのは一真くんの笑顔だった。

「葵陽は俺が好きなんだったな」

思い出したかのようにそう言う一真くん。どうして今言うのかと思いながら、必死に意識を保ちながら続きを聞く。

「だったら俺に殺されてくれ」
「ひ……っ!?」

首に圧力をかけられているにも関わらず引き攣った声を漏らしてしまう。一真くんのことは好きだけど、どうして俺が。

「安心しろ、一人だけ置いて逝かせない…お前をしっかり死なせてから俺も死ぬ」
「………ぁ…、だ……め……」
「何も心配するな……ほら、これで終わらせるから」

一真くんが持ったのは傷一つない新品の中華包丁。きっとこの時のために購入したんだろう、俺を殺すためだけに。

「本当はこうしなくてもこいつで何発か刺せばすぐに死ぬだろうが……最期にお前の苦しむ顔が見れたからよかった」
「や、め……」
「待ってろ葵陽………」

一真くんの言葉と共に感じた腹部の強烈な痛み。悲鳴を上げる暇もなく二発、三発…と連続で腹を刺される。身体が痺れてくると今度は右胸を刺された。何度も何度も刺されて、もう起き上がって見れないけれど身体中赤く染まっているんだろう。

「_________」

意識が消えかかっている時に一真くんの声が聞こえた気がした。でも、何て言ったのかは聞き取れなかった。
数秒が経って、俺と世界が遮断された。


「……思ったより綺麗だな、葵陽」


葵陽はソファーの上で大量の血を流していた。目は少し開かれていたが生気はなく、本当に死んでいるんだと感じさせられた。いつも眩しいくらいの笑顔を見せて、ステージで輝いていた鳳葵陽はもういない。
俺がそうしたから。俺が殺したから。

「冷たくなってきたな」

葵陽の体に触れると死後硬直が始まってきたのか、冷たくなっていた。急いで葵陽をベッドまで運んで寝かせた。その隣に寄り添うように俺も寝る。葵陽を抱き締めると、まだ少し温もりが残っていた。

「葵陽、俺はお前が好きだ」

葵陽の白いシャツは血で真っ赤に染まり、葵陽の体に張り付いていた。俺は数分したら溶けて死ぬから、その水滴で何か出来るだろうかなんて考えてしまう。死ぬのが怖かった子供の頃は毎日怯えていたのに、いざその場面に出ると案外冷静に物事を考えられるんだな。
体に水滴が汗のようにじわじわと流れてくる。それが多くなると同時に葵陽の体を抱き締めている力を強くした。もちろん葵陽は俺を抱き締め返すことなんてしない。きっと生きていたらしてくれただろう。

「葵陽」

ボチャン、という大きな音が聞こえた瞬間、俺の意識は完全に無くなった。







『葵陽、死んでも一緒だ』





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