月歌。
収録終わり、恋は楽屋に荷物を取りに向かっていた。今日の仕事は終わったし、歩いて寮に帰ろうと考えながら。
「如月さん!ちょっといいですか?」
「え?」
話しかけてきたのは今日の収録の際に初めて会った、恋のメイクを担当した男だった。今年で一年目だと言っていた新人なのだが、恋は「えっこの人ほんとに新人か?」と思ったほど上手かった。
「あの、時間があったらメイク落としていきますか?」
何故そんなことを、と思ったが恋は時間を確認する。時計は19時20分を指していた。大して長くはかからないだろうし、別にいいかと了承した。
「まぁいいですよ」
それがいけなかったのかもしれない。
無言で恋の顔に触れてくる手が、何だか落ち着かなかった。
(……長い)
ふと、テーブルに置いていたスマートフォンの音が鳴った。駆からLINEが来たという通知だった。
(うわ、駆、ナイスタイミング!)
共演した俳優からまるで女を相手にしているかの様にご飯に誘われたという駆が面白すぎて小さく笑いながら「マジかよ笑った」と返したら「ざっけんなよ」とキレられた。
(せっかくだし俺も今の状況言っておこっと)
スマートフォンを手に笑いだした恋を不思議に思ったメイク落とし中の男は、恋のスマートフォンを覗き見ようとしている。
(はぁ……ウザいな………束縛激しい彼氏かよ)
すると、駆から「恋仕事終わったんじゃないの?」と返信が来た。メイク落としされていることを、男であることも遠回しに伝えると駆からの返信は草塗れになって返ってきた。
「…………」
(は?何……何か言ってる……?)
後ろで男が何か小声で言っていることに気付いた恋だったが、駆からの返事が来たらしく通知音が鳴ったのでそこに意識をする。
が、その内容で一気に寒気が襲った。
「そいつ恋のこと好きなんじゃね」
恋のスマートフォンを持つ手が震え始める。鏡越しに見た後ろの男は、何故か顔を紅く染め上げていて呼吸も荒かった。
「………如月さん?どうしました?」
「あ、っ……」
逃げないと、そう決断したのは早かった。恋は「俺、明日早いんでもう出ますね!お疲れ様でした!」と大声ブレス無し早口で言ってから、荷物片手にテレビ局を出た。
(ヤバいヤバいヤバい………!このまま寮に帰るのも危ないし……)
走りながら問答していると、目の端に映ったのは硝子張りの如何にもオシャレなカフェ。恋は早歩きで店内へと入っていった。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、ホットココアで」
「かしこまりました」
女性店員が持ってきたホットココアを一口飲むと、煩かった心臓の音は静かになっていった。
駆に無事だと報告してからすぐ返事が来た。心配させて申し訳ないなと思いつつ、後で何か奢ろうと考えていると、郁がグループに浮上したようだ。駆が全てを説明してくれていた。
(……え?)
郁のLINEの一文「俺そのメイクさん知ってる」。思わず声が出そうになった恋だったが、我慢して返事をする。特徴を送ると、郁から肯定文。郁の話によると、以前にも似たようなことがあったらしい。
ちなみに恋は、駆の「クソ男じゃん」に対して「クソじゃないよ、クズだよ」という郁の返事で「ンッフフwww」という声を漏らしてしまったため、隣の席のカップルに変な目で見られた。
その後、涙も浮上してきた。いつも通りのグループトークをしながら帰りに迎えに来れる人がいないかを駆に問う。時間的にマネージャーである奏がいるかもしれないらしく、駆が連絡をいれるそうだ。
(俺も月城さんに伝えよっと……電話電話……)
電話をしようとした時、郁から恋に宛てた通知が入る。それも、自分が今いるカフェの場所を当てた内容。平然を装いながら返事を返すと、おそらく郁も焦りながら打っているのか、連続でLINEが更新されていく。
「カフェの前まで来てもらった方がいい」
「俺いまちょうど黒月さんの車でそのカフェ横切った」
「近くに例のメイクさんいた」
「てかこれ月城さんに店に入ってもらった方がいい」
「月城さんいつ着くの」
思わず後ろを見ようとする恋。街頭の下に佇み、恋を見つめる見覚えのある男がいた。
いつの間にか忘れていた寒気が恋を襲う。すると、握り締めていたスマートフォンの通知が入る。涙から恋へのLINEだ。
「奥の席って恋?」
「……恋!」
「あ、る、涙……」
恋の目の前には涙、その後ろにはSolidSの志季と翼。三人とも驚いた表情で恋を見ていた。
「恋、隣座るよ」
恋の隣に涙、二人の前の席に志季と翼が座る。
「話は涙から聞いた……胸糞わりーな……」
「恋、怖かっただろう。ほら、ホットココアが冷めるぞ」
「………」
無言でカップを持つ手は震えていた。それを見た志季と翼の理性の線は切れそうになっていた。
「……奏に連絡入れた。すぐ車来るよ」
「分かった。翼、お前は先に恋たちと車で帰れ」
「は!?志季はどうすんの!?」
「俺はやることがあるから、な」
恋の後ろを見ながらそう言う志季に納得した翼は「了解!ダーリン♥」と返事をした。涙はその理由が分からなかったが、何となく察した。
車がカフェの前に止まったのは20時ちょうどだった。助手席に涙が乗り、後部座席に翼と恋が乗る。
「……恋くん、何かあったんですか?」
「………うん」
涙は奏に事の全てを話した。もちろん、恋のメイクを担当した男のことも。
話終わる頃には、奏の普段の優しげな顔に怒りがこもっていた。後に、後部座席に座っていた翼は「あの人絶対キレると笑顔で精神攻撃してくるタイプだ」と語る。
涙たちが寮に着いて共有ルームに向かうと、そこには既に始と隼と駆がいた。始は無表情だが、明らかにその身に纏うオーラは怒りそのものだった。隼も笑ってはいるが目の奥は全く笑っていなかった。尋常ではない恋の様子を見た二人は、頭のどこかで何かが切れる音を聞いた。
その後少ししてから郁と大が部屋に入ってきた。改めて恋を見た郁は「絶対あの男殺す」とボソッと呟いた。
「駆から全部聞きました。で、どうやって男を追い詰めるかでしたね」
「始さん違います。情報共有するだけですから」
この人怒りでどうにかなってるな、と内心察しながら訂正する駆。一方で、翼は恋を部屋に送り届けて共有ルームに戻ってきた。
「今志季が男の人捕まえて警察だって」
「流石志季!けどこれ捕まるの?」
「間違いなくそうだろうねぇ……彼は前にも夜を襲っているし」
「え、マジで?」
「あれ?知らなかったかい?」
「初耳……」
それもそのはず。夜の「大事にしたくないから。あと普通に面倒臭い」という気持ちからその件を知っているのはプロセラルムのメンバーとマネージャーの大だけだった。
「彼が逮捕されるとなると、夜のことも早いうちに世間の耳に入るだろうね。夜には僕から伝えるから安心してね」
「すまないな、隼」
翌朝、ネットニュースや番組は如月恋がストーカー被害に遭った事件を大きく取り上げた。もちろん、その前には長月夜が同様の被害に遭っていたことも。
後から逮捕された男は他にも狙っていたアイドルやタレントが複数いたことを供述した。ちなみに全員男だった。これに対してSNS上では彼らのファン以外にも怒りや侮蔑を顕にする者が多数いた。
「始さん、隼さん……ほんと迷惑かけてごめんなさい……」
「恋、こういう時はありがとうでいいんだぞ」
「そうそう。恋が無事ならそれでいいんだから、ね?」
「あ、ありがとうございます……でも、夜さんにも、嫌な思いさせちゃったし……」
「え?いや、俺別に普通に面倒だったし」
「夜、ちょっと黙っていよう?」
恋は今回の件で迷惑をかけたと思い詰めていた。始や隼の他に、男を警察に突き出した志季、自分を慰めてくれた翼、そして自分に標的が移る前に被害に遭った夜に謝罪して回っていた。年少組のグループラインにも、謝罪の文を送った。
「……っていうか、俺が大変って時に何の話してんの!?」
恋は、自分が浮上していなかった間のグループトークを見ながら思っていたことをつい口にしてしまった。
やれSMAPがどうとか嵐がどうとか、某人理修復するソーシャルゲームの話を延々としていた他の三人に少しだけ怒りながら、所々で自分を心配してくれていた彼らに感謝した。
「如月さん!ちょっといいですか?」
「え?」
話しかけてきたのは今日の収録の際に初めて会った、恋のメイクを担当した男だった。今年で一年目だと言っていた新人なのだが、恋は「えっこの人ほんとに新人か?」と思ったほど上手かった。
「あの、時間があったらメイク落としていきますか?」
何故そんなことを、と思ったが恋は時間を確認する。時計は19時20分を指していた。大して長くはかからないだろうし、別にいいかと了承した。
「まぁいいですよ」
それがいけなかったのかもしれない。
無言で恋の顔に触れてくる手が、何だか落ち着かなかった。
(……長い)
ふと、テーブルに置いていたスマートフォンの音が鳴った。駆からLINEが来たという通知だった。
(うわ、駆、ナイスタイミング!)
共演した俳優からまるで女を相手にしているかの様にご飯に誘われたという駆が面白すぎて小さく笑いながら「マジかよ笑った」と返したら「ざっけんなよ」とキレられた。
(せっかくだし俺も今の状況言っておこっと)
スマートフォンを手に笑いだした恋を不思議に思ったメイク落とし中の男は、恋のスマートフォンを覗き見ようとしている。
(はぁ……ウザいな………束縛激しい彼氏かよ)
すると、駆から「恋仕事終わったんじゃないの?」と返信が来た。メイク落としされていることを、男であることも遠回しに伝えると駆からの返信は草塗れになって返ってきた。
「…………」
(は?何……何か言ってる……?)
後ろで男が何か小声で言っていることに気付いた恋だったが、駆からの返事が来たらしく通知音が鳴ったのでそこに意識をする。
が、その内容で一気に寒気が襲った。
「そいつ恋のこと好きなんじゃね」
恋のスマートフォンを持つ手が震え始める。鏡越しに見た後ろの男は、何故か顔を紅く染め上げていて呼吸も荒かった。
「………如月さん?どうしました?」
「あ、っ……」
逃げないと、そう決断したのは早かった。恋は「俺、明日早いんでもう出ますね!お疲れ様でした!」と大声ブレス無し早口で言ってから、荷物片手にテレビ局を出た。
(ヤバいヤバいヤバい………!このまま寮に帰るのも危ないし……)
走りながら問答していると、目の端に映ったのは硝子張りの如何にもオシャレなカフェ。恋は早歩きで店内へと入っていった。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、ホットココアで」
「かしこまりました」
女性店員が持ってきたホットココアを一口飲むと、煩かった心臓の音は静かになっていった。
駆に無事だと報告してからすぐ返事が来た。心配させて申し訳ないなと思いつつ、後で何か奢ろうと考えていると、郁がグループに浮上したようだ。駆が全てを説明してくれていた。
(……え?)
郁のLINEの一文「俺そのメイクさん知ってる」。思わず声が出そうになった恋だったが、我慢して返事をする。特徴を送ると、郁から肯定文。郁の話によると、以前にも似たようなことがあったらしい。
ちなみに恋は、駆の「クソ男じゃん」に対して「クソじゃないよ、クズだよ」という郁の返事で「ンッフフwww」という声を漏らしてしまったため、隣の席のカップルに変な目で見られた。
その後、涙も浮上してきた。いつも通りのグループトークをしながら帰りに迎えに来れる人がいないかを駆に問う。時間的にマネージャーである奏がいるかもしれないらしく、駆が連絡をいれるそうだ。
(俺も月城さんに伝えよっと……電話電話……)
電話をしようとした時、郁から恋に宛てた通知が入る。それも、自分が今いるカフェの場所を当てた内容。平然を装いながら返事を返すと、おそらく郁も焦りながら打っているのか、連続でLINEが更新されていく。
「カフェの前まで来てもらった方がいい」
「俺いまちょうど黒月さんの車でそのカフェ横切った」
「近くに例のメイクさんいた」
「てかこれ月城さんに店に入ってもらった方がいい」
「月城さんいつ着くの」
思わず後ろを見ようとする恋。街頭の下に佇み、恋を見つめる見覚えのある男がいた。
いつの間にか忘れていた寒気が恋を襲う。すると、握り締めていたスマートフォンの通知が入る。涙から恋へのLINEだ。
「奥の席って恋?」
「……恋!」
「あ、る、涙……」
恋の目の前には涙、その後ろにはSolidSの志季と翼。三人とも驚いた表情で恋を見ていた。
「恋、隣座るよ」
恋の隣に涙、二人の前の席に志季と翼が座る。
「話は涙から聞いた……胸糞わりーな……」
「恋、怖かっただろう。ほら、ホットココアが冷めるぞ」
「………」
無言でカップを持つ手は震えていた。それを見た志季と翼の理性の線は切れそうになっていた。
「……奏に連絡入れた。すぐ車来るよ」
「分かった。翼、お前は先に恋たちと車で帰れ」
「は!?志季はどうすんの!?」
「俺はやることがあるから、な」
恋の後ろを見ながらそう言う志季に納得した翼は「了解!ダーリン♥」と返事をした。涙はその理由が分からなかったが、何となく察した。
車がカフェの前に止まったのは20時ちょうどだった。助手席に涙が乗り、後部座席に翼と恋が乗る。
「……恋くん、何かあったんですか?」
「………うん」
涙は奏に事の全てを話した。もちろん、恋のメイクを担当した男のことも。
話終わる頃には、奏の普段の優しげな顔に怒りがこもっていた。後に、後部座席に座っていた翼は「あの人絶対キレると笑顔で精神攻撃してくるタイプだ」と語る。
涙たちが寮に着いて共有ルームに向かうと、そこには既に始と隼と駆がいた。始は無表情だが、明らかにその身に纏うオーラは怒りそのものだった。隼も笑ってはいるが目の奥は全く笑っていなかった。尋常ではない恋の様子を見た二人は、頭のどこかで何かが切れる音を聞いた。
その後少ししてから郁と大が部屋に入ってきた。改めて恋を見た郁は「絶対あの男殺す」とボソッと呟いた。
「駆から全部聞きました。で、どうやって男を追い詰めるかでしたね」
「始さん違います。情報共有するだけですから」
この人怒りでどうにかなってるな、と内心察しながら訂正する駆。一方で、翼は恋を部屋に送り届けて共有ルームに戻ってきた。
「今志季が男の人捕まえて警察だって」
「流石志季!けどこれ捕まるの?」
「間違いなくそうだろうねぇ……彼は前にも夜を襲っているし」
「え、マジで?」
「あれ?知らなかったかい?」
「初耳……」
それもそのはず。夜の「大事にしたくないから。あと普通に面倒臭い」という気持ちからその件を知っているのはプロセラルムのメンバーとマネージャーの大だけだった。
「彼が逮捕されるとなると、夜のことも早いうちに世間の耳に入るだろうね。夜には僕から伝えるから安心してね」
「すまないな、隼」
翌朝、ネットニュースや番組は如月恋がストーカー被害に遭った事件を大きく取り上げた。もちろん、その前には長月夜が同様の被害に遭っていたことも。
後から逮捕された男は他にも狙っていたアイドルやタレントが複数いたことを供述した。ちなみに全員男だった。これに対してSNS上では彼らのファン以外にも怒りや侮蔑を顕にする者が多数いた。
「始さん、隼さん……ほんと迷惑かけてごめんなさい……」
「恋、こういう時はありがとうでいいんだぞ」
「そうそう。恋が無事ならそれでいいんだから、ね?」
「あ、ありがとうございます……でも、夜さんにも、嫌な思いさせちゃったし……」
「え?いや、俺別に普通に面倒だったし」
「夜、ちょっと黙っていよう?」
恋は今回の件で迷惑をかけたと思い詰めていた。始や隼の他に、男を警察に突き出した志季、自分を慰めてくれた翼、そして自分に標的が移る前に被害に遭った夜に謝罪して回っていた。年少組のグループラインにも、謝罪の文を送った。
「……っていうか、俺が大変って時に何の話してんの!?」
恋は、自分が浮上していなかった間のグループトークを見ながら思っていたことをつい口にしてしまった。
やれSMAPがどうとか嵐がどうとか、某人理修復するソーシャルゲームの話を延々としていた他の三人に少しだけ怒りながら、所々で自分を心配してくれていた彼らに感謝した。
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