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★恋に浸る

「山吹にわざわざ受験して入れたんだから、絶対に問題起こさないで」

親が常に口にしている台詞が、ふと頭に浮かんだ。13歳の中学一年生にして早い反抗期みたいなものを迎えた私は、親の見栄の為に受験させられた山吹になんの思い入れもなかった。市立の中学校に進学していった少々ガラの悪い友人達と私を引き離す為の策略だろうなと、薄々感づいている私はとにかく不満だった。
同級生達はみんな中学受験をするくらいの真面目な子達なわけだから、当然はみ出し者の私は友達をうまく作れずにいた。
友達を作ろうと話しかけても敬遠され、避けられ、時にはあまり関わらないようにしようと陰口を叩かれ。私はその度に無理やり山吹に入学させた両親を恨んだし、愛想笑いをして私から去っていく同級生達も嫌いになっていった。

亜久津も私と同じような学校生活を送っていた。違うクラスだったけれど、授業中なのに廊下を歩いてサボりにいく彼の姿を何度か見たし、彼が歩けば離れた所から同級生達はヒソヒソと陰口を叩いていた。
関わりたくない、何で山吹に来たんだよ、どっか行ってくれればいいのに。
そう悪口を言われている亜久津を見て私は「可哀想な奴だ」と同情しながらも、少しだけ親近感を覚えた。



「お前、可哀想な奴だな」

「何が」

「連れいないんだろ」

「亜久津もいないじゃん」

「俺は一人が好きだから連れなんていらねえ」

じゃあ連れでもない彼女でもない私は何なんだよ。旧校舎のあまり使われていないトイレで、私は窓から紫煙を吐き隣に立つ亜久津に強がってみせた。
亜久津は私に対して薄く笑い、可愛くねえ女。そう呟いて煙草の灰を便器の中へと落としていく。
旧校舎のトイレは火災感知器が付いてなくて良い、絶好の喫煙スポットに私達は授業をサボり二人でここにいる。
授業をサボる作戦はこうだ。私の教室から見える階段を亜久津が降りて行ったのが見えたら、私もお腹が痛いだとか頭が痛いからとか適当な理由を付けて授業を抜け出す。ただこれだけ。
教師もクラスメイトも私に対して何も言わない、もう助ける見込みがないと恐らく切り捨てられているのだろう。
トイレに喫煙の為だと理由をつけてついてくる私に、亜久津は来るなと怒る。しかしその怒りは外面だけで、のちに彼は有意義な喫煙タイムの喋り相手となる。亜久津が吸い終わった煙草を便器に投げつけると、火が消える水音がトイレに響いた。
初めて吸った時ほど高揚感はない、亜久津と喋る口実の為に吸う煙草の美味しさは、私には未だに分からずにいた。



亜久津と出会い数ヶ月が経ち、私は中学生になって初めての夏を迎えた。
私は亜久津の事を仁と呼ぶようになり、亜久津もまたいつのまにか私の事を下の名前で呼ぶようになった。それを嬉しく思っている事は、仁にも、他校にいる仲の良い友人にも教えていない。
私達は携帯の番号を交換し、お互いに気が向けば連絡をとった。しかし仁からのメールは返ってこない、電話はたまにしかでない。そのたまに出る電話の後に、暇を持て余している私達は二人でよく遊ぶようになった。
ある日二人で何をするわけでもなく、深夜の街に出て暇を潰した。
私達はただのクソガキなわけだから勿論遊びに行くお金もなく、便利な足もなく、何かを努力する気もなく。時間だけがあり余っていて、二人で煙草を吸いながらくだらないことをひたすら話し合った。
数学の先生が授業を抜け出す時に一番面倒な事、山吹の購買のパンの種類はわりとたくさんある事、朝の全校集会で凄く眠たくなる事。
どうでもいい話で静かに盛り上がっていた頃、深夜の見回りに出ていた警官に私達は二度目の補導をされた。

今回は深夜徘徊に未成年者喫煙なんとかという、長い名前の罪名がついた。
この前と変わらない紙に再度同じ事を書き、前と同じく長い説教を受けた。
お前ら反省する気あるのか!怒鳴る警官を、私は椅子に座りながら返事もせずにただ見ている。
隣の椅子に座る仁もやはり反省する気はないようで、私と目が合うと口角を少し上げて笑った。それにつられて私も笑い、警官はそんな私達を見てさらに叱った。
彼女なら大切にしろよ、仁にそう言った警官に私は彼女じゃないよと笑い、警官に呆れられた。
仁はそれに対して否定も肯定もしなかった。頷きもせず、反論もせず、無愛想な顔で黙って警官を見ている。
別に仁の事好きなわけじゃないけど、彼女だと肯定しないかな。少し期待した私の気持ちはいとも簡単に崩れ落ちていく。

今回も私の親は迎えには来なかった。
案の定電話は繋がらず、両親から警察へ折り返しの電話がくることもなかった。
そりゃそうだ、だってこの前補導された時も何も言ってこなかったもん。叱りもしない、私に見向きもしない、周りからの評判だけ気にしている。そんな親が私を迎えに来るはずがない。私は一人でイラつきながら椅子に座っている。
優紀ちゃんは、電話が繋がってから30分後には迎えに来た。なんで私ではなく仁の親なんだと、警官に頭を下げ続ける彼女を見て思った。

「彼女の親にも私から伝えておきます」

優紀ちゃんは顔はもちろん声すらも知らない、会ったことのない私の親に説教しておくと話を合わせてくれた。前回よりも少し時間がかかった補導はやっと終わり、すでに深夜3時を回っていた。
「また出歩いたの」、悲しそうな顔をした優紀ちゃんを見た私は、心の底から罪悪感を覚えた。彼女に謝罪をしてお礼を述べた私は、本当に申し訳ない気持ちになりながら前回と同じく自宅に向かっている。

私の家に近づいて、一歩先を歩いていた仁が足を止めた。私が帰宅するのを待っているのだろう。
私は自分の家に着いてしまったと酷く憂鬱になり、親の車が停まっていない駐車場を見た。親はいつ帰ってくるかも分からない、帰ってきても特に会話もない、両親の仲は悪い、そんな家に居たくない。

「帰りたくない」

私はわがままを小さく呟いた。
わがままが通るとは勿論思っていない、ただ吐き出したかった。
隣にいた優紀ちゃんはそれを聞き逃さず、少し困った顔をした後に眉を下げて笑った。

「うちに来てもいいよ。何もないけど、それでもよければ」

優紀ちゃんの言葉を聞いた仁は、止めていた足を動かした。おそらく彼は自宅に向かっている。
逃げる場所があるなら使わなくちゃ。笑って言ってくれた優紀ちゃんのその言葉が、私は凄く嬉しかった。



初めて入った仁の部屋は中学生らしくない物で溢れていた。私が吸う銘柄よりタールが重い煙草のカートン、部屋中に散らばる百円の安っぽいライター、使用済みのピアッサー。全て仁の物だと思うと何故か少し緊張した。

「仁、最近ピアス開けてたよね」

私は彼の左耳に開いているピアスを見つめた。それに気づいた仁がだからなんだよと、ぶっきらぼうに言い煙草を取り出し火をつけた。私も吸いたかったけれど、優紀ちゃんに叱られたし、人の家だし。どうすることも出来ずに、ただ仁の煙草の副流煙を吸っている。

「いいな。私も開けたい」

仁は私と目を合わせて、黙りながら少し何かを考えた後。学習机として機能していない机に置いてあった、薬局の袋を手に取った。白っぽい透明の袋の中から乱暴に出てきたそれは、新品のピアッサーだった。

「お前にやる」

仁は手の中にあるピアッサーを私の方に差し出し、空いた方の手で器用に煙草を吸っている。私は仁から受け取ったピアッサーの針をまじまじと見つめ、パッケージ裏の説明文を一字一句見逃さないように読んだ。

「仁開けるの手伝ってよ」

「誰が手伝うかよ。勝手にやってろ」

「自信ないの?開けるの下手なんだ」

私はわざと仁を煽って、のってくるのを待った。やはり仁はそんなわけねえだろと私の挑発にあっさりとのり、私からピアッサーを奪い取りパッケージを開けた。

「そこに消毒液あるから取れ」

そこってどこ。私は仁が目線で指した、床に置いてあるのかほかってあるのか分からない消毒液を取った。
ティッシュも。そう言った仁の言葉に私は素直に従って、消毒液とティッシュ箱。二つを健気に両手で持ち彼に渡した。

「どこに開けるんだよ」

「仁と同じがいいから、私も左耳の耳たぶがいい」

真似すんじゃねえよ。仁は消毒液をティッシュ染み込ませて床に座り込み、私に横に座るように指示をした。素直に仁を左側にして座り、ピアッサーの鋭い針をチラリと見た。

「ビビんなよ」

「別に怖がってない!」

薄く笑う仁に私は少しムカつきながらも頬が緩んだ。
ねぇ、煙草の煙が目に入るから早く吸い終わって。
私の言葉に指図すんなよと舌打ちをした仁は、近くにあった灰皿に煙草を押し付けて火を消した。
仁の顔が私の顔の方に近づいてきて、彼の手がティッシュ越しに耳に触れた。

「ちゃんと消毒した?」

「した」

「本当に?」

「あんまりうるせえと手伝わねえぞ」

茶化す私に仁は乱暴な言葉を発しながらも笑い、仁のピアッサーを持った手が今度は直接私の耳に触れた。
こんなに仁に近づいた事のなかった私は、今彼の煙草の匂いに、私の指とは違う、やっぱり男の子なんだと思わせるような大きい指に胸を熱くした。
開けるぞ、そう仁が呟いてすぐに左耳の方でパチンと簡易的な音がした。音がした所から、熱く鋭い痛みが私を襲った。痛いと小さく叫んだ私に仁はだからうるせえよと笑い、ピアッサーを耳から離した。
仁も、仁の手もピアッサーと共に離れていき少し寂しいような、まだもう少しくっついていたかったような。そんな気持ちになった。

「まだ痛い!仁開けるの下手なんじゃないの!」

「アホか。ちゃんと真っ直ぐ開いてんだろ」

お前痛みに弱すぎと仁は笑い、どこからか手鏡を取り出し私に手渡した。
私は鏡を受け取り真っ先に左耳を見た。赤く腫れている耳たぶに、真っ直ぐに貫通している銀色のボールのピアス。

「仁とお揃いだね」

んなことしてどうすんだよ。そう言いながらも満更でもない仁を見て、私は心から笑った。




「そういえば私、どこで寝ればいいの?」

「知るかよ。ババアに聞け」

仁はピアッサーとティッシュをゴミ箱に投げ捨てて、壁に掛けてある時計を見た。
時刻は早朝とも呼べる4時を超え、もうすぐ陽が昇りそうだった。8時から普通に学校だけれど、恐らく仁は登校する気がないのだろう。私もそうだった。どうせ学校行っても寝るだけだし、友達いないし、勉強しないし。

「優紀ちゃん仕事行くでしょ?」

「だから知らねえよ」

「じゃあ私リビングで寝る」

「さっきからガタガタうるせーなお前」

仁はベッドの布団を抱え、座っている私に押し付けた。無理やり押し付けられて、少しよろめき後ろに手をついた私を見て仁は言った。

「勝手に寝てろ」

そのまま自室から出て行った仁は、数分待っても戻って来なかった。多分彼はリビングで寝ているのだと、私は察した。
私はそんな優しい彼を思い口角をあげて笑い、仁の匂いがするベッドに入った。
貫通させたばかりの左耳はじわじわと熱い痛みを帯びていく。
ピアスを開けた時みたいに、胸の奥でも音がした。無音の、仁に恋焦がれる音。
仁の部屋の窓から見える、夜明けの紫色の空におやすみと挨拶をした。
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