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※失恋します。報われません。成人済み設定



 「よっ、元気してた?」

 駅から歩いてきた仁を、私はすぐに見つけてかけよった。背も高ければ髪色も派手なのだ、嫌でも目立つ。私の軽い挨拶をチラリと目で流し、うるせえよと言わんばかりに仁は私の横を静かに歩き出した。
何もこんな寒い日に。仁の言いたい事は、彼の発する雰囲気から察する事ができた。空を見上げれば真っ暗で、冷たい空気が私達の肌を刺した。予約していた居酒屋に私は早足で、隣を歩く仁は急ぐ事なく向かった。






「私さぁ、引っ越すんだよね」

居酒屋の中は賑わっていて、私の声は店の中ではあまり通らなかった。仁がへぇ、と私の声より更に小さな返事をすると、店員さんが今月のおすすめだという一品料理を待ってきてくれた。それを受け取りながら、私は小さな笑みを浮かべている。
仁は私の言葉を訊いても驚くこともない。そんないつも通りの仁に、私は尊敬するやら呆れるやら。彼の分を取り分け、小皿を手渡す。仁の口からお礼は聞こえてこない。

「何処に行くとか訊いてくれないんだ」

「訊いてどうする」

「遊びに来てよ、きっと暇だから」

なんで俺が、行かねえよ。そう返事をした彼の言葉に裏表はない。
じゃあなんでこの食事にはのってきたんだろう。私は心の中でもやもやを抱え、可愛らしい名前のカクテルを飲んだ。
仁は清純みたいにペラペラと自分の事を話さない。そして会話を盛り上げてくれるタイプでもない。こうなると私が会話を広げていくしかないが、私は不思議とそれが心地よかった。
どこに行くんだと、嫌々に近く訊いてきた仁に私は引っ越し先の地名を述べた。

「新幹線で片道二時間くらいかかるかな」

「向こうでも達者でやれよ」

「なにそれ、なんかもうちょっと優しい言葉ないの」

んなもんが欲しいのか。仁は焼き鳥を私のお皿に数本置き、手拭き用のおしぼりも少し乱暴に
私に手渡した。優しい言葉はないけれど、一応こういった行為が仁の優しさなのだろう。
仁はずっとこの町にいるの?私もお礼を述べる事なく、ちょっとした好奇心で質問をした。仁は本当に私が引っ越すことに対して何とも思わないのだろうか。私は少し落ち込んでいる。仁が少しも、悲しむ素振りを見せなかったから。

「ここにいるからいつでも戻ってこいよ」

「え、そんな優しい言葉かけれるんだ!」

「どうせ新しい生活が上手くいかなくて、泣きべそかいて帰ってくんだろ」

「本当に、全然優しくないね!」

仁は楽しそうに笑って口角をあげた。それを見て私も何故だか分からないけれどホッとする。まだ私は仁と楽しく会話が出来る、大丈夫。そう思っていたいからかもしれない。
近くの店員さんに声をかけ、適当な品物とお酒を注文する。その後も私は仁とくだらない事で笑い合い、静かだけれど盛り上がった。
帰りたくない、もう少し。私は終電ギリギリまで、仁と居酒屋に居た。





 「あぁ寒い、凍っちゃうね」

「勝手に凍ってろ、放置して帰る」

「そんな意地悪だと女の子に嫌われるよ」

黙ってろ、そう言って仁は私の横で笑った。
きっと今、何も知らない人から見れば私達は恋人同士なはずだ。仲良く笑い合い、隣を歩き、変な蟠りもない。
このまま時が止まってくれたら。そう思えるくらい私は凄く楽しかった。大好きな人と一緒にいれる事がこんなにも幸せだなんて、これが続いたらどんなに良いことだろうか。
けれどそんなに上手くは行かない。私は駅までの帰り道を、行きの道とは違いゆっくりと歩いた。仁は、私に合わせている。

「…もう終電だね」

「早く帰れよ、雪降ってくるから」

「うん」

「優しいから駅まで送ってやるよ」

「優しい人は自分で優しいって言わないよ」

私は今、ちゃんと笑えている。内心は泣きたかった。終電で帰れと言われ、どこかに行こうと誘われる事もない。そんなに私って魅力がないのかな。そういった偏屈な考えに押し潰されそうになる。
ここで私が帰りたくないだとか、わざと終電を逃す真似をしたら。仁は私の事を軽蔑するだろうか。そしてそれらを実行に移す勇気なんて、今の私には持ち合わせていない。
そうこうしている間に駅が見えてきた。私の足は何故か重さを増し、歩くスピードは遅くなっていく。もうすぐ仁と、大好きな人と別れてしまう。数分前まではすごく幸せだったのに。今はもう、寂しさに押し潰されそうになっている。

「またご飯行こうよ」

「引越し先遠いんだろ、簡単に会えるのかよ」

「…いつかまた会えたらでいいよ、彼女にも悪いし」

「…知ってたのか」

「彼女出来たんだってね、おめでとう」

だからもう会えないね。私は涙を堪えながら仁に伝えた。彼は少し、困ったような顔をした気がする。
清純から本当は訊いていた。彼女がいる事。私には興味がない事。頑張っても勝算がないと言う事。本当に全部。
重い空気のまま駅につき、私は鞄の中からICカードを取り出した。でもまだ仁と別れる気になれない。仁もここまで来て、早く行けとは言わない。改札の近くで、二人で立ち止まる。

「私ね、本当は仁のこと」

好きだったの。
その一言が言えなかった。告白する勇気も、友人としての関係が崩れるのも、全てに自信がなかった。負け戦だと思った。だって仁は私に興味がないのだし、彼女と別れる予定も無い。
仁は何も言わない。さっき一瞬だけ見せた、困った顔を今はもうしていない。
なんでもない!私は誤魔化して笑い、まだ電車は来ないのに改札へと急いで駆けて行った。
ICカードをかざし、改札ドアが開く。仁が私の事を呼び止めないかと、ほんの少しだけ期待した。でも背中越しに仁の声は聴こえてこない。彼は私を呼び止める事はなかったし、体ですら求めてくれなかった。
私は自分自身が可哀想で居た堪れなくなり、平気なふりをして振り向いた。仁に笑って手を振る。彼は振り返さずに、手のひらを上げて別れの挨拶をした。仁は、微笑んでもくれなかった。
私の笑顔は引き攣っていなかっただろうか。思わず泣きそうになり、私は仁の方を向くのを辞めた。
階段を上がり、人もまばらな駅のホームで終電を5分は待った。行きの電車は仁に会える、もしかしたら少しでも私に興味が湧くかもしれない、そう思って胸を踊らせていた。
新しく買ったこの服も、上手に出来るまで必死に練習した巻き髪も、高いお金をかけた化粧品も。仁に求められなかった事で、全てが無駄に思えた。
空からは雪が降り出した。駅の光に照らされて、それはそれは幻想的に見えた。そしてアナウンスがなり、線路の向こう側から電車の光が見えた。私は端の方の誰もいない車両に乗り込み座り、離れた車両に乗り込む陽気な酔っ払いのサラリーマン達を見ていた。
もしも今。仁が私を探して駅のホームを走り、この電車を見つけて終電から救い出してくれたら。私達が付き合っていて、私の隣の席に仁が座っていたら。
そんな事はあり得ないのに、もしもを想像してしまう。夢見がちだと思えるならまだいいだろう。「いつかまた会えたら」なんて、そんな馬鹿げた台詞を何故口にしてしまったのか。
もうきっと会えることはないのだろう。仁は私の事を忘れ、今の彼女と仲良く暮らしていくのだろうか。私は電車の窓に写るお洒落をした自分を見て、静かに涙を流した。
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