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『我が校と姉妹校である、パルデア地方のアカデミーの交換留学が決定した』
その話をシアノ校長から直接聞かされたブルーベリー学園のチャンピオンは、この日を待っていたのだと寮の自室で歓喜の余り笑った。
ブルーベリー学園では、生徒のみでポケモンバトルの強さを表現するブルベリーグというランク制度が存在している。そのブルベリーグチャンピオンに君臨している男こそ、悪鬼羅刹の如く笑い狂う青年だった。
チャンピオンの青年、スグリは最初から強いトレーナーというわけでは無かった。寧ろ正反対で、実の姉の傍に隠れて過ごしてきた男の子だ。ポケモンバトル教育に特化した校風か、血気盛んでやんちゃな性格の学生もそこそこ多い。姉のゼイユが居なければ、弱々しいスグリは真っ先に格好の餌食になっていただろう。だが反面、スグリはバトルに関わることにはそこそこ強かった。事実、教員からは「伸ばせば光る」と評価されていたのだから。
………その評価が良くも悪くも覆ったのは、姉弟の地元が林間学校に選ばれ、帰国した後だった。
それまでは、オタチやヤンヤンマといったポケモンを連れてはにかんでいた、影に隠れ続けた可愛らしい少年。それが林間学校の後、自分から姉の下を離れて、常に独りで過ごすようになった。
授業外だというのに、昼休憩や放課後も手持ちポケモンの鍛錬や構成に費やした。その成果というのは努力の賜物と言うべきか、執念の塊と言うべきか。結果としてスグリはブルベリーグの四天王を制覇し、当時のチャンピオンを退け、自らブルーベリー学園のトップに君臨した。しかし、スグリがその程度で満足することは無かった。彼が望むのはただ一つ。
三つ編みが似合う、活発な可愛らしい少女。
物語の主人公みたいな女の子に、アオイに追い付いて、その上で勝つことだった。
(…………やっと会えるな、アオイ)
「ブルーベリー学園の皆さん、初めまして」
人畜無害に微笑んだのは、ショートヘアの似合う好青年だった。
「僕、パルデアのアカデミーでチャンピオンランクを名乗ってる、ハルトっていいます」
そんな挨拶をしただけで、一部の女子生徒は劈くような悲鳴をあげる。確かにハルトと名乗った男は、ブルベリーグの四天王相手にも、ニコニコしながら握手を望んでいたのだから。
「過ごす時間は短いですが、よろしくお願いします」
まるでフルーツのようにフレッシュな笑顔に、学園の誰もが虜になっていた。
当然ながら例外もいた。スグリだ。
パルデアのチャンピオンランクが来る、と聞いていた彼はアオイが留学生として来校すると信じて疑わなかったからだ。
けれど、実際はどうだ。アオイや林間学校の生徒どころか、全く見ず知らずのアカデミー生がやって来たのだ。
「あ、えっと、ブルベリーグ?のチャンピオンですよね?噂は色々と聞いてます」
「あ、うん………」
ハルトと呼ばれた美少年は、周囲の黄色い歓声を全く気にかけていない。寧ろ聞こえていません、と言わんばかりに無視を続けている。
「短い間ですが、よろしくお願いします」
スグリはハルトから伸ばされた手を、素直に差し出して握手した。
「あ、そうだ」
ハルトはスグリに近寄ると、自身の唇をスグリの耳元に触れるように近付けて囁いた。
「お前の大好きなアオイは、僕がいる限り絶対に来ないよ」
____だって、お前が負けたアオイに、僕は何度も勝ってるんだから。アオイじゃなくて僕がココに来るのは当然だろ?
……
………
…………
……………
ハルトがブルーベリー学園に留学して数日。スグリの精神は砂嵐の如く荒れていた。それはバトル中にも顕著に出ていたため、審判や教師から再三注意を受ける程度に。
___………は?アオイは主人公だから、負けるわけが無い。ハルトとかいう男の言っていることは全部嘘だ。
だがその思い込みも、出会った翌日に打ち砕かれることとなった。
ハルトはその発言と態度の通り、確かに強かった。
どれだけ相性不利な挑まれたバトルにも、圧倒的な大差を付けてまで勝利してしまった。アオイと戦って何度か勝利しているという言葉にも、悔しながら納得してしまうくらいには。
立場上、ハルトとそう簡単にバトルが出来ないスグリは、ほぼ毎日他の生徒と日夜戦う彼の姿を観察していた。アオイはマジシャンの姿をした猫のポケモンを使っていたが、ハルトはダンサーのような鳥ポケモンを繰り出していた。
「ウェーニバル、アクアステップ」
水を纏い派手なステップを踏んで、相手のポケモンを一撃で仕留めた。どうやら急所に当たったらしい。対戦した生徒の手持ちはそれで最後だったらしく、大人しく賞金を支払っていた。
「本当に強いんだね!流石、パルデアのチャンピオンランク!」
バトルの様子をコートの外で見ていた生徒たちが、揃ってハルトに群がる。初日の自己紹介の所為か、女子生徒からの人気が高く、群衆の中では女子が目立っている。中心に立つハルトは人当たりの良い笑顔で彼女たちの応対をしているが、スグリにはそれが面倒だと言っているように見えた。チャンピオンに立って暫く経った頃、自分も似たような経験をしたからだろう。
「何怖い顔してんのよ」
「………………ねーちゃん」
「………あぁ、あの留学生ね」
声をかけてきたのは実の姉であるゼイユだった。スグリの視線の先を見ては、盛大に溜息を吐く。
「パルデアのアカデミーからの留学生って言うから、てっきりアオイだと思ってたのに………蓋を開けたら全っ然知らない男ってどういうワケ?」
「さあ?」
「ちょっ、あんたねぇ!ねーちゃんが真面目に考えてるって言うのに~!」
「手、出るんか?」
ゼイユは黙り込むと、震わせていた手を止めた。
「………出すわけないでしょ。あたしはあんたに負けたんだから、何もしないわよ」
林間学校が終わって数ヶ月後に、ゼイユとスグリは一度バトルをしている。結果はスグリの圧勝で、ゼイユは手も足も出ない状況にまで追い込まれた。敗北したときに可愛い弟から黒い眼差しを向けられた日のことは、今でも覚えているし忘れることはないだろう。
それまで守るべき存在だった弟が自立したのだ、と考えたゼイユはスグリに干渉することが無くなった。学園内で、二人が常に一緒にいることは段々と減っていった。
「あのハルトってやつ、ブルベリーグに挑戦するらしわね」
「…………」
「…………あいつ、何か色々とヤバそうよね。戦うなら気を付けなさいよ」
それだけ言うと、ゼイユはその場を立ち去った。
ハルトほどの強さがあれば、四天王と戦おうとするのも納得だ。寧ろ、スグリにとっては都合がいいとも言える。
ブルベリーグ四天王に挑むということは、自分とも戦うことになるのだから。
____留学生、パルデアのチャンピオンランクがブルベリーグ四天王に勝利しました。
その報せをタロから直接聞いたスグリは、上がった口角を止めることが出来なかった。カキツバタやアカマツ、ネリネがハルトの強さや戦略についての感想を語っているのも、スグリの様子がおかしいことに気が付いたタロの心配する声も聞こえない。
…………ついに、あの気に食わん男とバトル出来るんだ。
鬼様、オーガポンを連れて逃げたアオイの代わりにブルーベリー学園にやって来たハルト。スグリから見れば、そう思ってしまうのも仕方ない。アオイとハルトの関係性など知らないし、考える意味もない。
「………おれ、手持ち見直してくっから」
了承の返事をして見送るカキツバタ。ぽかん、とした表情のアカマツ。普段の無表情を崩さないネリネ。タロだけが何かを言いたそうに手を伸ばして引き留めようとしたが、それは叶わなかった。
「そういえば、パルデアのチャンピオンランクについてなんだけど」
カキツバタがスマホロトムを呼び出して、部屋に残された他の三人に画面を見せる。
そこにはハルトではない、全くの別人が映っていた。
三つ編みが特徴的な、可愛らしい女の子。猫のマジシャンポケモンや、麗しい花のような姿のフェアリーポケモンを繰り出している。おそらく、ダブルバトルの際の映像だろう。
「この子………アオイっていう女の子もチャンピオンランクらしくて、ハルトくんと一緒に来校予定だったんだって」
だが、急に女子生徒の方から音信不通になったらしく、ハルトだけの留学となったようだ。
ハルト対策の手持ちをブツブツと考えながら、廊下を歩くスグリ。周囲の生徒たちはその姿を遠巻きに見るだけで、誰も彼に話しかけることはなかった。そんな中、スグリに話しかけた勇者が存在した。
「スグリ、だっけ?こんにちは」
「ん………こんにちは………」
パルデア地方チャンピオンランクの一人、ハルトだった。ブルーベリー学園にいる間はこちらの制服を着ていたが、今は何故かアカデミーの制服を着用している。やはりと言うべきか、そちらの方がハルトには合っていた。もしかしたら、アオイもブルーベリー学園よりもアカデミーの制服が合っていたりするのだろうか、なんて無駄な思考をしてしまう。
「近いうちにスグリと戦うの、楽しみだよ」
「………そう」
「素っ気ないなぁ」
可笑しそうな態度のハルトに、スグリは腹が立っていた。そもそも、交換留学でアオイと会えると信じていたのにこのザマだ。スグリの抱えてきたストレスは、それだけでもカビゴンの重量くらい重いものだった。
「あっ、そうだ」
ハルトはスマホロトムを出すと、スグリに端末内の動画を見せつけた。どうやらアカデミーのバトルコートで撮影されたらしいそれは、ハルトとアオイのバトルの生中継のアーカイブだった。思わず目を逸らしたスグリに、ハルトは髪とバンダナを無理矢理に掴み上げた。
「逃げないでよ」
そう言われてしまっては見ない選択肢など無く、スグリは黙ったまま画面に目をやる。
『いっておいで、ムウマージ!』
『行け、コノヨザル』
アオイが魔女のような姿のポケモンを、ハルトがオコリザルに似た屈強なポケモンをそれぞれ繰り出す。どちらもスグリが見たことのあるポケモンだ。ムウマージに至っては、キタカミの里で戦ったことがある。コノヨザルは、ハルトがブルーベリー学園で何度も戦闘に出しているのを見たことがあった。
互いにゴーストタイプが入っているポケモン同士のバトルは、動画でも分かるくらい熱狂的だった。ゴースト技が飛び交い、様子を見ていた生徒たちも歓喜の声を上げている。
『………勝者、ハルト!』
倒れたムウマージを抱きかかえながら、アオイは俯いていた。
「…………う、そだ……」
ムウマージだけじゃない。
マジシャンポケモンのマスカーニャも、ガーデンポケモンのフラージェスも倒してしまったハルト。どちらもスグリにとっては、一度も勝利することが叶わなかったポケモンだ。どころか、傷を半分も負わせることが出来なかった。
それを、ハルトは一瞬で倒してしまった。その事実がスグリを混乱させる。
アオイは何でも持っている、物語の主人公だ。だから負けるなんて有り得ない、そう思いたかった。
「あのさ」
ハルトは呆れた顔でスグリを見つめていた。前髪を弄りながら、悪態の限りを尽くす。
「オーガポン、だっけ?君の方が先に好きで、一緒にいたいからって理由で、何故か好かれちゃったアオイに勝負を挑んだんだよね?」
アオイから林間学校の話を聞き出していたハルトは、オーガポンやともっこ、キタカミの里での出来事をある程度理解していた。
「………だったら、何だ」
「…………え、そこでそんなこと聞けるんだ」
あははっ、と涙が浮かぶくらい笑いだす。
___ダンッ!!
「い………ッ!」
スグリが着ていた上着の襟を掴んで、壁際に追いやるように叩き付ける。
顔を上げれば、ハルトは態とらしい楽しげな表情を消していた。黒い眼差しにも近い、生気の無い視線がスグリを突き刺している。
「………林間学校から帰ってきた大好きな女の子がさぁ、他の男のことで悩んだり考えたりしてるの見て、こっちはイライラしてるんだよ」
負けじとスグリもハルトを睨みつける。
スグリだって、オモテ祭りを経てアオイ自身を好きになった男だ。ハルトの告白を聞いて、臨戦態勢に入ったところだろう。
「そんなに言うなら、どっちがアオイを好きか勝負すっか?」
鼻で笑って煽るスグリに、ハルトは愉快だと言わんばかりに「いいよ」と了承した。
「だって君よりも、僕の方が先にアオイのことが好きだったんだから」
その話をシアノ校長から直接聞かされたブルーベリー学園のチャンピオンは、この日を待っていたのだと寮の自室で歓喜の余り笑った。
ブルーベリー学園では、生徒のみでポケモンバトルの強さを表現するブルベリーグというランク制度が存在している。そのブルベリーグチャンピオンに君臨している男こそ、悪鬼羅刹の如く笑い狂う青年だった。
チャンピオンの青年、スグリは最初から強いトレーナーというわけでは無かった。寧ろ正反対で、実の姉の傍に隠れて過ごしてきた男の子だ。ポケモンバトル教育に特化した校風か、血気盛んでやんちゃな性格の学生もそこそこ多い。姉のゼイユが居なければ、弱々しいスグリは真っ先に格好の餌食になっていただろう。だが反面、スグリはバトルに関わることにはそこそこ強かった。事実、教員からは「伸ばせば光る」と評価されていたのだから。
………その評価が良くも悪くも覆ったのは、姉弟の地元が林間学校に選ばれ、帰国した後だった。
それまでは、オタチやヤンヤンマといったポケモンを連れてはにかんでいた、影に隠れ続けた可愛らしい少年。それが林間学校の後、自分から姉の下を離れて、常に独りで過ごすようになった。
授業外だというのに、昼休憩や放課後も手持ちポケモンの鍛錬や構成に費やした。その成果というのは努力の賜物と言うべきか、執念の塊と言うべきか。結果としてスグリはブルベリーグの四天王を制覇し、当時のチャンピオンを退け、自らブルーベリー学園のトップに君臨した。しかし、スグリがその程度で満足することは無かった。彼が望むのはただ一つ。
三つ編みが似合う、活発な可愛らしい少女。
物語の主人公みたいな女の子に、アオイに追い付いて、その上で勝つことだった。
(…………やっと会えるな、アオイ)
「ブルーベリー学園の皆さん、初めまして」
人畜無害に微笑んだのは、ショートヘアの似合う好青年だった。
「僕、パルデアのアカデミーでチャンピオンランクを名乗ってる、ハルトっていいます」
そんな挨拶をしただけで、一部の女子生徒は劈くような悲鳴をあげる。確かにハルトと名乗った男は、ブルベリーグの四天王相手にも、ニコニコしながら握手を望んでいたのだから。
「過ごす時間は短いですが、よろしくお願いします」
まるでフルーツのようにフレッシュな笑顔に、学園の誰もが虜になっていた。
当然ながら例外もいた。スグリだ。
パルデアのチャンピオンランクが来る、と聞いていた彼はアオイが留学生として来校すると信じて疑わなかったからだ。
けれど、実際はどうだ。アオイや林間学校の生徒どころか、全く見ず知らずのアカデミー生がやって来たのだ。
「あ、えっと、ブルベリーグ?のチャンピオンですよね?噂は色々と聞いてます」
「あ、うん………」
ハルトと呼ばれた美少年は、周囲の黄色い歓声を全く気にかけていない。寧ろ聞こえていません、と言わんばかりに無視を続けている。
「短い間ですが、よろしくお願いします」
スグリはハルトから伸ばされた手を、素直に差し出して握手した。
「あ、そうだ」
ハルトはスグリに近寄ると、自身の唇をスグリの耳元に触れるように近付けて囁いた。
「お前の大好きなアオイは、僕がいる限り絶対に来ないよ」
____だって、お前が負けたアオイに、僕は何度も勝ってるんだから。アオイじゃなくて僕がココに来るのは当然だろ?
……
………
…………
……………
ハルトがブルーベリー学園に留学して数日。スグリの精神は砂嵐の如く荒れていた。それはバトル中にも顕著に出ていたため、審判や教師から再三注意を受ける程度に。
___………は?アオイは主人公だから、負けるわけが無い。ハルトとかいう男の言っていることは全部嘘だ。
だがその思い込みも、出会った翌日に打ち砕かれることとなった。
ハルトはその発言と態度の通り、確かに強かった。
どれだけ相性不利な挑まれたバトルにも、圧倒的な大差を付けてまで勝利してしまった。アオイと戦って何度か勝利しているという言葉にも、悔しながら納得してしまうくらいには。
立場上、ハルトとそう簡単にバトルが出来ないスグリは、ほぼ毎日他の生徒と日夜戦う彼の姿を観察していた。アオイはマジシャンの姿をした猫のポケモンを使っていたが、ハルトはダンサーのような鳥ポケモンを繰り出していた。
「ウェーニバル、アクアステップ」
水を纏い派手なステップを踏んで、相手のポケモンを一撃で仕留めた。どうやら急所に当たったらしい。対戦した生徒の手持ちはそれで最後だったらしく、大人しく賞金を支払っていた。
「本当に強いんだね!流石、パルデアのチャンピオンランク!」
バトルの様子をコートの外で見ていた生徒たちが、揃ってハルトに群がる。初日の自己紹介の所為か、女子生徒からの人気が高く、群衆の中では女子が目立っている。中心に立つハルトは人当たりの良い笑顔で彼女たちの応対をしているが、スグリにはそれが面倒だと言っているように見えた。チャンピオンに立って暫く経った頃、自分も似たような経験をしたからだろう。
「何怖い顔してんのよ」
「………………ねーちゃん」
「………あぁ、あの留学生ね」
声をかけてきたのは実の姉であるゼイユだった。スグリの視線の先を見ては、盛大に溜息を吐く。
「パルデアのアカデミーからの留学生って言うから、てっきりアオイだと思ってたのに………蓋を開けたら全っ然知らない男ってどういうワケ?」
「さあ?」
「ちょっ、あんたねぇ!ねーちゃんが真面目に考えてるって言うのに~!」
「手、出るんか?」
ゼイユは黙り込むと、震わせていた手を止めた。
「………出すわけないでしょ。あたしはあんたに負けたんだから、何もしないわよ」
林間学校が終わって数ヶ月後に、ゼイユとスグリは一度バトルをしている。結果はスグリの圧勝で、ゼイユは手も足も出ない状況にまで追い込まれた。敗北したときに可愛い弟から黒い眼差しを向けられた日のことは、今でも覚えているし忘れることはないだろう。
それまで守るべき存在だった弟が自立したのだ、と考えたゼイユはスグリに干渉することが無くなった。学園内で、二人が常に一緒にいることは段々と減っていった。
「あのハルトってやつ、ブルベリーグに挑戦するらしわね」
「…………」
「…………あいつ、何か色々とヤバそうよね。戦うなら気を付けなさいよ」
それだけ言うと、ゼイユはその場を立ち去った。
ハルトほどの強さがあれば、四天王と戦おうとするのも納得だ。寧ろ、スグリにとっては都合がいいとも言える。
ブルベリーグ四天王に挑むということは、自分とも戦うことになるのだから。
____留学生、パルデアのチャンピオンランクがブルベリーグ四天王に勝利しました。
その報せをタロから直接聞いたスグリは、上がった口角を止めることが出来なかった。カキツバタやアカマツ、ネリネがハルトの強さや戦略についての感想を語っているのも、スグリの様子がおかしいことに気が付いたタロの心配する声も聞こえない。
…………ついに、あの気に食わん男とバトル出来るんだ。
鬼様、オーガポンを連れて逃げたアオイの代わりにブルーベリー学園にやって来たハルト。スグリから見れば、そう思ってしまうのも仕方ない。アオイとハルトの関係性など知らないし、考える意味もない。
「………おれ、手持ち見直してくっから」
了承の返事をして見送るカキツバタ。ぽかん、とした表情のアカマツ。普段の無表情を崩さないネリネ。タロだけが何かを言いたそうに手を伸ばして引き留めようとしたが、それは叶わなかった。
「そういえば、パルデアのチャンピオンランクについてなんだけど」
カキツバタがスマホロトムを呼び出して、部屋に残された他の三人に画面を見せる。
そこにはハルトではない、全くの別人が映っていた。
三つ編みが特徴的な、可愛らしい女の子。猫のマジシャンポケモンや、麗しい花のような姿のフェアリーポケモンを繰り出している。おそらく、ダブルバトルの際の映像だろう。
「この子………アオイっていう女の子もチャンピオンランクらしくて、ハルトくんと一緒に来校予定だったんだって」
だが、急に女子生徒の方から音信不通になったらしく、ハルトだけの留学となったようだ。
ハルト対策の手持ちをブツブツと考えながら、廊下を歩くスグリ。周囲の生徒たちはその姿を遠巻きに見るだけで、誰も彼に話しかけることはなかった。そんな中、スグリに話しかけた勇者が存在した。
「スグリ、だっけ?こんにちは」
「ん………こんにちは………」
パルデア地方チャンピオンランクの一人、ハルトだった。ブルーベリー学園にいる間はこちらの制服を着ていたが、今は何故かアカデミーの制服を着用している。やはりと言うべきか、そちらの方がハルトには合っていた。もしかしたら、アオイもブルーベリー学園よりもアカデミーの制服が合っていたりするのだろうか、なんて無駄な思考をしてしまう。
「近いうちにスグリと戦うの、楽しみだよ」
「………そう」
「素っ気ないなぁ」
可笑しそうな態度のハルトに、スグリは腹が立っていた。そもそも、交換留学でアオイと会えると信じていたのにこのザマだ。スグリの抱えてきたストレスは、それだけでもカビゴンの重量くらい重いものだった。
「あっ、そうだ」
ハルトはスマホロトムを出すと、スグリに端末内の動画を見せつけた。どうやらアカデミーのバトルコートで撮影されたらしいそれは、ハルトとアオイのバトルの生中継のアーカイブだった。思わず目を逸らしたスグリに、ハルトは髪とバンダナを無理矢理に掴み上げた。
「逃げないでよ」
そう言われてしまっては見ない選択肢など無く、スグリは黙ったまま画面に目をやる。
『いっておいで、ムウマージ!』
『行け、コノヨザル』
アオイが魔女のような姿のポケモンを、ハルトがオコリザルに似た屈強なポケモンをそれぞれ繰り出す。どちらもスグリが見たことのあるポケモンだ。ムウマージに至っては、キタカミの里で戦ったことがある。コノヨザルは、ハルトがブルーベリー学園で何度も戦闘に出しているのを見たことがあった。
互いにゴーストタイプが入っているポケモン同士のバトルは、動画でも分かるくらい熱狂的だった。ゴースト技が飛び交い、様子を見ていた生徒たちも歓喜の声を上げている。
『………勝者、ハルト!』
倒れたムウマージを抱きかかえながら、アオイは俯いていた。
「…………う、そだ……」
ムウマージだけじゃない。
マジシャンポケモンのマスカーニャも、ガーデンポケモンのフラージェスも倒してしまったハルト。どちらもスグリにとっては、一度も勝利することが叶わなかったポケモンだ。どころか、傷を半分も負わせることが出来なかった。
それを、ハルトは一瞬で倒してしまった。その事実がスグリを混乱させる。
アオイは何でも持っている、物語の主人公だ。だから負けるなんて有り得ない、そう思いたかった。
「あのさ」
ハルトは呆れた顔でスグリを見つめていた。前髪を弄りながら、悪態の限りを尽くす。
「オーガポン、だっけ?君の方が先に好きで、一緒にいたいからって理由で、何故か好かれちゃったアオイに勝負を挑んだんだよね?」
アオイから林間学校の話を聞き出していたハルトは、オーガポンやともっこ、キタカミの里での出来事をある程度理解していた。
「………だったら、何だ」
「…………え、そこでそんなこと聞けるんだ」
あははっ、と涙が浮かぶくらい笑いだす。
___ダンッ!!
「い………ッ!」
スグリが着ていた上着の襟を掴んで、壁際に追いやるように叩き付ける。
顔を上げれば、ハルトは態とらしい楽しげな表情を消していた。黒い眼差しにも近い、生気の無い視線がスグリを突き刺している。
「………林間学校から帰ってきた大好きな女の子がさぁ、他の男のことで悩んだり考えたりしてるの見て、こっちはイライラしてるんだよ」
負けじとスグリもハルトを睨みつける。
スグリだって、オモテ祭りを経てアオイ自身を好きになった男だ。ハルトの告白を聞いて、臨戦態勢に入ったところだろう。
「そんなに言うなら、どっちがアオイを好きか勝負すっか?」
鼻で笑って煽るスグリに、ハルトは愉快だと言わんばかりに「いいよ」と了承した。
「だって君よりも、僕の方が先にアオイのことが好きだったんだから」
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